ロミルワ鉄鋼店は朝から客が多い
一昨日は珍しくフライパンが売れた。
表通りから僕のロミルワ鉄鋼店までは、スラムを少し歩かなきゃいけなんだけど、ホッキンスさんの計らいで、表通りから店までの道の清掃(いろんな意味)や看板の設置のおかげで、客層が広がったおかげだと思う。
釘や金槌くらいしか売れなかったのが、今じゃ調理器具もちらほら売れ始めた。
たまに露店を冷やかせば、私が造ったフライパンやおたまなんかが使われていて、見つけるたびにちょっと嬉しくなって、そのお店で買い物をしちゃったりする。
そう言うわけで、昨日一日かけて新しく調理器具と釘をそろえたから、今日は朝から店番をすることにした。
調理器具と釘を新しく陳列棚に並べて、ちょっとだけ身だしなみを整えて、店の奥のレジのところに座ってボーっとする。
最近お店を開ければ一人くらいはお客さんが来るから、今日も一人二人くらいは来るんじゃないかな。
まぁ昨日たくさん商品を造って疲れてるから、来なくてもいいかもしれない。
あぁ、長閑だ。
眠ってしまいそうだ。
……しまった、一時間ほど転寝してた。
僕の目を覚ましたのは、タッタッタッタという足音だ。
今日の一人目のお客さんは、元気な人らしい。
そしてそろそろお店の入口の扉がバーンッと開かれることだろう。
よし、僕も元気に相手をしようか。
「いらっしゃいませ!」
「ミルフォード! 匿ってくれ!」
「は? え?」
「すまねぇ!」
今日一人目のお客さんは、以前僕の造った魔剣、デラの短刀を渡した少年、カイだった。
そしてカイは困惑する僕をよそに、随分と焦った様子で店の奥、つまり僕の方へ駆け寄ると、そのままカウンターの裏に隠れてしまった。
「ちょっと困るよ。いきなり来てなんなのかな」
「すまねぇって! いくらでも謝るし事情も説明する! 今は匿ってくれ!」
「匿ってって……」
匿ってくれと言われても、何から匿えって言うんだか。
そう思ってさらに文句を言おうとしたんだけど、すぐにわかった。
カイよりもずいぶん大きな重い足音が聞こえてくると同時に
「カイの野郎どこ行きやがった!」
「この辺りに逃げ込んだはずだ!」
「バカ落ち着け! 隠れられるとしたらそこの店しかねぇだろ!」
といういかにも物騒な声。
そして僕の予想通り、僕の店の出入り口が乱雑に開かれた。
なるほどね。
「いらっしゃいませ」
どうだ僕の営業スマイルは。
完璧でしょ?
まるで何も知らないかのように見えるはずだ。
実際何も知らないままだからね。
今日二人目、と三人目と四人目のお客さんは、皆魔族だ。
まぁこの辺を走り回ってる人は大体魔族だから予想はついてた。
北西区には人間はあまり近づかないから。
そして僕を見つけた魔族の彼は、僕を見て、しまった、と言うような顔になった。
「あ……」
「どうした?」
「ちょっと待て」
それから彼は丁寧に店のドアを開けて一歩外に出ると、キョロキョロと見回して、それから戻って来た。
それから三人まとまってひそひそ話をする。
聞こえてくる単語は、ここはダメだ、とか、例の店だ、とか、そんなモノばかり。
そんな危ない店じゃないんだけど。
「何かご入用でしょうか?」
さぁ僕の営業スマイルを見るんだ。
このニッコリ笑顔を。
僕は人間だからとか魔族だからとかで対応を変えたりしない。
安心して用件を言ってほしい。
彼らは僕をチラリと見ると、三人のうちの一人が
「俺に任せろ」
と言ったのが聞こえた。
そして他の二人は深々と頭を下げ、任せろと言った一人も遅れて頭を下げた。
「突然乱暴に入って申し訳ねぇ。俺らぁ買いもんに来たわけじゃあねぇんです。カイっつう餓鬼を探していやす。若ぇ魔族の餓鬼が、この店に入りやせしたかどうか、きい……伺ってもええでしょうか?」
「やべぇよ噛んでんじゃねぇよ馬鹿」
「何入りやせしたかどうかって? お前馬鹿なの? あとなんで訛ってんの? 馬鹿だろ」
「馬鹿馬鹿言うなボケ共!」
何とも雰囲気の緩い三人組のようで、ちょっと可笑しい。
でも笑うのも失礼なので我慢する。
「え、えぇっと、今日の最初のお客さんは、皆さんですよ。他に誰も来てません」
プルプルと頬が震えるのを感じながらそう言うと、彼らはサッと頭を下げる。
畏まりすぎだよ。
「すんません。奴はコソ泥でして、店主さんの知らん間に店のどっかに隠れとるかも知らんだす。絶対なんも悪いことしやせんとお約束しやすんで、中を検めさせてもらえんだすおうか」
「お前なんなん? 田舎出身なん? 緊張すると方言出るタイプなん? かわええ子がそれやったらキュンと来るけどお前がやってもただキモイだけやん」
「俺らに訛りが移ったらどうしてくれやんつもりや? あと標準語どこに落としてきたんや拾うてこんかい」
「ンククククク、クク」
堪え切れなかった。
吹き出してしまった。
必死に抑え込んでも笑いが、笑いが止まらない。
どうしたら……と、とりあえずカイを家の方に逃がさないと。
「ご、ごめん、ンクク……お、お店の中、なら、好きに……ふ、ふ、見てまわってく、ください……僕は家と、鍛冶場の方ッ見てきます」
「ありがとうございやす! 失礼するでやんす!」
もうわざとやってるでしょ。
僕はこれ以上失礼を晒さないために、両手で口を押えて笑いを押し殺しつつ、店の奥の扉から家兼鍛冶場の方に向かう。
さりげなくカイを手招きして、店の中をぶつくさ言いながら物色し始めた三人に見つからないように、家の方に連れ込んだ。
住居の方にカイを連れ込み、自分の椅子に座らせる。
「とりあえずお茶淹れるね。僕の家に勝手に入って来る人はいないと思うから、とりあえず安心していい」
「あの三人を追い返さなくていいのかよ」
「家と鍛冶場に彼らの探し人が入り込んでいないか見回って来ることになってるから、すぐ戻った方が不自然だよ。聞いてたでしょ? ちょっと待ってて」
カイはまだ不安そうな顔だったけど、とりあえず置いておく。
僕が安心しろって言ったって、安心できるわけもない。
少なくともあの三人が帰るまでは緊張しっぱなしだろう。
落ち着く香りのハーブティーでも淹れようか。
デラの短刀を渡した後、カイとは一度も会ってない。
でも盗みの事件が多くなってることは知ってたし、カイの仕業かな~ってなんとなく思ったりはしてた。
そう言えば魔剣を使った感想を時々僕に伝えに来るように約束したのに、全然来なかった。
そしてようやく来たと思えば匿ってくれだなんて、なかなか勝手だ。
意地悪してやろうかとも思ったけど、大人げないか。
これでも僕は成人女性だ。
子供相手に意地悪するだなんてことはしない。
特に隠し味も入れずにハーブティーを淹れた僕は、そのままカイのところに戻って来る。
「はいお茶」
「おう、ありがと」
カイにお茶を渡して、僕は近くのベッドに腰かけて、自分のお茶を一啜り。
カイもお茶を一口飲んで落ち着いたのを見計らい、声をかけた。
「それで、どうしたの? なんで追われてるの?」
「一言で言うと、俺がダグラス家の交易品を盗んで売ったからだ」
ほう?
結構大ごとになってるっぽい?
ダグラス家については流石に知ってる。
旧都、というかセイブレイ全体で、数少ない魔族の貴族。
旧都に住んでる以上耳にするし、僕は目にしたこともあった。
ブタさんのような耳と尻尾が生えていて、なおかつ脂肪たっぷりの体をしていた。
ブタ貴族なんて呼ばれ方してるらしい。
「じゃああの三人はダグラス家の人?」
「いや違う。あいつらはただのクズ。俺にかかった懸賞金目当てのゴロツキ」
「懸賞金かかってるの?」
「うん……え、知らなかったのかよ? 表通りの壁に俺の指名手配書が滅茶苦茶貼られてんだぞ。多分昨日から」
「えぇ……スゴイ大ごとになっちゃったみたいだね」
僕は昨日も一昨日もほとんど鍛冶場や店から出てないから知らなかった。
そっかぁ……指名手配かぁ……
「ちなみに何盗んだの?」
「ストランの絵画だ。闇市に卸したんだが、贋作だろうって言って安く買われた。そしたら本物だったらしい」
ストランの絵画ね。
ストランの叙事詩は僕も大好きだった。
絵になっているならぜひ見てみたい。
まぁそれは置いておいて。
「それでダグラス家は怒って、盗んだカイに懸賞金をかけて捕まえようとしてるってことかな?」
「そう言うことだと思う。俺も今朝知ったばっかりで詳しいことは知らねぇんだ」
「なるほどね」
大体の事情を聞けたし、時間的にもちょうどいい。
僕はお茶を置いて立ち上がる。
「じゃあそろそろあの三人を返してくるね」
「あぁ……匿ってくれるってことで、いいんだよな?」
「えぇどうしようかな。カイは魔剣の使い心地を時々僕に伝えに来るって約束したのに、全然来なかったからなぁ……」
「っぐ……いや、いいんだ。あの追手から隠れさせてくれただけで十分だ。俺は」
「ああ待って待って嘘嘘匿う匿う。意地悪言ってごめん」
「本当か? ありがとうミルフォード」
「い、いいよ。大事な魔剣の使い手だし、君が捕まったら困るのは僕も一緒だし」
子供相手に大人げなくも意地悪を言って、慌てて下手に出つつ謝ってしまう情けない女が、ここに居た。
やっぱり家にも鍛冶場にも誰も居なかった。
そう言って魔族三人を帰らせた僕は、早速カイに、デラの短刀の使い心地を聞きに行った。
「で、どう? 僕が造った魔剣はどう?」
前のめりで聞き込んでみれば、カイは僕の剣幕に若干引きつつも答えてくれた。
「すげぇよこれ。盗るってことに置いてこいつの力は何よりすげぇ。射程十五メートルっつう制限も有って無いようなもんだ。それに最近はモノを引っ張るだけじゃなくて投げることも出来ることに気付いた」
「投げるって、どうやるの?」
「自分の方に引っ張って来たモノが自分に当たる前に避けると、引っ張った物はそのまま後ろに飛んでいくだろ?」
「ああなるほど」
「前に投げたい時は後ろのものを引っ張って避ける。後ろに投げたいときは前にあるものを引っ張って避ける。それで好きな方向にモノを投げ飛ばせる。追手から逃げる時に重宝したぜ」
「なるほどなるほど。他には?」
「デラの左手や腕が俺にしか見えないって言うのが良いな。じっくり狙いを定められる」
「でも短刀を構えている姿を見られると怪しまれたりしなかった?」
「俺が魔剣を構えても怖がった奴は居なかったな。まぁほぼ見られてねぇけど」
「そっか。あとは? 何か思ったことはある?」
「……正直、盗みに使うのがもったいないって思っちまう。他の使い方なんて盗人の俺には思いつかねぇけど、もっといい使い方がある気がする……ああそれと、人も引っ張れるってのが良いな。いざって時に助けられた」
「そっかそっか……持ち主はカイなんだから、カイの使いたいように使うのが正解だよ。それにデラちゃんも、カイの使い方を望むと思うし」
「デラちゃんって誰だよ」
「あと他に思ったことはある?」
「無視かよ……そうだな。最初にも思ったことなんだが、刀身がキレイだ。宝石で出来てるんだっけ? 毎朝鞘から抜いて欠けたりしてないか見てるんだが、毎朝きれいだと思う」
「んふふありがと」
こんなものだろうか。
カイの反応は好感触。
久しぶりに造った魔剣だし、付与した効果も単純だし、宝石製の脆い刀身だけど、使い勝手は良いようだ。
魔剣そのものに殺傷性を持たせなかったのも、多分良いように作用したんだと思う。
あとカイが言ったように、盗みに使える魔剣であることは間違いないけど、盗みだけがこの魔剣の本懐じゃないというのもある。
使い方によっては、人の命を奪うことだって出来る。
もちろん奪わないことも出来る。
汎用性の高さはデラの短刀の長所って感じだろう。
「よし、大体わかった。ありがとうカイ」
「いや……」
カイはとりあえず落ち着いたようだ。
追手が帰ったことと、ハーブティーの効果のおかげだろう。
さて、では当初の、というか当面の問題について考えることにしよう。
「カイ、僕は君を匿うことは全然かまわないと思ってる。でも、ずっと僕の家で飼い殺しになるのはカイもいやでしょ?」
「あぁ、いつまでも世話になるわけにはいかない……とは思ってるが、どうすればいいかわからねぇ」
まぁ正直なこと。
そのうち何とかする、とか適当な事を言わないあたりは大人だと思う。
「今すぐどうにかする必要も、今すぐどうすればいいか考えて思いつく必要も無いよ。君が指名手配されてまだ一日だ。どうにもならないのは当然だよ」
「ミルフォード……」
「安心してここに居ていい。外の情報は僕が集めてくるよ。どうすればいいかは僕と一緒に考えよう」
「ありがとう、ミルフォード」
カイの肩から力が抜けたのが見て取れた。
落ち着いたと思っていたけれど、ずっと緊張していたのかな。
こうして僕は、ケモミミ魔族のカイを家に匿って生活することになった。