幻炎
目の前で一人の構成員を吊り殺して暗殺者であることを明かした以上、野盗ガラマンダラズは私を小娘と侮っていられない。
「ぶっ殺せぇ!」
その一言で残る二人の構成員が突っ込んでくる。
ガラかダズかわからないあとの二人も剣を抜いて、切り込んでくる二人の後に続く。
道が広ければ、私を取り囲むことも出来たんだろう。
でもこの狭い道では一人ずつかかってくるしかない。
この辺の地理を知っていれば、一人を後ろに回り込ませることも出来たかもしれない。
でも無理だ。
結局何人居ても、この状況で私に切りかかってこられるのは一人ずつ。
私は違うけど。
まずタウラスの釘剣を構え、特殊効果を使う。
一人を対象に、炎魔剣二型の特殊効果の幻覚を見せられる。
「なに!? 魔剣だと!?」
一番先頭に居た構成員が驚いている。
セイブレイで魔剣なんて滅多にみられるものじゃないのだから、驚くのは当然だ。
彼には、私の構えた剣の剣身が、炎に包まれているように見えている。
そして、構えた剣を突くように前に出す。
幻覚の炎は剣身を離れ、先頭に居る彼に向かって放射された。
「うわ、うわぁあああああああああああああああ!」
「なんだ! どうした!?」
「熱い! ああ燃える助けてくれえええええええええ!」
先頭の人が突然暴れ狂えば、当然後ろの人は驚く。
先頭の人がどんな幻覚を見ているのかは、私にもわかる。
私にも見えるからだ。
タウラスの釘剣が燃え盛り、私から野盗たちに向かって放射された炎は、先頭の人ごと激しく燃えている。
でもそれが見えているのは一人だけ。
「アアアアアアアアアアア!」
「落ち着け! 何があった!?」
この道の狭さでは、暴れ狂う人を避けて前には出られない。
だから二人目もガラもダズも私に近づけない。
でも、子供の私は違う。
とうとう倒れ込んで転がり回る人を避け、二人目に肉薄する。
「な!」
気付くのが遅れた二人目の喉めがけて、タウラスの釘剣を突く。
重い剣でも、喘息から解放された私には容易く扱える。
正確に喉を突いた切っ先が、食道と気管を突き破って首の骨に突き当たる。
ンブガ、と水っぽい音を口から吐き出したその人は、そのまま倒れ込んだ。
もうじき死ぬだろう。
そしてさっきから炎の幻覚でのたうち回っている可哀そうな一人にも、喉に穴をあけてあげる。
「あああああ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! あ……」
さっきまで叫び散らしていたというのに、断末魔は驚くほど呆気ない。
発声器官に穴が開いて死ぬのだから、当然と言えば当然か。
さて。
「どっちがガラでどっちがダズ?」
残った二人の方を見ると、二人とも心底嫌そうな顔で私を見ている。
「どうするよ兄貴」
「……逃げるぞ」
二人のうち片方が、ここに来て急に冷静な判断を口にした。
仲間三人が目の前で死んで、逆に冷静になったということ。
個人的に嫌いな性格だ。
「逃がさない」
タウラスの釘剣を一振るいして、逃げると言い出した方に幻覚を見せる。
この細い道の両端に炎を走らせ、二人の背後に高い炎の壁を作り出す。
「……マジに魔剣かよ」
「おい逃げるんじゃなかったのか」
「見てわかんねぇか! 逃げらんねぇだろ!」
「はぁ!? なんでだ!」
「炎に囲まれてんだろうが!」
「何言ってんだ兄貴!」
「お前こそ何言って……」
兄の方には炎が見えて、弟には見えていない。
そこで発生する意見の齟齬が言い合いに発展した。
見えている者が全く違うということは、意思疎通がとても難しくなるということ。
「へぇ……」
面白い魔剣だと思う。
仲間割れにまで行くとは思ってなかった。
「もういい! 俺は先行くからな!」
「馬鹿よせ!」
さっさと逃げようとする弟に向かって飛び出す。
ここで逃げられて、屋敷に残っている積み荷を人質にされると面倒だ。
「クソ!」
野盗の全力疾走より、私の方が速い。
すぐに兄の横を過ぎ去って、弟の背後に詰め寄る。
「お休み」
そのまま後ろから弟の角を左手で掴み、グイっと引っ張る。
そしてすぐさま反対の角を掴んで、同じように引っ張る。
すると頭の中が激しく揺れてしまう。
角持ちの魔族は、これで簡単に意識を奪える。
ウッ……とうめき声を漏らして倒れ込んだ弟。
兄貴の方は諦めたように膝を突いていた。
「降伏する。俺と弟の命ばかりは助けてくれ」
「物分かりがいい。なぜ?」
「お前が一人で動いているならまだあがくところだが、ホッキンスの暗殺者なんだろ? ここでお前を何とか出来ても、未来がねぇ。だからここが年貢の納め時だ」
「……私がホッキンスの暗殺者だって名乗った時点でそうしていれば、三人は死なずに済んだのに?」
「降伏するのが遅いってか?」
「そう」
黙ってしまった。
四人居れば私みたいな小娘一人に遅れは取らないと思ってたんだろう。
暗殺者だって名乗ったのに、子供一人だからと油断していたんだ。
「もともと、この旧都に積み荷を持って入った時点で結果は決まってた。降伏してもしなくても同じ」
「こ、殺すのか?」
「殺さない。必要ない」
つかつかと足音が近づいてきている。
空を見上げれば、細長い空が青白くなってきていた。
もう夜明けだ。
「……怒ってる?」
いつものように朝食を持ってきたチャーリーは、そう聞いてしまいたくなる雰囲気だった。
「いや、俺から言うことは何もない。お前はよくやった」
でも返って来る言葉には感情が乗っていない。
言うことは何もない、ということは、何も文句はない、ということではないんだろう。
「私は勝手なことをした。行き当たりばったりで綱渡りなこと。チャーリーが逃げたらいいって言ってた場面で、私は予定を無視して動いた。逃げて、チャーリーや仲間を探して相談することだって出来たのに、そうしなかった。チャーリーは私に怒っていい」
むしろ怒って欲しい。
今までもこう言うことはよくあった。
私に任せられる仕事は、対象を引き離すとか、睡眠薬を飲ませるとか、そう言う暗殺や拉致の下準備が多かった。
そして言われても無いこともした。
上手に対象を引き離せなかった時は、居場所に火を放って無理やり外に追い出したことも。
睡眠薬を盛れなかった時は、フィンガーループで首を絞めて気絶させたことも。
その度にチャーリーは私を怒った。
叱ってくれた。
最初の段取りが一つでも失敗したら即逃げろって、口を酸っぱくして言い聞かせてくれた。
失敗したときは自分達が何とかするからって。
でも、今日は何も言ってくれない。
それがかえって不安になる。
「ねぇ、教えてよ。私の何がいけなかった?」
チャーリーの服の裾を掴んで食い下がると、チャーリーは私の肩に手を置いて、しゃがんで、目線を合わせてくれた。
いつもの仏頂面から感情を抜いたような目で、しっかりと私を見据える。
「お前は最初に積み荷の一人と入れ替わった。背格好の近い者と入れ替わり、自然にあの屋敷の中に入り込んだ。これはいい判断だ」
叱ってほしい私に、チャーリーはそんなことを言う。
それが一番効く。
多分、積み荷の女の人から私の行動を聞いたんだろう。
ガラとダズを捕まえたあの路地に来る前に、屋敷の中を検めたらしいから。
「次に積み荷に手を出しに来た五人を始末した。これはリスクが大きかったな。だが紐一つで静かに五人全員を始末して見せた。これを狙って出来る暗殺者は少ない。積み荷の四人はお前に怯えていただろうが、俺たちが保護したときは、お前に感謝していた。誇っていい」
……違う。
いつものチャーリーなら、その時点でなぜ逃げなかったのかと問いただす。
なんで褒めるの?
「そしてその後、お前はわざとわかりやすいように屋敷を逃げ出し、残りの構成員とガラ、ダズを狩場におびき出し、構成員三人を始末してガラとダズを捕まえた。積み荷から危険を遠ざけ、さらに俺たちの到着を待つことなく悪くない結果を出した。なら、文句はない。強いて言えば、残り五人全員がお前を追いかけて来るかどうかは賭けだったな。」
いつものチャーリーはそんなこと言わない。
私が言うことを聞かなかった。
それなのに結果だけ見て褒めるなんてことは、チャーリーらしくない。
……そんなにも、私はチャーリーを怒らせてしまったということなのだろう。
「ごめんなさい。謝るから、ちゃんといつものチャーリーになって」
「喘息。薬の効いている時間。往々にして起こりうる想定外の事態。予定通りに事が進むことは少ない。暗殺なんてそんなものだ。むしろお前は制限が多い。そんな中で、お前はよくやったと思っている。積み荷と入れ替わって潜入したのに、そのことを活かせていないことがいい証拠だ。いつも予定通りにいかなかったら逃げろと言っていたのは、ただお前の身を案じてのことだ。だが、想定外のことが起きても自分の身を守れることが今回わかった。だから過保護なことを言わないだけだ」
……じゃあどうしてそんなに感情の無い目をしているのか。
怒っているような雰囲気は、今は悲しんでいるような感じもする。
そんな目と態度で褒められても、責められているようにしか聞こえない。
「飯が冷める前に食え。疲れた体を休めろ。次からお前に振られる仕事は、今までより難しいものになるだろうからな」
とうとうチャーリーの目を見られなくなった私を、チャーリーは優しく抱き上げて、食事の置かれたテーブルの前に座らせる。
「体に気を使え。喘息は死ぬこともある。手持ちの薬の数はちゃんと把握しておくんだぞ」
チャーリーはそれだけ言って、私の家から出て行ってしまった。
「……急に何なの」
突然チャーリーの態度が変わってしまったことに、私は酷く動揺している。
……危なくなったら逃げて良いと言うのが子ども扱いだと思っていた。
じゃあ、今のような態度が大人として扱われていることなのだろうか。
もしそうなら、私は望むものを手に入れたことになる。
だとしたらこの喪失感は一体何……?
お昼頃、チャーリーさんが僕のお店にやって来た。
タウラスの釘剣について、バルメちゃんに使ってみてもらった感じを教えてくれるそうだ。
と言ってもバルメちゃん本人からじゃなくて、チャーリーさんとホッキンスさんから聞くのだそうだ。
相変わらずの作業着に仏頂面のチャーリーさんと、二人でお昼のスラムを歩く。
ホッキンスさんのところまでそれなりに歩くので、今のうちに次の魔剣についての打診をしておこう。
「あの~チャーリーさん?」
「なんだ」
「次の魔剣の話なんですけど、また宝石製鋳造魔剣にしたいと思ってまして」
「……はぁ。また宝石か。いくらすると思っている」
「出来ればその……トパーズが」
「バケツ一杯か?」
「黄色い刀身なんてカッコイイじゃないですか」
「同じ黄色ならシトリンにしろ。その方が安い」
「シトリンよりトパーズの方が魔剣の素材的に良いと言うか……ダメですか?」
「俺の後任に聞け」
「後任?」
「ああ。俺はもうすぐここを去る」
「え、そうなんですか」
「だから次のお前担当に頼め」
「……わかりました」
別れというのは突然訪れる。
チャーリーさんとは、思えば旧都に来てすぐのころに出会っているね。
そう思うと、なんだか寂しいような気もする。
「チャーリーさんはお昼ごはんはもう食べました?」
「何の話だ」
「僕はまだなので、良かったら一緒にどうですか?」
「……」
チャーリーさんは断るだろう。
そう思いつつも、もうあまり会えないのなら、一度くらい食事してもいいとも思う。
……チャーリーさんはフッと、わずかに笑った。
「いいだろう」
僕も微笑みを返す。
仏頂面しか知らなかったチャーリーさんの笑顔は、すぐにいつもの仏頂面の奥に引っ込んでしまった。
だけど、心なしかどこか柔らかい。
肩の荷を少し降ろせたような感じだ。
「そうだ。旧都を出る前に魔剣を造ってあげましょうか。餞別ってことで」
「要らん。持っていける場所ではない」
「そうですか」