仕事と野盗
私はセイブレイで生まれた。
今年で十四歳になる。
つまり、戦争中に魔族の国で生まれた、ということだ。
私の両親が何だったのかは知らない。
セイブレイに攻め込んでいた兵士だったのか、セイブレイ軍に捕らえられた民間人だったのか、それ以外の何かだったのか。
とにかく私は両親の顔も知らないまま、ホッキンスと彼の部下の手で育てられた。
育ての親はホッキンスだけど、私の世話を焼いてくれるのは物心ついたときから今日までチャーリーだった。
チャーリーは私に対して、いつも仏頂面だった。
いや、いつにも増して仏頂面だった。
チャーリーにしてみれば、敵国の子供を育てさせられているわけだから、あまりいい気分ではなかったんだと思う。
それでもチャーリーもホッキンスも私をちゃんと育ててくれた。
名目上、私は捕虜だった。
私が九歳になった時、戦争が終わった。
捕虜である私は、形式上解放された。
でも、実質的には何も変わらなかった。
ホッキンスは私を側に置き続けた。
私はホッキンスやチャーリーの存在を含めて、セイブレイの裏側についてそれなりに知ってしまっている。
だから私を解放してテレジッドに送るわけにはいかないのだと、ホッキンスが言っていた。
でも捕虜ではなくなった私をそばに置き続けるには、役割が必要でもあった。
それまでのただ飯喰らいの私ではいられなくなった。
ホッキンスは薬を。
チャーリーは技術を。
新たに私に与えてくれた。
だから私はここに居られる。
魔剣があろうがなかろうが、そこは絶対に揺るがない。
私が魔剣を受け取ってから、二日経った。
朝食を持ってきてくれたチャーリーが、ご飯と一緒にお仕事も持ってきた。
今日の朝ご飯は、白パンに目玉焼きに、コーンスープにマカロニサラダだ。
「食いながら聞け」
「いただきます」
コーンスープをスプーンで掬い、フーフー冷ましてから口に含む。
甘くてコクがあって、美味しい。
「ガラマンダラズと言う野盗がいる。旧都より西にある村々を襲う連中だ。そいつらが旧都に入った」
フォークをマカロニサラダの小皿にザクリとさせば、酸っぱいソースが絡んだ柔らかいマカロニとシャキシャキ野菜がまとめてフォークに捕まった。
口に含むと瑞々しくて酸っぱくて、目が覚める。
「恐らくガガンの町への中継で入ったんだろう。奴らは積み荷をテレジッドに一番近いガガンで適当に売りさばくつもりだと考えられる。旧都では売ろうとせず、あの幽霊屋敷を借りの宿に据えてガガンに向かうまで休んでいるようだ。まぁ長くは滞在しないだろうが」
目玉焼きは半熟で、黄身を裂けばトロリと流れ出て来る。
白身と一緒に千切った白パンに乗せて、一口で頬張ってみると、塩気の効いた卵と柔らかいパンが優しい。
「ガラマンダラズは十人ほどの規模だそうだが、頭領はガラとダズの二人で、兄弟だそうだ。積み荷の数は精々四。多くても六。小物もある。積み荷の解放と構成員八人の始末は俺たちがやるから、お前は俺たちが仕掛けるタイミグでこの二人を引き離してくれ」
美味しかった。
最後にお薬を飲んで、一息つく。
「ふぅ……引き離すだけでいいの?」
「ああ」
「そう。わかった」
「危ないと思ったら逃げろ」
「嫌。それじゃ、私がここに居る意味が無い」
「ホッキンスはお前に期待している。若いうちに体を壊して、その期待を裏切ることが一番許されない。危なくなったらなりふり構わず、五体満足で凌ぐことを最優先しろ」
「いっつもそれ言う。子供扱い」
チャーリーはいつも、危なくなったら逃げて良いとか、少しでも想定外のことがあったら中断してここに帰って来いとか言って、私を子ども扱いする。
それならそもそも私に、そんな仕事を振らなければいい。
でも、仕事を振ってほしいのは私の方。
だから、子供扱いせず、私の仕事だけ伝えてくれればいいのに。
……わがままだろうか。
「……夜明け前、仕掛ける。それまでに準備を済ませておけ」
「ガラマンダラズが村を襲ったのはいつ?」
「一昨日だ」
「わかった」
要件を終えて帰ろうとするチャーリーの背中にご馳走様を投げかけ、仕事の段取りを考える。
ガラマンダラズの頭領は二人。
明日の夜明け前に、この二人を例の幽霊屋敷から引き離すには、どうするのがいいだろう……?
住宅と言うのはどの区画にもあるけれど、南西区が一番多い。
そしてその南西区の中で一番人の少ない場所が、レンファンス幽霊屋敷の近くだ。
それなりに良い家が並ぶ南西区の中で、唯一と言って良い廃墟。
「野党が住み着くには持って来いね」
パッと外観を見回しただけでは、無人の廃墟に見える。
でもよくよく観察すると、割れた窓から人の頭が見えていたりする。
いかにも悪人ですと言う感じの人相がチラリと見えるたびに、胸の奥がモヤモヤする。
「ここは悪人ばかりなのね」
ホッキンスもホッキンスの部下も悪人。
幽霊屋敷に住み着いているガラマンダラズも悪人。
私の周りは悪人だらけだ。
私もそうだ。
一度屋敷から離れて、ガラとダズを引き離す場所に行く。
ここに来る前から検討は付けてある。
と言うかスラムでいい。
北に行けばすぐスラムだ。
中でも薄暗く狭く入り組んでいて、物が散乱している場所。
私の得意な狩場。
「……ここでいっか」
少し前まではゴロツキが居た場所にやって来た。
道は狭いし昼間でも薄暗い。
ゴロツキたちが椅子にしていた廃材や木箱もある。
上を見上げれば、青空がほとんど見えない代わりに、壁と壁の間に張られた紐と、それに吊るされた洗濯ものと、道の両端の建物をつなぐ、角材を並べて作った橋があった。
ここなら問題ない。
ゴロツキたちは、ここを通りかかった人に絡んでカツアゲをしていたらしいけれど、ある時期から居なくなった。
ここはミルフォードの店からもカイのテリトリーからも、スラム住みの子供たちの遊び場からもそれなりに遠い。
なにより、物を隠せる場所も多い。
ここにしよう。
レンファンス幽霊屋敷に戻って来た私は、持ってきた少ない荷物から、犬の垂れ耳付きのカチューシャと猫の尻尾の付いたベルトを取り出して、身に付ける。
髪の色に合わせて造ってくれているから、これで私は魔族に見えるはずだ。
ガラマンダラズの連中に見つからずに屋敷に入るのは簡単だった。
鉄柵や玄関は施錠されているし、開けば音が鳴る。
だから割れた窓から入る。
床に散らばるガラス片を踏まないように、そろりと歩き、音と匂いで人の居場所を探知して、避けて進む。
そして、ガラマンダラズの積み荷の場所へやって来る。
積み荷は二階の衣装部屋に詰め込まれていた。
静かに扉を開く。
「ひっ!」
「静かに」
わかっていたけれど、攫われた可哀そうな人と言うのは、突然私が現れると決まってこう言う反応をする。
だから大声を出されないかは賭けだったけれど、大丈夫そうだ。
そう。
ガラマンダラズの積み荷と言うのは、五人の魔族の女の人だ。
ガラマンダラズは今まではただの略奪するだけの野盗だったようだけど、今度は人売りを始めようとしている。
売り手はテレジッド。
ガガンの町で、人間に売るんだろう。
鉱奴にするにも農奴にするにも、人手が欲しくてたまらないのだ。
魔族の野盗からだって買う人は買う。
女の人ばかりなのは、多分頭領のガラとダズがバカだからだろう。
体力のある男の方が、鉱山でも農場でも喜ばれるに決まっている。
とはいっても、多分売れるのだろう。
違法と知っても、合法より安いから買う。
もしかしたら、鉱奴や農奴とは別の使い方をするのかもしれない。
それも違法だけれど。
「……関係ないか」
どうせガラマンダラズは、明日の夜明けで終わりになる。
ここで私が失敗しても、それは間違いない。
「あ、あなたも、捕まったの?」
五人のうちの一人が、私を見てそう言った。
私もガラマンダラズに捕まってしまった可哀そうな魔族の女の子に見えたんだろう。
割烹着みたいなのを着た人が二人。
お姉さんが二人。
女の子一人。
男が居ないのはガラマンダラズの趣味か。
「違う」
そう言ってつけ耳を外して見せれば、皆動揺し始めた。
説明は面倒くさい。
用件だけ伝える。
まず、私と背格好の似た人を一人選ぶ。
「あなた、私と来て」
「え……はい」
彼女が大人しく従うのは、私がもしかしたら野盗の一員かもしれないと思ったからだ。
一々否定しない。
静かに素早く。
「物音をなるべく立てないで。声は絶対出さないで」
コクコクと頷いたその子の手を取り、残った四人を見る。
「奴らに余計なことは言わなくていい。一人足りないと言われたら、一人でどこかに行ってしまったと言えば良い」
衣装部屋に詰め込まれたままの四人は、空気を読んでただ頷いてくれた。
この屋敷には、ガラマンダラズの連中が合計十人居る。
何人かは屋敷の中や周囲を見回ったりしている。
でもそんな中、私と似た背格好の子一人を連れて、誰にも見つからずに出るくらいは簡単だった。
入る時も思ったのだけど、彼らは油断している。
この屋敷に人は近づかないと高を括って、適当に巡回しているだけだ。
私は九歳の時から今日まで、チャーリーにたくさん色々なことを教えてもらっている。
一人を連れてザル警備を掻い潜るくらい簡単だ。
屋敷を離れ、スラムに入り、カイのテリトリーのすぐ近くまで来て、連れてきた子の手を放して開放する。
走ったわけではないのに、若干苦しい。
嫌になる。
息切れ気味になりながら、連れてきた子に向き直る。
「脱いで」
「え?」
「私と、服を、交換して」
「う、うん」
スラムの路地裏で女の子に生着替えを要求し、自分も一緒に脱いで、女の子が脱いだばかりのボロいワンピースに袖を通す。
チャーリーがやったらどうなるだろう?
「……ふふ」
あのごつい体でワンピースなんか来たら、一瞬で破けてしまうだろう。
もし着ることが出来ても、あの厳つい顔では似合わない。
どう見ても怪しい、というか危ない人だ。
良くて変態。
悪くても変態だ。
お互いの服を交換したところで、女の子に最後の指示を出す。
「あっちの方に魔族の少年がいる。カイと言うスラムの顔役みたいな人。その人の近くに居れば大丈夫」
「い、いきなり近寄って、大丈夫かな」
「カイの周りには魔族の子供が何人かいるから、まずはその子供たちと仲良くなればいい。バルメの友達だって言えば、あの子たちは警戒しない」
「わかった……あの……あなたは、戻るの?」
「私のことは気にしなくていい。残りの四人も明日の昼間には合える」
まだ何か言いたそうな子に背を向けて、持ってきたお薬を飲み込んで、またレンファンスの屋敷に戻る。
あとはまた衣装部屋に忍び込んで、何食わぬ顔で夜明け前を待つだけだ。
どうせ野盗の連中は、積み荷の顔なんて覚えていない。
簡単だ。