聖女は逡巡する
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「どうしよう眠れない・・・」
昼間神殿の治療室で寝すぎたのか、それとも魔獣討伐で興奮したせいなのか。
食事もたっぷり摂ったし、お風呂も気持ちよくゆっくりと入った。普段通り、パーラーで家族と一緒に楽しく過ごし羽布団に包まれば直ぐに眠気がやって来る筈だ。
それなのに今日に限って眠れない・・・
ため息を付きながら布団の中でゴロゴロと体の向きを変えてみた。
神殿で目覚める前に見た、小さな時の記憶と、ラベンダーの様な香り・・・きっとソレが原因だと分かっている。
母とマーサが優しく幼い自分に言っていた言葉。
そしてラベンダーの様な香りはミゲル殿下の使っているサシェの香りだと思う。
その二つが自分の中で何かに引っ掛かっているのだろう。
殿下には前世も今生も、出逢ってからはお世話になりっ放しだ。そして今回のダンジョン騒ぎで気がついた、自分を見つめる優しい瞳。
騎士団の演習場で言われた言葉。
「好きだったけどアプローチできなかったからずっと後悔してたから」
そう言った時の照れた顔・・・心臓の辺りがキュンッとした。
何だろうこの間から。あのラピスラズリの様な瞳を思い出すと心不全か、不整脈の症状が出るんだよね。
明日、マーサにお願いしてお医者さんに見てもらおう。うん。急に成長したから血が足りないんだよねきっと。
そう思い直すと何だか眠れそうになってきて、重くなってきた瞼をゆっくりと閉じた。
××××××××××
「お嬢様。それは『恋』です」
「コイ? 鯉? ひょっとして鯉の生き血で治るの? コレ? 」
「違います」
小首を傾げる妖精姫。
昨日の夜、医者に診察をしてもらう為にマーサに相談することに決めたミリアンヌである。
神妙な顔でどういう時にその症状が出るのかを根掘り葉掘り聞かれた為に真っ正直に全て答えた結果、お医者はいらないとバッサリできる侍女頭マーサに言われてしまった。
「何で鯉の生き血なんですか! 」
「え、肺炎に効くらしいよ」
「肺炎では無いでしょう。咳も熱もないんですから」
「え、だって顔が熱くなるから風邪かなって・・・」
「お嬢様。阿呆ですか。そうじゃなくて『恋』ですよ。お嬢様はミゲル殿下が好きって事です。ラブですよ、L・O・V・Eですよ! しっかりして下さい! 」
「え・・・ミゲル様をスキ? え、ラブ? え、え。ええぇ! 嘘! 」
「私が嘘ついてどうするんですか」
「え、イヤ、待って。ちょっと待って下さいマーサさん! 」
マーサが残念な子を見るような目になってしまった・・・
「兎に角、病気では絶対ありませんからご心配なく。ミゲル殿下の顔でも毎日思い浮かべてたらそのうち症状は軽くなりますから。それでは失礼しますね」
終いには、溜息をつきながら部屋を出て行ってしまった。
「ええええぇ~ 」
一人残され叫ぶミリアを他所に
「奥様に報告しなくちゃね~ 」
ルンタッタ♪ と軽やかに去っていく侍女頭マーサであった。
××××××××××
今生で、前世を思い出してからきっかり丸々十五年生きてきて、ここまで狼狽えた事は無かったと断言出来るくらいパニックになっている。
あ、この前アイデンティティが崩壊しかかった時も狼狽えたなと急に冷静になり深呼吸をする。
『ヒッ、ヒッ、フウ~ 』
・・・ラマーズ呼吸してどうするよ、しかも妊娠はしていない。
ソファーにポスンと座り直しできる侍女頭マーサの指示に従い、殿下の顔を思い浮かべる。
艷やかな黒髪に星空の様なラピスラズリの瞳。高くスッと通る鼻筋に高くて形のいい鼻梁。柔らかな笑顔を浮かべる口元に意思の強そうな男らしい眉。ヨシッ!
『ボンッ!』
顔が赤くなって、更に胸がキュンキュンしただけであった・・・
ソファーのクッションに顔を埋めて
「うそだああああぁ! 」
と叫んだミリアンヌだった・・・
恋は落ちるもの。
鯉は泳ぐもの・・・
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