お喋りな頭痛の種
二年前に亡くなったという、キャンドラと言う嬢。
彼女に纏わる話を店主さんから聞いた。
そして、気付けば自宅へ帰ってきていた。
懐には、キャンドラ、と書かれた名札がある。
そこで、一つの疑問が浮かぶ。
「……どうやって譲ってもらったんだっけ」
店主さんの話の内容は覚えているのに、話しの終わりから家に帰って来るまでの記憶がない。
「んー……お酒のせいだね」
僕は自分が覚えている以上にお酒を飲んだらしい。
自宅に帰ってきたことに気付いて、一瞬素面に戻っただけ。
僕の意識はまた酩酊の海に沈んでいく。
ああ、不味い。
これではダメな大人のようじゃないか。
心地のいい酔いとまどろみに落ちる直前に、そう思った。
翌日、僕は朝から鍛冶場に詰めて、キャンドラさんの名札を使って魔剣を造り始めた。
炉に火を入れ、魔炎塵を入れて魔炎に変え、バケツ一杯のトパーズと名札を入れて溶かし、砂型へと流し込む。
出来上がった黄色の直方体に手を触れて、僕の意識に彼の思念をつなぐ。
すると、そこにある膨大な思念をすぐに感じ取れた。
「強烈だね」
ものすごく強い思念。
亡くなってから二年しか経っていないせいだろうか。
もはや自我と言って良いほど、強烈だ。
「う……頭痛い」
二日酔いだろうか。
読み取っている思念が強い、というか思念の訴えを強く受けているせいかも知れない。
割れるような、潰れるような、そんな頭痛を覚えながら、刀身の形を決めていく。
……自我と言って良いほど強烈とは思ったけれど、これはもう自我だ。
はっきりしすぎている思念だと思ったソレは、思念と言うにはいささか大きすぎる。
僕は頭痛に耐えつつ、強烈な自我から望む形を読み取って、トパーズの直方体に、魔剣の形を造っていった。
出来上がった魔剣は、銀色の小さな鍔の無い柄に、トパーズの持つ、透明感のある美しい黄色で造られた細く短い刀身が備わっていた。
宝石で造った果物ナイフと言った感じだ。
ただし刀身が少しだけ反っているし、刀身の付け根がくびれているし、さらには四角錐かとツッコみたくなるほど刀身が厚みを持っている。
どこの角度から見ても刃と言うには太すぎる。
ただし綺麗だ。
美しさだけに全力を注いだ形状と言える。
宝石製鋳造魔剣は、剣として運用されないし、出来ない。
刀身が脆いせいだ。
だけどこの魔剣は、そのデザインの時点で刃物としての役割を放棄している。
シルエットだけなら果物ナイフと言えなくもないのに、この分厚い刀身と全然鋭くない刃のおかげで、オレンジの実の部分すらカットできないだろう。
プルプルの実をグチャリと潰してしまうと、試すまでもなく確信してしまう。
「第一印象は果物ナイフだったけど、ペーパーナイフの方がいいかな? 折り目の付いた紙くらいなら切れるかもしれないし」
頭痛のせいか、おかしなことを口走った。
宝石製鋳造魔剣を刃物として使おうと考えるなんて、僕は正気じゃないらしい。
頭痛がなかなか収まらない。
二日酔いが酷いのだろうか。
というかそんな状態で鍛冶場に入るなんて、今思うとどうかしている。
適当に皮革で鞘を作って、出来上がった魔剣を収め、さっさと鍛冶場を出て家の寝床へダイブする。
「あぁ、名前……キャンドラの果物ナイフでいっか」
実に安直だなぁ、なんてことを思いながら、また僕は眠りに落ちていった。
翌日。
まだ頭痛がする。
でも昨日よりマシ。
さっさと魔剣をホッキンスさんに見せに行こうと支度を済ませ、鍛冶場に置いてきたキャンドラの果物ナイフを取りに行く。
昨日置いた場所にそのままある、適当に作った鞘に収まっている魔剣に手を伸ばすと、キンキンと高い声が僕の頭に響いた。
「ちょっと! この鞘もっとマシなのにしなさいよ! 先っぽがスッカスカよこれ!」
僕は固まった。
頭痛も忘れ、落ち着いて辺りを見回して、この鍛冶場に僕以外誰もいないことを確認する。
それから期待を込めて、魔剣を手に取って、鞘から抜いてみる。
「キャンドラさん?」
「そうよ! あたしがキャンドラよ!」
「……おお、スゴイ」
僕は今まで、何度も思念を読み取って魔剣を造って来た。
だけど一方的に読み取るだけで、こうして会話するのは初めてだ。
まして完成した魔剣と会話なんて、出来るとは思っていなかった。
カイからデラちゃんと夢の中で会話をすることがあると聞いたときから、もしかしたら僕も出来るかもしれないと、淡い期待は持っていた。
……出来てしまった。
今、僕は猛烈に感動している。
「喋る魔剣だ」
「あたしはどうやって喋ってるのよ! 説明しなさいよ魔剣鍛冶師!」
「う……」
そんなの僕が聞きたい。
とりあえずキャンドラさんのキンキンした声を聞くと、頭痛が悪化するような気がする。
「とりあえず大声出さないで。頭に響くから」
「なんで? 二日酔い? それとも虫歯か何か?」
「三日酔いかな」
「はぁ? あっちょっと鞘に戻すのやめなさいよ! 適当に作ったんでしょそれ! それに入ってるとなんだかスースーするのよ! スカートの下に下着を履いてない時みたいな感じなの!」
……おおう。
色々強烈だね。
このキャンドラと言う人の思念も性格も、あと声の圧力も。
「あたしを何に使うつもり? 言っておくけど、アンタに従うつもりなんて無いんだから! この体……体でいいわよね。あたしの体は好きに出来ても、あたしの意思は絶対にアンタのものにはならないんだから!」
「えぇっと……まずホッキンスさんに見てもらって、それから使い手を探すから、今のところ僕があなたを使う予定は無いかな」
「今時自分のこと僕なんて呼ぶ女なんて流行らないわよ! もっと着飾りなさいよ! あと目の下の隈消しなさい! あと手! ゴツゴツじゃないの! 女の手は柔らかくてしなやかにしないとダメ! もっと自分を磨きなさい! この仕事人女! モテないわよ!」
頭痛のせいだろうか。
それともキャンドラさんがうるさいからだろうか。
僕はこの魔剣と会話するたびにダメージを受けている気がする。
キャンドラさんの自我は強すぎる。
死人のはずなのに、元気なのだ。
僕がわざわざ読み取ろうとしなくても、僕の意識に直接言葉を投げつけて来る。
どうやっているのかわからない。
本人にもわからないらしい。
不思議だ。
そして、多分僕以外の人にも、キャンドラさんはそのキンキン高い声をぶつけられそうな気がする。
これはすごいことだ。
本当に喋る魔剣が出来てしまった。
もうなんというか、出来上がった時点で偉業を成し遂げたという感じがする。
……もう満足かもしれない。
これを公に広めれば、僕は有名人になれそう。
いやいや、セイブレイで魔剣を造ったと知られたら、僕は結構な重犯罪者になってしまう。
そういう有名にはなりたくない。
それになんて言うんだろう。
コレじゃない、と言う感じ?
「……ところで、僕の頭痛の原因って、キャンドラさんのせいだったりする?」
「知らないわよ。あたしに他の人とお喋りさせて、その人が頭痛を訴えたらあたしのせいなんじゃない?」
「なるほど」
キャンドラさん、もといキャンドラの果物ナイフを懐に隠した僕は、自宅のある北西区を抜け、ホッキンスさんの居る裏町を目指してい歩いている。
今はちょうど中央の表通りに差し掛かったところだ。
「あたしと会話してていいの? 独り言のうるさい女と思われるわよ?」
「別に良いかな」
「良いわけないでしょ! 独り言の多い女は地雷と相場が決まっているの! メンヘラ女と病み女と闇女の共通特徴よ! あとヒステリック! あんた隈もあるし地味な服着てるから、見る人が見たら闇女にしか見えないわよ!」
「そんな大声出さないで。頭が痛いって言ってるでしょ。あと、今のところ僕よりキャンドラさんの方がヒステリックだから」
「うっさいブス!」
「ブ……」
なんて言うんだろうね。
喋る魔剣という、スゴイ物だと言う印象が、キャンドラさんが喋る度に薄れていく。
あと僕の心に刻まれていくダメージが、段々と深刻化しつつある。
「あんまりうるさいと、溶かして作り直すから」
「ほら闇! そう言うところが闇女! 言った通りじゃない! カマトトぶったってわかるんだから!」
一ついい事を思いついた。
僕の心の平穏を保つための、とっても冴えた良い閃き。
それは喋る魔剣と喋らないことだ。
……頭痛い。
目眩に近い感覚に、軽く額を押さえて立ち止まる。
なんで僕は魔剣に女がどうのと言われているんだ。
正直今すぐこの魔剣を手放したい。
頭痛の種だ。
イライラしても埒が明かない。
ひとまず落ち着こう。
「ふぅ」
「あ! ため息なんて吐いて! 幸せが逃げるわよ! ため息を吐く女は病んでるって相場が決まってるわ! あたしの前で二度とため息なんてしないで頂戴! あたしまで病んだらどうしてくれるの!」
「落ち込んでため息を吐いたわけじゃない。落ち着こうとしてるの。一々大声出さないで」
「何よツンケンしちゃって! あんたのために言ってんのよこっちは! 女は明るく朗らかが何より! 笑顔が一番かわいいんだから!」
「あなたに女がどうのと言われたくありません」
「澄ましてんじゃないわよ根暗女! 良いから言う通りにしなさい! いい女に成りたくないの!?」
ああ、うるさい。
僕が成りたいのはいい女じゃなくて……
考え事と言い争いをしながら歩いていたせいだろう。
僕はお腹にボスッという衝撃を受けて、誰かとぶつかったことに遅れて気が付いた。
「あ、ごめんなさい」
慌てて謝って、ぶつかった相手を見る。
僕の半歩先で尻餅をついているのは、魔族の女の子だ。
「イテ……ウチの方こそごめんなさい」
薄汚れた灰色のシャツに、土色の半ズボン。
珍しくも無い、魔族の貧困者のようだ。
赤茶のフサフサ髪と、小さな顔の半分はあろうかと言うほど大きな巻き角と、大蛇を思わせる太く大きな鱗の尻尾。
ぱっと見の印象は、その大きな角と尻尾に持って行かれそうになるけれど、僕が受けた印象はその顔だ。
マルマルクリクリの大きな目とぷっくりプルプルの唇が、フサフサ髪の下から僕を見上げている。
「可愛い」
それが僕の受けた第一印象。
よく見れば擦り傷や土汚れにまみれているけれど、それでも可愛い。
そして残念なことに、もう一人、僕と同じ意見の人が居た。
訂正。
人じゃなくて魔剣だった。
「おい! おい! あたしの使い手を探してたんでしょ! この子がいいわ! アンタよりずっと可愛いし利発そうだし、アンタの十倍素直そう! この子を使い手にしなさい! もしダメなら酷いわよ!」
「え、えぇ? いきなり言われても、先にホッキンスさんに見せることになってるから」
僕も慌てていた。
今しがたぶつかった子の前で、キャンドラさんと話してしまった。
キャンドラさんの声は僕の意識に投げつけられているから、僕以外には聞こえない。
だけど僕の声は普通に目の前の子に聞かれている。
「あ! ごめんなんでもない」
僕は即座にそう言ってごまかしに入った。
だけど目の前の子は、僕の言葉をあまり聞いていないようだった。
「……え? あ、ウチ、ヤクリって言います」
「え?」
「え? あの、ですから、ウチはヤクリって言う名前です」
……ちょっと待って欲しい。
僕はまだ名前を聞いていない。
でも多分、この子は聞かれたから答えたんだ。
そう言う反応だった。
僕は懐からキャンドラの果物ナイフを取り出して問い詰める。
「何を言った!? ねぇキャンドラさん! この子に何言ったの!?」
「うっさいわねブス! 自己紹介しただけよ! キャンドラって名乗って名前を聞いたの! なんか文句ある!?」
「あるに決まってる! 勝手なことしないで! 使い手に渡す前にホッキンスさんに見せることになってるって言ったのに!」
未だに尻餅をついたまま、ヤクリちゃんは困惑して怯えだした。
え? え? と疑問符を口に出して困っている。
なにせ目の前には、鞘に入ったナイフと会話する変な女がいるのだから。
そして、キャンドラさんは僕の言うことになんて耳を貸していない。
なによりここは表通りで、僕とヤクリちゃんは他の通行人の注目を集め出している。
もうグチャグチャだ。
収拾がつかない。
一度なんとか落ち着こう。
とりあえずこれ以上表通りで奇行を晒すわけにはいかない。
「ちょっとこっちで、僕とお話ししよう」
「あ、はい」
僕はヤクリちゃんを立たせて手を引き、人目に付かない場所を目指して連れ歩き始めた。
「アンタ、今可愛い女の子を物陰に連れ込んでるわよね? 大丈夫? あんたが人間で相手が魔族とは言え、普通に捕まるんじゃない?」
「なんで僕がこんなことしなきゃいけなくなったのか、理由を考えて欲しい。切に考えて欲しい」
僕は頭痛が悪化していくのを感じながら、キャンドラさんの言う通りスラムへ向かった。
ちょっと生活習慣が乱れてます。