皇太子殿下の呟き
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私とディの出会いは九年前。
トリステス帝国の大使館だった。
ハイドランジア王国の外交官で彼女の父親であるティーダー伯爵に面会をしに訪れた時である。
その頃彼女は六歳。私は十五歳だったと記憶している。
「父は今トリステス帝国のお客様と来客室で御座います」
幼く小さな姿で既に淑女としてしっかり教育されている対応に驚かされた。
何しろあの妹しか身近に若い女性はいなかったのだから仕方ないのかもしれないが。
先触れも出さず突然訪れた私に対して、お客様だからとメイド達を指示して来客の準備を急遽させて、侍従を父親の元へと走らせた・・・何て優秀な子供だろうと感心した。
それを口に出して褒めると、頬を染め幼いながら見事なカーテシーをして父親と入れ替わりに部屋を出て行ったのを覚えている。
その後何度か大使館を訪れる事が多々あったがそれ以来会うことはなく、彼女の事は記憶の隅へと押しやられて行った。
一年後大使館で行われたティーパーティーに招かれて参加した時に我が妹より四歳以上年下と聞き驚いた。自分の妹よりずっと大人じゃないか?
参加した弟と一緒に自分らの妹と思わず見比べてしまった位である。
ピンク色の可愛らしいワンピースを着て、花が綻ぶ様に微笑みながらその時初めてきちんと自己紹介を受けた。
彼女はとても聡明で慎み深い美しい貴族女性になるんだろうな。
そう感じたときに、不覚にも既に恋に堕ちていたらしい。
はっきりと自覚したのは、護衛兼幼馴染みのディーンに指摘された時だった。
「主、デレデレになってますよ。手紙書いてる時も読んでる時も。ニヤニヤし過ぎでヨダレ垂れてません? やだな~・・・ 」
これには自分でも狼狽えた。
彼女とは文通を通じて友人として接しているつもりだった。
それが何と、九歳も年下の少女に! 一国の皇太子ともあろう者が!
べた惚れだった・・・
愕然とした。
自慢じゃないがこれでも大国の皇太子である。
各国の美姫や、国内の有数貴族達からの縁談は十二の歳を過ぎた辺りから釣書がわんさか送られてきていた。よりどりみどりの立場なのだ。
なのに友好国の外交官の伯爵位の娘に!
しかも相手は十歳だぞ!
慌てた。本当に慌てた。
しかもタイミング悪く皇太子としての閨教育なんかもあったりしたものだから露骨に恥ずかしくなり、どうしていいのか分からなくなりパニックになった。
何かの思い違いかもしれないと思い手当たり次第に貴族の娘達との茶会やらパーティー等に顔を出し続けたら、終いには女好きのレッテルを周りから貼られてしまった。
あれは父親である皇帝陛下の日頃の行いのせいもあるだろうが・・・アレの息子だからと周りに納得されてしまったのだ。
そして、ディの手紙でサッサと婚約者を決めないとこのままでは悪評が広がってしまうのではないかと心配され、帝国内の貴族のオススメ女性達のリストを送り付けられてしまったのだ・・・その時丁度彼女は十二歳直前で、私は知らなかったがティーダー伯爵一家が帰国する準備に入った頃だったらしい。
ショックで立ち直れなくなっていても皇太子としての仕事は待ってくれることもなく、忙しくしているうちに彼女は家族と共にハイドランジアに帰ってしまっていた。
「あれ、何でディの手紙が国際郵便なんだ? 」
そう言った途端に
「あの子はハイドランジアにとっとと帰りましたよ。主は何言ってるんですか? 寝ぼけてます? 」
ディーンの一言で気がついた。国の教育システムで十二歳に入学しなければいけないと手紙に書いてあったではないか!
「え? ちょっと待ていつの間に? 」
「えー、嬢ちゃん帰ったのって先々月ですよ。丁度皇帝陛下が帰ってきてたんで外交官の挨拶は陛下の謁見で終わりだったと思いますよ」
「え? 何で俺知らないの? 」
「いや、事務官がちゃんと連絡してましたけど? 陛下が謁見するから大丈夫かって。んで、主は分かった分かった、陛下に一任するってその場で言ってましたよ」
「・・・覚えがない」
「・・・マジすか。あちゃ~ 嬢ちゃんの作った独身貴族女性のリストとにらめっこしてた時期でしたからね~ 聞いてなかったんですかね」
「・・・・・・」
「まあ、無事国際便で文通続いていきそうで良かったじゃないすか」
「・・・・・・」
逃した魚は大きく感じると云う言葉があるが、そんなもんじゃなかった。
いつでも会えるとか、歳が離れすぎていて恥ずかしいとか、フラレるんじゃないかとか、そんなバカみたいな事ばっかり考えないでちゃんと自分の気持ちを彼女に吐露しておけばこんなにも後悔しなかったのに・・・
彼女がハイドランジアの第一王子の婚約者筆頭になったと手紙に書いてきた時に目の前が真っ暗になった。
落ち込んで幼馴染みのディーンにはウザがられた。
そして、今回フリージア城での茶会が第一王子アレクシス殿下の婚約者選定の為のものという触れ込みであることを我が国の間諜達の情報で知った。
「ひょっとして、何かの都合で王子妃の選定のやり直しッスかねえ~ 」
ディーンのその一言で、今自分はこの美しく成長した女性の手を取る事が出来たのだ。
ひょっとしたら、まだ間に合うかもしれない? その一縷に望みをかけて頑張ろう。
無様にフラレようがどうしようが構わない。
この気持ちをキチンと彼女に伝えなければ、一生後悔する。
××××××××××
「あのね、ディ」
「はい? 」
ああ、夢にまで見た彼女が目の前にいる。この感謝を誰に伝えばいいのだろうか?
「素敵なドレスだね。昔はピンク色ばかりだったよね? 」
「あれ? ああ。そうでしたわ、母が子供の時は絶対娘にはピンク色と決めていたのですわ」
伏せ目がちにしていた表情を急にキョトンとした顔に変えた彼女にドキリとした。
「へえ、じゃあ今は? 」
「今は、好きな色を選んでおりますわ。特に今日は・・・」
「ねえ、そのドレスもアクセサリーもサファイアブルーなんだね。ウェストのサッシュはチョレートブラウン・・・あれ? 」
「今日は絶対に御慕いしている方の色を纏いたかったのです・・・」
「あ、ひょっとして・・・」
頬を薔薇色に染め目を伏せ目がちにして俯く君の姿が、引っ込みそうになる勇気を思い出させてくれる。
「ディ、聞いてくれる? あのね」
十歳近く年上の男の無様な初恋と思い続ける不器用さを・・・
ダイジョウブロ●コンジャナイヨー。
許容範囲(≧▽≦)タブン。




