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その声は誰が為に

 初めて魔剣を使ってから、数日が経った。

 

 両親と一緒に、夕食の手のひらサイズの玉ねぎと人差し指サイズのニンジンで作った塩味のスープを飲み干した後、両親がウチに一着の服を渡してくれた。

 

 それはウチがねだった可愛い服に違いなかった。

 

 真っ白なワンピースで、大き目の襟にはレースで編んだフリルが付いていて、とても軽くて、サラサラした手触りで。

 清楚で可愛い服だ。

 

 きっと高かっただろう。

 魔族が買うような品じゃない。

 きっと足元を見られただろう。

 

 それでも、ウチが欲しいと言ったから、両親は買ってくれた。

 

 ウチは嬉しくて、でも同時に申し訳なくなって、パパとママに抱き着いてお礼を言った。

 貰ってすぐにワンピースに着替えて、両親の前でクルリと回ってみせた。

 

 禍々しい大きな巻き角と、太くて鱗まみれの尻尾が、真っ白なワンピースの清楚な印象を汚しているような気がして、見せるのには勇気が必要だった。

 

 でも、両親は喜んでくれた。

 

 「大きな角はヤクリの可愛い顔を引き立てていてよく似合っている。角があった方が可愛いよ」

 「ムチムチの尻尾もギャップがあっていいわ」

 

 そう言って、嬉しそうに笑って、ウチの頭を撫でてくれる。

 

 ウチはただ嬉しくて、その日の夜は、寝るまで両親に甘えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、両親が仕事に出かけた後、洗濯をするウチに魔剣がウチに話しかける。

 いつものことだ。

 

 「せっかく可愛い服貰ったんだから出かけなさいよ! 前みたいに魅力的な体になって出かけたら、チヤホヤされるに違いないわよ! ねぇ!」

 「いい。出かける用事なんてない。それに、真っ白な服を汚したくない」

 「暇ァ! 暇よ! 退屈は人を殺すのよ!? アタシを退屈でブチ殺すつもり!?」

 「魔剣に死ぬも生きるも無いでしょ」

 「わかって無いわね! アンタこのままだと宝の持ち腐れなのよ? 可愛い顔に、自由な時間に、アタシと言う最高の魔剣。活用しないなんて勿体ないわ! 活用すればきっと今よりずっと楽しい生活が出来るの! わかる!?」

 「ウチは今の生活がいいの」

 「嘘おっしゃい!」

 「嘘じゃない」

 

 ウチはやっぱり、この魔剣をあまり使いたくない。

 やっぱり魔族で庶民のウチが魔剣なんて代物を持っていることがまず危ないし、有名な危険人物であるホッキンスが関わっているかもしれないし。

 ウチにとって大好きなパパとママとの満ち足りた居間のこの生活は、そんな危ない物に関わらせていいようなものじゃない。

 

 「今日も買い物に行くんでしょ? どうせなら着飾って行けばいいじゃない。可愛い格好で出歩くのは女の義務よ! ボロなんて着て出かけるなんてもはや犯罪なの! いい!?」

 「何も良くない」

 

 ここ数日一度も魔剣を使っていないから、魔剣が日に日にうるさくなる。

 どうにかして元の持ち主、というか魔剣鍛冶師の、あの女の人に返したほうがいいような気もする。

 

 この魔剣を好きなようにしていいって言ってたし、返すのも自由のはずだ。

 

 「……アタシね、アンタのこと、少しは解るようになったのよ?」

 

 頭の中で魔剣を手放す算段を立てていると、魔剣が声色を変えて妙な駆け引きを仕掛けてきた。

 ウチが魔剣を手にして数日。

 使った回数は一度切り。

 それで何を言うのか。

 

 「ウチの何がわかるって?」

 「アンタが今の生活に満足してるってことよ」

 「そう。前からそう言ってる」

 「他にも、アンタは怖がりね。人間が怖いし、知らない物が怖いし、今までやったことが無い事も怖がってる」

 「わかってる。ウチは怖がり。それだけ?」

 「まだあるわよ。アンタはもっといい生活を望んでるし、可愛くなりたいし、チヤホヤされたい」

 「……はぁ」

 

 この魔剣は何を言っているんだろうか。

 そんなわけないのに。

 ウチは魔族の中でも恵まれてて、魔族の中でもかなりいい生活をしてるし、パパもママもウチを可愛いと言って、我儘だって聞いてくれる。

 これ以上望むものなんて無い。

 

 この魔剣は何もわかってない。

 

 「違うって思った?」

 「思った」

 「じゃあ、なんでアンタ、可愛い服が欲しいなんて両親にねだったのよ?」

 「なんでって……」

 

 別に、これと言って、言葉になるような理由なんて無い。

 ただ欲しかったからねだっただけ。

 

 「アタシを使ったあの日、アンタは可愛くなってたわ。顔だけじゃなく、全体がね。すれ違う人がアンタを振り返っていたの、わかってたでしょう? あの一時とは言え、自分が最高に可愛いってことを自覚してたでしょう? ボロじゃなくて、もっとかわいい服を着ていたらって、想像したでしょう?」

 「それは」

 「アンタの両親が買ってくれた服は、普通アンタの家くらいの生活じゃ買わないような物よ。もっといい生活をしてるお嬢様が普段着にするような、上等な一着。本来もっといい生活をしていなきゃ手に入らない物よ。今の生活に満足してるなら、そんな物を欲しがるはずが無いわ」

 

 ……つまりこの魔剣は、ウチが可愛い服をねだったのは、もっといい生活をしたいとか、可愛くなりたいと思っているからだ、と言いたいらしい。

 違うと言いたいところだけれど、何と言って良いかわからない。

 別に明確な目的があって、可愛い服が欲しいなんて言ったわけじゃない。

 だから、否定する材料が無い。

 

 でも、いい加減この魔剣に言いたい放題言われるのはうんざり。

 

 「うるさ」

 「でもそれで良いのよっ!!!」

 「わ! ほんとにうるさい」

 

 突然の大声にびっくりした。

 びっくりして石鹸水を地面にぶちまけることろだった。

 

 「もっといい生活をしたいとか、誰でも思ってることよ! 女の子が可愛くなりたいって思って何が悪いのかしら! チヤホヤされたくない奴なんてこの世にいないのよ! それが普通なの!」

 

 魔剣の剣幕は演説でもしているかのよう。

 というか声量からしてお喋りと言うより叫び声で、滅茶苦茶うるさい。

 うるさい。

 

 うるさいのに、ウチは聞いてしまっている。

 

 「アンタ、自分が魔族の中で比較的いい生活してるから、それ以上は望んじゃいけないって思ってるでしょ? それ、間違い。アンタのパパもママも、アンタに食事を用意させたり家事全部をやらせるような今の生活を、もっと良くしたいから必死に働いてんじゃないの?」 

 「でも、魔剣を使ったせいで、今の生活が壊れたら困る。魔剣を持ってるってだけで危ないんだから」

 「そん時はそん時よ! 上手くやるしかないわね! いい! アンタが今できる親孝行は家事で支えることよ! なら可愛い人間の娘に化けて、安くいい物を買って来てあげるのも大事なことよ! 良いもの食べればよく働けて給料も上がるってものでしょ!」

 

 ……そうなんだろうか。

 太いソーセージを買って帰った日、両親は確かに喜んでくれた。

 また、お肉を食べさせてあげたい。

 クズ野菜で作ったスープなんかより、もっといい物を。

 

 でも、この角と尻尾をつけたままじゃ買えない。

 

 「親孝行を抜きにしたって、アンタは可愛い服が着たいし、チヤホヤされたい。ねぇヤクリ。アタシを使わない理由より、使う理由の方が多いんじゃない?」

 「ちょっと待って」

 「どうせ買い物には出かけるんだし、せっかくなら可愛い服着て、角と尻尾も落として、可愛い服が似合ういい体で行きましょう? 買い物ついでにちょっとお散歩して気分転換よ。それくらい別にいいじゃない? ね?」

 

 いつの間にか洗濯の手は止まっていて、魔剣なんかの言葉に耳を貸していた。

 ウチは軽く頭を振って、止まっていた手を動かす。

 

 とにかく今は、洗濯を済ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 お昼を過ぎ、ウチはいつもの糸編みを止めて、魔剣を片手に、ママの姿見の前に立っていた。 

 すぐそばには、買ってもらったばかりのワンピースを丁寧に畳んで置いてある。

 

 「それじゃ、とりあえず脱いでみましょうか」

 「うん」

 

 シャツとズボンを脱ぎ散らかして、改めて自分の体を鏡で見てみる。

 少女と間違われそうな体型なのはもう言うまでもない。

 

 「はい、じゃあ前みたいに、角と尻尾から落としていくわよ!」 

  

 魔剣の刃を角の根元に当て、引く。

 尻尾の付け根に当て、下ろす。

 ほとんど抵抗なく切り落とされた黒い角と鱗まみれの尻尾が、ウチの足元に横たわる。

 

 「じゃあ次はお腹ね。おへそのあたりを細くなるようにお肉を削ぎ落して」

 

 言われた通りにすると、緩くなった腹巻のようにするりとお腹の皮膚がめくれ落ちる。

 そして切り落とされた断面は、染み一つないきれいな肌で覆われていた。

 不思議だ。

 

 「次は切り落とした方を刻んで粘土状にしましょうか」

 

 角と尻尾とお腹周りの皮膚を、全部まとめて一緒くたにして、魔剣で何度か切りつける。

 するとどんどん原型を失って、鱗が消えて、肌色の塊に変わっていく。 

 猟奇的過ぎて、一周回って現実感が無い。

 

 「うぇ……」

 「何えずいてんのよ! キレイになるためなのよ! グロくも無ければ痛くもかゆくも無いでしょ!」

 「そんなこと言ったって……」

 「普通のナイフで同じことしてみなさい? 死ぬほど痛いし汗も涙も止まらないし、あらかじめ胃の中を空っぽにしてないと吐瀉物まみれになるくらい辛いのよ!? しかも切り落とした方の肉からも血と油がにじみ出て汚いわ臭いわで、ほんとに地獄なんだから! アンタはそう言う嫌な部分全部無視して同じこと出来るんだから、しっかりしなさい!」

 「生々しいこと言わないで! ほんとに吐きそ……うッ、ぷ」 

 「絶対吐くんじゃないわよ! アタシに一滴でも吐瀉物をかけてみなさい!? 後が酷いわよ!?」

 

 それならどうして気持ち悪くなるようなことを言うのか。

 喉元までせりあがって来た朝ご飯だったものを何とか下に落ち着かせ、ウチから切り離され、刻まれてなぜか粘土状になった物を直視する。

 

 「良いわ。じゃ、また前みたいに最高の体にしてあげる。アタシの言う通りにするのよ」

 「わかった」

 

 

 

 

  


 

 結局魔剣の誘惑に負けて使ってしまったウチは、ちょうどお昼時に外出した。

 目的はお買い物。

 今日の我が家の夕飯の材料の確保がしたい。

 ついでにたまにはお散歩もしたい。

 

 あくまで、ついで、だ。

 

 表通りの真ん中を歩く。

 それだけでなんだか楽しい。

 この道がウチのものになったかのような気になる。

 そして、すれ違う人はみんなウチをみて、若干横にズレて、ウチが歩きやすいようにしてくれている。

 投げかけられる視線が好意的で、お昼時でごった返す表通りの中を悠々と歩けると言う優越感が湧いてくる。

 

 「どう? 悪くない気分でしょ?」

 

 そんな魔剣の囁きを、ウチは否定できなかった。

 

 「買い物は後でいいじゃない。昼に食材を買って家で調理するより、もっと遅い夕方に露店で買って、両親が帰って来る少し前に帰ればいいのよ。まずはアンタのお昼を済ませましょ」

 

 そうは言っても、ウチの持っているお金は多くない。

 外食なんてしたら、両親の夕食を用意できないかもしれない。

 

 「お金は気にしなくていいわ。アタシの言う通りにすればね。お腹空いてるでしょ?」

 

 ウチの心を読んだかのように魔剣が囁きを続け、ウチは魔剣の言葉に反抗する意思が溶けていく。

 

 「さて、暇そうでどことなく憂いのある、寂し気な人間のおじ様を探すわよ」

 

 待った。

 やっぱり魔剣に従うのは危ない。

 ウチに何をさせるつもりなのか、問いただすことにしよう。

いまいち展開が遅いですね。

もう少しテンポよく、行けたらいいと思っています。

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