アレは三年前
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「そうか~、アイデンティティなあ」
首に白いタオルを引っ掛けて、ベンチの背もたれに両手を後ろ手に投げ出しひっくり返った格好で座りながら空を眺める王弟殿下。
その横で、どよ~んとした表情で座るアークライド侯爵令嬢。
「気がついたのは、三年くらい前には既に心の中の一人称が『俺』じゃなくなって『わたし』になってたんですよ」
はあ~と深いため息をつくミリア。
「で、ソレを真夜中に気がついて落ち込んるのか」
「はい」
鍛錬場の端の弓の的に向かって氷と風の魔力で剣気を飛ばす技を披露して、周りの騎士達にやんややんやと囃し立てられている弟に目を向ける。侍従がいつもの様に支柱から折れて落ちた的をダニエルに渡しているのが見える。
「よく思い出してみると、ダニーにあの技を教えていた頃からなので、四年前位からちょっと怪しかったんですよね」
「そら、覚えてるわな・・・」
一瞬遠い目になるミゲル。お前がアレを始めたのかよ、とは口には出さないが・・・
ベンチの後方にあるシロツメクサの群生している辺りで、マーサがニヨニヨしながらメルと一緒に花冠を作っているのを振り返るミリア。
「魔王の卵を森に探しに行ってミゲル様に初めて会った時、以前の名前聞かれたじゃないですか」
「うん」
「あの時、自分の名前が直ぐに出てこなかったんですよね。で、アレ?なんでこんなにうろ覚えになってんだ?とは、思ったんですよね」
「で、流したと? 」
「まあ、引っかかっただけで、正直大して気にはしてなかったですね」
ミゲルが水の湧き出る魔道具のマグをベンチに置いた。
「別にいいんじゃないか、と俺は思うぞ」
「それは、忘れても良いということですか? 」
「そうだな」
「・・・」
「前世に拘り過ぎると、今を見失うからな。実際死んじまった過去を、今生きてる自分に当てはめても仕方ないだろ? 」
「ええ、まあ。それは頭では多分わかってるんですよね」
「感情がついていかないって事か? 」
「それもありますけど」
「じゃあ、お前の目標って何? 」
「赤ん坊の時は王子の嫁とか気持ち悪いし、他の攻略対象と恋愛とか無理無理って思って。兎に角フラグを叩き壊したらそれでいいかって。で魔王とかも先にチャッチャと排除するためにはどうすればいいかって事になって、自分のステータスを底上げれして攻撃力上げればばいいかなって。後は一生独身でいるにはどうしたらいいかなって考えて聖女認定されればいいじゃん、てそれだけでした」
一気に捲し立てる様に喋り、そして又項垂れるミリア。
「見事な脳筋思考だな」
額を押さえる黒髪の美丈夫。
「はい・・・面目ないです」
「いや、お前の立場だとそう考えても不思議じゃないと思う」
「そうですかね? 」
小首を傾げるミリア。
「俺は三年前に思い出した時は、既にミゲルとして生きてきた過去が出来上がってたから、二重人格みたいになりかかって大変でさ。計画もクソも無かったよ。人格統合するために医者と魔道士の世話になって周りに迷惑もかけた」
遠い目をして空を眺めるミゲル。
「その時の感謝の意味もあって、俺は兄上の治世を出来る限り支えようと考えてる。でもお前は生まれた時から以前の記憶を持ったままで何とか自分の運命を変えようと努力してきたし、誰にも迷惑をかけてないだろう?」
「ウ~ン、確かに」
「それに生まれたばっかりの子供に他の手立てなんか無かっただろうし。聖女を目指したり体を鍛えたりも、きっかけが前世の記憶ってだけだろ。お前がお前じゃなくなる訳じゃない。ミリーはミリーだ」
「ミゲル様は『ヒジリシンゴ』が私の中に居なくなっても平気ですか? 」
「平気っていうより、もうミリーの一部だっていう認識でしかねえよ。俺の中の宮田望美がお前の中のヒジリシンゴに過剰反応してキスしちまったけどさ~・・・ 」
そこまで言って、思い出したせいで急に二人共顔がボンッと赤くなる。
「あと、俺は今生では男だし。ちゃんとその、なんつうか、恋愛対象は女性だ。『今の人生に迷いはもうない』って一昨日言ったのはそういう意味でもある」
「え、じゃあお嫁さんも貰うって事ですか! 」
「まあな。王命があれば従うだけさ。俺は王族だからな」
手元にあった金属製のマグを再び持ち上げ、その中の水を飲み干したミゲルは何処か遠くを見ているようにミリアには思えてならなかった。
今日も恋の歌うたってる~♪
執筆者は昭和生まれ♪~~




