表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/35

子ども扱い

 夜の匂いが鼻の中をくすぐって、自分がいま寝ていることに気付く。

 それと同時にゆっくりと目覚めていく。

 私は何をしてたんだっけ……?

 

 「んん……」

 

 目を開ければ私の家の天井。

 私を包んでいるのは、眠り慣れた自分のベッドだ。

 

 そして視線を横に反らせば、チャーリーの顔が見えた。

 

 「体の調子はどうだ」

 

 寝起きからそんな言葉を投げかけられても困る。

 まだまどろみが抜けきって無くて、体の調子なんてわからない。

 でも、どこも痛くはない、と思う。

 

 「問題ない」

 「そうか」

 

 チャーリーは一度ベッドから離れると、私の机の上で、マグカップとリンゴと擦り下ろし器を手に取った。

 私が体調を崩した時は、決まってチャーリーがリンゴの擦り下ろしを食べさせてくれてたっけ。

 私はまた喘息で倒れたのか……

 

 「あっ違う。なんでっ」

 「……全く」

 

 呆れたようなチャーリーの声。

 私は自分が何をしようとしていたのかを思い出した。

 

 チャーリーは慌てて起き出そうとする私を目線で制して、スリスリとリンゴを擦り下ろしてマグカップに注いでいく。

 同時に、語り聞かせるように、話し出した。

 今までずっと私には聞かせてくれなかった、大事な話だ。

 

 「ホッキンスはセイブレイの復権を諦めてはいないんだ」

  

 問答無用で、テレジッドに行かないで、と言いたいけれど、チャーリーの話を聞かなければいけない気がして、静かに続きを待つことにした。

 

 「人魔大戦が終わると同時に、ホッキンスはテレジッドに魔族を奴隷として売り始めた。魔族の中でも犯罪者等を中心に選んで、毎月十人ほどだ」

 

 それは知っている。

 だから続きを待つ。

 

 ……聞きたくないことかもしれないけれど、聞く。

 

 「その十人の中に、時おりホッキンスの部下が混じっている。ホッキンスを裏切ったりした者への制裁だと言われているが、それは違う。ホッキンスはテレジッドに、奴隷に紛れて工作員を送り込んでいたんだ」

 

 ……ホッキンスは私が思っているより悪い人じゃなかった、ということなのだろうか。

 テレジッドに媚を売ってお金や地位を得ていると思っていたのは、間違いだったと。


 「十分な数の工作員を送り次第、テレジッドとセイブレイの両方で反乱を起こし、混乱に乗じてセイブレイを取り戻す……と言うのが、ホッキンスの作戦だった。ものすごく大雑把に言うと、だが」

 「じゃあ、チャーリーも、工作員としてテレジッドに行くの?」

 「そうだ」

 「奴隷になるわけじゃない?」

 「誰がなるものか」

 

 ホッキンスはチャーリーを裏切ってなんかいなかった。

 チャーリーはそのことをわかっていて、他のホッキンスの部下も知っていた。

 知らなかったのは私だけ。

 

 「もっと早く教えてくれたら、私は暴れたりしなかった」

 「そうだろうな」

 

 その反応は、なんだか少しムッとする。

 私を大事なことから遠ざけようとするのは、どうしてなのかわからない。

 ちゃんと話してくれないとわからない。

 だからこういうすれ違いが起きる。

 

 ……まぁ私にも当然にして非があって、あまり強く責めることは出来ないけど。

 

 「ガラマンダラズの一件で、ホッキンスも俺も、お前の評価を少し上げた。ホッキンスの作戦も伝えて、協力してもらおうかとも考えた。だが同時に、考えなしに行動してしまうと言う部分も強く印象に残った。だから今日まで黙っていた」

 

 それを言われると文句が言えない。

 私自身、あの時の私の行動は迂闊だったと思ってる。

 

 少しシュンとした私に、チャーリーは擦りリンゴ入りのマグカップとティースプーンを渡してくれる。

 素直に受け取った私が、一口擦りリンゴを口に入れると、チャーリーは私の頭をそっと撫でた。

 

 「お前は良い子だ。教えた技術はちゃんと身に付けているし、機転も効く。それにその魔剣があれば、暗殺者が不得手とする直接戦闘もこなせるだろう」

 

 チャーリーは、今まで私を何度も褒めてくれた。

 褒めてくれる時の声音や表情を覚えてしまうくらいだ。

 よくあることなのに、今は、すごく嬉しくて、同時に寂しい。

 もうすぐチャーリーに会えなくなってしまうと思うと、酷く寂しい。

 

 「暗殺者として十分育ったお前を、一人前として扱おうと思った。だがお前はまだ十四歳で、短慮で感情的な部分を持っている。これは訓練がどうの、暗殺者がどうのと言う話ではなく、単に子供であるからだ。だから俺はお前を子ども扱いする。叱るし甘やかすし、心配する」

 「……うん」

 

 チャーリーの言葉が、どこにも引っかかることなく、私の中にストンと落ちる。

 大人扱いして欲しいと言う気持ちは、今はどこかに消えてしまっている。

 

 すぅ、と息を吸い、一度頭の中を整理する。

 

 チャーリーはテレジッドへ工作員として潜入することになった。

 だけど私は、ホッキンスがチャーリーを奴隷にして売るつもりなんだと思って、ホッキンスに反抗した。

 

 たったそれだけのことだったんだ。

 

 「本当は俺はもっと早くテレジッドに向かうはずだったんだがな」

 「……私のせい?」

 「まぁ、そうなるか。お前の世話をするのも俺の仕事だったからな。だから今日までここに居た。そして先日、ガラマンダラズの一件で、お前が一人でも仕事を何とかこなせることがわかったから、もういいだろうということでテレジッドに向かうことにしたんだ」

 

 そう、か。

 そうだったんだ。

 

 私が、ずっと、心に抱えていたモノ。

 それがポロリと口を突いて零れ出た。

  

 「ガラマンダラズの構成員を奴隷にして売るつもりだったのに、私が殺しちゃったから、その代わりにチャーリーが売られるんじゃないかって……もしそうならすごく嫌だって、思った」

 「そんなことを思っていたのか?」

 

 チャーリーは苦笑い気味な声でそう言って、私の頭をグシャグシャ撫でまわす。

 

 「そんなわけあるか」 


 諭すようにそう言って、滅多に見られない笑顔を私に向けてくれた。

 心の底から安心してしまって、涙が上がって来る感覚に負け、私は顔を反らしてしまった。

 

 よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し落ち着いた後、私はまだベッドの上で、空っぽになったマグカップを抱えて、考える。

 

 十分な数の工作員を送り次第、テレジッドとセイブレイの両方で反乱を起こし、混乱に乗じてセイブレイを取り戻す……と言うのが、ホッキンスの作戦だった。とチャーリーは語った。

 

 作戦”だった”と言った。

 

 今は違うのだろうか。

 違うのなら、今でも工作員をテレジッドに送り続ける理由はなんだろう。

 

 少し一人で考えて、わからないと気付いて、今も帰らないで横にいてくれるチャーリーに聞いてみる。

 

 「今はどんな作戦なの?」

 「ホッキンスの作戦についてか?」

 「他に無い」

 

 チャーリーは少し黙って、それから語り出す。

 子ども扱いして教えないと、また私が暴走するかもしれない、とか思ったんだろう。

 

 「大部分に変化はない。テレジッドに送った工作員と、セイブレイに居る部下を使って、一斉に反旗を翻す。そうして盤石になりつつあるテレジッド支配の基盤を揺るがせ、セイブレイ復権の機会を作る」

 「それで?」

 「ミルフォードの魔剣で戦力を整え、テレジッドを支配する」

 

 ……?

 言っている意味がよくわからない。

 

 「セイブレイに居る魔剣鍛冶師は、ミルフォードだけなんじゃないの?」

 「そうだ」

 「テレジッドには、元からいた魔剣鍛冶師と、セイブレイから集めた魔剣鍛冶師が居るはず」

 「その通りだ」

 「ミルフォード一人の造った魔剣で、テレジッドに居る魔剣鍛冶師達が造った魔剣を持つ兵士たちを、倒して支配するって?」

 「そう言ったつもりだが」

 「まだ子ども扱いしてる?」

 「かもしれない」

 

 私はマグカップをチャーリーに手渡して、ベッドに倒れ込んで、そっぽを向く。

 

 「拗ねるな。別に嘘を言っているわけじゃない」

 「……」

 「タウラスの釘剣を使ってみてわかっただろう? あれの造る魔剣は、数的、実力的不利を覆す力がある」 

 

 そうかもしれない。

 だけど、それとこれとは話が違う。

 テレジッドには一体どれだけの数の魔剣鍛冶師が居て、どれだけ強い魔剣があるのかは知らない。

 知らないけれど、たくさんあることぐらいは想像がつく。

 ミルフォードが何本魔剣を造ったって、それを覆すだけの戦力になるとは思えない。

 

 「ミルフォードは、変な人」

 「変人であることは間違いない。テレジッドで魔剣を造る方が簡単なことは明白なことを知り、セイブレイで魔剣を造ることが違法であることを理解したうえで、そうしている。普通に考えればあれは頭がおかしい」

 「そんな人に期待するホッキンスもおかしい」

 「全くだ」

 

 ふと笑いがこみあげてきて、チャーリーの方を振り返ると、チャーリーも笑っていた。

 今日はチャーリーの笑顔がよく見られる。

 フフフ、と静かに笑い合う。

 

 「まぁ、作戦の大部分に変化はない。ミルフォードが居ようが居まいが、ホッキンスの作戦通りに事が進めば、セイブレイの復権までは出来るだろう。テレジッドを支配し返すことが出来るかどうかは、まぁ俺にもわからん。無理だろうとは思っている」

  

 すっぱりと言い切ったチャーリーは、空になったマグカップに水を注いで、お薬と一緒に私に渡す。

 

 「今日はもう寝ろ。起きたばかりだが、体はまだ疲れているはずだ」

 「一緒に夜更かしして」

 「断る。子供は寝る時間だ」

 

 なんてわかりやすい子供扱い。

 でも嫌じゃない。

 

 お薬を口に含んで、ほんのりリンゴの香りがするお水で流し込み、深呼吸。

 ゆっくりと気を落ち着けた私を見て、チャーリーは、静かに玄関へ向かう。

 

 「おやすみ、チャーリー」

 「おやすみバルメ」

 「……あの」

 「なんだ?」

 

 玄関扉を開けるチャーリーが名残惜しくて声をかけてしまった。

 続きの言葉が出てこない。

 でも、言うべき言葉は決まっていた。

 

 「いつもありがと」

 「ああ」

 

 チャーリーはまたも静かに返事をして、そっと玄関から外へ出ると、やはり静かに扉を閉めた。

 

 静かになった自分の家で、私は、瞼を閉じる。

 今までありがとう、と言う方が良かったかもしれない。

 そう思いながら、私はまたまどろんでいった。

次話で二章終わりの予定。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ミルフォードに高価な素材を渡していることからもしかして、、、とおもっていましたが、やはり大きな野望をもっていたのです!! 個人的には魔族を応援したいですが、戦力差を考えるととても大変そうで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ