あるカヴァネスの呟き
子守のおねいさんの話ですよねw
私の名前はリンダ・テレッセ。
トリステス帝国の騎士団に所属している女性護衛騎士だ。
家格は伯爵位を賜っている。
本来私の任務は女性皇族の護衛であって、家庭教師は本業ではなく女性皇族の護衛任務の為必要に迫られ上級貴族の教育を受けただけであり、そもそも人に教えられるようなシロモノではない。
実は今のトリステス帝国には女性の皇族がロザリア第一皇女しかいない。その為第二皇子ゲオルグ殿下より皇女殿下の護衛任務を私は与えられた。
だが、このロザリア皇女。トリステス帝国の皇族の恥部と言っても差し支えない位、兎に角我儘が酷かった。
早くから母である皇妃がいなくなり我儘放題で育ってしまったらしく癇癪を起こす間隔が一時間に一回の割合と言われていて、皇城の侍従長も侍女頭もメイド頭もお手上げだった。
家庭教師もダンスの教師陣も入れ代わり立ち代わりで、長くて一週間短くて二日で自主退職をしてしまう。
皇帝陛下も流石にこれ以上は彼女を教えられる者は居ないだろうと匙を投げかけたが、皇太子殿下と第二皇子殿下が私に目を付け家庭教師兼護衛侍女としてロザリア皇女に仕えるように手配した。
まあ、すぐに暴走するロザリア皇女の体の良い見張り役でもある。
気性の激しい皇女に仕えることの出来る胆力のある女性が私以外に居なかったらしい。
さて、一見可愛らしい容姿はしている皇女だが自意識過剰で自惚れが強く、打たれ弱い癖に案外執念深い。その上俗に言う面食いである。
私が側仕えになる八年前位にハイドランジア王国の王弟殿下が帝国においでになられた時に一目惚れをしてしまい、一昨年皇帝陛下経由で婚約の申込みをしたのだが即答でお断りをされ釣書も返却されたらしい。
ハイドランジアの王族は血族的に光属性を確実に継承すると言われている、引く手あまたの優良物件だ。
見目はどうあれ、こんな平凡以下の礼儀作法しかできぬ皇女でなくてもいいのだから私でも納得する当然の結果だと思う。
だが、彼女の頭の中には会えば何とかなる筈というトンデモ理論が構築されているようで、何度も王国に押しかけては会う度に婚姻をミゲル殿下に迫るという醜聞を繰り返した。
一番の直近の悪行は殿下のお住まいになられている離宮へ許可もなく押し掛け、真夜中に寝所に不法侵入するという暴挙を仕出かして今やトリステスとハイドランジア両国を挙げて王弟殿下との謁見を阻止されるという大変希少な存在になってしまったらしい。
両国間の話し合いで真夜中の暴挙は無いものとして扱われる事が決まり、極秘事項とも禁忌ともされており一般には知られていない。
皇女の狙いは恐らく真反対であったと思われるが、両国のトップもそう簡単に小娘の浅知恵に騙されなかったようだ。
そんな経緯もある彼女が現在ハイドランジア王国に、滞在させて貰えている事自体が奇跡なのだということが理解できないのが不思議でならない。
尤も、オフィーリア王妃に頼み込み物見の塔から殿下を盗み見したものの、王妃にはやんわりとやり込められた上に殿下の側には既に太刀打ちできないお相手が居たようで、ヒステリックに怒り続けている。
このまま諦めてくれれば平和だろうが彼女の未来を背負わされてしまった私の立場としてはどちらにせよお先真っ暗な状態である事には何の代わりもないというのが本当の所である・・・
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「ねえ、リンダ」
ロザリア皇女がケーキを手にしたまま、こちらを向いた。
「何でしょう? 殿下」
「このままハイドランジア王国の王宮に住めないかしらね」
「・・・」
リンダの眼鏡の奥の目がギラリと異様に光る。
「ロザリア皇女様? 」
「冗談よ。あ~あ、せっかくハイドランジアまで来たのに一度も殿下にお会いできずに帰るなんて、つまらないわ」
「・・・殿下。今回ハイドランジア王国に、入国出来るだけでも殿下の場合は奇跡に近いのですよ。分かっておられます? これ以上の醜聞は引き起こさないという第二皇子殿下とのお約束をもう破られているのですから」
頬をぷくっと膨らませ
「わかってるわよ国に帰ったら三年甘味の禁止なんでしょ? 」
「これ以上起こしたら、一生かもしれませんけどね」
皇女が手に持ったケーキをフォークごとポロリと取り落とす。
「美容にも良くありませんし、丁度宜しいかもしれませんね。ああ、お飲みものの甘味やフルーツというものも御座いますわね・・・」
口の端を持ち上げるリンダ。
「リンダ」
「はい、何でございましょう」
「ワタクシこれからは」
「はい? 」
「トリステス王国に、来ないようにするわ」
「はい」
「だからゲオルグお兄様には黙ってて頂戴」
引きつりながら笑顔を顔に貼り付ける皇女に
「いえ、ワタクシの上司は第二皇子ゲオルグ・トリステス殿下ですので、全て報告させていただきます。その点はご了承下さいませ」
ニッコリと笑顔で答えた家庭教師兼護衛侍女であった。
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