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魔剣を手に

 最近スラムの奥の方に建てられた店。

 ロミルワ鉄鋼店という名前だ。

 スラムに住んでる奴はみんな知っている。

 餓鬼ですら知っている。

 なぜか。

 

 関わってはいけない。

 手を出してはいけない。

 店が建つ前からそう伝わっているからだ。

 

 関わってはいけない理由は知らないが、あそこはホッキンスの縄張りだからだと言われている。

  

 そして、俺はそのロミルワ鉄鋼店にやってきていた。

 俺がバッグを盗んだ相手が、そこの店主だったと知ったのは、着いた後だった。

 

 「じゃあ手当てするね」

 

 そう言って女、ミルフォードは俺を店ではなく家の方に連れて行く。

 俺を椅子に座らせ、上着を捲り、痣になっている場所に軟膏を塗って湿布を貼る。

 

 俺はなされるがままだ。

 逆らう気はない。

 

 ミルフォードは俺に手当てを施しながら、世間話でもするかのような気楽さで話しかけてくる。

 こっちが生きた心地がしないのなんて関係ないとばかりに。

 

 もしここが本当にホッキンスの縄張りだったらどうなることかと、気が気じゃないんだぞこっちは。

 関わっちゃいけない店に入ったどころか、店主から盗みまで働いた。

 ホッキンスの怒りを買っちまったら、俺は……

 

 「カイ君は、盗人なんだってね」

 「あ、ああ」

 「じゃあやっぱりカイ君が適任だと思う」

 「何の話だよ……あと君は要らない。呼び捨てで良い」

 「そう? じゃあカイだね。僕のこともミルフォードって呼び捨てて」

 「……わかった」

 

 わき腹や胸、背中、腰、肩から腕、顔。

 痣になっている場所全部に軟膏と湿布を貼り終えたミルフォードは、もう一つ椅子を持って来て俺の前に置き、対面に座る。 

 そして、短刀を手に持って俺に見せる。

 鞘から抜き、真っ黒な細い影を孕んだ、きれいな緑色の刀身を見せ、俺を真剣な目で見た。

 

 「これは、デラの短刀っていう魔剣。君に譲るよ。使って」

 「……は?」

 「君にこれを使って欲しい。何のために使うかもカイが自由に決めていいよ。使い方はこれから説明するから」

 「待て待て待て。なんなんだいきなり」

 

 魔剣なんてセイブレイじゃ滅多に見ない物を見せ、俺に譲るとか、まじで意味がわからん。

 説明を求めたいが……聞いて良いのか?

 

 いや聞かなきゃダメだろ。

 

 「何がしたいんだアンタ」

 

 ミルフォードはちょっと固まってから、自嘲気味に笑って話し始める。

 

 「ごめんごめん。流石に単刀直入過ぎたね。えっと、まず秘密にしておいて欲しいんだけど、僕は魔剣鍛冶師なんだ」

 「お、おう……」

 

 いきなりのカミングアウトだが、まずこの時点でヤバい。

 セイブレイに魔剣鍛冶師いないはずだ。

 戦争に負けてすぐ、セイブレイに居た魔剣鍛冶師はみんなテレジッドに連れていかれている。

 魔剣は強力な兵器になるから、負けたセイブレイにテレジッドへ反抗する力を持たせないため、魔剣を持てる者はごく少数なうえ、魔剣鍛冶師は入国できないはず。

 セイブレイに魔剣鍛冶師は居てはいけないんだ。

 なのになんでこんなところに魔剣鍛冶師が居るんだ。

 

 あぁ、関わっちゃいけない理由はこれか。

 

 「で、僕は魔剣を造ることしか出来ないから、造った魔剣を使ってくれる人を探してるの」

 「……おう」

 

 説明になってねぇ。

 別に造んなきゃいいだろ。

 造るなら造るでテレジッドでやればいいだろ。

 なんで魔剣鍛冶師が居ないことになっているセイブレイで魔剣を造って、俺みたいな餓鬼に魔剣を渡して使わせたがるんだ。

 

 「それでね、カイ。君に使って欲しいなって思ったんだけど、ダメかな?」

 「なんで俺なんだ」

 「この魔剣と相性が良さそうだったから」

 「それだけ?」

 「あとはまぁ、縁みたいなのを感じたから?」

 「縁?」

 「そう。縁」

 

 ふわっとした理由過ぎて何とも言えねぇ。

 つかみどころがねぇ。

 こいつは一体何がしたいんだ。

 

 「一応条件があるの。二つ」

 「な、なんだよ」

 「一つ目は、僕が魔剣鍛冶師であることを秘密にすること。もう一つは、魔剣を使って見てどう思ってどう感じたか、たまに僕に教えてくれること」

 「それだけか?」

 「それだけ。飲めるかな?」

 「飲める。飲めるけど……」

 

 この魔剣を受け取ることには大きなリスクがある……ような気がする。

 俺に荷物を盗まれかけたミルフォードが、俺を手当てしたり、魔剣をほぼタダで譲る理由が見えない。

 安易に受け取るわけにはいかない。

 

 「メリットがあるよ」 

 「メリット? 俺にどんな得があるんだ?」

 

 ミルフォードは鞘から魔剣を抜くと、立ち上がって俺の横に、同じ方向を向くように立った。

 

 「机の上にコップがあるのは見える?」

 

 そう言ったミルフォードが指差した方を見ると、確かに机があってその上にはコップが置いてある。

 

 「このデラの短刀は、遠くにある物を引っ張ることが出来るの。見ててね」

 

 ミルフォードはスッと魔剣を構え、そして振り抜いた。

 魔剣の刃が空を切った直後、机の上にあったコップがヒュッと音を立てて、弾かれたようにこちらに飛んでくる。

 飛んで来たコップを、魔剣を持っていない左手でパシッと捕まえたミルフォードは、魔剣を鞘に戻してまた俺に向き直る。

 

 「この魔剣があれば、なんでも盗めると思わない? 財布でも品物でも、なんでも自分の手元に持ってこれるよ? これ、欲しくない?」

 

 欲しいか欲しくないかで言えば欲しい。

 だが、俺もずぅっと盗人で居たいわけじゃない。

 それに、俺を見るミルフォードの目は、どこか危なげだ。

 

 盗人の俺を咎めるでもなく、盗みは悪いことだと諭すでもない。

 それどころか、盗むのにものすごく便利な魔剣を、俺に渡そうと言う。

 

 こいつは、ミルフォードは、倫理観が破綻してるような、そう言う危険な奴なんじゃないだろうか。

 

 俺の心の危機感を払しょくするかのようにミルフォードは続ける。

 

 「別にね、盗みに使わなくたっていいんだよ? 使い方はカイに任せる。人助けに使うのも、怨恨を晴らすのに使うのもいい。なんなら売ってお金にしても構わない。誰かが僕が造った魔剣を使ってくれるなら、それで良いの」


 俺を見て、俺に魔剣を差し出す。

 ミルフォードの目は真剣だ。

 多分ミルフォードの言っていることは本当なんだろうと思った。

 

 別に俺じゃなくていい。

 自分が造った魔剣を誰かが使うことが目的なんだろう。

 そしてそこには、善悪の区別がないんだ。

 

 ……いやまぁ頭で色々考えては見たが、実は腹の中で答えは決まっていた。

 

 「約束する」 

 

 俺はミルフォードの差し出す魔剣を、手に取った。

 

 「ミルフォードが魔剣鍛冶師であること、そしてこの魔剣をミルフォードから受け取ったことは、絶対に誰にも話さないし、隠し通して見せる」

 

 ミルフォードはふっと息を吐くように真剣な表情を崩した。 

 そして随分と嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

 「ありがとう、カイ」

 

 溶けかけの薄氷の上に立っているような気分だった。

 いつか今日のことを強く後悔する。

 そんな確信じみた予感があった。

 そんな不確かな不安感を抱きながら、俺は確かに、魔剣を受け取った。

 

 

 

 

 

 ロミルワ鉄鋼店のすぐ横の路地。

 不気味過ぎて誰も近寄らないその場所に、俺とミルフォードはやってきていた。

 空っぽのカップを片手に持ったミルフォードは、俺から大体十五メートル離れた位置に立ち、俺の方を見据えている。

 

 「デラの短刀を構えてみて?」

 

 言われた通り鞘から抜き、適当に構えてみる。

 デラの短刀を持っているのは左手だ。

 利き手はフリーにしておいた方がいいとのことだったから、素直に左手に持って斜め上に、いつでも振り下ろせるように構える。

 

 すると、デラの短刀の刀身から灰色混じりの細長い黒い影が、俺の見ている先へと伸びた。

 

 「細長い影が見える? それはデラの左腕って言うの。腕の先には手があるから、そっちはデラの左手ね」


 刀身から伸びる影は腕で、先端は手。

 なんとなくだがいやにしっくりくる名前だ。


 「短刀を構えると、カイの見ているもの、視界の中心に捉えているものに向かって、デラの左腕は伸びていくの。このカップを見て」

  

 言われた通りカップを見る。

 するとデラの左腕は、ミルフォードの持っているカップへと延び、先端にあるデラの左手は、カップを掴んだ。

 ミルフォードがカップを動かすと、その手はカップを放し、ミルフォードの腰辺りを掴む。

 だが俺がカップを目で追うと、デラの左手はまたカップを掴んだ。

 なるほどな。

 

 「その状態で短刀を振り抜くと、カップを引っ張ることが出来るよ。自分のすぐ近くまで来たら勝手にデラの左手は手を放しちゃうから、右手でしっかりキャッチしてね。それじゃ、やってみて」

  

 言われた通り、短刀を振り抜いてみた。

 刀身は当然空ぶった。

 だが、ミルフォードが持っていたカップはものすごい勢いでこちらに飛んできた。 

 いや飛んできたというのは正確じゃないな。

 短刀の刀身から伸びるデラの左腕が、短刀の振り抜きに合わせて、ものすごい勢いでうねりながら縮んでいく。

 カップはデラの左手がしっかりと掴み、とんでもない勢いでカップをこっちに持って来ている。

 

 そして俺のすぐ近くまでカップが近づくと、デラの左腕も左手も霧散して消えた。

 その後もこっちに向かって勢いよく向かってくるカップは、なんとか右手で捕まえる。

 

 すると、ミルフォードはパチパチパチと手を叩いて、にっこり笑って近づいてきた。

 

 「初めてなのにちゃんと出来て偉いね! やっぱりカイを選んで良かったよ! 流石だね! すごいね!」

 「子供扱いすんな」

 「あ、ごめん。そんなつもりは無かったんだ。ごめんね?」

 

 見れば見る程不思議だ。

 このミルフォードという女はおかしい。

 見た目も、話してみて受ける印象も普通なのに、どこかが破綻している。

 

 魔剣鍛冶師の居るはずの無いセイブレイで魔剣を造り、知り合って一日もたっていない奴に渡す。

 秘密にするよう約束させて入るが、約束を破ったらどうするとか、守るためにこうするとか、そう言う約束を破るリスクについて何も言わない。

 そしてミルフォードが魔剣鍛冶師だとバレて、魔剣を一般人である俺に渡したことが表に出れば、ミルフォードもタダでは済まない。

 魔剣は兵器だ。

 一般人に渡すのは犯罪だ。

 そもそも魔剣は勝手に作っていいもんじゃなかったはずだ。

 

 そう言ういくつものリスクを背負って何がしたいかといえば、造った魔剣を誰かに使わせたいという、メリットの薄いことだ。

 

 リスクとリターンが破綻している。

 そしてそれを理解していながら、平気で実行しているように見える。

 

 「壊れてるんじゃないか?」

 「失礼な! 壊れてないよ! あ、でもそれ刀身は鋳造だし宝石で出来てるから、金槌で打ったら砕け散るよ。物を切ったりするのには使わないでね。魔剣は剣だけど、それは剣として使っちゃダメだからね」

 「あ、ああ。わかった」

 

 壊れてるんじゃないかと思ったのは魔剣じゃなくて、ミルフォードの方だったんだが、口に出ていた。 

 勘違いされてよかった。

 

 「……なぁ、ミルフォード」

 「何かなカイ」

 「ライダンのおっさんや、あのゴロツキ共を倒したのは、ミルフォードなんだろ?」

 「そうだね。僕だよ。あの路地真上の屋根の上から、デラの短刀で引っ張っただけだけど」

 

 やっぱりそうか。

 というかこの魔剣、デラの短刀は、人も引っ張れるんだな。

 屋根の上からライダンのおっさんやゴロツキ共を上に引っ張って、そのまま掴まずに落としたんだ。

 あの時は何が起きてるのか全く分からなかったが、そうか。

 このデラの短刀なら、ああいうことも出来るのか……

 

 デラの短刀は今、俺の物だ。

 

 「ありがとなミルフォード。あと、盗んだりして悪かった」

 「いいよ。僕は気にしてないから」

 「そうか。それじゃあ、俺は行くよ」

 「そっか。もう行くんだね。気を付けるんだよ、色々と」

 「ああ」

 

 ……気にする必要、あるか?

 ミルフォードがどんな奴だろうが、どんなリスクを背負っていようが、俺がこのデラの短刀を手に入れられたことが、俺にとっては何より重要だ。

 

 十五メートル以内にあるものは何でも手元に引き寄せられる。

 それがどんなに便利な能力なのか、俺自身まだわかっちゃいない。

 だが、これからの俺は、今までの俺には出来なかったことが、山ほどできる。

 そう言う確信がある。

六部になってようやく魔剣登場ですよ。

実に冗長だと思いませんか?

私は思います。


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― 新着の感想 ―
[一言]  倫理観が破綻が破綻している女の子っていいですよね!ここのワードだけでドキドキしてしまいました(^_-)  最後の「気を付けるんだよ、色々と」の色々にすごい意味深で不穏なものを感じました(笑…
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