小さな監視者たち
大体二カ月ほど前、朝日が昇る前からホッキンスの家に呼ばれ、簡単な仕事を一つ任された。
仕事の内容は、私に振り分けられた中で一番平和なものだった。
「ダグラスと言う貴族は知っておるな?」
「知ってる。始末する?」
「せんせん。今回はそんな物騒なものではないわ」
「じゃあ何?」
「スラムに住んでおる少年がダグラスの怒りを買ったのじゃ。昨日の夜からその少年に懸賞金をかけ、指名手配書を旧都中にばらまいておる」
「じゃあその少年を拉致するの?」
「その物騒よりの思考は誰に似たんじゃ」
「育ての親」
「チャーリーか……」
一番物騒なのは目の前にいるホッキンスだと思う。
このお年寄りは、誰よりも酷い人だ。
「指名手配された少年、カイは、スラムに住んでおる子供たちと仲が良いのじゃ」
「それで?」
「カイは指名手配されれば逃げ隠れするじゃろう。そうなれば追う者らは、カイとカイの情報を探り始める。スラム住みの子供たちにも目をつけるじゃろう。カイと仲の良い子供なら居場所を知っておるかもしれぬし、少し痛めつければすぐ吐くとな」
「じゃあカイを追う奴らを追えなくすればいいの?」
「違う……とは言えんな。カイと仲の良いスラムの子供らを守るのじゃ。必要ならば最低限処理して構わん」
「いいけど、なんで子供なんか守るの? それよりカイを捕まえてダグラスに渡す方が楽」
「バルメ、子供は未来で若者は可能生じゃ。守らなくてはならん」
老いぼれは若い人に幻想を見るらしい。
敗戦したセイブレイと魔族にまともな未来なんて来るとは思えない。
それに、真っ先に裏切ったホッキンスが未来を語るなんて、あり得ない。
……でも育ててくれた人だし、私に仕事をくれるから、文句はない。
役割と居場所は等価だ。
「わかった」
「穏便にな。つけ耳とつけ尻尾をつけて、子供たちと仲良くなっておいで。あああと、カイには手出し無用じゃ」
私はホッキンスに言われるがまま、魔族の恰好をしてスラムの子供たちがいるエリアにやって来た。
カイが寝床にしているテントにもならないようなボロボロの……なんて言えばいいんだろう。
ゴミで作ったテント? みたいな場所にたどり着く。
テントの周りには工事現場で使われるシートがいくつか転がっていて、そのシートから耳や角の生えたあどけない子供の顔が生えていた。
シートは布団代わりということのようだ。
みんな私より小さいらしい。
私は寝ている子の一人を静かに揺り起こす。
角の生えた男の子だ。
「ね、起きて」
「んん、んぅ……あ、だれ?」
「私はバルメ」
「えぇっと……なに?」
だんだんと目が覚め、私を警戒し始めたようだ。
こんな時間に知らない奴がここに現れたら、警戒するのは当然だ。
でも大丈夫。
色々と持って来ている
「ここに居るみんなに、来て欲しい場所がある。出来れば今すぐ」
「何だよそれ」
「ここね、多分朝になったら危なくなる。だから安全な場所に来て欲しい。食べ物も、ちょっとだけある」
「……」
食べ物があると言えば、私が起こした子は少し黙った。
考えているようだ。
私はその間に持ってきた荷物を開けて、中身を見せた。
中身はナイフとたくさんのロールパンだ。
「これを全部あげる。私が君たちに何か危害を加えるようなことがあったら、このナイフで私を刺せばいい」
「……」
「君の名前は?」
「……レトラ」
「レトラね。来て欲しい場所って言うのもここから遠くない。スラムの中の廃宿。行ったことある?」
「ない。でも廃宿の場所は知ってる」
「そう。じゃあみんなを起こして」
レトラは私の荷物の中からナイフを取り出して、それから他の子を起こし始めた。
私はレトラが変な警戒をしなくて済むよう、少し離れて待機する。
全員が起き出したところで、早速移動を始める。
スラムの廃宿へ向かうのだ。
先頭はパン入りの荷物を持った私。
次にナイフを持ったレトラ。
その後を三人ほどの子供たちがついてくる。
まだ日の登らないスラムは真っ暗だけれど、私も子供たちも慣れている。
問題なく廃宿の入口までたどり着いた。
「ここの二階の部屋は安全。さっきまで君たちが寝ていた場所が安全になるまでは、ここに居て」
「それっていつ? なんで今は安全じゃないの?」
当然の疑問をぶつけられた。
ここまで連れて来ておいて、何の説明も無しだった。
説明なんてめんどくさいけど、何も言わなければきっとこの子たちは、いつものように外に行くだろう。
「じゃあまずお部屋まで行こう」
「……ここで聞かせて」
眠そうな子が混じっている中でも、レトラはしっかりと意識を私に集中させている。
警戒は全く解いていない。
パンを食べられるかもしれないからここまで私についてきたと言うだけらしい。
夜のうちに旧都中に張り出された、カイの指名手配書を持っている。
宿の入口のランプに明かりを灯して、カイの指名手配書をレトラに見せる。
「字は読める?」
「読める文字はある」
「じゃあこれはわかる?」
レトラは指名手配書に視線を落として、自分が読める字を探している。
片手に持ったナイフはずっと切っ先が私に向いていて、それでいて私から一歩離れているあたり、警戒心の強さがよくわかる。
「カイ……ストラン……金貨一枚……生死……ヴィッツ・ダグラス? なんだこれ」
「それはカイの指名手配書。ヴィッツダグラスのストランの絵画をカイが盗んで売ったから、金貨一枚で指名手配されてる」
「カイが危ないじゃん!」
「大声出さない」
レトラは子供たちの中では一番大きいけれど、やはり子供だ。
カイが危ないと知った瞬間に大声を出した。
ここはまだ廃宿の入口で、外だと言うのに。
「カイのためにも、君たちは隠れなきゃいけない」
「なんでだよ」
「カイは指名手配されたら、どうすると思う?」
「逃げるだろ普通」
「そう。逃げるし、隠れる。そうすると、金貨一枚が欲しい人たちは、カイを探す」
「何当たり前なこと言ってんだよ」
「カイを探す手がかりとして、多分君たちが狙われる」
私がそう言うと、レトラはピクっと体を震わせた。
「君たちはまだ子供で、カイと仲がいい。だからカイの居場所を知ってると思って、狙ってくる。君たちがそういう人たちに捕まると、君たちはもちろんカイも危ないかもしれない。だから隠れたほうがいい」
「なんでアンタ、俺たちを隠れさせようなんて思ったんだ。パンにナイフまで寄越して」
「……同じ魔族の子供だから」
思い切り嘘を吐いたけれど、レトラはとりあえず納得したらしい。
私はパン入りの荷物もレトラに渡して、宿の入口のランプを消し、子供たちを宿の二階に案内する。
この宿にはだれも近づかない。
ここは私たちが時折使う場所として知られているからだ。
だから見た目に反して中がキレイだったり、家具がそれなりにそろっていても、誰も近づかないし泥棒されない。
そんな場所に子供を連れ込むのもどうかと思うけれど、裏町に連れていくよりマシだ。
二階の部屋二つを子供たちに使わせ、私は厨房で人数分のコップに水を注いで持っていく。
スラムの子供たちは大体いつも空腹だ。
今頃パンを齧っている頃。
食べ終わったら話をする。
パンを食べてお水を飲んだ子供たちの前で、私は子供たちに約束を取り付ける。
「カイを狙う追手は、あなた達に目をつける。だからカイの指名手配が終わるまではこの宿の外に出てはダメ。外に居る人に、ここにあなた達が居ることを示すのもダメ」
「引きこもれってことかよ」
「そう。カーテンを開けて外を覗き込んだりもダメ。ある程度防音出来るようになっているから、この宿の中でなら、遊ぶなり寝るなり好きにしていい。食べ物はちゃんと持ってきてあげる」
食べ物を持ってくると言えば、やはりレトラも他の子どもたちも反応が固まる。
いつも飢えている人の特徴だ。
食べることに困らないのなら……となんでも受け入れてしまう。
「カイの指名手配はあまり長く続かない、と思う。具体的にいつまでかはわからないけど、あなたたちを一生この宿で飼殺すつもりは無い。何ヶ月経ってもここから出られないようなら、また何か方法を考えるから」
ホッキンスがダグラスに何かすれば、指名手配はすぐ終わる。
結局この子たちがいつまでここに閉じ込められるかはホッキンス次第だ。
何でもかんでもあのお年寄りの手のひらの上なのかと思う。
「わかった。俺たちはここから出ない」
「ありがとう。次はごはんと一緒に、何か遊べるものを持ってくる」
子供たちの代表はレトラのようだ。
私が最初に声をかけたからか、元から一番大きな子だったからかは知らないけれど、他の子どもたちはレトラの言葉に従うつもりらしい。
レトラ達に一旦別れを告げて、私は廃宿を後にする。
「……しばらくはあの子たちのご機嫌取りだ」
閉じ込められた鬱憤が爆発して外に出られたら困る。
翌日、私は食事とサイコロを持ってスラムの廃宿へ向かった。
中に入ると、ナイフを持ったレトラが出迎えてくれる。
私を見ればナイフを下ろしてくれたけれど、少し危なかった。
危うく自衛的攻撃をするところだった。
「バルメか」
「他の人は近づかない。でも警戒心は大事」
そう言ってレトラの頭を撫でて、二階へ向かう。
部屋の扉を開ければ、昨日連れてきた子供たち全員が、わちゃわちゃと揉み合って遊んでいた。
「みんな居る?」
「居るー」
「居るぞー」
「食いもんー?」
レトラ含めて四人居て、それぞれ仲はいいらしい。
私は食事を全員に手渡して、またお水をコップに注いで持って来て、食べ終わるのを待つ。
みんな食べるのが早い。
ゆっくり食べていたり持ち歩いていたら、奪われる環境に居たせいだろう。
だから食べ物が手に入ったらすぐ全て食べてしまう。
スラムで生き抜くためには必要なことだ。
全員が食べ終わったところで、私はサイコロを取り出して見せた。
「これをあげる。仲良く遊んで」
それだけ言って帰ろうと思っていたら、服の裾を引っ張られた。
「遊び方わかんない」
私もあまり知らない。
だけど放っておいても、サイコロを持ってきた意味が無さそうだ。
四人全員がサイコロの遊び方を知らないようなので、とりあえず説明してみる。
「これは転がすと、一から六までの数字が上を向く玩具」
「うん」
「……」
私が持ってきたサイコロは、一応人数分四つある。
全員に一つ配って、それぞれ振らせてみた。
「四」
「一」
「六」
「三」
「じゃあ一番数が多かった……君の勝ち」
「おお……」
「あとは、奇数と偶数を当てるゲームもある」
「きすうとぐうすうって何?」
「奇数は一と三と五。偶数は二と四と六」
……気付けば私は、レトラ達と遊んでいた。
ホッキンスの言うように、仲良くなっていた。
明日は何か、賭けられるものを持ってこよう。
そんなことを自然に考えていた。
カイの指名手配が解かれた日、私はまたホッキンスに呼び出された。
憎たらしい髭面のお年寄りは、私を見て嬉しそうにニコニコしている。
「もう子供たちを守る必要は無い。あの宿に住まわせておったのじゃろう? 解放してあげなさい」
「わかった」
「ちゃんと仲良くなったかの?」
「……まぁ」
そんなつもりは無かったけれど、仲良くなった。
少し前に、バルメは友達だ、とはっきり告げられた。
喘息持ちの私に容赦なく飛び込んで来たりと、仲良くなればなるほど遊びは苛烈になる。
最近の私は疲れ気味だ。
でも嫌じゃない。
「それは何よりじゃ。あの子たちはまたカイの近くに居るようにさせなさい。時折彼らに会いに行き、カイの様子を聞き出してわしに伝えるのじゃ。時折で良いぞ」
「……騎士に決闘で勝ったらしいね」
「うむ」
「こっちに引き込むの?」
「いんや、そのつもりは今のところないのぉ。ただ、彼が今後何をするのかは把握しておきたい。折角仲良くなった友達が、カイのすぐ近くに居るのじゃ。友達の手を借りて監視するのが合理的じゃろう」
……こういうところが食えない。
私にレトラ達を匿わせたのは、レトラ達と仲良くさせて、カイを監視させることを思いついていたからのようだ。
仲良くなっておいで、と言ったのもそう。
レトラ達と年の近い私を選んだのもそう。
子供は宝で若者は可能性などと言っておいて、その実利用することを考えていた。
「わかった」
レトラ達と仲良くなったのは、ホッキンスに言われたからじゃない。
接するうちに自然と仲良くなった。
私に出来た、初めての友達だ。
その友達を利用するように言われた私の気持ちは、ホッキンスにはわからないのだろう。
人間であることも隠したままなのに、さらに利用するなんて。
酷い裏切りをしているような、この重い罪悪感が、ホッキンスには理解できないんだ。
ガラマンダラズを捕獲した次の日のお昼。
私は小さなクッキーの詰まった袋を持って、スラムに向かった。
チャーリーに叱ってもらえなかったモヤモヤを、子供たちと接して払拭したかったからかもしれない。
とにかく私はレトラ達と会いたかった。
この小さなクッキーを、サイコロで賭けて遊びたかった。
でもレトラ達の場所に行く前に、私は、チャーリーを見つけてしまった。
気の抜けたチャーリーだ。
いつものなら、私がチャーリーを見つける前に、チャーリーが私を見つける。
でも今は、チャーリーは私の存在に気付いていない。
様子がおかしい。
チャーリーの後をつけると、ミルフォードの店に入ったのが見えた。
そしてすぐに出てきた。
二人並んでスラムを歩いている。
多分ホッキンスのところに向かうんだろう。
でも気になって、後をつけた。
二人で何を話しているのか、聞き耳を立てながら。
「あの~チャーリーさん?」
「なんだ」
「次の魔剣の話なんですけど、また宝石製鋳造魔剣にしたいと思ってまして」
「……はぁ。また宝石か。いくらすると思っている」
「出来ればその……トパーズが」
「バケツ一杯か?」
「黄色い刀身なんてカッコイイじゃないですか」
「同じ黄色ならシトリンにしろ。その方が安い」
「シトリンよりトパーズの方が魔剣の素材的に良いと言うか……ダメですか?」
「俺の後任に聞け」
「後任?」
「ああ。俺はもうすぐここを去る」
「え、そうなんですか」
「だから次のお前担当に頼め」
「……わかりました」
チャーリーは、もうすぐどこかに行く。
どこに何をしに行くのか、私は知らない。
知らない。
知らない。
だけど、直感してしまった。
私は我慢できなくなった。