魔剣鍛冶師とスラム街の顔
カイは晴れて指名手配を解かれ、懸賞金も取り下げられ、堂々と表を歩けるようになった。
一悶着あったようだけれど、結局は決闘して勝ったからだ。
僕としてはそれは喜ばしい。
僕の造った魔剣の使い手が騎士に勝ったというのは、魔剣鍛冶師として実に鼻が高い出来事と言える。
が、しかし。
良いことづくめと言うわけじゃない。
カイが、つまり魔族の少年が魔剣を持っていることが、ある程度知られてしまった。
魔剣を欲しがっている人は多い。
特に魔剣鍛冶師を全員テレジッドに送られてしまったセイブレイに置いては、魔剣は実に貴重なのだから。
カイから魔剣を盗む、決闘して奪うなどを企む人が出てこないか心配だよ。
……そう言うわけで、ロミルワ鉄鋼店へお茶を飲みに来たカイに、最近の身の回りについて聞いてみることにした。
我が家の小さな椅子に腰かけ、ハーブティを片手に落ち着いた表情を見せるカイは、なぜだか大人びて見えなくもない。
「ところでカイ。君はウチの店を喫茶店だと思ってたりしない? あの決闘から週に一回訪れてくれるのは嬉しいのだけど、お茶を飲むばっかりだよ?」
「あ? あんまり店だと思って来てねぇよ。俺としちゃあ友達に会いに来てるつもりだな」
小言を言ってみれば、予想外の回答が返って来た。
友達……まぁ、いいか。
「最近のスラムはどう? あ、いやスラムについてはわかってる。最近の君はどんな感じかな?」
「最近の俺かぁ……」
最近のスラム、というより、あの決闘以降のスラムについては、まぁスラムに店を構えているだけあって知っている。
今までは暗黙のルールを布いた上で、スラム特有のヒエラルキーが出来上がっていた。
単純に力が強かったり喧嘩が強かったり体が大きかったりする、いわゆるゴロツキ。
表通りでは売れない品物を売る、特別なコネクションを持っている闇商人。
この二つがスラムの上位者。
他は下位者。
ところが、魔剣を持っていて騎士に勝利したカイは、あの日以降スラムの上位者を超える存在になってしまった。
カイの強さはゴロツキ程度とは比べられない。
まぁ騎士に勝てるような人がスラムに住むなんておかしな話なんだけどね。
つまりカイは、スラムに置いて絶対的な地位を確立した、ということになる。
今までスラムの下位者に甘んじていた彼は、今やスラムに置いて最上位者と言えるだろう。
「最近はアレだ。魔剣狙いの奴が減って来たな」
「魔剣狙いの奴?」
「俺からデラを持って行こうとする奴」
「ああ、やっぱり居たんだね、そう言う人」
「居た居た。決闘して俺に勝てたら魔剣をくれ、なんて言う奴はまだいい方で、盗もうとする奴とか闇討ちしようとする奴とかな。魔剣狙いで言い寄ってくる女も居たぜ」
「魔剣はまだ持ってるよね?」
「当たり前だろ。ホレ」
カイは左手を背中側に回すと、鞘ごとデラの短刀を見せてくれた。
「もう一心同体って感じだな。これはもう俺の一部だ。手放せねぇよ」
「それは嬉しいね」
とりあえずカイと魔剣の無事を確認できて、僕は一安心だ。
「それに悪いことばっかじゃねぇ。前みたいに暇つぶしに絡んで来たりする奴は居なくなったし、闇市の方では、市場の用心棒になってくれと頼まれてる。それなりに金になる」
「そっかそっか。まぁ騎士に勝てるカイが闇市に居れば、変なことをするお客さんも居なくなるか」
「だな。あとは新参の闇商人がおかしな商売を始めるのも防げるらしい。知らんけど」
「決闘の一件で、カイの影響力はだいぶ大きくなったみたいだね」
「影響力……そうかもな。餓鬼共も俺の近くに居るようになったしな」
「餓鬼共?」
「俺と同じだ。スラム住みの、俺より小せぇ餓鬼共。あいつらは相変わらずだが、俺の側に居ればゴロツキに殴られねぇから、大体一日中俺の近くで遊んでやがる……よく考えたらそれは前と変わってねぇか」
「そっか。それはいい事……なのかもしれないね」
「良くも悪くもあるんだろうな。まぁあいつらなりの処世術なんだろ」
「……そうだね」
ふむ。
大体わかった。
しっかりとスラムの中心人物になれたようで、浮浪者でありながらしっかりした自分の居場所を確立できたようだ。
「最近はどこに寝泊まりしてるの?」
「場所は変わってねぇ。スラムの餓鬼が集まる場所だ。前の家はぶっ壊されちまったが、もう新しい寝床は作ってある。来客も多いしな」
「来客?」
「ああ。どこそこで喧嘩があったとか、スラムのあいつとこいつが揉めてるとか、そう言うのを俺に伝えに来るんだ。俺に解決しろってな」
「それは……どうなの?」
「まぁ普通なんじゃねぇか? 強い奴が法みたいなところだからな。俺が行けば俺が何かしなくても、当人共が話し合いを始める。俺の前で喧嘩すると両成敗されるとか思ってんだろ」
「両成敗するの?」
「さぁな。やったことねぇよ。だが喧嘩してる場所にわざわざ来るくらいだからな。そう思われてんだろ」
「スラムの秩序になりつつあるね君は」
「あぁ、強いからな……俺が強いっつうより、デラの力を借りたら強いっつう感じだが」
ということは、最近僕の店でお客さんが多いのは、カイのおかげということのようだ。
スラムが今までよりも安全になってきているから、スラムの奥にある僕の店に気軽に来れるようになった、ということらしい。
「ありがとうカイ。君のおかげで最近は調子がいいよ」
「礼なんていいって。ミルフォードがデラを俺にくれたことがそもそもの始まりだったんだ」
「謙虚だね」
「身の程を知ってるつもりなだけだ」
「身の程?」
「実際俺は、デラを使っても騎士に勝てるほど強くねぇ。ロレンスの奴、わざと俺に負けたらしい」
「そうなの?」
「ああ……決闘の時、魔剣について知っているかと聞かれて、知らないと答えたんだ。そうしたらロレンスは、説明はまた今度、と言ったんだ。俺が決闘に負けていたら、今度、なんて無い。ロレンスはあの時点で、俺に勝ちを譲るつもりだった」
「そっか。それは誰にも言わないでおくよ」
「助かる」
二人でお茶を飲みながら世間話をして、カイは帰って行った。
セイブレイにやってきて初めて造った魔剣は、良い使い手に渡すことが来たと思う。
デラの短刀。
最初は盗みに使っていたようだし、襲って来たゴロツキを倒すのにも使われた。
使い方に良し悪しをつけるならば、悪い方だろう。
でも僕はそれでも構わない。
盗む物も最初は人の財布だったようだけど、絵画や本と言った盗むことが難しそうな物も盗むようになっていったし、勝ちを譲られたとはいえ、騎士に勝つこともやってのけた。
僕の造った魔剣の有用性や実用性については、満足だ。
今はカイとデラの短刀が、スラムの秩序になっているようだ。
これは良いことだと思う。
「……秩序だなんて笑っちゃうね」
こんな僕の造った魔剣が、秩序だなんて笑ってしまう。
でも住所不定の少年とモノを引っ張るだけの魔剣が、秩序を守る存在になっているだなんて、面白い。
ただ強いだけのヒトと魔剣より、ずっと面白い。
価値があると思う。
この現状と僕のやったことを知ったら、兄はなんて言うだろうか。
叱るだろうか。
呆れるだろうか。
褒めはしないだろう。
……それで良い。
今回カイが戦った騎士、ロレンスさんと雇い主のヴィッツダグラスさん。
彼らのその後についても少しばかり聞いている。
まずヴィッツダグラスさん。
ブタ貴族と名高いあの人は、今は貴族ではなくなってしまった。
カイを決闘だと言って呼び出して、決闘なんか無しだと言って取り押さえようとしたこと。
それがガガンの町を含む、ダグラス家とつながりのあった他の町にも知れ渡ってしまい、信用暴落。
誰もダグラス家と売買契約を結ばなくなり、お金が無くなって没落してしまったそうだ。
今どこで何をしているのかは、多分ほとんどの人が知らないんじゃないかな。
続いてロレンスさんと彼の部下について。
ロレンスさんは実力は確かなものの、素行不良の騎士として有名なのだそうだ。
色々な場所で騎士として働いては左遷させられ、巡り廻ってダグラス家に雇われていたロレンスさんと彼の部下たち。
彼らは今、歓楽街で治安維持活動に勤しんでいる。
形はどうあれ一般人との決闘で負けてしまったロレンスさんは、騎士を名乗れなくなってしまったそうだ。
周りの人達からの反応は、さもありなん、という感じだったらしい。
騎士ではなくなったロレンスさんは、これで堂々と歓楽街で遊び歩けると喜んで、部下の人達と一緒に歓楽街の治安維持という名の漫遊に勤しんでいるらしい。
まぁ、僕にはあまり関係の無いことだと言える。
実際僕はほとんど関わっていないのだから、当然と言えば当然だ。
魔剣を造ってカイに渡したのは僕だけれど、魔剣をどう使うかはカイ次第だった。
僕にとって重要なのは、僕の造った魔剣を持っただけの少年が、騎士に勝利したという事実だけ。
兄の造った魔剣を持った一般人が、騎士に勝てるだろうか。
持たせた魔剣次第だろうけれど、きっと難しいだろう。
そう思うと、やはりカイにデラの魔剣を渡したのは正解だったのだと思う。
さて
次はどんな魔剣を造って、どんな人に渡そうかな。