入場
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ここは、同じ王宮の庭園内でも『春の庭』ではなく『夏の庭』と呼ばれる場所である。夏になると王家所有の綺麗な湖でボート遊びが出来るのだが時期外れの今は全て撤去されている。
殆どの招待客は『春の庭』に集中しているので他の名が付いた庭は人が疎らで、デートスポットとしては穴場であろう。
その『夏の庭』にミリアンヌとミゲルの姿があった。尤もこの二人だとデートの穴場狙いというより、唯のやんちゃな遊び場のような気もしなくは無いのだが・・・
「ミリー、どうした? 今日は一段と挙動不審者になってるぞ」
黒髪の美丈夫、ミゲル王弟殿下にエスコートされながら歩こうしたが横に並ぶ殿下の横顔をボケーッっと見ていた為、右手と右足が同時に出そうになりすっ転びかけて、お定まりになりつつある殿下の腕の中に収まっている。
「すすす、すみません~」
顔を赤くして、アワアワしている美少女・・・
「突然身長が伸びたから歩きにくいのか? ひょっとして?」
「いやいやいや、そんなこたあ無いです」
「こたあって・・・」
「ハイ。大丈夫です」
ふう、とため息を一つ付いて手をそっと離し左の肘を差し出すミゲル。
「ほれ、手をしっかりココにまわせ。とにかく春の庭に乗り込むぞ」
「えーと、来るだけは来たんだから、ここで解散とかはダメですかね」
「阿呆。その聖女の衣装を着て貴族子息達に見せるのが今日のお前の仕事なんだから、ここにいたって仕方ないだろ」
「?」
小首を傾げるミリアンヌ。
「お前のその格好を見た貴族の子息達が、聖女認定が内定した事に気がつくだろ? そしたら今日自宅に帰って家族と話題になる」
「はあ」
「釣書が止まる」
「行きましょう! ぜひ春の庭に」
クククッと笑う王弟殿下。
「あと、俺の格好にも気がついてるか?」
「? そういえば・・・」
どこかで見たことがある様な?
「ジジイと同じ服だよ。コレ」
「あ!」
ミスタリーレを織り込んだ薄手の生地で作られた白い光沢のあるスタンドカラーのロングコートは膝丈で、横スリットが入っており同色のトラウザースとロングブーツがそのスリットから覗いている。サッシュベルトはロイヤルブルーで縁取りが金色のものをコートの上からウェストにまるで帯の様に巻きつけ、その上から黒い帯刀用の細いベルトを締めてある。
その出で立ちは一見、着物の帯と帯留めみたいにも見える・・・
この国の王族の男性のサッシュはロイヤルブルーで肩から腰にかけて流すように掛けるのが一般的だ。
そういう意味ではミゲルの今日の出で立ちは異色である。
「何で王族のサッシュをカマーベルトみたいにしちゃってるんですか! まずくないですか?」
「ああ、コレは、軍属以外の権利を放棄するっていう意思表示。だから帯剣用のベルトを上に巻いてるのさ。分かるやつがいるかどうか分かんねえけどな」
「権利って、もしかして王位継承権の事ですか?」
「そ。お前の聖女認定と俺の聖王認定は同時になる。この茶会が終わったら直ぐ開示される事が決定した」
「ええ~早すぎませんか?」
スタスタと石畳を話しながら歩く二人。
会話しながら歩くと、やたらスピードが早くなるのは社畜だった頃の癖だろうか?
あっという間に春の庭のアーチ前にたどり着いてしまい、仕方なく大勢が並ぶ最後尾に大人しく並んで小声で会話を続ける。
「あまり悠長な事を言ってられん理由があるんだよ」
「?」
「お前の身の安全に関わるんだよ。これに関しては、陛下も貴族院も神殿も、そしてお前の親父も既に了解済みだ」
「え~と、満場一致ってヤツ?」
「そういう事だ。お前は気がついて無いだろうが、もう王家の護衛がお前には付いてる。まあ、それだけじゃないけどな」
「ええ~?」
思わず周りを見廻してしまうミリア。
「コラ、入場の時ぐらい大人しくしろよ」
「あ、ハイ・・・」
口を噤むとエスコートされてお淑やかなフリで会場入りをするミリアンヌである。
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春の庭のアーチ前の受付でクロードと近衛騎士が、次々とやって来る貴族の子息子女達から招待状を受け取る。
「ご苦労さん、どうだ会場は?」
招待状を渡しながら、ミゲルが近衛に声をかけた。
「はっ、警備は万全です」
小さな声で近衛が返事をするが、隣のミリアンヌを見て一瞬目を見開く。
「じゃあな」
通り過ぎる時に
「女神が・・・」
と言う声がアチコチから聞こえる。
そんな中、クロードだけが
「殿下のサッシュが・・・」
と呟き、招待状を片手に呆然とした顔で見送ったのだった。
クロード、できる子です。
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