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レンファンス幽霊屋敷と鋳造魔剣

 ロミルワ鉄鋼店を建てる場所を決める時、一か所気になる場所があったのを思い出した。

 セイブレイ旧都の南西区にある、小さなお屋敷のことだ。

 お屋敷があるなら、一から住居兼鍛冶場なんか建てなくても、そのお屋敷を改造すればいいじゃん。なんてことを思ってその場所を希望してみたら、辞めたほうがいいと止められた。

 理由は、いわくつきの幽霊屋敷だから、だった。 

 

 気になるよね。

 気にするなって言う方が無理ってものだよ。

 お屋敷の名前はレンファンス邸。

 今日の散歩コース決定だ。

 

 北西区にあるロミルワ鉄鋼店から、南へ徒歩二十分。

 南西区の大通りをさらに南西、外側へ三分。

 防壁が見えてきたあたりで細道に入って右へ左へ細々と曲がって行けば、廃屋敷を見つけることが出来た。

 お屋敷と言ってもあまり広くはないかな。

 造りというか外観は豪華そうだけど、大きさは小さな屋敷をさらに一回り小さくした感じで、二階建ての民家と変わらない。

 そして放置されているだけあって、フェンスには茶色に枯れた蔦が巻き付いていて、家の壁には亀裂が少々。庭には滑り落ちた赤い瓦が割れて落ちている。

 それでも入口の表札はまだ読めた。

 レンファンス。

 この屋敷の名前であり、最後に住んでいた家主の苗字だ。

 

 「雰囲気はあるね。それに良い感じに何か残ってそうだ」

 

 気分はトレジャーハンター……いや空き巣かな。

 誰も済んでいないとはいえ、勝手に人の土地に入るわけだから、悪いことしてるよね。

 自覚はあるけど、罪悪感より期待の方が大きい。

 

 僕は早速外のフェンスを開け

 

 「あれ? 開かない」

 

 開かなかったのでよじ登った。

 そして玄関扉を開け

   

 「あ、開かない」

 

 開かなかったので代わりに割れていた窓をさらに割って入った。

 

 

 

 

 

 

 突然だが僕にはある特技がある。

 人に言っても全然信じてくれない特技だ。

 信じてくれたのは兄と弟の二人だけ。

 僕が友達をあまり作ってこなかったせいでもある。

 

 で、その特技というのは、人の思念が宿った物を感じ取れる、というものだ。 

 

 今レンファンス屋敷をうろついているのも、誰かの思念が宿った物を探したいからに他ならない。

 そしてこのお屋敷、かなり造りがシンプルだ。

 一回にはトイレを除いて部屋が四つあり、真ん中に二階への階段がある。

 二階も部屋が四つだ。

 

 一階はリビングにキッチンに寝室にお風呂。

 二階は書斎に子供部屋に衣装部屋に書庫。

 

 物はほとんど残ってない。

 家具の類は持ち出された後か、壊れて放置されたものばかり。

 衣装部屋にはボロボロになった服がいくつかあって、ただ埃臭い。

 キッチンには割れたお皿が散乱していては入れたものじゃなかった。

 トイレもお風呂も腐って傷んだ水がちらほらあって、鼻が捥げそう。

 書斎や書庫は虫に食われた紙と、本の代わりに蜘蛛の巣を入れた大きな本棚が並んでいる。

 割れた窓から差し込む光が、僕の足で舞い上がった埃を照らし出していて、一見キレイだけど普通に汚い有様だ。

 まさに廃墟。

 幽霊屋敷。

 だけど、目当てのものはあった。

 

 子供部屋のボロボロになったベッド。

 その上の褪せたピンク色の枕の下。

 そこには、所々が錆びた銀色のブレスレットがあった。

 小さな宝石がちりばめられたそれには、名前が掘ってある。

 

 ”デラ・レンファンス”

 

 このブレスレットには、思念が宿っている。

 そう感じる。

 他の誰にも分らなくて、言っても信じてもらえないのはわかっているけど、でも僕には確かに感じ取れる。

 

 「家探しした甲斐があったよ」

 

 服を埃まみれにして五時間ほど廃屋を探索した結果、手に入れたのは、この錆びたブレスレット一つ。

 

 大満足だ。

 

 

 

 

 

 

 

 自宅に戻ってきた僕は、とりあえず着替えて服を洗濯して、早速鍛冶場へ向かう。

 髪を後ろでまとめて、白いシャツの上から皮エプロンをかけて、耐熱手袋をはめるだけ。

 

 いつもの鍛冶装束だ。

 

 でも、今日は魔剣を造る。

 久々にね。

 ちょっと気合が入る。

 

 「デラさん。ブレスレット溶かしちゃうけど、許してください」

 

 返事など無いのはわかっている。

 これに宿っているのは思念であって、デラさんの意識や人格じゃない。

 思い遺した遺志の残滓。

 でも一応、デラさんの形見だから、溶かす前にせめて一言謝っておく。

 

 ろうろうと燃える炉の前に座り、用意しておいた材料を並べていく。

 あらかじめ造っておいた魔剣の柄。

 バケツ一杯のエメラルド。

 トレイ一杯のルビー。

 そして、魔炎塵。

 

 湯くみや型を手に持って、準備完了だ。

 

 魔炎塵は魔剣鍛冶師の必須素材。

 炉にこれを投げ込んで、ただの炎を魔炎に変える。

 魔炎じゃないと魔剣が造れないからね。

 

 魔炎さえ用意すれば、あとは普通の鋳物(いもの)を造る時とほとんど変わらない。

 

 炉に刀身の材料であるエメラルドとルビー、そしてデラさんのブレスレットを入れて、液状になるまで加熱する。

 赤熱して液化したそれを砂で造っておいた型に流し込む。

 型は柄の接続部分以外は、長めの直方体だ。

 普通の鋳物は型の時点で完成形の形を取っているけど、鋳造魔剣は直方体で、あとから成型する。

 砂で作った型に入れて冷え固まったら、砂を崩して中から鋳物を取り出す。

 そして柄を取りつける。

 

 柄から宝石の直方体が飛び出している感じになると、ここからは魔剣鍛冶師の専売特許だ。

 

 魔剣鍛冶師はそれぞれ、付与できる特殊効果が違う。

 僕が付与できる特殊効果と、他の魔剣鍛冶師が付与できる特殊効果は違うということ。

 でもそんなに大きな差は無いらしい。

 

 でもこの魔剣に付与する特殊効果を決めるのは、僕じゃない。

 デラさんの思念が決める。

 

 「デラさん、あなたはどんなことを思って生きたの? 教えて欲しいな……」

 

 エメラルドとルビーの直方体、というか延べ棒みたいな形の刀身の中には、ブレスレットごとデラさんの思念が溶け込んでいる。

 それを、感じとる。

 手のひらで触れて、僕の意識とデラさんの思念を繋いでいく。

 

 多分これは、僕にしかできないこと。

 

 僕が僕以外の魔剣鍛冶師に差をつけられるとしたら、この特技だけだ。

 だから、ここは何より慎重になるし、集中する。

 僕ではなく、デラさんの思念が、この魔剣に特殊効果を付与する。

   

 「……わかったよ、デラさん」

 

 会話なんて出来ないけれど、会話しているつもりになってしまう。

 

 

 

 最後に直方体の刀身を加工していく。

 デラさんは短刀の刀身を望んだ。

 だから肉厚で、刃渡りは二十センチほどの片刃曲刀にする。

 

 削る必要は無い。

 我ながら不思議なもので、冷えて固まった宝石の塊であるはずの刀身を手で捏ねると、グニャグニャとパン生地のように形を変えてしまう。

 バケツ一杯のエメラルド+トレイ一杯のルビー+ブレスレット分の体積が、減らしているわけでもないのに、刃渡り二十センチの短刀の刀身に変わる。

 捏ねているだけで、造りたい刀身に合わせて体積が増減していく。

 捏ねれば捏ねる程、刀身に特殊効果が馴染んでいく。

 

 魔剣鍛冶は不思議だ。

 

 鋳造魔剣は溶かして固めて捏ねて造る。

 

 僕の得意分野。

 そして僕自身が一番不思議に思っている。

 

 でもただの魔剣鍛冶師である僕には、詳しいことなんて知らない。

 魔剣鍛冶も、僕自身の特技も、理屈なんてわからない。

 わからないままでいいと思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語がどんどん動き出してる感がありますね!毎日投稿感謝です(*^^) 【…とりあえず着替えて服を洗濯して、着替える。】のところですが、2回着替えるのかなと思ってしまいました><
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