釘剣
お祭りの日から数日経ち、僕はようやくタウラス・バーンドの認識票を使って魔剣を造ることにした。
本当は持ち帰ったその日に造りたかったのだけど、材料が無かった。
柄と鍔部分だけは先に造り、砂鋳型も用意して準備万端にだけしておいた。
そして今朝、ホッキンスさんのお使いの人が、材料を持って来てくれたのだ。
お使いの人が持って来てくれたものは……
「バケツ一杯の鋼材」
「注文通りだろう。バケツ一杯の宝石よりは楽だったそうだ」
「ありがとうございます」
「次は魔剣を見せに来い。こちらが用意した素材で作った魔剣なのだから、そのくらいはしてもらおうか」
「あ、はい。ごめんなさい」
「次以降もだ。ホッキンスはお前の魔剣に期待している」
「わかりました。見せに行きます」
「フンッ」
作業服を着た魔族の大男さんは、僕に鋼材が詰まったバケツを押し付けて、そのまま帰って行った。
彼の名前は知らない。
名乗られていないし聞いていないせいだ。
ホッキンスさんのお使いの人。
不愛想で高圧的で、僕とホッキンスさんの間を行き来しては、伝言や魔剣の材料の配達をしてくれる。
「仕事人って感じだ……」
カタギじゃない感じさえ除けばだけどね。
ちなみに今のは、デラの短刀を、ホッキンスさんに見せる前にカイに渡したことを怒られていた。
デラの短刀を作るために使った、バケツ一杯のエメラルドにトレイ一杯のルビーは、ホッキンスさんに用意してもらった。
そりゃ見せに来いって怒られるわけだ。
僕も考え無しだった。
と、反省もしたところで早速、お店を閉めて鍛冶場に行こうか。
炉に魔炎塵を注いで魔剣を造る準備を終えれば、炉に鋼材とタウラスさんの認識票を放り込み、ドロドロに溶かす。
次に鋳型に流し込んで冷やし固め、柄を取りつけ、後に剣身になる直方体の鋳物に両手を置く。
そして、意識を集中させて、直方体の鋼材に埋まったタウラス・バーンドの思念に、語りかける。
「タウラスさん……あなたはどんな魔剣になりたい……?」
タウラスさんが亡くなったのはもう何十年も前らしい。
その分思念は弱くなっていく。
デラさんの時もそうだったけれど、やはり声が小さい。
でも問題ない。
「……わかったよ」
伝わって来たモノに形を任せ、寄り添った特殊効果を付与していく。
彼が望む形と力に合わせていく。
どうしても合わせられないところは、僕の付与できる効果の中ですり合わせていく。
「……炎が嫌いなんだね。でもこだわっている」
複雑な特殊効果は僕の得意分野だ。
きっとタウラスさんの気に入る魔剣に出来ると思うよ。
タウラスさんの望んだ形は、細剣……ぽい剣だった。
柄と鍔を手直し。
レイピアっぽくハンドガードをつけておく。
さて、レイピアっぽいとはどういうことか。
レイピアの剣身は付け根から切っ先に向かって細くなっていく。
ところがこの剣身は、付け根から切っ先の手前までの太さが同じで、切っ先の手前から切っ先に向かって一気に細くなっている。
そして刃部分が無い。
円柱の先に円錐が付いている、と言えばわかりやすいかな。
一言で言うと、このレイピアの剣身は、やたらと長い釘、と言った感じだ。
「これは……刺すしかないね。物を斬ることは考えてないよね」
造った僕が何を言うのかと思うかもしれないけど、この形を望んだのはタウラスさんの思念だ。
レイピアはそもそも刺突武器ではあるのだけど、普通に刃があるし切れ味もある。
そこも加味すると、この剣をレイピアと言って良いのかな。
ここまで刺すことだけを考えた剣身は他にないんじゃないかと思う。
試しに軽く振ってみる。
フォンフォンと軽い音が鳴る。
そしてしならない。
レイピアは少々はしなるものなのだけど、これはほぼしならない。
全くしならないわけじゃないだろうけどね。
「ん~、やっぱり脆そう。構造的欠陥というか、鋳造魔剣の性というか」
細長くまっすぐな剣身は、どうしても横方向からの力に弱い。
特にこれはしならない分、強い力を横から受ければ簡単に折れるだろう。
鋼材で出来ている以上少々は耐える。
それこそ軽く人を叩いたくらいじゃ折れはしない。
でも鎧を殴ったり重い攻撃を防ごうとしたら折れてしまうだろう。
宝石製鋳造魔剣よりはマシ程度だね。
剣身の形と鋳造魔剣の欠点に加え、付与した効果もなかなか珍しい感じになった。
かなりピーキーだ。
悪く言えば使いにくい。
でもいいじゃないか。
実に僕らしい魔剣と言える。
最後に皮革を丸めて簡単な鞘を作って、終わりにしよう。
「あ、そうだ名前」
デラの短刀の時のように、タウラスさんの名前も含めよう。
レイピアと言うには変な形だし、見たまま釘剣でどうだろう?
「タウラスの釘剣……安直かな」
ま、いいか。
さて、出来上がった魔剣をホッキンスさんに見せびらかしに行こう。
またホッキンスさんに見せずに人に渡したら、お使いの人に今度はもっと怒られてしまう。
最近わかったのだけど、スラムの人達は僕の家兼鍛冶場兼お店を危険地帯だと思っている節がある。
これもホッキンスさんの仕業らしい。
引っ越してきてすぐのころは空き巣なんかを危惧していたけれど、滅多に無さそうだ。
もう出かけるたびに重い貴重品の類を持って行かなくても良いと言うのは嬉しい。
お出かけ用のシャツにズボンに羽織を着て、財布をポケットに入れ、魔剣を羽織の内側に隠し……隠し……
「流石に無理だね。コートみたいな大きな外套じゃなきゃ隠しきれない。かといって、ぱっと身で剣とわかるものを堂々と持ち歩くのは……」
デラの短刀を隠すには十分な羽織りは、普通に剣サイズのタウラスの釘剣を隠すことは出来ない。
かといってコートを着るような季節でもない。
「どうしようか」
タウラスの釘剣は隠せる大きさじゃない。
じゃあ隠さなければいい。
堂々と剣を持ち歩ける身分になれば良いのだ。
ちなみに常に帯剣を許される身分と言うのは、実は騎士か聖騎士だけだ。
兵士は必要時のみの帯剣しか許されていない。
騎士は兵士訓練校で成績優秀な人だけが卒業後、騎士訓練校に編入し、そこでさらに卒業したエリートがなれる。
聖騎士は騎士の中のさらにエリートが名乗れる、実力と誠実さと知識、判断力と色々兼ね備えた超人である……例外はいるけれど。
そう言うわけで僕は騎士になり、堂々とタウラスの釘剣を持ち歩こうというわけだ。
「なるというか、なりすますのだけどね」
兜、鎧、レギンス、ガントレット。
それとインナー。
それさえ装備しておけば騎士に見えるのだ。
インナーは適当に地味なシャツとズボン。
鎧兜は造ったことが無いけれど、仮にも鍛冶師なので自作可能だ。
我ながら良い案だと思う。
僕はさらに一日かけて自分用の鎧兜一式を造ることにした。
ホッキンスさんにさっさと見せに行って、次の使い手を探しに行きたいんだけどね。
なんだかんだと見せに行くのが先延ばしになってしまう。
なんとか一日でそれっぽい鎧兜一式を造ることが出来た。
砂型作って鉄溶かして型に流し込んで冷やし固めて砂型を崩し、余計な部分や出っ張りを削り取る。
見た目だけ、どころか見た目すら適当感の否めない成りすまし騎士装備は、こうして完成した。
三十分ほど時間をかけて自分に一式装備して、立ち上がる。
するとよくわかる適当具合。
レギンスのサイズが合ってないせいで、一歩歩くたびにカチャカチャ言う。
ガントレットが重すぎて、普通に両手を下ろしているだけで抜け落ちそうになる。
兜のバイザー部分に視界の三分の一を奪われる。
鎧に至っては腰部分を細造りすぎて、固定している皮革のベルトがギチギチ言う上、胸部はすっからかんだ。
自分の体形を美化しすぎたらしい。
あと何より重い。
すっごく重い。
こんなの着て戦う人どんな筋力を持っているのかと思う。
女のわりに腕と肩は力がある方だと思っていたんだけどね。
これで出歩きたくないと本気で思うレベルだ。
「……でもほかにいい案は思いつかない。これが僕の限界なんだね」
諦めと一緒にため息をついて、タウラスの釘剣を腰にぶら下げる。
もはやヤケクソだ。
もうなるべく早くホッキンスさんに魔剣を見せて、次の使い手を見つけたい。
僕の魔剣がいつまでも鞘に収まっているのは我慢ならない。
「行こう」
僕はもう見るからに女騎士と言ういでたちで、我が家から一歩踏み出した。
一歩目からやたらと騒がしいけれど、もう文句は言うまい……
さて、ホッキンスさんは南東区に居る。
北西区から中央を抜けてまっすぐ南東に行き、歓楽街に入る。
そして歓楽街から、とある抜け道を通ることでホッキンスさんの住む地域にたどり着ける。
いわゆる、旧都の裏側。
裏社会とか暗部とか、そう言ういかにも危ない場所だ。
決して女一人で行くような場所じゃないけれど、今の僕はぱっと見女騎士だ。
何も問題はない。