聖剣鍛冶師の独り言
半世紀前に魔王を討った勇者の名前は有名だ。
俺たちが生まれた時代は、その勇者の名前を少し捻って、子供に付けるのが流行っていた。
勇者の名前は、アルフォードだ。
俺の両親が俺につけた名前は、ガルフォード。
妹の名前はミルフォード。
弟の名前はギルフォード。
一文字変えただけってオイ……
テレジッド王国がセイブレイ魔族国家を制圧する前に生まれたことから考えて、両親は俺たちに、戦争で活躍する兵士になることを期待したのかもしれない。
その証拠に、俺たちに寝る前に聞かせる物語は、戦争に纏わるものばかりだった。
アルフォードが魔王を討つまでの戦記。
魔族の英雄ストランの叙事詩。
戦争中に起きた笑える珍事。
だが俺とミルフォードは、兵士になろうとは思わなかった。
英雄には憧れなかった。
その代わりに、魔剣に憧れた。
勇者が魔王を討った時に使われた重魔剣特型。
後からは聖剣カタルシスと名付けられた、世界一有名な魔剣。
それに俺とミルフォードはそろって憧れた。
まだ子供の年齢で俺とミルフォードは家を飛び出し、セイブレイ首都に作られた鍛冶場に突撃した。
聖剣カタルシスを造った聖剣鍛冶師、エンバーダに弟子入りするためだ。
意外にもエンバーダには弟子がいなかった。
弟子入り志願者はたくさん居たらしいが、なぜかすべて断っていたそうだ。
だが俺とミルフォードは、弟子入りを認められた。
それからはずっと魔剣鍛冶師になるために、師匠の下で働いた。
ミルフォードと近くの安い家に住んで、朝から晩まで鍛冶場に詰めて、鍛造、鋳造、魔剣についてを学び続けた。
弟ギルフォードは、俺たちと違って、両親の期待通り首都の兵士の訓練校に通うようになった。
同じ首都に住んでいるからという理由で、ギルフォードはちょくちょく俺たちの安家に遊びに来て、その日に何があったとかこう言うことを学んだとか、楽しそうに話していた。
……最近わかったんだが、ギルフォードはかなりのシスコンだ。
ギルフォードがシスコンになったのはミルフォードのせいだと思うが、発端は俺かも知れない。
俺は一つ下のミルフォードのことを、小さいころから対等だと思っている。
だが四つ下のギルフォードは、どちらかというと守るべき対象として見ていた。
四歳の時、赤ん坊のギルフォードを見て、守ってやりたいと思った。
そしてそれを口に出して、ミルフォードに聞かせた。
ミルフォードはそれを聞いて、俺と一緒にギルフォードの世話を焼くようになった。
小さいころはそれでよかったんだが、ギルフォードが訓練校に通うようになってからも、卒業して騎士になってからも、そして聖騎士だとかいう肩書を貰ってからも、それは続いた。
俺はギルフォードの成長に合わせて世話を焼かなくなっていたんだが……
そりゃシスコンにもなる。
まぁギルフォードについては置いておこう。
俺とミルフォードがある程度魔剣を造れるようになると、師匠は仕事を俺たちに任せるようになった。
普通の剣の注文が入れば俺たちに半分やらせたり、一型魔剣の注文が入れば、俺に剣を造らせてミルフォードに効果付与をやらせたり。
一型魔剣というのは、まぁ一型の魔剣のことだ。
炎の効果を持つ魔剣を全部まとめて炎魔剣という。
氷の効果を持つ魔剣を全部まとめて氷魔剣という。
そして、剣身に炎を纏わせるだけの炎魔剣を炎魔剣一型という。
剣身に氷を纏わせるだけの魔剣を氷魔剣一型という。
魔剣はこういう感じで大まかに分類分けされていて、その一番簡単な一型魔剣に関しては、俺たち兄妹に任せてくれていたんだ。
そして、炎を飛ばしたり氷を生み出したりできる二型魔剣を。
広範囲を燃やしたり凍らせたりできる三型魔剣を、俺たちはだんだんと造れるようになった。
いずれも二人で、だ。
一人じゃ無理だったろうな。
俺とミルフォードでは得意分野が違ったんだ。
俺は鍛造で良い刀剣を造ることが得意で、俺が付与できる特殊効果は単純。
対するミルフォードは、鍛造より鋳造が得意で、複雑な効果を付与できる。
俺たちの得意分野が違うことを知っていた師匠は、俺に、ミルフォードと協力して魔剣を造れと言って、老衰で死んだ。
師匠は死ぬ直前、俺に言ったんだ。
お前一人では聖剣を造ることは難しい、と。
ミルフォードにも同じようなことを言った。
俺は師匠の言葉を、こう解釈した。
ミルフォードと二人なら、聖剣を造れる、と。
俺たちは師匠、聖剣鍛冶師エンバーダが残した鍛冶工房で、魔剣を造っては売り続けた。
そして戦争が終わった。
テレジッドがセイブレイを支配した。
だがこれで兵器である魔剣もお役御免かというと、そうではない。
魔族を国内に入れ、セイブレイに人間を送る様になれば、戦争直後という禍根残る人間と魔族の間では争いが起きる。
収めるために魔剣が必要とされた。
他にも強い権力者が武力を示すための道具として。
活躍した兵士への勲章として。
存在するかどうかわからない反乱分子への備え、威圧として。
魔剣の需要は無くならなかった。
俺たちは戦争後も魔剣を造り続けた。
終戦後しばらくして、戦勝記念の祭りを行うことになった。
そして式典に、俺が招待された。
俺たちが作った魔剣が、聖剣に認定され、俺が新たな聖剣鍛冶師の肩書を背負うことになったらしい。
聖剣認定されたのは、俺の会心の出来の両刃直剣に、ミルフォードが丹精込めて特殊効果を付与した、特型魔剣。
あのアルフォードの子孫が使い、魔族の魔剣使いを悉く打ち破って、その子孫がその魔剣を絶賛したことで聖剣認定されることになったらしい。
新しい聖剣の名は、デピュレーター。
俺とミルフォードの自慢の合作だ。
だと言うのに、聖剣鍛冶師として認められるのは俺だけだと言う。
ならばそんな肩書は要らないと言った。
師匠の言葉通りだ。
俺とミルフォードの二人なら聖剣を造ることが出来た。
俺一人じゃ無理だったろう。
ミルフォードだけでも難しかっただろう。
なのに聖剣鍛冶師になれるのは俺だけなのはおかしい。
だが、ミルフォードは、俺が聖剣鍛冶師になることを喜んだ。
俺は納得していない。
だが、ミルフォードがそう言うなら、いいのかもしれない。
聖剣鍛冶師は俺たちにとって身近で、遠い存在だった。
師匠であり、憧れだった。
俺一人が聖剣鍛冶師になることに一番納得しないはずのミルフォードが喜ぶのなら、俺がわがままを言うべきではないのだろうと、その時は思ったんだ。
……俺一人が式典に出席し、聖剣鍛冶師の肩書を受け取っている間に、ミルフォードは居なくなってしまった。
エンバーダ鍛冶工房には、ミルフォードの鍛冶道具と二人で貯めた貯金の三分の一が無くなっていた。
書置きの一つも無く、ミルフォードは去って行ってしまった。
俺たちが最初に憧れたのは聖剣と呼ばれる魔剣。
師匠に弟子入りしてからは、聖剣を造ることに憧れた。
聖剣鍛冶師に憧れた。
俺たち二人が憧れ、叶えたのは俺だけ。
納得できなかったんだろう。
口では喜んでいたが、ミルフォードが一番、俺一人だけが聖剣鍛冶師になることに腹を立てていたんだろう。
悔しかったのだろう。
ミルフォードではなく俺が聖剣鍛冶師になれたのは、俺の方が優れているからじゃない。
エンバーダの死後のエンバーダ鍛冶工房の責任者は、名目上長男の俺だった。
聖剣認定された、二人で造った魔剣も、名義上は俺が造ったということになっている。
たった一年先に後に生まれただけで、ミルフォードは聖剣鍛冶師になれなかったんだ。
俺は二十年以上一緒に過ごし、同じモノに憧れ、同じ師によって鍛えられ、俺と同格の魔剣鍛冶師である妹が、俺と決別したことを、受け入れた。
俺に何かを言う資格は無かった。
何かを言う資格があるかどうかは知らんが、俺にミルフォードの所在を笑顔で問い詰めてくるのは、弟のギルフォードだ。
「私の愛する可愛い姉はどこに言ったんですか? ガル兄さん」
「俺に聞くな。黙って出て行っちまったんだ」
「ああそんな! ミル姉さんが居なくなっただなんて……何やったんですか? ガル兄さんが何かしたんでしょう!? 愛想つかされるようなことを!」
「……そうだな」
「ほらやっぱり! 私はミル姉さんを探しに行きます! 行き場所に心当たりは!?」
「ねえよ。つうかお前騎士だろ? 勝手に行動していいのか?」
「私は聖騎士ですよ? 国家への忠誠と奉仕の義務を背負う代わり、あらゆる場所へ通行が許可され自由裁量権が与えられているのです。むしろ私が聖騎士になったのはミル姉さんを探すためと言っても過言ではない!」
「過言だろ。だがまあ、探すなら好きに探せ。探し出したら話を聞いてやれ」
「言われるまでもありません! さてミル姉さんはどこに居るんでしょう? もしや貴族の男のところに転がり込んだりしてないでしょうか!? それとも人さらいにあったり!? あるいは魔族の反乱分子に取り込まれてしまっていたりしたらどうしましょうか!? どうしてくれましょうか!? もしそうなら全員の首を刎ねてから、怖い思いをしたミル姉さんを慰めてあげないと! こうしてはいられませんね! ガル兄さん! 私は早速出かけます! 何かあったら伝えに来ます!」
「おう」
残念な弟だ。
顔はいい。
性格も基本的にいい。
言葉遣いも丁寧なうえ、頭もいいし、最年少で聖騎士になれるほど腕が立つ。
なのになぁ……
シスコンが酷いんだよなぁ……
顔のいい聖騎士なんざ、女から見たら超優良物件に違いはなく、何度も女に言い寄られているらしいんだが、全て断っているようだ。
それも、姉と結婚するから他の女は要らない、と言っているらしい。
流石に俺やミルフォードの前では言ったことがないはずだが、少なくとも俺の耳には入っている。
……まぁシスコンを除けばギルフォードは優秀だ。
そのうちミルフォードを探し出すだろう。
俺はミルフォードを探す資格も、何も言わずに去ったことを咎める資格も無いが、どこで何をしているのか心配だ。
兄なのだから、行方不明の妹を心配して何が悪い。
気を揉んで何がおかしい。
鍛冶しか出来ない俺に代わって優秀な弟がミルフォードを探しに行くというのはありがたい。
俺の代わりにミルフォードを頼むぞ。
俺はミルフォードから話したいと言ってくれないと、何かを言い出すことが出来そうにないんだ。
そんな資格があるようにはどうしても思えないんだ。
はい。
ミルフォードの正体等が出てきたところで一章終わりです。