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超過駆動

 タウラスの釘剣は、一人相手に炎の幻覚を見せる。

 でも今は、その、一人相手、という制限がない。

 理由はわからない。

 

 でも事実として、この場にいる全員に、とろけるような炎を見せた。

 

 「魔剣だ」

 「なぜバルメがそんなものを持っている」

 「それは後だ。この部屋に居るのは不味い」

 「どうする」

 

 ホッキンスの部下たちはそれぞれ驚いているようだ。

 珍しく表情を変えている。

 そしてホッキンスは、ほう、と感心したような顔になった。

 

 そして私自身も、燃える。

 

 足が、胴が、腕が、顔が。

 炎に溶かされていく。

 真っ黒に炭化して、割れて、割れ目からは白と赤と橙の混じった溶岩が零れ出る。

 ものすごく熱い。

 でも痛くはない。

 苦しくも無い。

 これが幻覚だとわかっている。

 さっき見たタウラスの最後の幻覚を、今の私に再現している。

 

 炎は燃え広がる。

 私と魔剣を中心に、壁も床も天井も、網目のように炎が走って燃え上がる。

 

 瞬く間に部屋中が炎で染まる。

 

 ホッキンスの部下たちは焦ったようで、私を磔にしていたフィンガーループを放してしまった。

 私を止めるより、炎を防ぐことを優先したらしい。

 ホッキンスを抱えて、私の背後にある部屋の出口に向かおうとしている。

 

 「幻覚じゃよ。何も燃えておらん。それよりバルメを押さえよ」

 「幻覚」

 「この熱さも痛みも幻か」

 「バルメが燃えているのも見た目だけ」

 「あの魔剣を取り上げる」

 

 ホッキンスの部下が、自分や部屋中が燃えていても比較的冷静なのは、そう言う風に訓練されたかららしい。

 燃え上がっている部屋の中で、冷静にそれぞれの武器を取り出し始めた。

 杭。

 仕込み手袋。

 投げナイフ。 

 短剣。 

 私が今までやって来たのより危ない仕事をいくつもこなし続けた、手練れの暗殺者。 

 魔族を容赦なく奴隷に選ぶ、冷酷な人達。

 四人がかりで私一人を取り押さえ、タウラスの釘剣を奪いに来る。

 

 ……でもそれは無理。

  

 「……見えない」

 「聞こえない」

 「鼻も効かない」

 

 炎が高く燃え上がれば、あらゆる景色が陽炎のように揺らぐ。 

 真っ黒な煙が天井に溜まり、少しずつ下に落ちていく。

 空気が炎で押し上げられて、煙を巻き込んでグルグルと部屋中を駆け巡る。

 そのすべてが、私の姿を隠してしまう。 

 

 皮膚は熱と痛み。 

 視界は陽炎と煙。

 鼻は煙の匂い。

 舌はカラッカラに乾く。

 耳も燃え上がる炎の音が詰め込まれる。

 狂った五感では、私の姿の陽炎を追うのが精いっぱいだ。

 

 この密閉空間と、一人という制限を無視したタウラスの釘剣の特殊効果が、全部私に有利に働いてる。

 私も同じ幻覚に包まれているのに、煙と陽炎の向こうの人や景色がハイライトされているかのようによく見える。

 感じ取れる。

 

 私の炭化した腕や足は、熱さを訴えるだけで、元気に動かせた。

 

 家具と家具の間を素早く駆け抜け、私を拘束していたフィンガーループを引っ掛け、四人のうちの一人の首へ回す。

 そして思い切り引っ張ってやれば、思い通りにフィンガーループがキュッと首を締め上げた。

 一瞬首を締め上げ、頭への血流を遮断する。

 それで人は失神してしまう。

 

 一人落とした。

 

 ……本当なら、ここまで出来たらいい方だった。

 四対一で一人倒せるなら、暗殺者としては十分。

 数的不利を覆すほどの戦力は、暗殺者には求められてない。

 

 でも今は違う。

 この場は全員の五感全てを惑わす、幻覚に支配されている。

 今私が一人倒したことにすら、気付かれていない。

 

 すぐさま二人目に接近する。

 幻覚の景色を飛び越して、目の前にいきなり現れる。

 

 ……今の私の顔は、どう見えているだろう。

 顔も酷く熱い。

 きっと私の手足や胴体のように、真っ黒に炭化して、ひび割れて、割れた個所から赤くて黄色い溶岩がどろどろに垂れている。

 そんな表情に見えているだろう。

 

 「ッ」

 

 声も無く驚かれた。

 体の一瞬の硬直は、見逃せない。

 今の私は、今までにないくらいの集中力を感じている。

 

 角のある魔族は、両方の角を瞬時に打つことで、脳を揺らして気絶させられる。 

 チャーリーに教わったそれを、目の前の暗殺者に敢行する。

 相手も私に何をされるのか感づいて、とっさに腕で角を守ろうとしたけれど、わずかに遅い。

 

 「ッグぅ」

 

 うめき声をあげて、どさりと倒れ込む。

 

 ……ああ、この魔剣、すごく強い。

 幻覚で支配した空間の中じゃ、絶対負けない。

 相手の虚を突くことに長けた暗殺術と、強制的に五感を狂わせる幻覚の相性は、とてつもなくいい。

 

 素早く三人目のすぐ横に駆け寄る。

 まだ気付かれていない。

 幻の炎と煙、音、匂い、熱。

 どうやっても私に気付けないその横顔のすぐ下。

 がら空きの顎を、拳で斜め下から打ち上げる。

 

 「ンガッ」

 

 私が苦手だった奇襲法すら、いとも簡単に成功させられる。 

 隙だらけだ。

 

 最後の一人は、背後から飛びつく。

 両足で腕ごと胴を挟み込み、両腕で首を締め上げる。

 絞殺術の基本、裸絞めだ。

 

 「グ……」

 

 ジタバタと暴れられる。

 本当は捕まえた時点で後ろに転がって、仰向けにさせるのだけど、私の体重では屈強なホッキンスの部下を引き倒せない。

 おんぶされているような体制のまま、上腕と前腕の筋肉で、頸動脈を締め上げる。

 

 きっかり八秒で意識を奪えた。

 

 これで全員だ。

 

 炎に包まれた一室の中、炎の中に四人が倒れて動かない。

 タウラスの釘剣が見せた幻覚と重なって、強烈な息苦しさを反芻する。

 本当に息苦しいのか、自分すら幻覚を味わっているのか、判別がつかない。

 

 ……でもいい。

 どちらでも構わない。

 

 

 

 

 

 轟々と燃え盛る幻影は消え去り、部屋の上半分を覆っていた黒い煙も、私の焼けただれて黒く焦げ、炭化した皮膚も、嘘のように元通りになる。

 

 狂ったように訴えられていた熱が消えると、自分がとんでもない量の汗をかいていることがわかった。

 シャツもズボンもべったりで、頬や額に張り付いた髪がうっとおしい。

 そして寒い。

 実際は熱くも無い部屋でこんなに汗をかいていれば、体が冷えていくのは当たり前だ。

 

 ブルルと体を震わせ、落ち着いて部屋を見渡せば、ホッキンスを見つけた。

 憎たらしいことに、ホッキンスは汗一つかかず、私以上に落ち着いてソファーに腰かけていた。

 

 「なるほど。評価を一、いや二段階は上げるべきじゃな」

 「覚悟……は、出来てる?」

 「半世紀前に出来ておるよ」

 「……チャーリーを、テレジッドに……送らないって、言って」

 「それは出来ぬ相談じゃ」

 

 頭がフラフラする。

 気分が悪い。

 苦しい。

 だけどホッキンスは、なんが何でも、チャーリーを奴隷にして売り飛ばしたいらしい。

 なぜ?

 自分が死んでもそうしたい?

 そう言う疑問が頭に浮かんだけれど、浮かんだ疑問について考えることが出来ない。

 

 「……じゃあ」

 

 死んで。

 そう言おうとした瞬間、ガチャ、と扉の開いた音がした。

 

 「……バルメ。ここで何をしている。何があった」

 

 私の大事な人の声が後ろから聞こえて、反射的に振り返った。

 無視してホッキンスを殺すべきだと、振り返りながら思った。

 

 「チャー、リー」

 

 いつもの黒い服に、大きな体に、仏頂面に、困り眉。

 チャーリーのすぐ横にはミルフォードが居るけれど、彼女について何か思う余裕はない。

  

 「行かないで……」

 

 平衡感覚がおかしくなったらしい。

 チャーリーに向かって手を伸ばしたら、そのまま倒れ込んでしまった。

 瞼が重くて、頭が熱くて、体は冷たい。

 

 「バルメ!」

 「いかん。すぐ寝かせてやるんじゃ。薬はもっておるな?」

 「バルメの家にあるはずだ。ミルフォード、話しは後だ」

 「はい」

 

 その後もホッキンスとチャーリーとミルフォードの声が聞こえたけれど、なんて言っているかは聞き取れない。

 薄く開いた瞼の先すら黒ずんで、暗転していく。

 

 ……もう少し、だったのに。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 「と、言うのがこの部屋で起きたことの顛末じゃ」

 

 ホッキンスさんはいい笑顔で、私にバルメちゃんの反逆について語ってくれた。

 

 「アレは見事だった」

 「完全に俺たちを煙に巻いた」

 「幻覚とわかっていたのに対応できなかった」

 「バルメは教わった技術を活かしていた」

 

 バルメちゃんと戦ったホッキンスさんの部下の四人もいつの間にか起き出して、口々にバルメちゃんを褒めている。

 そしてチャーリーさんは、いつも通りの仏頂面を崩していて、どこか嬉しそうだ。

 

 「もうバルメを守る必要は無い。あの子はたった五年で俺から吸収できるものを吸収した。不得手のはずの直接戦闘は……」

 

 チャーリーさんは私を見て、それからまたホッキンスさんに向き直る。

 

 「あの魔剣でしっかりとカバーしている。もう簡単な仕事だけをやらせる必要も、子供だからと暗部から遠ざける意味も無い」

 

 自慢の娘だ、なんて言いそうな顔で、チャーリーさんは少し俯き、それから顔を上げる。

 

 「俺が話す。構わないか?」

 「構わん。バルメのことはチャーリーに任せてきたからのぉ。それに、あの子はわしが嫌いなようじゃ」

 「あの子なりに感謝はしている。感謝しているからこそ、裏切り者で居てほしくないのだろう。それも俺が説明しておく」

 「うむ」

 

 そっとチャーリーさんは立ち上がる。

 

 「バルメの様子を見て来る。悪いがここで席を外す」

 「はい。あ、僕は一人で帰れますから」

 「ああ」

 

 静かに退出するチャーリーさんに続くように、部下の四人の人も部屋を去った。

 この部屋に残されたのは、僕とホッキンスさんの二人だけだ。

 

 ここからが本題。

 

 「さて、魔剣の話に入ろうかの」

 「はい」

 

 今日僕がここに来た理由はそれだ。

 本来はタウラスの釘剣の使用感を僕が聞きに来たのだけど、ホッキンスさんは聞きたいことがあるというお顔。

 ま、当然だね。

 

 「タウラスの釘剣は、一人を対象に炎魔剣二型の特殊効果の幻覚を見せられる、じゃったな」

 「そうですね」 

 「じゃがバルメは、わしと四人の部下全員に同時に幻覚を見せた。あれはなんじゃ?」

 「僕の造った魔剣、というか、人の思念の宿った品を元に造った魔剣は、魔剣の制限を取り払い、特殊効果の解釈を拡大して使用することが出来るんです。僕は超過駆動と呼んでいます」

 「ほう?」

 「あの魔剣の基になったなったタウラスさんとバルメちゃんは、相性が良かったんです。だから一人にしか幻覚を見せられないと言う制限を取り払うことが出来たんです。バルメちゃんの消耗が酷かったのは、自分にも幻覚を見せたからでしょう」

 「自分にまで幻覚を?」

 「はい。一人を相手に、という制限を取り払ったので、使い手を含むその場に居る全員に幻覚の効果があった、ということです」

 「……なるほどのぉ」

 

 この超過駆動と言うのは、普通の魔剣には無かったりする。

 超過駆動が使えるのは、タウラスの釘剣と同じように、人の思念が宿った魔剣だけだ。

 カイに渡したデラの短刀もそう。

 遠くにある物を引っ張る、という効果を拡大解釈して、遠くの物、あるいは場所へ、自分を引っ張ることが出来る。

 あれも超過駆動の一種と言える。

 

 「超過駆動をしていた時のバルメちゃんはどうでした?」

 「あの子自身も燃えておったな。体の皮膚が溶け、炭化し、痛々しい姿じゃった。それに陽炎で揺らぎ黒煙に霞み、よう見えなんだわ」

 「ということはやはり、自分も幻覚の一部と化していたということでしょう。もう炎魔剣二型とはだいぶかけ離れた幻覚ですね」

 「全くじゃ。ああなるのなら先に説明せんか。最初に聞いた説明と全く違うではないか」

 「どういう風に特殊効果を拡大解釈するかは、使って見ないとわからないんです。それに魔剣と使い手の相性が良くないと、超過駆動なんて発生しませんから」

 「……では仕方がないのぉ」

 

 ホッキンスさんはとりあえず納得したようで、ソファーの背もたれに背中を預けた。

 鼻から深くため息を吐いて、考える。

 

 「重い喘息のあるあの子が、自分すら燃やす幻覚を使う……か。もう少し使い手に優しい魔剣は無いのじゃろうか」

 「喘息だったんですか?」

 

 知らなかった。

 

 「あの子は薬がないと動けんよ。頭も体も優秀じゃがな。喘息さえ無ければと何度考えたかわからん」

 「そうですね。僕も一目見た時から利発そうな子だと思ってたんです」

 「思慮深くはないがの。割と短慮で感情的じゃが、機転が利くし勘が良い。それに全身の筋肉を巧みに使えておる。でなければ、大人を紐で吊り上げたりは出来ん。体の使い方に関しては天才的じゃ……だからこそ喘息が悔やまれる。実に悔しい。長期の仕事はどうやっても任せにくい」

 「ははぁ、大変なんですね」

 「お主にとっては人ごとかも知れぬがな」

 「そんなことないですよ。大事な大事な二人目の使い手なんですから」

 「であれば、今後はバルメのサポートもやってもらおうかの」

 「……ぐ、具体的には何を?」

 「その時と場合による」

 「はい」

 

 上手い感じに乗せられた。

 無報酬で仕事が増えたかもしれない。

 文句はないけれど、やり込められた感じがする。

 

 「ところで、次の魔剣はトパーズで造るんじゃったかの?」

 

 それもちゃっかり知ってたのか。

 トパーズは高いってチャーリーさんが言ってたね。

 嫌がられるかな?

 

 「まぁ、はい」

 「どんな魔剣になりそうなんじゃ?」

 「まだ何とも。元になるものがまだ見つかっていませんから」

 「ふむ。であれば、使い手に優しい効果にするんじゃな」

 「それは……元になる素材次第ってことで」

 「フン。まぁ用意しておこう。それにしても、次で三本目じゃな」

 「そうですね」

 

 よかった。

 高い宝石ばかり用意出来ない、なんて言われたらどうしようかと思った。

 魔剣が造れなくなると、困る。

 

 「此度の魔剣も実に良い物じゃった。次も期待しておる」

 「ありがとうございます」

 

 今日はこれで帰れるようだ。

 

 バルメちゃんとチャーリーさんがこれからどうするのか知りたい気もする。

 でも、複雑な関係なんだろうな、とは思ってるし、今見に行くのは憚られるし、今日は大人しく帰ろうかな。

 

 僕はホッキンスさんに一礼して、静かに帰路に就いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] バルメちゃんめっちゃ愛されてますね(´ω`)とてもほっこりしました!ヤクザっぽい組織の拾ってきたガキンチョみたいなイメージをもちました(笑) チャーリーさんやその他の人のテレジッド行きはな…
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