姉を探して決闘卿
ミル姉さんの失踪から早二カ月。
私はテレジッド国内を探し回っています。
今私が居るのは、テレジッド王国東部にある、リューカイと言う町。
比較的暖かい海に面した町で、開放的な雰囲気に相まって、人々の服装が王都では考えられないほどラフです。
上裸の漁師が掃いて捨てるほど居るし、女性も腹や足を惜しげもなく晒して魚介と向き合い、塩漬けにして梱包したり……
私の知り合いの騎士には女遊びが好きな奴は山ほどいるのですが、ここに来たならその顔をほころばせ、一か月持たずに問題を起こして騎士を辞めさせられるに違いありません。
何せ旅籠が多い。
魚を食べに来た旅行客に宿をとらせ、美味しい魚を食べさせ、ついでに開放的で健康的な異性も食べさせてお金を落とさせるのです。
ここはそう言う町です。
漁業と歓楽の町、リューカイ。
絶対に姉さんに居てほしくない場所と言えます。
なのであえて、そう言う場所から探すことにしているのです。
実に心地の良い潮風を浴びながら、道行く海女さんに声を駆けます。
「そこのお姉さん」
「あ……あたしに、何か用かい、騎士様?」
騎士を相手に遜らないのもこの町の人の特徴でしょうか。
女遊びに興味を持った騎士が、ふらりと立ち寄ることが多いせいでしょう。
騎士だろうが金持ちだろうが、この町に来る客は魚か肉が目当てと相場が決まっていますからね。
欲に忠実な騎士など敬うに値しないと言うのが通説です。
「私はギルフォード・グレーランド。聖騎士です。人を探しているのです。協力いただけませんか?」
「ま、まぁ、聖騎士様……どんな娘をお探し? あたしも上手ですよ?」
ん? 何か誤解させてしまったようです。
人を探していると伝えたはずなのですが、私を見る目が怪しいものに変わりました。
……ああ。
目当ての女を探していると思われたようです。
人を探している、と言うのを、こう言う女は居ないか、と言う風に解釈したのでしょう。
そして自分も、上手、と売り込んで、あわよくば自分が聖騎士と既成事実を作ることも考えていますね。
聖騎士と結ばれれば、その後の人生は一変します。
そうで無くても恩を売る、秘密を握るなど出来れば良いと思ったのかもしれません。
ちゃんとお断りしないと、執着されてしまうかもしれませんね。
「すいません、誤解をさせてしまったようで。私は姉を探してここに来ているのです。私の童貞は姉のものなので、そう言うつもりは全く、一切ないんです」
「……あ、はぁ」
なぜか引かれてしまいました。
これでも堅物を自負しているのですが、ここでそう言うのは受けが悪いのかもしれません。
「私くらいの身長で、こう、内に秘めた可愛さを美しさで隠している、と言いましょうか、私を物凄く甘やかしてくれそうな……そう言う人なのですが、知りませんか?」
「……っは! なるほど。そう言うことならご案内しますね」
「知っているのですか! ぜひお願いします」
私が連れてこられたのは、とある旅籠でした。
「ここにミル姉さんが……」
「はい。ここなら、最高のお姉さんに会えると思います」
「ありがとうございます!」
私はここまで案内してくれた彼女へ、感謝と伝えていくらかのお金を握らせておきます。
「では!」
「はい。楽しんで行ってください」
さぁ早速ミル姉さんに会いに行こう。
……しかし、姉さんが旅籠、いわゆる宿屋に居ると言うのはなぜなのでしょうか。
ここで寝泊まりしている?
もしや働いていたりしていたらどうしよう。
男の相手をしているようなら、私は正気ではいられないかも知れません……
心配無用でした。
なぜか。
ここに愛しのミル姉さんはいなかったからに他なりません。
ここに案内してくれたあの海女さんは一体何を理解して、なるほど、と言ったのでしょう。
私の目の前には、色々と豊満な女性がひしめき合っているのです。
「あらあら、そのお顔、もしかして聖騎士ギルフォード様ではありませんか? こんなところまでよくいらしてくださいました。どうぞ、こちらへ。最高のおもてなし、させてくださぁい♡」
そんな魅力的な提案をしてくださったのは、確かに私と同じくらいの身長の女性です。
確かに、姉、と言う風情。
私よりいくつか年上でしょう。
胸もお尻も、ついでに腰回りも豊満で、かわいらしいです。
美しいタイトドレスに身を包んでいます。
……なるほど確かに可愛らしい体を美しさで隠した、いかにも甘やかしてくれそうな年上の女性です。
「ですが私の姉ではありませえええええええええん!」
「え!? え!?」
「すみません突然大声を出して。それでは失礼します」
「あ、あの」
今理解しました。
私を案内してくれた海女さんは、私が姉っぽい方の居る方を抱きたいのだと勘違いしたのです。
しかし、私は誤解させるようなことを言ってしまったのでしょうか。
……まぁすれ違いは誰にでも起こりえますし、仕方がありません。
そう結論付けて旅籠を後にしようとすると、背後から声がかかりました。
「おや? その後ろ姿はギルフォード殿ではありませぬか。このような場所で出会えるとは幸運ですな」
野太い男の声でした。
これでも私はそこそこ有名人の自覚があります。
兵士の訓練校で歴代最高の成績を修めて飛び級し、騎士訓練校で年上の同級生や上級生を何人も蹴落とし、最年少で聖騎士に選ばれています。
僕が目立つ存在であるということは、否定しようがありません。
そう言うわけで、このように声をかけられることにも慣れています。
あしらい方もちゃんと身に付けています。
ちゃんと声をかけてくれた方の目を見て、忙しそうな雰囲気を出しつつ、苦笑いしながら謝ると、大体引いてくれます。
「すみません。私は今忙しいので……」
「聖騎士がこんな場所で公務と言うわけではありますまい?」
あ~。
困りました。
相手が悪い。
私に話しかけてきたのは、ベルガー元小隊長です。
私倍ほどの年齢で、二十五年前から五年前まで、つまり終戦まで戦い抜いた長い実戦経験を持つ方です。
そして、戦うのが大好きな変態として有名です。
ええ有名ですとも。
私より有名です。
「そういうベルガー殿は、どうしてこちらへ?」
「おや? ギルフォード殿とは面識は無かったはず。よくお判りになられましたな」
「その十三星の勲章を見れば、誰でもわかりますよ」
ベルガー殿の服装は、小洒落たジャケットに茶色のズボンと、地味ながら良い服を着たおじさんにしか見えません。
しかし、胸に付けている十三星の勲章は、現在ベルガー殿だけが所有している勲章です。
戦場に置いて他に類を見ない活躍を見せたことの証です。
そして、ベルガー殿の目的は、もうなんとなく察せています。
「吾輩はもちろん楽しむためにここへやって参った。ここは精力旺盛な兵士や騎士の遊び場。となれば、ここで良い出会いを得られようと言うものでしょう? 実際ギルフォード殿と出会えましたしな!」
「……先ほども申し上げた通り、私は私用で忙しいので、すみません。またいずれ」
「しかしギルフォード殿、いずれとおっしゃられましても、女を食った後では腑抜けてしまいますぞ? それでは楽しめません」
「あの、えぇと」
ベルガー殿、その物言いでは男色家と勘違いされてしまいます。
そう言う物の言い方は誤解を招くと、誰か教えてあげてください。
ベルガー殿は、一言で言うと戦い大好きおじさんです。
人魔戦争最前線でいくつもの戦果を挙げ続け、一兵卒から小隊長へ瞬く間に上り詰め、そしてその後の出世は全て断り続けた変人です。
小隊長以上に全く上がろうとしなかったのは、ひとえに前線を離れたくないから、だそうです。
そんなベルガー殿は終戦後、得られた権力にモノを言わせて色々な騎士に決闘を挑み、何度も勝利を重ねています。
戦争が終わって魔族と戦えなくなったから、人間の騎士と決闘しよう、と言うことのようです。
そんな彼が、兵士や騎士の遊び場にやって来た理由など、一つだけと言えるでしょう。
ここへ女と遊びに来た兵と決闘をすること。
つまり、私は厄介な相手に目をつけられた、ということのようです。
ベルガー殿は実に嬉しそうに両手を広げ、私へ一歩二歩と近づいてきます。
「最年少聖騎士にして、兵士訓練校から、あらゆる実技、模擬戦、決闘、御前試合、全てに勝利した若き伝説とこんな場所で出会えるなど、後にも先にもない僥倖! またの無い機会と言えるのである! ぜひ味合わせてくれ、あなたの強さを」
「本当に忙しいんです。実の姉を探している真っ最中で、遊んでいる暇はあいにくと持ち合わせ居ません。どうかご勘弁を」
「あなたの姉? 兄が居ることは存じておったのですが、姉もお持ちだったのであるな! 何せあなたの兄は聖剣鍛冶師。兄弟そろって聖を冠する役職についておられ、グレーランド家は優秀と最近話題なのですぞ? して、貴殿のお姉さまはいったいどのようなお方なのであるかな?」
「魔剣鍛冶師です。兄と一緒に故聖剣鍛冶師エンバーダの元で修行を積んだ、我が最愛の姉です」
「……ふむ。お名前は?」
「ミルフォード・グレーランド」
「うむうむ。聞かぬ名であるな。聖剣鍛冶師ガルフォードの同門とあらば名が広がってもおかしくないと言うのに」
「兄の名で世に出回っている魔剣には、大体姉が関わっていますよ。私の兄姉は共に魔剣を造ることが多かったのです」
「そうであったか! 聖剣鍛冶師の相槌なのであるな!」
「そうなのです! 我が兄姉は二人そろって素晴らしい鍛冶師……」
ここでふと我に返ります。
なぜ私はベルガー殿に姉自慢をしているのでしょう。
関わっている暇はないと言うのに、ミル姉さんの話になると妙にテンションが上がってしまいます。
それにしても、ミル姉さんのすばらしさどころか、存在すら知らない人が多い。
聖剣デピュレーターも兄と姉の合作だということを、ほぼ誰も知らないのです。
ああ、誰か、私のようにミル姉さんをちゃんと評価してくれる方は居ないのでしょうか。
居ないでしょうね。
ミル姉さんを正しく理解し愛せるのは私だけ。
やはり姉さんは私だけの愛しい人……
ああ、ああ、またミル姉さんに甘やかしてほしい。
膝枕して頭を撫でて欲しい。
甘えん坊だね、と優しく囁いて……ああ、ああ、ああっ!
「どうなされたギルフォード殿! 急に恍惚とした表情になられて」
しまった。
思わず妄想で悦びの絶頂に至ってしまうところでした。
危ない危ない。
「いえ何でもありません。では私はこれで」
さぁミル姉さんを探さなければ。
「お待ちをギルフォード殿。事情は大体把握しましたぞ。ご協力いたしましょう。ミルフォード殿の捜索、このベルガーもお手伝い致します」
「む。これまたどういう風の吹き回しですか?」
「どうもこうもお分かりでしょう? ギルフォード殿からの見返りを目当てに協力しようと申しておるわけです」
「……良いでしょう」
「むふふ。では参りましょうか」
リューカイの町から少し離れた郊外にやって来た私とベルガー殿は、お互いに少し離れ、静かに睨み合います。
姉探しの協力のため、ベルガー殿のお遊びに付き合うことにしたのです。
これは完全な野良試合。
お互い賭ける物も無く、勝っても負けても失うものは何も無い。
ベルガー殿が満足し、私の姉探しに協力してもらう。
それに至るために必要なのは勝利ではなく、決闘をした、という事実だけです。
聖騎士と言う肩書的に、野良だろうが御前試合だろうが負けることは許されませんが、この状況ではそんな縛りも有って無いような物。
何せ観客が居ないのです。
この決闘の行く末など、誰も知らないし興味すら持たないでしょう。
「さぁ早く始めましょう、ベルガー殿」
「うむうむ! もう待ちきれないのである! 貴殿のその美しい肉体と数えきれないほどの勝利に彩られた剣技! ああ、吾輩に早く味合わせて欲しいのである!」
新しいおもちゃを前にしたときの子供のような、キラキラした瞳で私を見るベルガー殿。
しかして、その目には一瞬で闘志が満ちていきます。
……勝つ必要のない決闘とは言え、これは手を抜けませんね。
手を抜けば、ベルガー殿はその隙を逃すことなく突いてくるでしょう。
そうなれば私は死んでしまうかも知れません。
不本意ながらそれなりに本気を出す必要がありそうです。
私もベルガー殿もお互いに携えた真剣を抜きます。
「往きます」
「応っ」
私は強く踏み、先制をかけました。




