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普通の魔族

 ウチの両親は忙しい。

 そろって朝早くから仕事に出かけ、そろって夜遅くに帰って来る。

 今日を食い繋ぐために必死に働く。

 ウチを飢えさせないため、休みなく。

 

 だからウチは両親より早起きして朝ご飯を作って、午前中にウチと両親の三人分の洗濯をして、午後からは買い物をして、夕方には家で両親の食事を作って、余った時間は内職に充てる。

 

 これでも魔族の中では、いい生活をしている方だ。

 

 親の居ない子供。

 仕事の無い大人。

 盗みや恫喝なんかの、不正を働いてなんとか生きている魔族は珍しくない。 


 だからウチは幸運。

 家があって、両親がそろっていて、一日に二食三食食べられる。

 

 幸せ者だ。

 

 今みたいな生活がずっと続けばいい。

 

 そう思っていたのに、昼間に人間とぶつかってしまったせいで、おかしなことになっている。

 

 「ねぇアンタ。何してんの?」

 「糸編んでる」

 「何に使うの?」 

 「知らない。毎週ダラガンさんが買ってくれる」

 「地味ね! もっといい事しなさいよ! というかアタシを使いなさいよ!」

 

 ウチが話している相手は、人でも魔族でもない。

 皮革の鞘に収まった、キレイな魔剣。

 キャンドラの果物ナイフと言う、今日ぶつかってしまった女の人から貰った、喋る魔剣。

 

 「使うって、何に?」

 「アタシの力を教えてあげるわ!」

 「あとで聞くよ。今は糸編んでるから」

 「ねぇアンタ! ねぇ! 魔剣よアタシ! 珍しいわよねぇ! 普通手に入らない物なのよ! ちょっとは興味持ちなさいよ! 珍しがって、キレイな刀身に見惚れて、もっとガッツいて来なさいよ! 達観し過ぎよ!? いくつよアンタ」

 「十七」

 「嘘!? 十七!? 十二歳くらいだと思ってたわ!」

 「うるさい。童顔なの気にしてるんだから言わないで」

 

 ウチは、この魔剣には下手に触らないと決めている。

 理由はいくつかある。

 まず、ウチにこの魔剣をくれた女の人の言っていたこと。

 今でもなんて言っていたか思い出せる。

 

 「この魔剣はヤクリちゃんが好きに使っていいんだよ。ただし、僕が魔剣鍛冶師であることは秘密。これだけは守ってね」

 

 ……だった。

 もう危ない匂いしかしない。

 それに、セイブレイで魔族が魔剣を持っているなんて、それだけで十分危険。

 ありえないことなんだから。

 

 そしてもう一つ。

 これも魔剣をくれた人の言葉。

 

 「本当はホッキンスさんに見せてから人に渡すんだけど、ちょっと僕もう耐えられないから、あなたの言う通りヤクリちゃんに譲ることにしたよ」

  

 これはウチにじゃなくて、この魔剣に言っていた。

 疲れ果てて、諦めの境地に達したような顔と声で、そう言っていた。

 重要なのは、ホッキンス、と言う人の名前が出ていたこと。

 ウチら魔族を奴隷にしてテレジッドに売っている、ものすごく危ない人だ。

 そんな人が関わっている時点で、この魔剣を使おうなんて気にはならない。

 なるわけがない。

 受け取りたくも無かったけれど、半ば強引に手渡されてしまった。

 

 人間の言うことに逆らうとろくなことにならないのに、従っても危ないと来た。

 理不尽だ。

 

 そう言うわけで、ウチはこの魔剣で何かしようとかは考えない。

 きっとよくないことになる。

 

 今のこの生活が崩壊してしまったら、きっと後悔してもしきれない。

 

 

 

 

 

 

 糸を編み続けていると、いつの間にかお昼を過ぎていた。

 もう夕方かも知れない。

 早く夕飯を用意しないと。

 

 「やっと糸を弄るのをやめたわね! じゃあアタシの力を」

 「夕飯作らないといけないから後にして」

 「アンタ人の話聞きなさいよ!」

 

 小さなキッチンに行って火を起こす準備をする。

 頭の中にはキンキンと魔剣の声が響いているけど、そっちに意識は向けない。

 無心で火をおこし始めた時に、そう言えば食材が無いことに気付く。

 火種を潰して消火しながら、ため息を吐く。

 

 「ああそうだった。買い物行くの忘れてた」

 「アタシも持って行きなさいよね! 放置したら許さないわよ!」

 

 うるさい。

 持って行きたくはないけど、見ず知らずの人に、ウチのように話しかけられると困る。

 持って行くしかない。

 

 魔剣を鞘ごとひっつかんで、ポケットに入れる。

 

 「ちょっと待ちなさいよ! あんたそんな恰好で外に出る気!? かわいい服着なさいよ!」

 「そんなの持ってない。うるさい」

 「はぁ!? そう言えばミルフォードとぶつかったときもその恰好だったわよね!? 他の服が無いなんてことないでしょうね!」

 「うるさいなぁもう」

 

 仕方がないと腹をくくって、魔剣をポケットから出して手直なテーブルに置いて、着替える。

 着替える意味ある?

 そんな疑問を覚えつつ、シャツとズボンを変えてまた魔剣をポケットに突っ込む。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい! 着替えたのよねそれ!?」

 「着替えたけど」

 「何も変わって無いじゃない! ボッロボロの服じゃないの! 若干色が違うだけで裾も袖もほつれてるし、気付いてないかもしれないけどお尻のあたりに小さな穴開いてるわよ!?」

 

 ああもう……やっぱり着替える意味なかった。

 ウチはなんで魔剣の言うこと聞いて無駄に着替えたんだろう。

 

 「ね、ねぇ。もしかしてなんだけど、ボロイ服しか持ってなかったりする? しないわよね?」

 「他にもあるよ服くらい」

 「どんな服?」

 「寝間着」

 

 寝間着と言っても、ほとんど今着てる服と変わらない。

 これよりもっとくたびれた服を、寝間着として使っているだけ。

 

 ウチの答えに満足したのか、魔剣は静かになった。

 うるさくないのは嬉しい。

 ウチは小銭の入った巾着を握りしめて、買い物に出た。

 

 

 

 

 

 

 

  

 夕方でも開いている店と言うのはあんまりない。

 肉屋さんや八百屋さんは、日が傾き始めたあたりでお店を閉めてしまう。

 盗み対策だ。

 買い物は午前か正午、遅くても夕方前には済ませるのが常識。

 ウチがいつも買いに行くお店も、もう締まっている時間だ。

 夕方から夜にも物を売るお店は、屋台ぐらい。

 だから今日は表通りの屋台で、出来合いの夕食を買うになる。

 

 表通りの隅っこをチョロチョロとうろついて、安くて量の多そうな屋台を探す。

 表通りは人間が多い。

 真ん中を堂々と歩くのは人間ばっかりで、ウチら魔族は端の方を歩いてる。

 ぶつからないためだ。

 人に肩をぶつけた魔族は、大体酷い目にあう。

 殴られたり、蹴られたり、酷い事を言われたり。

 時にはお金を毟られたりもする。

 

 「今思うと、ウチは運がよかった」

 「ぶつかった相手が人間な時点で運悪いでしょ」

 

 ふと思ったことを口にすると、魔剣がズバッと返してきた。

 ウチがこの魔剣を貰うきっかけは、ミルフォードと言う人間とぶつかったことだった。

 表通りの人の歩き方を見て、それを思い出して独り言を言ったら、魔剣が思考を読んできた。

 やめて欲しい。

 

 「アタシが死んだ頃はもっと酷かったわよ? 人間にぶつかったら銀貨一枚くらいは賠償とか言って取られていたわ。それに表通りは当時からあったけど、魔族は歩いちゃダメだったんだから」

 

 お年寄りの定型文みたいな事を言われた。

 それくらい知ってる。

 去年あたりから魔族の人が通れるようになって、魔族が露店を出せるようになったのはその少し後だった。

  

 「誰が年寄りよ! アタシは二年前に二十台で死んだんだから、まだまだピッチピチよ!」

 「二年前のことくらいウチも覚えてるから言わなくていい。あと心読まないで」

 「何よ! うるさいって言うの!?」

 

 うるさいよ。

 ずっと思ってるし言ってるんだけど。

 ほんとにこの魔剣は人の話を聞いてない。

  

 心の中でため息を吐きながら歩いていると、ミックスビーンズの露店を見つけた。

 両手一杯くらいの葉っぱの器に、赤いソースのかかった四種類くらいの茹でたお豆をぎっしり詰めて売っている。

 看板には一つ銅貨二枚と書かれてる。

 これなら三人分買える。

 ウチが求めていた、安くて量の多い食事だ。

 

 「良さそうなの見っけ」

 「やめときなさいよ豆なんて」

 「うるさい」

 

 ウチは銅貨が十枚入った巾着を取り出しながら、屋台の方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 「三つください」

 「ああん?」

 「う……」

 

 ウチがミックスビーンズの露店の店主にそう言うと、高圧的な目線と声が返って来た。

 怖い。

 よく考えずに買いに来たけど、店主は人間だ。

 しまった、と思った。

 いつもは自分から人間に話しかけたりしないのに。

 この魔剣がうるさくて、注意がそれたせいだ。

 

 「銅貨十二枚」

 「え?」

 「十二枚」

 「三つで?」

 「いや? 一個十二枚。三つ欲しいなら三十六枚」

 「でも、看板には一個銅貨二枚って」

 「魔族にそんな安く売るわけねぇだろ」

  

 胸のお腹と、両手に力が入って行くのがわかる。

 安くて量が多いからと飛びついたらこれだ。

 他にあてがない無いのに、この大きな角と尻尾を見られただけで、足元を見られる。

 ギュっと握った拳を店主に見られないように、背中に隠す。

 

 「じゃあいいです」

 「はぁ? 冷やかしに来たってのか? 買えよ」

 「そんなにお金持ってないです」

 「なんだと? じゃあお前は俺のビーンズがはした金で買えると思って来たのか? おい」

 「だって、看板に、銅貨二枚って書いてあったから」

 「……はぁ。魔族の餓鬼ってのはこれだからいけ好かねぇ。立場ってもんをわかってねぇ。対等の立場で金と品を交換できると勘違いしてる。お前ら魔族はな、人間様よりたくさんお金を積んで、お願いして品を売ってもらう立場だっつうの。わかるか?」

 

 ああ間違えた。

 間違えたウチが悪い。

 魔族がやってる露店だってたくさんあるのに、なんで人間がやってる露店に来ちゃったんだろう。

 胸の奥がむかむかする。

 よくわからない衝動が、体の内側から皮膚を突き破って飛び出してしまいそう。

 

 「すみませんでした」

 「っち」

 

 ウチは頭を下げて、それからさっさと店の前を離れ、表通りの人混みに隠れるように混ざった。

 

 別の露店を探さないといけないのに、あたりを見回そうと言う気になれない。

 視線が足元に固定されているかのよう。

 

 よくわからない不快感に負けそうになっていると、さっきまで静かにしていた魔剣が、ポケットの中でブルリと震えたような気がした。

 

 「クッッッッッッッッッッソ野郎ねあの店主! 魔族には安く売らないって言うなら最初から看板にそう書いときなさいよ! つぅか何よ一つ銅貨十二枚って! 馬鹿じゃないの!? たかが茹でた豆の寄せ集めにそんな価値あるわけないわ! ましてあのブスが茹でた豆なんて食えたもんじゃないわよ! むしろ食ってやるから金寄越せってくらいね!」

 

 相変わらずうるさい。

 と言うか今日一番うるさい。

 うるさくてかなわない。

 

 けれど、少し気が楽になったような気がする。

 爪が食い込むほど握っていた両手から、力が抜けた。

 

 「人間なんてあんなもの。慣れた」

 「慣れてんじゃないわよ」

 

 キンキンと高い声ばかりだったのに、急にかすれた低い声が聞こえて、少し驚いた。

 

 「もう少し北の方にソーセージ屋があるわ。安くてぶっとくて、黒いソーセージとか売ってるの」

 「なんで知ってるの?」

 「二年前までここで生きてたのよアタシ。知ってるに決まってるじゃない。どうせあのおっさんは今でも自分の店で、太くて大きくてアツアツのソーセージを見せびらかしてるに決まってるわジュルリ」

 

 魔剣の癖に舌なめずりしないで欲しい。

 わざとらしい音まで、耳じゃなくて心に直接聞こえてくるのだから、気持ち悪くてゾワゾワする。

 

 「でもお肉は高いよ」

 「そこであたしの出番ってわけよ! そこの人気のない路地に入りなさい」

 「え……何するつもり?」

 「このアタシの特殊効果、今こそ教えてあげるわ。絶対安くソーセージを買わせてあげる。任せなさい!」

 

 この魔剣には下手に触らないと決めた。

 何なら今朝決めた。

 でも、今は使ってみてもいいような気がしている。

 

 「とりあえず、聞くだけ聞いてあげる」

 「あら生意気ね! 聞いたらそんな態度取れなくなるから、今のうちにそうしておくがいいわ!」

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