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カイ

 デラの短刀を手に入れた俺は、真っ先に旧都の南東区に向かった。

 北西区がスラムなら、魔反対にある南東区は歓楽街だ。

 宿屋に飯屋に酒屋に娼館から服屋。

 他にもストリップバーとかフリークショーなんかの見せ物小屋に、カジノや小さな屋内闘技場もある。

 要は金がよく動く場所だ。

 表通りの屋台や通りの景観に気を使った喫茶店なんかより、欲望むき出しの南東区の方が大金が動く。

 

 人も物も多い。

 だから犯罪がバレにくい。

 ただしバレたら終わりだ。

 鉱奴や農奴としてテレジッドに送られるなんて生ぬるいことにはならない。

 南東区の裏側を牛耳ってる奴に殺される。

 普段の俺ならまず近づかない場所だ。

 

 だが、今は行く。 

 試したくてしょうがない。

 俺が手に入れた、デラの短刀がどれだけの物なのか、知りたくて仕方がない。

 

 

 

 この辺にはガラの悪い奴が多い。

 人間でも魔族でも金持ちか喧嘩が強い奴かの二種類が、南東区を我が物顔で闊歩できるからだ。

 俺みたいな薄汚い魔族は居ない。

 そんな南東区に俺が居れば絡まれるのは必然だ。

 

 「おい餓鬼ぃ。こんなところで何してんだよ」

 「ママにお小遣いでも貰ったのか? いくら持ってんのか見せてみろよ」

 

 とまぁこんな具合だ。

 タンクトップ姿のチャラそうな人間の男二人。

 今までの俺なら逃げていただろう。

 そもそも南東区に来ないしな。

 だが、今は違う。

 

 俺がベレー帽を目深に被っているから、俺の顔も俺が魔族であることにも気づいていない。

 なら、問題ない。

 

 俺は黙ってデラの短刀を抜いて、構えた。

 

 「あ? ナイフ持ったくらいで調子乗ってんのか?」

 「なかなかきれいなナイフじゃねぇか。痛い目を見たくないなら財布とソレ置いて失せろ」

 

 なんだか笑えて来るな。

 ワクワクする。

 こいつらみたいな奴から逃げなくていいって言うのが新鮮で、心がスッとする。

 

 「何笑ってんだよっ!」 

 

 俺の口元が笑っていたのが気に入らないらしいそいつを、というかそいつの顔を見た。

 デラの左手がそいつの顔面を掴んだ。

 距離は二~三メートルってとこだ。

 そいつがズケズケこっちに近づいてくる前に、デラの短刀を振り抜く。

 

 「な、なぁっ」

  

 間抜けな声と共に顔面を俺の方に強く引っ張られ、自分の足じゃ絶対に出せないような速度でこっちに突っ込んでくる。

 ぐんぐん迫るそいつを、半身になって避けつつ、足を引っ掛けてやった。

 

 顔面から地面に叩きつけられ、そのままでんぐり返しみたいに転がったそいつを見て、俺はまた笑った。

 愉悦が俺を笑わせる。

 嘲笑わせる。

 

 「無様すぎだろお前」 

 

 思わず感想が口を突いて出ちまった。

 

 「な、な、何が、てめえ何しやがった!?」

 「大声出すなようるせぇなぁ」

 

 狼狽えた声を聴いて振り返れば、もう一人のクズが俺を見て後ずさっていた。

 

 逃げても無駄だ。

 デラの左腕の射程は十五メートルらしい。

 今から逃げ出したって絶対に間に合わない。

 

 「どうした? ヤルのか? それとも逃げるか?」

 

 あぁ、こんな挑発をしたのは初めてだ。

 こんなにいい気分なのか、強者として弱者を煽るというのは。

 最高だ。

 

 「調子に乗んなクソ餓鬼がぁ!」

 

 はは、短気過ぎだろ。

 俺は青筋を立てて殴りかかって来るそいつの、股間を見た。

 デラの左手が、股間を掴んだ。

 

 変なもん握らせてすまん。

 

 「オラよ」

 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアっ」

 

 どうなったかって?

 わかるだろ?

 股間をものすごい勢いで俺の方に引っ張られたそいつは、股間を先頭にして俺に向かって飛んできたんだ。

 俺は避けた。

 そいつは両ひざから地面に落ちて転がって、股間を押さえて泡を吹いて失神した。

 

 「ハハ」

 

 なんだ、これ。

 

 「ハハハハハハハ」

 

 笑いが止まらん。

 

 「く、クフフフフフフフフハハハハハハハハハハハハハハハハッ」

 

 おかしいな。

 なんだこれ。

 おかしいだろ。

 

 「きヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ、ア、アハ、アハハハハハハハハハハハハァ!」

 

 なんで自分が笑ってるのかがわからん。

 今は思考がまとまらない。

 

 だが、わかったことがある。

  

 デラの短刀を持った俺は、もう今までの俺じゃない。

 

 あぁ、もう、なんて言うか……

 

 

 

 最高だ。

 

 

 

 

 

 適当に人目の少なそうな道を選んで歩けば、大人の情事に出くわした。

 路上での売春って奴だ。

 旧都に住んでる男なら一度は試そうとするんじゃねぇかと思う。

 俺もそうだった。

 やらなかったけどな。

 なぜか。

 スラム暮らしの奴は不潔だから、路上で体を売る女でもお断りなんだそうだ。

 病気になったら困ると。

 

 ちなみに、無理やりことに及んだアホが居たらしいが、めでたく女を病気に罹らせて粛清されたらしい。

 粛清の内容は聞いてない。

 この話が本当かどうかも知らない。

 

 そして、今の俺は別方向で興奮している。

 男女混じりの喘ぎ声を聞いたところで、隙だらけの獲物を見つけて舌なめずりするだけだ。

 

 脱ぎっぱなしのズボンから財布が顔を出している。

 

 「魔剣なんかなくても盗れそうだな」

 

 なんて独り言を漏らしてみても、行為に夢中の二人には届かない。

 

 デラの短刀を構え、振り抜く。

 スポッて聞こえそうなくらい、あっさりと財布が右手に収まっている。

 

 中身はショボい。

 もう女に金を渡した後らしい。

 ついでに脱ぎ散らかされた女の服も引っ張って、ポケットを漁ってみる。

 

 金の代わりに安そうな果物ナイフが入っていた。 

 強姦対策か金を払わない奴への脅しのためか知らんが、俺には必要ない。

 

 「ショボすぎて萎えるわ」

  

 クライマックス直前の男と娼婦に背中を向けて、若干下がったテンションを上げる何かを探しに行くとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 カジノ。

 いわゆる賭博場。 

 大金が動くとしたらここだと思ってやってきた。

 店の裏口だがな。

 

 中ではきっとサイコロを転がしたり弾を転がしたり、あるいは客が転がされたりしているんだろう。

 ここも当然スラム暮らしはお断り。

 というか歓楽街の大半はスラムお断りだ。

 金持ちの遊び場というブランドを守りたいって言うのと、単純に素行不良な客を少しでも減らすためだ。

 スラム暮らしで素行のいい奴なんて居ない。

 俺なんかまさにそうだ。

 盗人だからな。

 

 さて、カジノの裏口には、喫煙場所がある。

 一応店の敷地内だが、屋外だ。

 タバコを吸う客が多いのと、タバコの煙を嫌がる奴も多いからこんな場所作ったんだろうな。

 

 俺の狙いはタバコを吸いに出てきた客の財布だ。

 ちょうど今は誰も居ない。

 喫煙場所が見える角で体を半分隠しつつ、デラの短刀を構えて、客が出てくるのを待つ。 

 

 ……ちょうど出てきた。

 一人だ。

 扉を開けて外に出て、律儀に扉を閉めている。

 こっちに背中を向けている。

 ジャケットの裾から、尻ポケットに入れられた財布がチラリと見えた。

 その瞬間にデラの短刀を振り下ろす。

 

 「……ん? あれ? 財布が」

 

 間抜けな声が聞こえるころには、もう俺は移動している。

 右手にはもちろん、今しがた盗った財布を握っている。

 

 

 

  

 デラの短刀の使い方がわかって来た。

 少なくとも財布をスルに当たっての基本は、デラの短刀無しの普通のスリと変わらない。

 

 誰にも見られていない状態で、相手の意識の外から盗る。

 これだけだ。

 

 大通りでやるようなスリには向いてない。

 ぶつかった拍子や、密集地帯での、いわゆるどさくさ紛れのスリは、さりげなさが必要。

 キラキラ光ってきれいな魔剣を振り回しながらじゃ無理だって言うのは試さなくてもわかる。

 

 「……こんなもんじゃねぇだろ?」

 

 財布なんて魔剣が無くても盗れる。

 デラの短刀の真価はこんなもんじゃないだろ、なんて思って語りかけてみれば、刀身が鈍く光ったような気がした。

  


  


 

 今日盗った財布の中身は頂いて、財布はスラムの盗品を扱う闇市に出した。

 最初にボコった二人の人間のも含めて四つ財布があったんだが、高く売れたのはタバコの奴の一つだけだった。

 

 だが、いい収入だ。

 俺の盗人史上最高額だ。

 俺の根城のあたりでワーキャー遊んでいる餓鬼どもの分も含め、表通りの屋台で飯を買う。

 屋台の品をデラの短刀で盗めばよかったと気付いたのは、金を払った後だった。

 そして餓鬼どもに飯をくれてやった後、そもそも表通りのような人の目のある場所で魔剣は使えないと思い至った。

 

 「単純な癖に難しいな」

 

 

 

 

 

 翌日の俺は、寝起き一番にデラの短刀が手元にあるかどうかを慌てて確認した。

 夢だったんじゃないかと思ったんだ。

 昨日の体験が冷静になった今思い返すと、現実味を帯びていないような気がした。

 

 だが、デラの短刀はあった。 

 鞘から抜いてみれば、黒い影を孕んだエメラルドグリーンの刀身が俺を見つめ返している。

 

 俺は起き抜けから一気に目覚めたまま、出かける準備をした。

 デラの短刀は人目のない場所で財布をスルだけの魔剣じゃないことぐらいわかっている。

 今日向かうのは、東の門。

 テレジッドと荷物や人のやり取りをする検問所だ。

 

 

 

 旧都を含めたセイブレイの各町は、東側にだけ防壁がある。

 北東から東と、東から南東へ、半円を描くようにそびえ立っていて、西側半分には無い。

 西から攻められることを想定していないからだ。

 戦争相手は東のテレジッド王国だけだった。

 

 今となっちゃあ防壁なんて有って邪魔なだけだが、門には意味がある。

 テレジッドとの人と物の出入りを管理するには、出入り口を制限する必要があるからだな。

 東門と言っても旧都に入る門と出る門の二か所があって、入る門の方にしか検閲が無い。

 町に危険物を持ち込ませないためだ。

 だが出す分には何もない。

 素通りできる。

 俺が狙うのは出る方の門だ。

 

 「まだ朝だっつうのに、なんでこんなに込んでるんだか」

 

 見ただけで嫌になる列があった。

 東門からどこかに出かけようとしている奴の列だ。

 検閲が無いにもかかわらずこんなに並んでいるのは、門がまだ開いていないせいだ。

 

 「馬車馬車荷車馬車荷車徒歩荷車」

 

 並んでいる奴らをざっと見れば、どこへ何を持っていくか大体わかる。

 馬車に乗っているのは魔族で、行き先はテレジッド王国。

 セイブレイは魔族をテレジッドで鉱奴、農奴として売り払って金に換えてるからな。

 パス。

 荷車じゃなくて人が乗る用の馬車は大体テレジッド行だ。

 荷車はセイブレイの東の方にある、ガガンという町行だろうな。

 乗っている荷物は布がかかっていてわからないが、多分大したことない。

 隣町に荷車がいるような荷物を持っていく理由なんて、引っ越しくらいだろう。

 パス。

 最後に徒歩。

 これは旧都周辺の村に帰る奴。

 手荷物だけ持ってる。

 パス。

 

 全部パスしたら何しにここに来たのかわからん。 

 適当に通行人を装って、列の横をゆっくり歩いて品定めをする。

 

 馬車の窓から恨めしげな視線を投げかけられながら、ジロジロと横を通り過ぎる。

 金目になりそうで、なおかつ雑嚢袋に突っ込めそうなサイズの物はねぇかな。

 そんな感じで歩いていると、なんか騒いでいる奴がいた。

 

 「ああ最悪だ。 虫がいるなんて聞いてないぞ。ったくあのブタ貴族」

 「愚痴ってないで手伝え!」

 「虫苦手なんだよ」

 「知るか!」

 

 二台ある荷車の内の、後発の荷車の方で、二人の人間が言い争っていた。

 二人は荷車にかけてあった布を取っ払い、所狭しと詰まれていた分厚い本をパラパラ捲ってはページを手で(はた)いている。

 

 なんとなく事情を察した。

 ブタ貴族なる人物から本を運ぶように言われていたが、運んでいる本に虫が湧いているのを今になって見つけた、とかそんな感じだろう。

 

 本は高級品だ。

 知識の集合体だから、欲しがる金持ちは多い。

 あの荷車一杯に積まれた本が全て売れたら、一体いくらになるのか想像もつかない。

 

 「最高の獲物だな」

 

 朝からいい気分だ。

 早起きは得をすると言うが、ありゃ本当だな。

 

 俺は一番近い路地にサッと入り、二人の人間と荷車と、周囲の人目を確認する。

 

 人間二人は本に沸いた虫を叩き落とすのに必死。

 荷車との距離は十メートルぐらいか。

 朝だからか通行人は少ないが、門が開くのを待っている奴はそれなりに居る。

 

 人前でデラの短刀を振り、その結果本を俺の手元に引っ張ったら、魔剣と俺という不審者の存在がバレる。

 だが、俺とデラの短刀が見えなかったら?

 本が独りでに吹っ飛んで路地に消えるという不思議現象に見える。

 誰かが飛んで行った本の行き先を確認する前に、俺が本を持って立ち去れば、バレることはない。

 

 どうせなら虫を払い落した後の本を盗るか。

 

 俺はさらに一歩路地の奥に入り、俺を視認できる位置に居るのは、本の虫を叩き落としている人間二人だけになるように位置取りする。

 そして、荷車の側に積み上げられている虫を落とした後の本を凝視しつつ、デラの短刀を抜いて構える。

 デラの左腕がギューンと伸び、左手が本を掴んだ。

 

 「ふぅ……」

 

 頭の中で、本を盗った後の行動をシミュレーションする。

 まずデラの短刀を仕舞って、掴んだ本を雑嚢袋に突っ込んで、そのまま路地の奥へと走る。

 本を確認するのは後。

 魔剣と本という見られたら不味いものを隠すのが最優先で、その次は俺自身を隠す。

 

 「よし」

 

 俺は人間二人が完全に俺に背を向けるまで待ち、デラの短刀を振り抜いた。

 

 飛んできた本をしっかり受け止め、魔剣と本を仕舞い、走り去る。

 シミュレーション通りだ。

 

 東門の方から、変わった声も音もしない。

 本が独りでに吹っ飛んで路地に消えるという不思議現象は、もしかしたら誰の目にも映らなかったのかもしれない。

 

 ま、確認したりしないけどな。

 

 俺は本を持って足取り軽く、盗品を扱う闇市に向かった。

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