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一人目の使い手

 国や地域によって文化が違うというのは当たり前だ。

 これも知識としては持っていたけれど、実際にテレジッドからセイブレイ旧都に引っ越してきくると、たくさんのカルチャーショック受けたりをする。

 

 例えば食べ物。

 テレジッドでお肉料理といえば牛肉だった。

 茹でたり焼いたり焙ったりして、色々名前を変えて食べられていたけれど、大体牛さんの肉だった。

 そして高級品でもあった。

 僕や兄や弟はあまり食べられなかった。

 

 でもセイブレイでは割とありふれている。

 庶民でも食べられる。

 そして牛さんじゃなくて豚さんのお肉だ。

 

 僕が表通りを歩いていて最初に驚いたのは、露店でお肉が売っていたことと、その値段の安さだったりする。

 

 今日は前から気になっていた露店で、豚肉を食べてみようと思う。

 

 スラムのある北西区から一番近い表通りに、ライダンズソーセージって言う露店がある。

 ソーセージを売っている露店だ。

 

 ソーセージって言うのは、豚肉をミンチにして、それを豚の腸に詰めて茹でたり蒸したり焼いたりした物で、僕はまだ食べたことがない。

 とても気になっている。

 ぜひ食べてみたい。

 ライダンズソーセージは、僕が見た中で一番大きなソーセージを売っていたし、もうそこで買うつもりになっている。

 

 早速仕事着の上から羽織りを被り、工具や貴重品、財布なんかをショルダーバッグに詰めて、ロミルワ鉄鋼店を閉めて出発する。

 

 「あ、そうだった魔剣魔剣」

 

 せっかく出かけるんだから、造った魔剣を使ってくれる人に出会えるかもしれないし、持っていかないと。

 僕は魔剣は羽織の内ポケットにしまい、早速ライダンズソーセージを目指して歩き出した。

 

 

 

 露店は時々場所が変わったりするらしいけど、目的の露店は相変わらず北西区に近い表通りに鎮座していた。

 早速お邪魔して、商品を覗いてみる。

 

 「いらっしゃい。まぁ見ていきな。他の店よりうちのが大きいしいうまいし安い。確かめてから買ってってくれて構わないぜ」

 「もう見て回りました。ここのが一番大きいのに値段があんまり高くないので」

 「お、いいねぇ! ちゃんとわかってウチに来てくれる客は大歓迎だ」

 

 店主のおじさんは魔族だけれど、別に変に遜った感じはしない。

 最近わかって来たのだけど、元魔王城なんかの公共施設で働いている魔族はみんな酷く人間に怯えていて、こう言う自営業なんかで働いている魔族の人は、人間を不要に恐れたりはしていないようだ。

 

 それはそれとして、商品に視線を落としてみる。

 

 赤っぽいのに黄色いのに、肉っぽいピンクの。そして黒茶色。

 いくつか種類があるみたいだけど、全部大きい。

 

 「美味しそうですね。この黒っぽいのは?」

 「それはブラッドソーセージだよ。ブタの血が入ってる。ああでも血なまぐさくないよ。血って感じ全くしないから。美味いよ?」

 「血が入ってるんですか? 斬新」

 「ここじゃ普通さ。テレジッドには無いのかい?」

 「テレジッドでは豚肉を食べたことないですね」

 「そうなのかい。豚はうまいよ。それに骨も肉も内臓も血も食える」

 

 へぇスゴイ。

 じゃあ逆に何が食べられないんだろう。

 蹄とかかな?

 

 わからないけど、とりあえず僕の興味はブラッドソーセージに注がれてしまった。

 もうこれが食べたいこれしか食べたくない。

 

 「じゃあこれください」

 「あいよ」

 

 僕の肘から手首までくらいの大きさのある赤茶色のソーセージを袋詰めしてくれるおじさんをしり目に、僕は足元に置いておいたショルダーバッグから財布を出そうとした。

 財布を出そうとしたんだけど、出来なかった。

 

 ベレー帽をかぶった少年が、僕のバッグをひったくって走り去ってしまったからだ。

 

 えぇっと……待って。どういうこと?

 セイブレイは地面に荷物を置くと自動的に落とし物判定になって、役場に届けられてしまうとか?

 僕が知らないだけでそう言う文化……いやいやそんなわけないよね。

 あー、つまり?

 いやいやいやそんなこと考えてる場合じゃないよ。

 それ持っていかれたら困るお金払えない。

 

 ……あ、もしかしてスられた!?

 

 「え、え!? あっまって!」 

 「あ? てめぇカイっ! 待てコラぁ!」

 

 颯爽と走り去っていく少年は、すぐに角を曲がって表通りから姿を消してしまう。 


 「ど、どうしよう。あ、いや追いかけなきゃ」

 「待ちな。おい!」

 

 追いかけようとした僕を止めたおじさんは、店の裏から魔族の男の人三人を呼び出した。

 

 「ほら仕事だ」

 

 おじさんがそう言うと、僕を一瞥した三人の魔族は少年を追いかけ始めた。

 状況が飲み込めない。

 

 「えぇっと?」

 「ああ、あいつらは用心棒だよ。よく盗みに入られるんだ。だから盗人を捕まえたら金を出すと言って雇ってたんだ」

 「あ、なるほど?」

 「ちなみに今アンタのカバンを盗ってったのはカイっつう餓鬼さ。盗みの常習犯。いつか痛い目見させてやろうと思ってんだ」

 「へ、へぇ……」

 「カイはクソ餓鬼だからな。口で言ってもどうせ伝わらねぇ。あいつらにボコボコになるまで殴られれば、盗みは悪い事だって理解するだろう。俺はあいつらと一緒にカイを追いかけるが、アンタどうする? ここで待ってるかい?」

 「あ、あぁ……ここで待ってます」

 「あいよ」

 

 おじさんはさっそうと露店に幕を張って閉店させると、魔族の三人を追いかけて走り出してしまった。

 

 ……

 

 

 

 

 追いかけたよ。

 一人ポツリと取り残されたのが寂しかった。

 でもそれとは別に、放っておくとカイという名前らしい魔族の少年が酷い目に合わされると思うと、止めたくなったんだ。

 僕は荷物さえ返してくれればいい。

 それを伝えて、ボコボコになるまで殴るなんてことをしないで欲しかった。

 だから追いかけたんだ。

 

 ライダンズソーセージのおじさんを追いかけるのは大変だった。

 おじさんは恰幅がいいのに足が速くて、僕は見失わないようにするのが精いっぱいというか、単純に僕の足が遅いというか。

 でも追いつけた。

 

 そして、遅かった。

 

 痛めつけられている少年と、頭に血が上った魔族の大人たち。

 見ていてとても気分が悪い。

 

 あまり深く考えず、僕は羽織の内ポケットから魔剣を抜いていた。

 

 

 


 

 

 

 

 俺に向かって振り下ろされる拳。

 足。

 四人分。 

 情けねぇことに、俺は蹲って耐えることしか出来ない。

 

 こいつら俺が盗んだバッグは放置で、俺を痛めつけることしか考えてねぇ。

 

 クソだな。

 

 ライダンのおっさんもクソ。

 ゴロツキ三人もクソ。

 俺もクソ。

 魔族にはクソしかいねぇ。

  

 俺が頭の中で悪態をつきながら、必死に暴力に耐えていると、突然間抜けな声が聞こえた。

 

 「ぇ、え、ええええええぇぇぇぇぇ」

 

 その声に驚いたのは俺だけではなかった。

 俺への暴行が止まった。

 気になってクソ共を見てみれば、どいつもこいつも間抜けな顔で困惑してやがる。

 

 そして一人足りねぇ。

 

 ライダンのおっさんを含めて三人だ。

 ゴロツキの一人はどこに行った?

 

 「ぁぁぁぁああああああああああ!」

 

 答えは直ぐに降って来た。

 ドグシャァという嫌に生々しい音と共に。

 

 わけがわからん。

 だがこのわけわからん事態は、俺やライダンのおっさんや他のゴロツキの理解が追い付かないまま進んでいく。

 

 「あ、あああああああああぁぁぁぁ」

 「なんだ!? 何が起こってるんだあああぁぁぁぁ」

 「や、やめろおおおおおおおぉぉぉぉ」


 次々の俺の視界から、俺をいたぶっていたクズ三匹が消えた。

 上に向かって飛んで行った。

 そして数秒後には降って来る。

 

 「ハグァ!」 

 「オゴォ!」

 「ヘブァ!」

 

 全く何が起こっているのかわからない。

 いやわかっていることはある。

 俺をいたぶっていた四人は、なぜか突然空高く舞い上がり、そして堕ちた。

 どういう理屈なのかがわからないだけだ。

 

 「い、一体何が起きた……?」

 

 尻餅をついたまま、自然とそう口にしていた。

 理解の及ばない現象に出会った時、口にする言葉はどうも月並みな台詞になるらしい。

 

 そして困惑している俺の顔を、おそらくこいつら四人を空に飛ばした犯人が覗き込んだ。

 

 「大丈夫?」

 

 驚きすぎて声が出なかった。

 目線だけを動かしてみれば、そいつが、俺がカバンを盗んだ女だとわかる。

 俺の顔を覗き込むためにしゃがみこんでかを傾かせて、黒髪がサラリと地面を撫でるのを目で追った。

 羽織の下は白いシャツに分厚いズボン。

 肩には俺が盗んだショルダーバッグをしょっている。

 片手にはぶっといブラッドソーセージ。

 もう片方の手には、宝石のような美しい緑色の刀身の、短刀が握られていた。

 

 「僕はミルフォード。君は?」 


 てっきり盗まれたことを怒っているかと思ったが、どうやらそうではない。

 怒気を含まない声音は、代わりに俺への心配が込められているようだった。

 ライダンのおっさんとは違うらしい。

 

 「……カイ」

 「カイ君ね。バッグの中身は抜いた?」

 「抜いてない」

 

 中身を軽く見ただけで、財布なり売れそうなものなりを抜き取る時間は無かった。

 嘘じゃない。

 

 ミルフォードと名乗った女は一度立ち上がると、片手に持った短刀を見て、それからもう一度俺を見た。

 目が合った。

 

 「あ~、見られちゃったし、いいか。何かの縁ってことで」

 

 ミルフォードはまず、片手に持ったブラッドソーセージにはむっと噛みついて、片手を自由にした。

 それから羽織りの内側に手を突っ込んで、短刀の鞘を取り出して、もう一方の手に持っていた短刀を鞘にしまう。

 そして咥えたブラッドソーセージを噛み千切ってモッチャモッチャ味わい、美味し、と一言漏らして、ソーセージを包み紙に戻す。

 

 そして、座り込んだままの俺に手を差し伸べた。

 

 「とりあえずウチにおいで。手当てするよ」

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