第4部 1話 ゲームマスターと鬼
<3部までのあらすじ>
サ終危機のニューズ・オンラインのGMに突然任命されたヤジマは、チーム・ニューズのメンバーと協力しながらサ終回避に向けていくつもの作戦をこなす日々を送っていた。
とある日、ニューズ・オンラインのトップギルド”緋龍の翼”よりバグの報告を受け、バグの修正に乗り出す。しかし、バグの修正のためには膨大な資金が必要となり修正ができない状態となった。ヤジマはその資金を捻出するために、ニューズ・オンラインの格付けのランクアップに挑むことを決意する。ランクアップのためにはユーザ数、レビューの得点を大幅に上昇させる必要があり、チーム・ニューズはGMイベント作戦を実行する。GMイベントは予想以上の盛り上がりを見せるものの、GMイベントの一環として緋龍の翼とギルド戦争を行った”シキゾフレニア”の不正操作が発覚する。やむおえずヤジマはギルド戦争に介入し、GMイベントは不完全燃焼で終了してしまう結果となった。しかし、GMイベントを通して考えを改めた開発担当の長谷部はバグの修正を完遂。緋龍の翼、シキゾフレニアの両ギルドがニューズ・オンラインで国家の誕生を宣言するなど前代未聞の事態となり、結果的にはランクアップ要件を満たすことができたのだった。
<登場人物紹介>
・山田 (ヤジマ)
突然ニューズ・オンラインのGMに任命された元開発者。サ終回避に向けて日々奔走している。VRゲームは初心者。
・成瀬 (ヘル)
ニューズ・オンラインのインフラ担当で山田の同期。地下のデータセンターにあるサーバ群を管理している。RXシステムズの花形ゲームであるバレンタイン・オンラインのインフラ担当だった凄腕エンジニア。アバターは黒犬 (ヘルハウンド)の獣人。
・長谷部 (ハセベ)
ニューズ・オンラインの開発担当。開発段階からニューズ・オンラインを担当している。アバターは黒騎士。
・鎌田 (カマタ)
ニューズ・オンラインのデザイン担当。クオリティの高いグラフィックを作成するものの情緒不安定なのが玉に傷。アバターはドワーフ。
・辻村 (?)
ニューズ・オンラインのまとめ役で、チーム・ニューズのチーム長。特技は無茶ぶり。チーム・ニューズオフィスに姿を見せたことはなく、常に音声のみで無茶ぶりを繰り出す。
<ひと言>
お久しぶりです。およそ1年ぶりに続きを書きました。
ストックはなくて書くのに時間がかかるかもしれませんが引き続き読んでもらえると嬉しいです。
今回はまたヤジマの前に難敵が現れますので、彼の頭がストレスで禿げ上がらないことを願ってあげてください!笑
それでは、今後ともこのクソゲーをよろしく!
◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル チーム・ニューズオフィス◆
土色のカーペットに、広葉樹の葉の形をした仕事机。天井はグリーン基調で整えられ、まるで木漏れ日のような明かりが灯る。リラックスのしやすさを重視して設計されたチーム・ニューズオフィス。このオフィス空間はまるでピクニックでもしているかのような気分で仕事に打ち込める――本社ビルのとある施設担当はそう言って胸を張った。
しかし、今日ばかりはピクニックと言っても寒中ピクニックである。それも本州では経験できないほど極寒のだ。ピクニックというよりはむしろパニックと言うのが正しいかもしれない。それほどまでにオフィスの空気が張りつめており、山田を身震いさせる。
この原因を作っているのは、会議机の誕生日席で資料に目を通す強面の男、鬼ノ上だ。
白髪のオールバック。鋭い眼光。シワのないスーツを完璧に着こなす鬼ノ上には隙は全くない。
「――直近一か月でユーザ数は3倍、レビューの得点も55点と急上昇を遂げております」
オフィスにはスピーカーから出力される辻村の凛々しい声が響く。しかし、今日の辻村にはいつもの勢いはない。辻村の声色からも緊張が伺える。
机には、鬼ノ上を取り囲むようにして成瀬、鎌田、長谷部が着席し、固唾を飲んでその様子を見守っている。山田もそんな中のひとりだ。
「――以上の結果から、ニューズ・オンラインはシステム取扱いガイドラインの”竹”に相当します。このため、”梅”から”竹”へのランクアップの許可をいただきたく存じます」
辻村の説明が終わると、オフィス内を静粛が満たした。5秒、10秒、20秒と時間が経過するが誰も声を発しない。鬼ノ上が資料をめくる紙ズレの音だけが響く。そして、1分が過ぎて、無言に耐え切れず山田が声をかけようとしたその時、鬼ノ上の目がギロリとスピーカーを睨みつけた。
「辻村……お前、肝心なことを報告していないだろ?」
そのひと言でオフィス内の空気が凍りついた。
「ど、どういうことでしょうか?」
「どうもこうも、これは何だ?」
鬼ノ上はそう言って資料のとある一点を指さす。そこにはこう記されていた。
『アバターの不正操作により、50アカウントを凍結処分とした』
「はい、記載の通り規約違反がありましたので、規約に則りアカウントの凍結を行いました」
「アバターの不正操作が短期間で多発したとなると只事ではない。原因の調査はしたのか?」
「はい。対象のアバターを調査したところ、いずれも直近で所有者が変更された形跡がありました。しかし、所有者の変更手続きについては問題なく処理されており、所有者が変更された経緯については不明なまま――」
――ドンッ!
鬼ノ上は拳で机を叩いた。その場にいた全員がビクッと体を震わせる。
「ふざけるな! 不正操作が多発しているということはニューズ・オンラインにセキュリティ・ホールが存在していることを示している!」
セキュリティ・ホールとは、システムの脆弱点のことである。悪意のあるハッカーたちはそういった脆弱点を突いてシステムへの不正操作を行う。
例えば一軒の家をシステムに見立てたとしよう。その家は正面玄関や裏口にはちゃんと鍵がかかっているのに、窓は開けっ放しになっていたとする。すると、泥棒は家の周りをくまなく探して窓が開いていることを発見。窓というセキュリティ・ホールから家の中に侵入して悪さを働くのだ。
セキュリティ・ホールの存在を調べるにはシステムの総点検を行う必要があり、その対策もかなり難易度が高い。セキュリティの専門家でもいない限り対策するのは至難の業である。
鬼ノ上は怒り心頭の様子で言葉を続ける。
「セキュリティ面のリスクは、RXシステムズ自体の信用失墜にも繋がる重要事案だ。それを原因不明のまま放置しているだと?」
「も、申し訳ありません……」
辻村が謝罪の言葉を口にする。こんなしおらしい辻村は初めて見た気がした。
「至急追加調査、対策をしろ」
同席しているメンバーは言葉を失っており、辻村だけが小さく「承知しました」と答えた。そして、鬼ノ上は席を立ち、そのままオフィスから出ていこうとする。
ランクアップの是非を問うたにもかかわらずその件について返答はなく、鬼ノ上は調査の指示を出しただけだった。しかも、人員が少なく、セキュリティの専門家もいないチーム・ニューズがセキュリティ・ホールの調査を行うことなど至難の業だろう。もはや、無茶ぶりといっても過言ではない。
それに何より、あんなにも苦労して勝ち得たランクアップ要件である。いくらセキュリティ・ホールが重要事案だったとしても、その件についてひと言の言及もないのは納得ができなかった。
「ちょっと待ってください!」
「……何だ?」
鬼ノ上が振り返り、鋭い視線が山田を貫いた。山田は少したじろいでしまったものの、恐れを跳ねのけるように声を張った。
「ニューズ・オンラインのランクアップの件はどうなったのでしょうか!? ”竹”へのランクアップ要件は満たしているはずです!」
「山田くん、統括長は時間が押してるから、後で私から尋ねておきます」
辻村がそう言った。しかし、その声からは悔しさがにじみ出ており、鬼ノ上の言葉に納得いっていないのを察することができた。
「いやいい、答えよう。当然却下だ」
鬼ノ上は低い声でそう言って椅子に座り直す。
「その理由は何でしょうか?」
山田がそう食い下がると鬼ノ上はニヤリとした。まるで鬼が夜食にする獲物を見つけたときのような、そんな表情だった。
「ランクアップを却下した理由は2つある。ひとつ目は指摘した通り、セキュリティ面への懸念だ。セキュリティ面のリスクはニューズ・オンラインを運営していく上で大きな足枷となる。そんなリスクを抱えるニューズ・オンラインを”竹”にランクアップするわけにはいかん。そして、ふたつ目はサ終判断が4週間後に迫っていることだ。もし”竹”にランクアップさせてそれ相応の投資をしたとしても、4週間でその投資を使ってできることなど限られている。そして、サ終が決定した場合、その投資は水の泡となるだろう。現時点でニューズ・オンラインにこれ以上の投資をする理由は百に一つもない」
山田は下唇を噛んだ。確かにサ終判断までにはあと少ししか時間がない。このため、投資があったとしても時間のかかる新規開発などはできない。せいぜいチューニングが関の山だろう。そんな小手先の計画でユーザ数やレビューの得点を飛躍的に伸ばすことができるとは思えない。
しかし、長期的に見ればどうだろうか。開発が間に合わなくても、”宣伝”することはできるのだ。鬼ノ上は短期的にしかニューズ・オンラインを見ていない。長期的に見ればニューズ・オンラインには活路はあると山田は信じて疑わない。
「4週間の間にできることは限られていますが、新たな機能や新エリアの立ち上げを企画し、宣伝に利用すれば新規ユーザの獲得のチャンスはあります。まだサ終が決定したわけではありませんので、もう少し長期的に考えてはいただけないでしょうか?」
「駄目だ。ニューズ・オンラインのサ終は既定路線だ。ニューズ・オンラインはもはや、”終わったゲーム”。中長期で考えることなどありえん」
「な――」
山田は思わず言葉を失った。鬼ノ上が言ったのはつまり、4週間後のサ終判断は形式的なもので、ニューズ・オンラインのサ終は決定的であるということだ。それではニューズ・オンラインのサ終回避のためにGMとして山田がやってきたことは無意味だったということになる。そんなことは到底受け入れられない。
「……サ終が既定路線と判断されたのはニューズ・オンラインがVRゲーム界隈の底辺を突き進んでいた1か月前までのことです。今のニューズ・オンラインは以前とは全く違います。まだまだクソゲーの域を脱してはいないかもしれませんが、レビューの得点も劇的な飛躍を遂げています。ここまで育て上げたニューズ・オンラインが既に決まっているからサ終だなんて……。正当な判断をいただかなければ、サ終には納得できません!」
「お前が納得するかどうかなど関係ない。サ終するかどうか決めるのはサ終診断会議の場だ」
山田は歯を食いしばった。悔しくて涙が出そうだ。そんな山田の表情を見た鬼ノ上がまたもやニヤリとした。
「――しかし、サ終は既定路線ではあるものの、収益性の高いサービスを終了させるわけにはいかん。基準さえ満たせばサービスは継続されると考えていい。投資なしでセキュリティ面のリスクを解決し、その上でユーザ数とレビューの得点を引き上げる。そんなことが可能ならば、だ」
この不気味な笑いには背筋が凍る思いだったものの、正当な判断を下されることが分かり、少し安堵した。
今の山田にはこれ以上鬼ノ上を説得して投資を獲得できるような引き出しはなかった。しかし、この1か月間ニューズ・オンラインのGMとして粘りに粘ってここまでやってきた山田である。今までも様々な難敵を相手にしてきたのだ。失うものはない。粘る一択である。
「投資が難しいのは理解しました。しかし、セキュリティの有識者不在の状況でセキュリティ・ホールを修正するのは至難の業です。そして、ニューズ・オンラインが”竹”の要件を満たしているのは事実。セキュリティに詳しい人員だけでも補充いただけないでしょうか?」
「……」
鬼ノ上がアゴに手を当てて熟考する。そして、
「いいだろう。追加人員を配置するのはサ終判断までだ」
と短く言い放った。正直人員が補充されたとしても厳しい状況であることには変わりはない。崖に片手でぶら下がっているような状況だ。
しかし、まだサ終は決まっていない。その事実が確認できただけでも十分だった。まだ諦めない。諦めるのはまだ早い。鬼ノ上の背を見送りながら、山田はこぶしを握り締めた。
ここまで読了いただきありがとうございました!




