ロミルワ鉄鋼店
魔剣。
普通の剣にはない、特殊な効果を付与した剣のこと。
振ると炎を出したり、切った物を凍らせたり、突いた物を風化させたりできる剣のこと。
戦争の最中は、強い魔剣を多く持っている軍隊が強かった。
で、僕は魔剣鍛冶師。
魔剣を造るのが仕事だった。
僕が今いるセイブレイに魔剣鍛冶師はいない。
五年前に終戦した後、セイブレイの魔剣鍛冶師は全員テレジッド王国に連れていかれてしまった。
だから僕が魔剣鍛冶師であることは秘密。
秘密なんだけどね。
「ミルフォードと言ったな。お前、魔剣鍛冶師だろ」
「違います」
「嘘を吐くな」
「吐いていません」
「まぁいい。鉄を融通してやる。秘密も守る。その代わり協力しろ」
「困ります。それにまだお店は」
「いずれホッキンスという魔族が訪れる。それまでに魔剣を造れるように鍛冶場を整備しておけ」
なぜか一発でバレた。
作業服を着た魔族の大男がいきなり僕のお店にやってきて、それだけ言って帰って行った。
魔族なのに遜ったりせず話してくれる人もいるんだなぁ、なんてどうでもいい事を考えちゃった。
まだお店の商品なんて一つも出来てないし、開いてもいないお店にズケズケ入ってきて大声で僕を呼び、一方的にそう告げて帰る。
なんて無作法なのかな。
明らかにカタギさんじゃない雰囲気だったし。
「困ったなぁ……」
と言ってみても誰も居ない。
はぁ、困った……
僕は魔剣鍛冶師。
魔剣を造るのが仕事。
魔剣には鍛造と鋳造の二種類がある。
鍛造魔剣は、柔らかい鉄を硬い鉄で挟んで、熱して、叩いて伸ばして、折り畳んで、また熱して叩いてを繰り返して刀身を鍛えていく。
そして魔剣鍛冶師が付与できる特殊効果を付与すると出来上がる。
折れず曲がらずよく斬れて、なおかつ炎の弾を飛ばしたり、風の刃を飛ばしたり、使い手の筋力を増したり出来る。
刀剣としてとても優秀な武器。
兵士や騎士が好むのはこちら。
対して鋳造魔剣は、貴金属や宝石を溶かして型に流し込んで、冷やし固めて刀身を造る。
そして魔剣鍛冶師が付与できる特殊効果を付与して出来上がり。
刀身はもちろん硬いけど、鍛造魔剣に比べると脆い。
宝石で作った魔剣の刀身なんか、金槌で叩いたら砕けたりする。
でも鍛造魔剣より複雑な特殊効果を付与出来たり、二つ、三つといろんな効果を付与できる。
より強力な特殊効果を使いたいなら鋳造魔剣ってことだね。
鍛造魔剣よりマイナーで、戦争じゃあんまり使われなかった。
僕が得意なのは鋳造魔剣。
鍛造も出来るけど、女の身で刀身を何度も金槌で叩くのはしんどい。
僕が付与できる特殊効果も複雑なものが多いから、鍛造魔剣には向いてない。
そう言うわけで連日鍛冶場にこもって僕が造っているのは……
フライパンだ。
「出来た……っ」
魔剣はどうしたのかって?
魔剣鍛冶師であることは秘密だから、今作ってもしょうがないよ。
まずはロミルワ鉄鋼店を繁盛させないとお金も入らないから野垂れ死んじゃう。
そう言うわけで、当面の僕はロミルワ鉄鋼店の商品開発に勤しむわけになる。
フライパンにお鍋にお鍋の蓋。
包丁、ペティーナイフ、おたま。
バケツ。
鉄製品で一般に売れるものは案外多い。
ここを建ててくれた業者さんのために、スコップと鋸とヘルメットも作ろう。
ねじは造れないけど、釘は一応造れるかな。でも釘ってまとまった量じゃないと売れないし、めんどくさいかも。
あとは金槌なんかの、僕でも作れる工具も用意しようかな。
そう言うわけで何日か鉄製品を作って、疲れたらお店に並べて、お茶にしたり寝たり遊びに行ったり、そんな感じのルーティンを繰り返した。
お店の中はいい感じに商品が並んで、お店らしくなってきた。
今のところお客さんは来ていないので全く儲けが無い上、未加工の鉄を買ったし、酷い赤字だ。
そろそろ本格的にお金を稼がないと不味い。
あ~、行きたくないけど、行こうかな、元魔王城。
現役場。
やってきました元魔王城。
旧都中央にある大きなお城。
かつては魔族の象徴、現在は敗戦国の証。
あんまりいい思い出が無いと言うか、僕の意識には先日の苦い経験が色濃く残っているというか……
とりあえず入る。
「いらっしゃいませ」
ああうん。お店対応。
僕のすぐ前に入った魔族の人には何も言わなかった辺り、人間が来た時だけなんだろうね、この対応。
また同じ失敗を繰り返さないため、僕の方から用件を伝えよう。
「お店を建てたので、何かいい宣伝方法は無いかと思って相談に来ました」
「かしこまりました。では旧都自治会の窓口へご案内いたします」
今日の受付さんも、お尻より低い位置まで頭を下げて一礼し、スッと頭を上げて、僕を誘導してくれる。
ため息とか独り言はご法度だね。
少し歩いて、旧都自自治会と書かれた窓口まで通された。
ここの役員さんは人間だった。
カッターシャツに灰色のベストできっちり決めた、僕みたいな日陰者とは反対のパキっとした感じの人だね。
「お店の宣伝の相談? はい、では役所で配布している求人誌や広報誌にお店の名前を載せますね。お名前と店名をこちらに」
若干早口でそう言われて、紙とペンを手渡される。
「お店で売っている品物や行っているサービスも簡潔に書いてください。あぁあとお店の場所も。文字数に制限はありませんが、あまり多いと料金がかかります」
「はい」
なんとも手慣れた感じの対応に、今度は僕の方が若干恐縮してしまう。
でも遜られるよりずっといい。
楽。
名前はミルフォード・ラングレーで、お店の名前は鉄鋼店ロミルワ。売り物は鉄製品でサービスは……オーダーメイドも受け付けていることにしようかな。場所は旧都の北西区の奥の方っと。
「書けました」
「はいありがとうございます。求人誌と広報誌にそれぞれ載せておきますね。半ページ以上の記載には料金がかかりますがどうします?」
「あ、大丈夫です。普通に生地の端っことかで」
「かしこまりました。明日から反映いたしますのでご確認ください。記事の記載は三カ月までとなっております。継続や再記載には料金がかかりますが、三カ月お待ちいただければこの度のように無料で記載可能です。では何か問題や誤植がございましたらまたこちらの窓口までお越しください」
受付さんは僕が書いた紙を持ってそのまま奥のオフィスに行ってしまう。
もう僕の対応は終わりらしい。
随分あっさりしてるけど、その方が気が楽でいいね。
さっさと席を立って、出口に向かう。
「ミルフォードさん! お待ちください!」
出口に向かって歩いていると、後ろから声をかけられる。
振り返ってみれば、自治会窓口の受付さんが僕を追いかけてきていた。
「はい、ミルフォードです」
「あ、あの、ミルフォードさん。お知り合いにホッキンスという名の方は、いらっしゃいますか?」
小声で耳打ちされた。
ホッキンス?
そう言えば、ホッキンスという魔族の人がお店に来るとかなんとか言われた。
しかし知り合いではないような気もする。
「ん~と、なんて言えば……そのうち会いに来るらしいんですけど、まだ会ってないです」
「……かしこまりました」
役員さんはその後、引き留めて申し訳ありませんでした、なんて言って会釈して戻っていった。
「……え? 待って、怖い」
ホッキンスってどんな人?
魔族って言ってたよね? あの人。
役所の人が知り合いかどうか確かめに来て、知り合いだろうなって判定した瞬間、丁寧かつ言外に出口に誘導された感じがしたんだけど。
「え、僕何かしたっけ? ホッキンスさんってマジで誰なのかな」
偉い人、あるいはヤバい人に、入居早々に目を付けられたことは間違いないようだ。
「あ~、怖い。なんか怖いよ。ホッキンスさんが何者か知らないけど来ないでよ。それか早々に来てよ。僕に何の用事があるのかわかんない現状が一番怖いよ」
心穏やかに家に帰れると思ったのに、とんだ最後っ屁を貰ってしまった。
この役所、僕にとっては厄所のようだ。
ロミルワ鉄鋼店の開店日、及び開店時間はかなりランダムだったりする。
僕が鍛冶仕事に疲れた時、休憩代わりに店を開けて店番をするからだ。
朝からしんどいなって思ったら午前中から開店するし、興が乗って一日中鍛冶場に入り浸り、お店は一度も開かない日もある。
役所に行った次の日は店を開けなかった。
広報誌の店の宣伝部分を見てみると、本当に僕が書いた内容がそのまま、小さい字で載っているだけだった。だからお客さんが来るきっかけにはならないと思ってたんだ。
そして今日は午前中にまたフライパンを作って、お昼を食べた後に店を開けてみた。
すると早速お客第一号が入店した。
「こんちわ~へへ。ミルフォードさんが店開けたって聞いたんで、来ちまいましたぁ」
聞き覚えのある声と、微妙に間延びした語尾。
セイブレイにやって来てから知り合った数少ない人間。
建設監督のバッボンさんだ。
「いらっしゃいませ」
「どうもどうもぉ」
相変わらず笑顔が硬いね。
言わないけど。
「いや~せっかくウチで建てさせてもらったお店なんでね、どんなもんなのか気になりましてぇ」
「あ、そうですよね。僕としてはいい感じです。お店なんて初めてなんで比べる店が無いんですけど、気に入ってます」
「そうですかそうですかぁ。いやうちの連中もですね? ミルフォードさんのとこ良かったっつってんですよぉ。またなんか建てる時とか増築する時とかは、また是非ウチに来てくださいねぇ?」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「ヘヘヘありがとうございやすぅ」
火起こしでもしてるのかなってくらい激しい揉み手をしながら話すバッボンさん。
額に汗が垂れていて、なんだか焦っているような感じだ。
お茶でも出そうかな。
「ダラガンさんたちはどうですか? 元気ですか?」
ちょっと席を外して品物を見てもらいつつ、用意したお茶を出しながら聞いてみる。
「ありゃ! ウチの作業員の名前覚えててくださったんですかぁ! 元気ですよぉあいつら! あ、なんなら明日にでも来させますよぉ!」
「あ、いえいえそんなつもりで言ったんじゃないんです。ほんとにただ元気かなって思っただけで」
あの気の弱そうな魔族の人達、バッボンさんが監督のこと好きじゃないみたいだし。
でも僕の気も知らないまま、というか僕が名前を出したせいで、バッボンさんはこのロミルワ鉄鋼店にダラガンさん達を来させることに決めたようだ。
「ならむしろ顔見てやってくださいなぁ。あ、このお茶美味しいですぅ」
「あ、どうも」
バッボンさんはクイッとお茶を一飲みして、釘三十本と鋸二本を買って帰って行った。
初売上だ。
バッボンさんは明日にでもダラガンさん達を来させる、みたいな事を言っていたのに、バッボンさんが帰ってから三時間ぐらいたったころにダラガンさん達が来店した。
「いらっしゃいませ」
「「「「「失礼します」」」」」
初、魔族のお客様。
角にお耳に尻尾の付いた、厳ついおじさんとお兄さん。
最初はずいぶん警戒していたけど、今はあんまり緊張していないように見える。
自分で建てた店だからかな。
それとも僕に慣れてくれたからかな。
たぶん両方かな。
両方だと良いな。
「また何かあれば使ってください」
ダラガンさんたちはそう言って、釘三十本と金槌を人数分を買っていってくれた。
「バッボンさんに、何か買え、なんて言われてました?」
「いえ、工具はこだわってます。自分で見て、いいと思った物だけ買ってます」
「お口がうまいですね?」
「お世辞ではありません」
それなりに仲良くなってはじめてわかる、人のいいところ。
ダラガンさんは口が上手い。
「工具はあんまり知らないので、こう言う工具が欲しいって言うのがあったら教えてください。オーダーメイドもやってますから、ダラガンさん達なら安くします」
「それはありがたい。戻ってみてから考えてみますね」
今しがた買った金槌を見ながらそう答えたダラガンさんたちは、軽く会釈して退店してしまった。
金槌の使用感を確かめてみて、いい感じだったら他の工具も、ということだと嬉しい。
あと釘が思ったより売れる。
工事関係の人しか来てないからかな。
主婦の人とかが来たら調理器具も売れるかもしれない。
とにかく今日はいっぱい売れてホクホクだね。
それから僕はよく店を開くようになった。
売れた商品を造り足しては店に置いて、そのまま開店する。
こんな人気のないスラムの奥の方だからか、奥様やお子様は全然来ない。
その代わり男の人が良く来る。
バッボンさんかダラカンさんあたりが口コミをしてくれたのか、土木関係のお客さんが多いみたいで、釘が飛ぶように売れる。
工具も売れる。
ヘルメットは売れない。
なぜ?
「そりゃ角か耳が頭に生えてますから」
「あ……」
ダラカンさん、ありがとう。
気付けなくてごめんなさい。
ちょくちょく来てくれてありがとうございます。
お客さんが来ない日も普通にあったんだけど、一か月経つ頃には大体一日に一人は来てくれるようになった。
開店時間も開店日もかなり適当なのに、店を開ければ大体一人は来てくれる。
そして大体釘を買っていってくれる。
多いか少ないかで言えば少ない方なんだけど、安定した収入を得られ始めた。
なにより、ロミルワ鉄鋼店という店と、鉄鋼店主のミルフォードという認識が、この北西区に少しずつ根付いてきている、気がする。
いい頃合いだと思う。
明日は散歩に行こう。
そして魔剣を造ってみよう。
そのためにセイブレイまで来たんだから。