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ブタ貴族の騎士

 我々の紹介をする前に、我らの雇い主について話そう。

 その方が手っ取り早そうだから。

 

 「ストランの絵画はまだ見つからんのか! またガガンから苦情が届いているのだぞ!」

 

 と、我に向かって怒鳴っている方が主だ。

 

 ダグラス家という魔族の名門の生まれで、敗戦後もセイブレイ内での流通で没落を免れた貴族。

 ダグラス家現当主のヴィッツ様だ。

 

 通称ブタ貴族。

 桃色の三角耳にバネの様に渦を巻いた桃色の尻尾と、立派過ぎる腹回りから付いたあだ名である。

 

 「は、現在も目下捜索中であります」

 

 そして今ヴィッツ様に頭を下げているのが我。

 我が名はロレンス。

 騎士である。

 

 騎士は金では雇われない。

 傭兵とは違う。

 そう思っていた。

 

 だがまぁ何の因果か、我はヴィッツ様に雇われた。

 金で。

 情けなくもなる。

 騎士を名乗っている身で金のために仕えるなど何たる有様かと、戦死した父にブチ転がされかねない。

 

 

 

 

 さて話を戻そう。

 なぜ豚……ではなくヴィッツ様がお怒りになられ遊ばされになっておられるのか。

 ヴィッツ様は旧都から他の町、そして他の町から旧都への売りと買いで儲けている。

 貴族の癖にやっていることは商人のそれだ。

 そして、ポークビッツ様……ああ間違えた。

 ヴィッツ様が旧都から東にあるガガンという町に売るはずだった、ストランの絵画、という品が納品出来なかったのだ。

 

 ストランの絵画というのは、五十年以上前、魔王様がまだ存命だった時代に活躍した、とある兵士を描いた一枚の絵だ。

 要するにストランはとても強い兵士で、いくつもの活躍を後世に残している。

 ストランの死から半世紀以上経った今でさえ、魔族の子供はストランの活躍をまとめた話が大好きだったりする。

 敗戦後の今となっては過去の栄光でしかないが、ストランは人気だ。

 

 ヴィッツ様は多くのお金を支払ってストランの絵画を手に入れ、より高い金額でガガンの町に売りつけようとしていたのだ。

 

 ガガンの町は昔の最前線であり、今はテレジッドからくる人間にとっての玄関でもある。

 セイブレイの文化や価値のある品を見せる場所の意味合いが強い場所だ。

 ストランの絵画は是非手に入れたかったに違いない。

 

 貴様ら人間はこの英雄ストランに苦しめられたのだぞと見せつけてやりたかったのだろう。

 負け犬の遠吠えと思うなかれ。

 かつての英雄を知らぬ者や後世に伝えるのは大変に光栄な仕事なのだ。

 

 しかし、ストランの絵画は旧都の東門からガガンの西の検問所に至るまでの間に紛失してしまった。

 旧都に住んでいる一貴族でしかないヴィッツ様は、ガガンの町を相手に散々高圧的な交渉を続け、ようやく高く売る約束を取り付けたというのに、肝心の品が届いていない、という事態なわけである。

 大問題である。

 一貴族の身でガガンの町に強気に交渉した結果がこの様である。

 ガガンの町から苦情が届くのは当然である。

 いつにも増してブタの餌……じゃなかった。

 ヴィッツ様の食事と酒の量は増えている。

 

 「ブ……ヴィッツ様」 

 「おい貴様! 今ブタ貴族と言いかけたな!?」

 「いえ、噛んだだけです。決してブタなどと申すつもりはございません」

 「せめて貴族を付けんか!」

 「では今後はブタ貴族とお呼びしても?」

 「良いわけあるか!?」

 

 ダブダブの頬をブルブル震わせながら憤慨する様は、まさに怒り狂ったブタそのものであるな。

 

 「もうよい! さっさとストランの絵画を探し出せ!」

 「しかしブタ貴族様」

 「やめよと言ったであろうが! 貴様はいつもそうだ。敬う気持ちをかけらも持っておらんよな!」

 「我ら騎士団は幾度となく旧都からガガンの町の西までを往復し、捜索を続けてまいりました。しかし今のところ見つかっておりません」

 「改めて言うまでも無いわ! 知っておる! 昨日貴様が報告したことであろう!」

 「はい。なのでこれ以上探しても意味が無いというのも、言うまでもないことでございます」

 「いちいち癪に障る言い方をするな! 往路に無いというのならこの旧都にあるやもしれぬではないか! 旧都内を探すのだ!」

 「っち。旧都がどんだけ広いと思ってんだ」

 「な! き、貴様今」

 「荷車にストランの絵画を積み込んだことは確認が取れております。旧都内にはおそらく無いかと」

 「良いから探せ! 見つけ出せ! なんとしてもだ!」

 「あまり大声を出されますとお体に悪うございます」

 「貴様に心配される筋合いはない!」

 「声が大きすぎて我の耳が痛いと言っているのですが?」

 「ぎ、ぎ、ぎざま゛ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 「では捜索に行ってまいります。見つけ次第戻ります」

 

 ヴィッツ様の憤慨の声を背に、さっさと部屋を出て扉を閉める。

 これはほとぼりが冷めるまで戻らないほうが良さそうだ。

 早めに手下のところに行って任務を言い渡さねば。

 

 ヴィッツ様が怒りのあまり我を忘れ、この我を追いかけてこないとも限らない。

 せっかく雇われたというのに解雇を言い渡されては困るのだ。

 何せ金がない。

 騎士の肩書さえあればどこでもやっていけると思っていたのだが、なぜが我はどこに行っても嫌われてしまい、騎士人生を転がり落ちて行ったのだ。

 転がり落ちた先がヴィッツ様のところというのだから笑えない。

 かつての偉人は言った。

 正直は美徳であると。

 なぜこうも我と接した者、特に位の高い方々は我を煙たがるのだろう。

 こんなにも正直かつ礼儀もわきまえているというのに。

 

 「礼儀があって正直なのは認めますが、礼儀が無礼になって正直さが嫌味や皮肉になって届いているのが原因かと」

 「そうは言われてもな」

 「金で雇われている時点で騎士って感じしねぇですし、その口の悪さで騎士を名乗って許されてる方が不思議ってもんでさ」

 「礼儀正しいと思うが?」

 「言葉遣いは正しいかもしれません」

 「あと所作っすね。ただ言っている内容はちょっと……」

 「ちょっと、なんだ?」

 「「なんでもありません」」

 

 いかん。

 いつの間にか横を歩いている部下二人が無駄話を始めてしまい、つい乗ってしまった。

 

 「ブタが直接要らぬことを言いに来る前に出るぞ。ポークビッツが絵画を諦めるまで、探すフリをしながら適当にぶらついておけ。万が一絵画を見つけたら報告するように」

 「へーい」 

 「うーい」

 

 ありもしない物を探すなんて無駄である。

 我はもちろんお断りであるし、部下にそんなことは命じられない。

 よってこの指示は妥当である。

 ん? すると、もしかしたらヴィッツ様は、遠回しに我らに休暇を申し付けたのかも知れぬな。

 

 ……いやないな。

 ブタにそこまでの知恵があるなら、家畜の立場には甘んじまい。

 

 「ロレンス様、今ものすごく失礼なこと考えてるでしょ?」

 「何を言う。ヴィッツ様のお考えを真面目に考察していたところだ」

 「なるほど納得っすわ」

 

 

 

 

 我はこれでも真面目な騎士だ。

 部下にはああ言ったが、一応旧都の中で、ストランの絵画を探し歩いたりはする。

 

 そう言うことにしておく。

 

 実際は暇つぶしだったことは確かである。

 

 我は絵画探しという名の休暇を満喫するため、歓楽街に赴いたり……

 言い間違えたのでやり直す。

 我は絵画探しのため、旧都の中の怪し気な雰囲気の場所を練り歩いてくまなく探しまわった。

 歓楽街など実に怪しい。

 なにか良からぬことを考えていそうな者の集まる場所だ。

 わかったことと言えば、我は運が良いということだろう。

 絵画を探していただけなのだが、賭博場の店員に話しを聞きつつサイコロを転がしていたら、懐が温かくなったりした。

 いや実に運がいい。

 

 賭博場で得られた情報は、どうやら歓楽街とスラムの方では最近スリ被害が多くなっているとのことだった。

 財布が知らぬ間に無くなっているというだけなのだが、ただ無くしたにしては不自然なくらい財布が消えたという話が多いそうだ。

 実にいい情報だ。

 そろそろ我も財布を新しくしたいと考えていたところだ。

 我は早速スラムに向かった。 

 

 

 

 スラムは無秩序に見えて、それなりの歩き方とルールがある。

 例えば、スラムで暮らす子供がいる区画には、スラムの大人はあまり近づかない。

 例えば、スラムに住む者は、自分以外のスラムに住む者の情報は売らない。

 例えば、スラムに何かを建てるにはある人物の許可が必要になる。

 他にもいくつかルールがあり、それを破った者は自然と居なくなっている。

 

 なぜ騎士である我がそう言ったルールを知っているか。

 スラムに入って最初に目に付いた浮浪者に聞いたからだ。

 ほんの少し話して身分を明かせば、色々と語って聞かせてくれた。

 我の目的地は、スラムの北よりの奥。

 そこには闇市がある。

 盗品売り場だ。

 財布のスリが流行っているなら、盗んだ財布を卸す場所はここしかあるまい。

 我の目に適う良い財布が安く手に入るかもしれない訳である。

 

 

 

 

 いやはや全く我は運が良い。

 思わぬ収穫があった。

 良い財布を探そうと訪れた闇市で偶然見かけた、座布団ほどの大きさの紙。

 なんとなく気になって、なんとなくよく見てみれば、まぁなんというか……

 

 「……店主よ、それはなんだ?」

 「ストランの絵画だ。どうせ贋作(がんさく)だ。安く売ってもいい」

 「ぜひ買わせてもらおう」

 

 なんというか、まぁ……

 結果オーライということにしておこう。

 これで……ヴぃ、び? あ~……ビーツ様もお喜びになるであろう。

 

 

 

 

 

 翌日、我はヴォッツ様の家に戻ってきていた。

 貴族なのだから屋敷に住め貧乏ブタ、と言って差し上げたこともあったが、早口で何かをまくしたてられただけであったな。

 見つけた当日に行かなかったのには深い理由がある。

 決してもう一日くらい休暇を楽しみたかったからではないぞ。

 

 「ヴォツラク様。ストランの絵画でございます」

 「なぁ? 今没落っつったか?」

 「いいえ没ブタ様」

 「原型が無い上にこの上ない侮辱であるな! そんなに解雇して欲しいか? ああ!? ……だがストランの絵画を探し出したことは褒めてやる。もうしばらく雇ってやるから感謝するのだぞ」

 「ありゃーたきしゃーわせー」

 

 ダブダブの頬を膨らませ、フゥと安堵のため息を漏らしている……えぇと……我が雇い主。

 これでこれ以上の問題にならずに済むとか、上手く言い訳出来れば多少信用を失うだけで済みそうだとか、そういうまことに浅はかな独り言を漏らしている。 

 もう戻ってよいのであろうか?

 

 「ところでロレンス。これはどこにあった? 申してみよ」

 「スラムの闇市、盗品売り場でございます」

 「つまり、東門から出発する前にコソ泥に盗まれていた、ということで間違いないな?」

 「恐らくそうかと」

 「コソ泥などに盗まれた間抜けの運び屋……は良いか。それよりもこのヴィッツダグラスに大恥をかかせたコソ泥を探し出すのだ!」

 

 そうそうヴィッツ様。

 ヴィッツダグラス様が我の雇い主であった。

 忘れかけていた。

 危なかった。

 そのうち本当にブタ貴族様と呼ぶ羽目になっていたな。

 

 で、また何かを探す仕事のようだ。

 まぁまだ見つかっていませんと報告し続ければ休暇と同じである。

 いくらでもサボれる仕事のなんと素晴らしきことか。

 

 「ありがとうございます」

 「あり、え? なぜ礼を言う?」

 「あ、いえ間違えました。かしこまりました我が雇い主」

 「そこは我が主と言え」

 「雇い主は雇い主です。けっしてブタに仕えることが不服なわけではありません」

 「な、貴様! ブタブタと何度も言いおって! 次にブタと口にしてみよ! 叩き切ってくれる!」

 「かしこまりましたブー。それでは失礼いたしますブー」

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ! もう許さん! 許さんぞロレンスゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」

 「ヴィッツ様、ブタの鳴き声はアアアやウウウではなく、ブーブー、ですよ?」

 「ぶ、ぶ、ぶ、ぶっ」

 「お上手ですよ。それでは失礼いたします」

 

 背後から、ぶッッッ殺してくれる! と怒鳴り声が聞こえてきたが、まぁいつものことなので気にはならない。

 

 しかしため息が出そうである。 

 何かを探すのは面倒なことこの上ないのだ。 

 まぁ休暇代わりに使うので問題はないがな。

 

 「そう言うわけで休暇だ。好きに楽しめ」

 「ロレンス様、相変わらず無礼を極めていますね」

 「俺ら扉の向こうで聞いてたんすけど笑っちまいましたよ」

 

 盗み聞きとは質の悪い。

 我の元になぜこんな部下が集まって来るのか。

 

 「類は友を呼ぶ、と言いますし」

 「良いじゃないっすか」

 

 ま、いいか。

 

 

 

 

 運がいい、というのはいつまで続くのだろうか。

 財布新調のため再びスラムの闇市を訪れた我は、昨日ストランの絵画を買った盗品売り場で、見つけてしまったのだ。

 魔族の少年と盗品売りの男。

 我の目は、耳は、彼らへと注意を注いでいる。

 

 「あ、あの絵売れたんだ。いくらで売ったんだ?」

 「ありゃあ贋作じゃろ? 安く売ってやったわ。まぁ少しは儲けられた。またなんかあったら買ってやるから持って来い」

 「あいよ。あ、これいくらになる?」

 「また財布か。最近派手にやりすぎではないか?」

 「気ぃ付けるって。それでいくら?」

 「あぁ……悪くない財布じゃな」

 

 一目見て、少し話を聞いて、すぐにわかった。

 我の足はスタスタと彼らに近づいていく。

 そして、今しがた盗品売りに渡そうとしていた財布を持つ少年の手を、掴んだ。

 

 「これは我が直接買い取ろう。金貨一枚で如何かね?」

 「マジで!? あんた見る目あるじゃねぇか! 交渉成立な!」

 「うむ。良い財布である。ずっと新調したかったのだ。良い買い物であった」

 

 爬虫類の皮で作られ、メッキとは言え金の金具の付いた少し重い財布である。

 実に金運を高めそうなビジュアルは、盗品とは思えないほど小奇麗で、皮がテラテラとスラムの薄い光を反射させている。

 昨日から我は、実に運が良いな。

 

 「ところで、ここにストランの絵画を卸したのは君かね?」

 「え?」

 

 ああ、実に運がいい。

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[一言] 散々悪さをしまくったカイがこのあとどうなるのか・・・厳しい罰を受けるのか剣の力で何とかするのか・・・気になりますね(´ω`) 7話ですが、【乗っているも荷物は布がかかっていてわからないが…
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