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ドッグタグ

そう言うわけで二章です。

 テレジッド王国の植民地と化したセイブレイ。

 既にセイブレイにあったいくつかの文化は、テレジッドによって否定、破壊されてしまった。

 この五年間魔族の愛国者たちは、その文化の否定や破壊に耐えられず、何度も暴動を起こしては鎮圧されてきたそうだ。

 

 そんな経緯をたどり、魔族の愛国者たちの努力と奮闘の結果なのか、この近々セイブレイ旧都に置いて大きなお祭りが開かれることになった。

 戦礼祭、というそうだ。

 

 戦礼祭は、戦いに関わったすべての人達に感謝と鎮魂を伝えるためのお祭りで、敗戦後は開催されなかったそうだけど、終戦から五年経ったし、ということで、今年はやる。

 

 戦礼際についてもう少し詳しく掘り下げようか。

 

 戦った兵士。

 指揮を執った指揮官。

 兵站を運んだ輸送団。

 兵士たちのために兵站を用意した人達。

 武器に鎧に盾に戦車を造った兵器工。

 魔剣鍛冶師。

 

 敵味方問わず、戦争に限らず、あらゆる戦いで頑張った人達へに感謝と鎮魂を伝えようって言うお祭りだ。

 敵味方問わず、というのが少し驚きだった。

 てっきり魔族の国のお祭りなのだから、魔族の人達のためのお祭りだと思ってたよ。

 

 セイブレイでお祭りを見るのは初めてだし、楽しみではある。

 楽しみではあるんだけど、あいにくと興味が薄い。

 

 人混みは得意じゃないし、一緒にお祭りを回る恋人も居ないし、騒がしいのもあまり好きじゃない。

 ちょっと見て、僕に合っていなさそうならサッサと家に帰ることにしよう。

 

 

 

 そんなことを思いながら迎えた戦礼際当日。

 ロミルワ鉄鋼店は特に何も出し物の用意をしていない。

 表向きはただの鉄製品のお店であり、戦いに関わっているわけではないからね。

 そう言うわけで今日は、完全にお客としてお祭りでにぎわう旧都を歩き回ってみようと思う。

 

 家を出る。

 いつものスラム街の、小汚い路地が見える。

 ただ、聞こえてくる喧騒はとても騒がしい。

 あそこに行ってみよう、次はあれを食べよう、と言うような楽し気な声。

 それに混じった喧嘩の声。

 

 「まぁ何年かぶりのお祭りらしいからねぇ」

 

 大通りに近づくにつれて騒がしくなっていくのを感じて、僕は少し顔をしかめた。

 人混みも騒がしいのも得意じゃない。

 だけどせっかくだし見てまわろうと言う気持ちは変わらなかった。

 

 

 

 

 戦いに纏わるお祭りというだけあって、僕の意外にも興味を引く見せ物があった。

 それはカイとロレンスさんが決闘した、旧魔王城前の広場で行われていた、武器の展示だ。

 魔王様が使っていたという長大な剣のレプリカがでかでかと置かれ、その周りには魔族軍の武器に甲冑に盾。

 更に主力とされていた炎魔剣二型のサンプルと概要が書かれた石碑の展示と、魔族の英雄ストランの恰好を真似た魔族の人が、色々なポーズを取っていたりと、広場を広く使った大きな展示だ。

 

 「スゴイ」

 

 それが素直な感想だった。

 人混みや騒がしさなんて忘れて、僕は展示に見惚れてしまった。

 特に炎魔剣二型の概要が、実に興味深い。

 

 セイブレイで魔剣が造られていたのは、僕がセイブレイに越してくるより随分前のことで、セイブレイでどんな魔剣が造られていたのかはあまり知らない。

 そう言うわけで興味津々なのだ。

 

 「えぇ……炎を球状にして飛ばすテレジッドの炎魔剣二型と違い、セイブレイで使われていた炎魔剣二型は、一方向に炎を噴出したり、放射状にまき散らしたりする効果を付与されていた……へぇ、そうだったんだ」

 

 僕や兄が造っていた炎魔剣二型はまさにこの概要の通りで、炎を纏った剣身を標的に向け、剣先で炎を球状にしてから射出する効果を付与していた。

 でもセイブレイの魔剣鍛冶師は、炎を噴出させる効果を付与していたんだね。

 

 「それでえぇっと……近距離に対する制圧力はセイブレイの炎魔剣二型に軍配が上がるものの、炎の有効射程ではテレジッドに劣り、特性上不利な局面が多かった……なるほど」

 

 テレジッドとセイブレイが主に戦った戦場は、大陸中央の平野だったね。

 建物が密集する地域においてはセイブレイ制の炎魔剣の方が強かっただろうけど、だだっ広く遮蔽物の無い平野では、有効射程の広さが戦況の優劣に如実に出たってことだろうか。


 「面白い、面白い」

 

 「魔王様の没した後五十年も戦争を続けられたのは、セイブレイ領に攻め込まれた後にこの炎魔剣の性質と強みを活かすことが出来たからだと言われている。逆に、もし魔族軍がテレジッド領内の町にまで攻め入ることが出来ていれば、この炎魔剣で町ごと焼き尽くすことが出来たと考えられる……か」

 

 球状の炎より、ずぅっと炎を吹き付ける方が、焼く、ということにおいては有効だ。

 そう言う意味ではセイブレイの炎魔剣の方が優秀だったのかもしれないね。

 実際、戦場が平野からセイブレイ内の町や村に変化したことで、平野では活かしきれなかった魔剣の強みを発揮することが出来、五十年も負けずに戦い続けられた、ということかな。

 

 「炎魔剣、か。面白いね。ありふれてて今までは下らないと思ってたけど」

 

 工夫次第ってことのようだね。

 

 良いじゃないかお祭り。

 思わぬ収穫があった。

 来て良かったね。

 

 僕はホクホク顔のまま、一通り見まわった武器展示の見せ物を後にする。

 他にも面白いものがきっとある。

 

 

 

 

 

 

 普段から表通りは食べ物の屋台がいくつかやっているのだけど、今日は食べ物以外の屋台が目立つ。

 

 きれいな石を赤い紐で繋げたお守り。

 木製の髪飾りや、石を削って作ったキレイなイヤリングなんかの装飾品。

 

 お守りは五体満足の祈願だったり、装飾品は身内が戦争に行った人が付ける風習があったりと、何かしら戦いに関わっているようだ。

 

 戦勝祈願のお守りは無かった。

 

 そんな感じで露店を冷やかして歩いていれば、ふと、感じた。

 僕の特技の話だ。

 僕が感じたのはそう、人の思念が宿った品の気配だ。

 

 

 

 

 「これは?」

 「これはタグだよ。戦死した人の認識票さ。身元がわからない遺体を判別するために、兵士にネックレスのようにつけさせるものだ」

 

 僕が話しかけたのはやはり露店の、人間の店主さんだ。

 並んでいるのは赤い布を内側に敷き詰めた、大きな木箱。

 その中には銀色で所々錆びた、丸みを帯びた鉄の板と、それを通した細長い鎖。

 認識票、と言うそうだ。

 

 「よく見させてもらっても?」

 「ああいいよ。ただし破損はさせないようにね」

 「はい」

 

 そっと認識票に触れてみる。

 丸みを帯びた鉄の板と言ってみたけれど、質感がものすごくなめらかだ。

 所々錆びているものもあるけれど、どれも形をきれいに保っている。

 冷たい金属の感じは少々錆びたところでは失われない。

 

 表面には、テレジッドの国旗が。

 裏面には人名と日付が掘られている。

 これでどっちの国の何と言う人なのかを判別するようだね。

 いくつも展示されているのをそれぞれ確認していくと、セイブレイの認識票もあった。

 

 「テレジッドもセイブレイもこれの造形は同じなんだね」

 「ああそうだよ。魔剣が戦場に多く出回るようになった時期に、両国同時にほぼ同じ形の認識票を作って兵士に身に付けさせたらしい。偶然なのか両国で取り決めがあったのかは知らないが、偶然だとしたら面白いねぇ」

 「面白い?」

 「人間と魔族が同じことを考えて発想をした、と言うことになるだろう? 同じように物事を捉えて考えるのなら、耳や角や尻尾っていう外見の違いが無ければ、人間と魔族の区別が無くなっちまうんじゃないか? もしそうなら、どうして魔族には人間には無い耳や角や尻尾がある?」

 「は、はぁ……」

 「な? 疑問がふつふつと湧いてくるだろう? これを面白いと言わずしてなんというのかね」 

 

 とても深いことを言われたような気がするんだけど、あまり興味が湧かない。

 僕が気になっているのは、人の思念を宿している、一つの認識票だけだ。

 

 「これ、ください」

 「あ? 売りもんじゃあないよこれは。実際に戦死した兵士の遺品なんだ。遺族のもんだよ。展示させてもらってるだけ」

 「え……」

 

 ……ああそうか。

 僕は今、人の形見になるものをお金で買おうとしたのか。

 お祭り気分で浮かれていたらしい。

 

 ところで、それならここは何の露店なのだろう。

 タグを展示しているだけの露店なのだろうか。

 

 「ウチはな、新品のタグに名前を掘って売る露店なんだよ。ホレ」

 

 僕の疑問に答えるように、店主さんは何も彫られていない認識票と細い鎖と取り出して見せた。

 

 「認識票とそれ用の鎖が、戦争が終わって余ってんのさ。良かったらアンタの認識票作ってやるよ。祭りの思い出に丁度いいだろう? 名前言いな」

 「あ、ああなるほど。えっとミルフォード・ラングレーです」

 「テレジッド生まれだよな? 人間だし」

 「はい」

 「んじゃあちょっと待ってな」

 

 お店の前で待つこと一分。

 表面にはテレジッド国旗、裏面には、Milford Langley と書かれた認識票が出来上がっていた。

 認識票に開けられた小さな穴に細い鎖を通して完成だ。

 

 「あい、出来たよ」

 「ありがとうございます」

 

 そう言うわけで僕は自分の認識票を手に入れたわけだけど……僕は兵士でもなければ、戦場に出る予定も無い。

 本当にただお祭りの思いでのための品になりそうだ。

 なにより、認識票が役立つような場面は来ないに限るね。

 

 認識票が役に立つ時というのはきっと、炎魔剣で焼かれて死んで、顔や衣服で身元がわからない時だから。

 

 と言うのはまぁ置いておいて。 

 

 「それでなんですけど、やはり、譲っていただけませんか? この……タウラスさんの認識票」

 

 自分の認識票を首にかけた僕がなおも食い下がると、店主さんは肩眉を吊り上げて僕を見た。

 

 「なんだ。なぜそのタグだけを欲しがる?」

 「えぇっと……」

 

 思念が宿った品が欲しいから、と言えば頭のおかしい女と思われるだろう。

 譲ってくれるならそれでもいいんだけど、多分断られる。

 

 「タウラスの身内……なわけねぇよな。タウラスが生まれたのは半世紀以上前だしな」

 「あ、名前と一緒に彫られてる日付は生まれた日付なんだね」

 「今気づいたのかい? 察しの悪い嬢ちゃんだな」

 「嬢ちゃん……成人女性なんですけど」

 「年を聞いていいなら教えな。認識票の名前の下に掘ってやるよ」

 「結構です」

 「そうかい」

 

 ふん、と鼻を鳴らす店主さんは、そのままタウラスと彫られたタグを手に取って、僕に差し出した。

 

 「タウラスに遺族は居ねぇ。居たとしても孫かひ孫の世代で、タウラスのことなんか知らねぇだろう。だからやるよ」

 「あ……ありがとうございます」

 

 意外なほどあっさりと目当ての品を手に入れられてしまって、僕はちょっとびっくりしていた。

 誰かの形見、遺品となる物だと気付いたから、手に入れられないだろうとも思っていた。

 ダメ元で聞いてみただけだったんだ。

 しかし、タウラスさんに遺族は居ないか覚えていないからと、店主さんはあっさりとくれた。

 そして僕がふと気になったことを、店主さんは僕に聞かれるまでもなく語り出す。

 

 「タウラスは戦争初期のケツから中期の頭ごろに活躍した兵士だ。結構な強さを持っていたらしいが、魔剣が多く使われ出した頃に死んだそうだ」

 「詳しいんですね」 

 「詳しいもんかよ。祖父が同じ世代でな、当時活躍した兵士や指揮官についてしゃべってたのを思い出しただけよ」

 「そうでしたか」

 

 最後に軽く会釈をして、僕はそのお店を後にする。

 タウラス・バーンド。

 彼の認識票から感じる思念は、時間が空いて、だいぶ希薄だ。

 だと言うのに、これから感じられる執着はとても強いものだ。

 手に入れられて嬉しい。

 それもこんな簡単に。

 

 お祭り。

 良いものだね。

 苦手意識を持っていたけれどとんでもない。

 実にいいものだ。

毎日投稿期間終了です。

まぁあげられる場合は毎日上げると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎日投稿お疲れ様でした!! 毎日ではなくなっても更新ずっとまってます(´ω`) 新章になってさっそく新しい魔剣の臭いがしてきました!次はどうなるのか・・・
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