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インスタント肉体改造

 表通りから伸びる細い路地。

 人目のないそこで、ウチは魔剣に言われるがまま鞘から抜いて、左手の小指の爪に軽く当ててみる。

 刃と呼べるか怪しいほど刀身が分厚くて、当てても何ともない。

 

 「そのまま押しなさい? 爪ならいくら切れても何ともないでしょ?」

 「切れるの? これ」

 「切れるわよ」

 「人の爪とか髪の毛を代償に、何か悪いことをしたりしない?」

 「アタシのこと悪魔か悪霊みたいに思ってるの!?」

 

 いかんせん怪しいさは拭いきれない。

 でもまぁ爪の白い部分くらいならいいか。

 言われるがまま、爪に魔剣をグッと押し込む。

 

 すると、溶けかけのバターのようにウチの爪が切れて落ちた。

 

 「すご」

 「落ちた爪を拾って見なさいな」

 「うん」

 

 またしても言われるがまま、足元に落ちた爪を拾う。

 爪切りで切った爪は断面が白かったりするけれど、今しがた切った爪は、繋がっていた頃のように透明な断面をしている。

 

 「アタシはアタシの柄を握っている人の体を、どこでも簡単に切断できるわ。痛みも無くね。そして切り落とした部分を、また付けなおすことが出来るの」

 「へぇ?」 

 

 拾った爪を、また小指の先に当ててみる。

 

 「……わぁ」

 「ね? 言ったとおりでしょ?」

 

 確かに切り落としたはずの爪は、ピタリと元通りに繋がった。

 

 「これであんたの角と尻尾、切り落としちゃいなさい。人間に見えるようになるわ」

 「……なるほど?」

 

 それは……魅力的だ。

 この大きな角と太い尻尾が無くなれば、人間に見えるに違いない。

 そして人間はセイブレイで魔族より優遇されていることも間違いない。

 

 ウチは自分の頭のすぐ横の、角の付け根に、魔剣を当てる。

 それからためらうことなく刃を引けば、頭の片側が軽くなる。

 カコン、という軽い音が足元から響いてきて、カラカラ転がるのは、さっきまでウチの頭についていた大きな巻き角だ。

 

 「ちゃんと戻せるんだよね?」

 「なによ! 疑ってるの!? 戻せるわよ! 何のために爪で試させたと思ってんのよ!」

 

 急に怖くなった。

 角が戻らなかったら、ウチはどうなるのか思った。

 両親になんて言えばいいのかとか、その後の生活をどうしようかとか。

 

 けれど、止める気にはならなかった。

 

 もう一本の角も落とし、最後に尻尾。

 シャツをまくり上げて、尻尾の付け根に刃を当てる。

 

 「ほんとに痛くない?」

 「疑り深い娘だね! 痛くないに決まってるわ! アタシはそう言う魔剣なの! もし痛かったら引っ付ければいいのよ!」

 「わかった」

 

 スゥっと息を吸い込んで、痛くて血がいっぱい出たらどうしようなんて考えて。

 それでも覚悟を決めて、刃をグッと押し当てる。

 

 冷たくて硬い刀身が、お尻のすぐ上を撫でる。

 

 「……言った通り痛くなかったでしょ?」 

 

 踵にベシッと当たった何かが、自分の尻尾だと気付くと同時に、そう聞こえた。

 ……確かに痛くなかった。

 ただ、足元に転がっている、直前までウチに繋がっていた尻尾を見ると、何とも言えない気分になる。

 

 「トカゲみたいね!」

 「ウチも思ったけど言わないで」

 

 腰が軽い。

 頭も軽い。

 今までずっとこんな重い物が付いていたのか。

 

 「これで良いの?」

 「良いわけないでしょ馬鹿! 角と尻尾をここに置いていくつもり!?」

 

 そうだった。

 尻尾と角が転がっているところを見られたら、何かの事件かと勘違いされてしまう。

 

 「魔族が魔剣を持ってる時点で事件か」

 「何言ってんの? それより角と尻尾拾いなさいな」

 「うん。どこかに隠して置く」

 「そんなことしなくていいわよ」

 

 冷たくて硬くて軽い角と、まだ生暖かい自分の尻尾を拾う。

 隠さなくていいとはどういうことなんだろう?

 

 「アンタ十七歳だったわよね」

 「そうだけど」

 「その割に胸はペタンコだしお尻も小さいし、くびれも無いし、腕も足も細い。正直、顔が可愛いだけで体は正直微妙」

 「うるさい。急にうるさい。なんでいきなり悪口言われなきゃいけないの?」

 「だから、その角と尻尾でいい体になるのよ」

 「……はい?」

 

 

 

 

 さっきまでウチに付いていた大きな巻き角を、魔剣で細かく刻んで、なぜか粘土状になったそれを、自分の胸にベチャリと押し当てる。

 すると、黒い角で出来た粘土が肌色になって、違和感なく胸が豊かになる。 

 

 鱗に覆われた太い尻尾も、魔剣でぶつ切りにして、お尻に貼り付けてみると、ぶつ切りの尻尾が張りのある肌色に代わって、お尻のお肉に張り付いた。

 太ももにも薄く切った尻尾を張り付けると、ムチムチの太ももに。

 くびれが無いと言われたお腹も、胸とお尻が大きくなると相対的に細くなる。

 さらに余計なお肉を魔剣でそぎ落として、細い腕に違和感なく継ぎ足していく。 


 ウチは魔剣に言われるがまま、自分の体を弄っていった。

 

 ものの五分で、ウチは人間に。

 それも可愛い女の子になっていた。

 

 「エロ可愛いわ! 童顔の下にそんな胸とお尻が付いてたらもう犯罪よね! 庇護欲と支配欲と性欲を同時に刺激する最高の女の体よ! アタシったらいいセンスしてるわね!」

 

 ボロボロのシャツを軽く押し上げる胸に、動くたびにちらほら晒されるお腹に、ズボンをちょっとキツく感じるお尻。

 これがウチ?

 いやこれはウチじゃない。

 ウチはこんなダラしない体じゃない。

 

 「一日中家事に買い物に内職なんてしてるから貧相な体になるのよ! 良いもの食べて、ちゃんと運動して、人と話して、ぐっすり眠る。それをちゃんとやっていれば、どんな女も最高に美しくなれるのよ!」

 「だからってこんな風にしなくても」

 「ボロボロのシャツにズボンなんて着てるからはしたなく見えるのよ! ちゃんと可愛い服を着てみなさい? はしたなく無くなるわ!」

 

 ……ちょっと想像してみる。

 角も尻尾も取れて、こんな風に年相応の体になって、フリフリが付いた桃色のワンピースを着ているウチ。

 ……悪くない。

 かわいい服を着られるというのが嬉しい。

 体型はこの際どうでもいい。

 

 それからふと、今の自分の体を見てみる。

 角で胸を豊かにしたせいで、シャツの裾が前側だけ浮かび上がって、おへそが見えている。

 ズボンに至ってはお尻周りがちょっとキツイし、ボロイからどこかが破れてしまいそう。

 

 ……なんでだろうか。

 ものすごく大事なものを失った上に、言いようも無い罪悪感を感じる。

 

 「パパ、ママ、ごめんなさい」

 「なに謝ってんのよ! むしろ誇りなさい! パパとママの娘はこんなにいい女に成ったってね!」

 

 これがいい女?

 体がちょっとエッチになっただけな気がする。

 いい女と言うより、嫌らしい女……

 

 「ウチはそんなんじゃない」

 「こんなにエロ可愛い子が露店にやってきたら、誰でも半額にしてくれるに決まってるわ! さ! さっさと買い物済ませて帰るわよ! 両親が帰ってくる前に戻さないと困るわよ!」

 「そうだった」

 

 ウチは魔剣に急かされるまま、魔剣の望むままに表通りの真ん中あたりをチョロチョロ歩いて、魔剣の言うソーセージの露店で、三人分のソーセージを買った。

 

 

 一番安いプレーンソーセージが、一本ウチの腕くらいのサイズで一人前。

 それが三本。

 全部で銅貨三枚。

 つまり一本銅貨一枚。

 ミックスビーンズ一人前より安いってどういうこと?

 

 「ライダンのおっさんは相変わらずだったわね! アンタを見て鼻の下デロデロに伸ばしちゃって、いい年こいてロリコンなのね! 滅茶苦茶まけてくれたし……もう行かないほうがいいわね!」

 

 魔剣がうるさい。

 でも、悪い気がしない。

 

 表通りの真ん中あたりを歩くなんて初めてだった。

 ウチは今まで、どこを歩いても見向きもされなかった。

 でも、今日はすれ違った人が、ウチを振り返って見ていたのがわかった。

 

 目立ってた。

 悪くないほうの意味で、目立っていた。

 何とも言えない高揚感がある。

 

 「良い顔ね! 子供はそう言う顔が一番かわいいのよ!」

 「ウチどんな顔してる?」

 「んー、ワクワクしてるって感じ?」

 

 そうか。

 ウチは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親は夕飯がソーセージで、大喜びしてくれた。

 お肉が食べられる機会なんて滅多に無い。

 ウチも嬉しい。

 

 高かったんじゃない? なんて食べ終わった後に聞かれたから、編んだ糸が高く売れたから大丈夫だと答えておいた。

 

 

 

 

  

 眠る前、魔剣はウチに話しかける。

 隣には両親が居るから、ウチは何も答えられない。

 だから魔剣の方から、一方的に語る。

 

 「まとめておくとね、アタシの特殊効果は、持ち主の体を自由に切り貼り出来るという物よ。細くしたい部分のお肉を削ぎ落して、太くしたい部分に削ぎ落としたお肉を張り付けたり、角や尻尾、手足、時には首も切り離せるわ。もちろん痛くも無いし怪我もしないし、首を落としたって死んだりしない。持ち主の好きな時に、切り貼りした部分を元に戻せるわ」

 

 ウチも心の中で頷く。

 そう言う効果で間違いないと思った。

 実際家に帰る直前で、戻したいと思ったら、胸もお尻も引っ込んで角と尻尾がふわりと生えて、元通りのウチに戻っていた。

 もし戻らなかったらと思うとぞっとする。

 

 「アタシについては……まぁ追々ね。アタシももう少しあんたのことが知りたいわ」

 

 魔剣はそれ以上は喋ろうとしなかった。

 魔剣が自分の特殊効果について語って、自分についてはまだ語らない。

 よくわからない。

 そもそも魔剣についても良くわからないのに、喋る魔剣なんてもの、もっとわからない。

 

 ウチはどうすべきなんだろうか。

 

 「パパ、ママ、起きてる?」

 

 ウチは小声で、そう言った。

 頭の中は空っぽで、何も考えず、思考を文章化しないまま、そうしていた。 

 

 「どうしたのヤクリ?」

 「眠れないのかい?」

 

 静かで優しい両親の声を聞いて、ウチは自分が何を言いたいのか少し考えた。

 

 「ウチ、かわいい服が欲しい」

 

 そう言うと、両親は少し間を置いて、ちょっとだけ笑った。

 

 「ヤクリが物をねだるなんて珍しいな」

 「そうね」

 「無理だったら無理でいいよ」

 「無理なんかじゃないさ。服の一着くらい」

 「いっつも家のこと任せちゃってるんだから、そのくらいの我儘は言っていいの。言うだけならタダだしね?」

 

 寝る前にこういう会話をするのはなんだか懐かしいような気がする。

 疲れて帰って来る両親とは、あまり会話出来ないまま眠ることが多かった。

 幼いころは、寝る前にパパやママとお話しするのが楽しみだったのに、いつの間にかしなくなっていたんだ。

 

 なんだか子供に戻ったみたいで恥ずかしい。

 でも楽しい。

 

 「ヤクリはどういう服がいいんだい?」 

 「何色の服が欲しい?」

 

 ノリノリで話してくれる両親に、ウチは思うまま着てみたい服の話をして、いつの間にか眠ってしまった。

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