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二人目の使い手

 突然意識を失った僕は、フッと目が覚めた。

 兜が外れていて視界が広い。

 僕が目覚めた場所は、直前の記憶のボロイ廃墟とは打って変わって、小奇麗な一室だった。

 

 「ここは……」

 

 目覚めた場所はソファーの上。

 装飾の類は無い。

 代わりに質の良さそうなソファーは感触が柔らかく、無理のない体制で横になっていたようで、どこも痛くはない。

 首にも痛みは無いね。

 

 この部屋にあるのは壁掛けの燭台と、僕が眠っていたソファーと同じものが、対面にもう一つあるだけ。

 

 「いい部屋……で、僕はなぜここに?」

 

 自分の腰をまさぐれば、タウラスの釘剣がちゃんとあった。

 僕を襲った人物は、僕から武器を奪わなかったようだ。

 兜もレギンスもどっか行っちゃったけど、ガントレットと鎧はまだつけている。

 

 よく考えたら、鎧兜を身に付けたまま首を釣られたんだよね。

 我ながら良く生きてたと思う。

 首の骨を脱臼していたら死んでいたよ。

 

 そしてよく考えなくても、僕は攫われたらしい。

 でもさほど不安感は無い。

 攫われた場所は裏側の町だった。

 ということは僕を攫ったのは……

 

 ガチャリと扉が開く音がして、僕は音の方を振り返る。

 そこには僕の想像通りの人物がいた。

 

 茶色の毛髪に同じ毛色の垂れた耳と、ふさふさの尻尾。

 ピンと伸びた背筋とは対照に、たっぷり蓄えられて口ひげ。

 皺の寄った堀の深いお顔と、杖を突く骨ばった左手。

 灰色を基調とした高級そうな服。

 

 ああやっぱり。

 

 「ホッキンスさん」

 「いやはや、魔剣を見せに来いとは言ったがな。騎士の恰好をして来いとは言っておらん。なぜそんな恰好で来たんじゃ?」

 

 ホッキンスさん。

 齢八十を超える魔族の偉い人。

 僕がセイブレイに来た直後に、僕が魔剣鍛冶師だと気付き、お使いの人を寄越して魔剣の材料を工面してくれた人だ。

 店を建ててすぐの頃、一度だけ店に訪れてくれた。

 僕がこの裏側の町まで来たのは、このお爺さんにタウラスの釘剣を見せるために他ならない。

 

 「僕が普段着のままこの魔剣を堂々と持ち歩くのは危ないと思いまして、騎士の恰好なら持っていても不自然じゃないかと考えたんです」

 「ふむ。確かにただの女の身で剣を携えておるのはおかしいが、しかし騎士を選んだのは失敗じゃったの。この裏側に騎士が来たとあらば、わしの部下が黙っておられん。案の定、痛い目を見たようじゃの」

 「あはぁ。痛かったというか、苦しかったというか」

 

 紐で首吊りされたからね。

 紐で締め上げられた首を指でさすりながら、確かにそうだ、と納得する。

 

 ここは表に出せない人と物が多い。

 騎士と言う高等教育と道徳観、正義感を持った人がうろつく場所じゃなかった。

 

 「お主の面を知る者があの場に居合わせねば、お主、死んでおったぞ」

 

 ホッキンスさんの細い目が薄く開かれて、その言葉が文字通り、僕の命が危なかったのだと伝えて来る。

 ゾワッとしたモノが背筋を走る。

 僕は無自覚に自分が思っていたより危ない橋を渡っていたようだ。

 危うく旧都では珍しくない、行方不明者の仲間入りするところだった。

 

 僕の頭が冷え切ったところで、ホッキンスさんは本題に入る。

 

 「で、その腰に下げておるのが、新しい魔剣じゃな」

 「あはい。タウラスの釘剣と言います」

 「説明を聞こうかの」

 「はい」

 

 ホッキンスさんに、タウラスの釘剣の概要を説明する。

 デラの短刀の時は出来なかったというか、しなかったので、ここは懇切丁寧に。

 

 先端が尖った刃の無い剣身で、ぱっと見は細剣に似ていること。

 鋼材製なので多少の衝撃では壊れないこと。

 武器として使うのなら刺突以外では使えないこと。

 

 タウラスの釘剣の特徴はこんな感じだ。

 

 「ふむ。では特殊効果を聞こうか」

 「はい。型としては、炎魔剣二型に見せかける特型魔剣です」

 「ほう?」

 「炎魔剣二型は、剣身に炎を纏わせることと、炎の弾を飛ばしたり炎を放射したり出来ます。そしてタウラスの釘剣は、剣身に纏う炎と、周囲に炎まき散らす幻覚を見せることが出来ます」

 「幻覚……つまり、実際には燃えもせず炎も出ないと?」

 「そうです。炎が放つ光や熱も幻覚として相手に感じさせることが出来るので、相当炎魔剣との戦闘経験のある相手でも、見破ることが難しいでしょうね」

 「ふむ……」

 「弱点としては、鋳造魔剣の脆さを除くと、幻覚を見せられる相手は一人だけ、と言うのがあります。二人以上を相手にしたとき、炎の幻覚を見せられるのは一人だけなので、特殊効果が見破られる可能性があります」

 「それは大きな弱点じゃな。普通の炎魔剣二型の方が強いのではないか?」

 「その通りですね」

 「……ほう? つまり、まだ何かあるのじゃな?」

 「使い手とタウラスさんの相性次第、ですかね」

 「相性が良ければどうなる?」

 

 誰かに自分の造った魔剣をプレゼンすると言うのはやっぱり楽しい。

 特に相手が興味を持ってくれると、輪をかけて楽しい。

 自分が役に立っているという自信。

 自己肯定感が生まれる。

  

 きっと、テレジッドを出てセイブレイに来なかったら、味わえなかった感覚だ。

 

 そうこうしていると、僕とホッキンスさんの居る部屋に別の人がやって来た。

 ホッキンスさんがちょくちょく僕の店に寄越してくれる、お使いの人だ。

 

 彼はチラリと僕を見止め、それから恭しくホッキンスさんに向かって頭を下げた。

 

 「お話し中失礼。もうそろそろミルフォードが目覚めるころかと思って見に来たのですが、既にこちらに居られたのですね」

 「チャーリーか。ちょうどよいところに来たの」

 

 お使いの人の名前、チャーリーって言うんだ。

 今知ったよ。

 

 「ちょうどいい、とは?」

 「こやつの新しい魔剣の使い手じゃよ。誰か良さそうな者を見繕ってくれ。ああ、なんならお主でも良いぞ?」

 「相変わらずいきなりですね」

 

 お使いの人もとい、チャーリーさんはポリポリと頭を掻きつつそう言った。

 相変わらずの仏頂面だ。

 

 そして僕は、チャーリーさんの背後で僕を見る目線に気付いた。

 

 「そっちの子は?」

 

 色白の肌に、ところどころにフリルをあしらった白いシャツと、亜麻色のスカートを身に纏った、茶色の髪の奥には、いまいち感情の読めない表情の女の子がいる。

  

 珍しいことに、人間だ。

 

 セイブレイで人間は珍しくはない。

 ただ、どうしてここに? という疑問は湧く。

 ホッキンスさんのテリトリーに人間がいると言うのは意外だ。

 

 「バルメじゃ。お主を気絶させた張本人じゃな。大方殺してしまったのではないかと不安になって、チャーリーと一緒に見に来たのだろう」

 「え!? スゴイ!」

 

 それは驚いた。 

 こんな女の子が不意打ちで僕の首に紐を巻き付けて、そのまま釣り上げたというのだから、驚かざるを得ない。

 そんな膂力があるようにも見えないし、そもそもそんなことを思いついて実行するような子供は聞いたことがない。

 

 バルメちゃんはチャーリーさんの陰に半分隠れつつ、講義するように、静かに、途切れ途切れに告げる。

   

 「……ホッキンスの、お客だなんて、思わなかった。騎士の恰好、なんてしてくる、アンタが悪い」

 「あ、ごめんね。さっきホッキンスさんにも言われたよ。それにしても、スゴイねバルメちゃん」

 「チャーリーが色々教え込んでおるからの。チャーリーもそうじゃが、バルメにも色々と仕事をやってもらっておる。素人一人の首を釣るぐらいなら雑作も無かろう」

 「うるさい」

 

 僕やチャーリーさんが居る前でホッキンスさんに褒められたからか、バルメちゃんは照れ隠しで拗ねてしまった。

 顔も声も喜色を全く含んでいなかったけれど、きっと照れ隠しだ。

 多分。

 

 タウラスの釘剣の使い手は、これからチャーリーさんが探すことになっているのだろうけど、もう僕の中では決まってしまった。

 

 「ホッキンスさん」

 「なにかね?」

 「バルメちゃんにしましょう」

 「……それの話かね?」

 

 ホッキンスさんが僕の持つタウラスの釘剣を見ながら聞き返してくるので、こっくりと頷いて返す。

 

 「バルメちゃんがいいと思うんです。使いこなせる気がするんです」

 

 力強く押してみれば、ホッキンスさんは髭を触って考え始める。

 チャーリーさんは相変わらずの仏頂面で、バルメちゃんは何も知らないまま自分の名前が会話に出てきたせいで困惑しているようだ。

 

 「ま、いいじゃろう。造り手がそう言うのなら試してみよう。バルメ」

 「なに?」 

 

 ホッキンスさんがバルメちゃんを呼び寄せ、僕に一瞥。

 僕は魔剣を鞘ごと取り出して、バルメちゃんに差し出した。

 

 「これはタウラスの釘剣と言う魔剣。君に使って欲しい。使い方は自由だよ。自分のために使うのも、誰かのために振るうのも、人に向けるのも、物に向けるのも自由」

 「……はぁ」

 

 バルメちゃんの表情は変わらない。

 何かよくわからないけれど、とりあえず話を聞いてみた、と言う感じ。

 そして差し出されたからとりあえず受け取ってみると言う感じで、タウラスの釘剣を手に取った。

 

 「重い」

 「僕を吊り上げられるなら、これくらい持てるでしょ?」 

 「武骨」

 「魔剣は兵器だからね。そんなもんだよ」

 「私まだ子供なんだけど」

 「いいじゃないか。バルメちゃんはホッキンスさんに色々仕事を頼まれるくらいしっかりしている。なら僕は君を子供扱いはしないよ。それに、自分には過ぎた代物だと思うなら、売ってしまってもいいんだよ」

 「なんで私?」

 「奇縁があると思ったからだね。僕を殺しかけたバルメちゃんは、もう僕とは無関係とは言えないよ」

 

 バルメちゃんは段々と、事態を把握し始めている。

 ホッキンスさんは僕に魔剣を造って持ってこさせ、そして持って来た魔剣を使う人物として、自分が選ばれようとしている。

 受け取ったらどうなるのか。

 何ができるようになって。

 どんな責任を背負うことになるか。

 想像している。

 

 そして受け取るかどうかを考えている。

 でも、この時点で魔剣を突き返してこない時点で、答えは出ている。

 

 「この魔剣は、どんな魔剣なの?」

 

 食いついた。

 

 「鞘から抜いてみて。実物を見た方が早い」

 

 僕はバルメちゃんに、タウラスの釘剣についての説明を始めた。

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