第3部 エピローグ D・I・Yの行方
◆縦浜近郊 RXシステムズ本社ビル チーム・ニューズオフィス◆
――ギュッギュッ
早朝、山田は誰もいないオフィスで辻村の机の上をピカピカに磨き上げていた。一度も本人が在席した場面に出くわしたことがない常に不在の机の上には、電話と書類箱が置いてあるだけで使用感がない。
辻村の机が終わったら、チーム・ニューズのメンバー全員の机を拭き、各々の机の下にあるゴミ箱の中身を回収して回る。その後、かき集めたゴミを地下駐車場の脇にあるゴミ捨て場まで持っていって捨てる。これらの作業を皆が出社する残り20分以内に完了させる必要があるのでぐずぐずしてもいられない。
GMイベントが終了してから、既に三日が経過していた。GMイベントは”シキゾフレニア”の不正操作や、グランドクエストは無いと宣言したせいで盛り下がったまま終了してしまった。
ゴエモンはイベントの内容をまとめた動画をイベント当日中には投稿し、一時は注目を集めたものの内容が内容だけに、ユーザー数やレビューの得点も伸びる気配はなかった。
その結果、目標としていたニューズ・オンラインの社内格付けを”梅”から”竹”へと昇格させることもできず、生産系スキルのバグも修正できていないという状況だ。運営側としてGMイベントに対して期待していた目論見は完全に外れてしまったことになる。当然というべきなのか、イベント終了後には辻村の大目玉を食らい、当分の間罰として朝の掃除当番を引き受けるように申しつけられたのだった。
山田は罰を受けるのも致し方ないと思っている。むしろこの程度の罰で許してもらえたのだから、辻村には感謝すべきだろう。
もし山田がヒイロと”エアポケット”の戦闘に首を突っ込まなかったらどうなっただろうか? GMイベントは観客のボルテージが最高潮のまま終えることはできたかもしれない。しかし、緋龍の翼は”シキゾフレニア”の不正操作によりギルド戦争に破れ、シーツーは”シキゾフレニア”の手に落ちたはずだ。その結果、カスミ、そしてヒイロを始めとした緋龍の翼のギルドメンバーを傷つけることとなったであろう。そのような結末は断じて許すことはできなかった。
また、この三日間の間に”シキゾフレニア”の不正操作についても調査を行っていた。”エアポケット”はAIによる不正操作のためアバターを凍結(カスミは不満げではあった)、そして”エアポケット”と同様にプレイ時間が24時間を超過している”シキゾフレニア”のアバターは同様に凍結処分とした。
しかし、”エアポケット”は間違いなく不正に所有者を変更されているはずなのだが、変更の手続きは正常に完了しており、その点については特に不審な部分はなかった。結局、調査は暗礁に乗り上げてしまったのだった。
これでは”シキゾフレニア”のアンデルをお縄にかけることも叶わない。自らの独断行動については全くもって後悔していないが、自らの不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
山田は辻村の机に両手をついたまま、俯き加減にため息をついた。
――バンッ!
突然オフィスの扉が勢いよく開け放たれ、山田は驚いてビクッと体を震わせる。
「うっす」
長谷部であった。長谷部の姿はGMイベントの前までは早朝に見かけることは、ほとんどなかった。しかし、この三日間は山田が清掃しているときに出社しているので、珍しいこともあるものだと思っていた。
「長谷部さん、おはようございます。最近早いですね」
「ああ、ちょっとなー」
長谷部は山田と目を合わせることなく、自らの席に直行しておもむろにPCを操作し始める。山田も長谷部のことを特段気に掛けることもなく清掃作業を再開した。長谷部のこういったとっつきにくさを感じる態度にも徐々に慣れてきたように思える。
――バンッ!
またもや扉が勢いよく開け放たれ、山田は再度ビクッと体を震わせた。今朝は心臓に悪い――と舌打ちしながら扉の方に目を向けると、そこには環と成瀬の姿があった。
「山田! 大事件だぞ!」
「どうしたー? ステーキ弁当が売り切れてたかー?」
成瀬が昼飯にしか興味がないことは承知しているので、大した話ではないと断定。山田は辻村の机の下のゴミ箱が空であることを確認すると、成瀬を気にかけることなく鎌田の席に移動しようとする。
「くっ、何故知っている!? 目の前で50%オフのステーキ弁当がかすめ取られていく屈辱といったら、耐えがたいものがあったぞ! ま、まさかお前が俺のステーキ弁当を奪ったのか!?」
「成瀬くん、今ステーキ弁当というキーワードのせいで本題忘れたよねえ?」
環がそんな成瀬を横目にため息をついた。
「山田くん、見てほしいものがあるの」
タマキは山田に歩み寄りながら、おもむろにタブレット端末を取り出した。
「ゴエモンの新しい動画か何かですか? GMイベント当日に投稿された動画は速報のようなまとめ方だったから、リメイクしてくれたんですかね?」
「ゴエモンの動画であることは確かなんだけど、内容が衝撃的なのよ……」
環が机の上にタブレット端末をセットし、画面をタップすると動画が再生される。そこにはヒイロの姿があった。そして、その脇にはターミリア以外の四翼のメンバー、そして何故かカスミとカンナバルが緊張した面持ちで控えている。ヒイロは燃えるような笑顔を見せて、視聴者に向かって語りかける。
『本日、シーツーを納める民主主義国家、”C&C連合国”を結成することを、ここに宣言します!』
「なにいいいい!?」
目が飛び出るかと思うくらい驚愕の内容だった。ニューズ・オンラインに国家が誕生する? 緋龍の翼が街を管理していたことだけでも驚きだったのにもかかわらず、一般プレイヤーがゲーム内に国を作り、しかも運営していくという。
『そして、シーツーの住民投票を行い、”C&C連合国”の大統領を選定いたしました。その結果――大統領には”ギニーデンのお母さん”こと、カンナバルさんが選ばれました!』
「ええええええ!?」
山田は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。国家を立ち上げるというでけでも驚きなのに、その大統領には顔の見知ったカンナバルが就任するという。どっからどう驚けばいいのかというくらい予想外の出来事であった。
『ヒイロさん、その紹介の仕方はやめてくださいってあれほど言ったのに……! こほんっ、ええー、第一代大統領に選出されましたカンナバルと申します。シーツーにおいて民主主義の礎を築くべく、大統領という大役に挑みたいと思います。特に、ギルド間の差別撤廃や初心者へのサポート体制整備などに力を入れていきたい所存です。皆様、どうぞよろしくお願いいたします!』
カンナバルが凛とした声色で宣言した。どこのギルドにも所属しないカンナバルが大統領に就任したのは、公平性を保つために緋龍の翼がシーツーの運営から手を引く作戦の一環だろう。山田は目を白黒させながら成瀬と環を交互に見る。
「”|D・I・Y《Do It Yourself》”は確かに推奨したけれども、まさか国家を作っちゃうとは思わなかったのですが!?」
「ああ、はっきり言ってプレイヤーどもの行動力は俺の予想を超えている……」
「そうよねえ」
――トルルルルル
その時突如として、電話の呼び出し音が鳴り響いた。
「山田くん、辻村さんから電話だよ」
いつの間にか出社している鎌田が自席で湯呑片手にのほほんと言った。
「辻村さん!?」
山田に戦慄が走る。この時間に電話ということは、山田がちゃんとオフィス内を清掃しているか確かめる電話に違いない。成瀬や環と雑談して清掃作業が進んでいないことがバレてしまったのだろうか? 鎌田がマウスを操作すると、呼び出し音が止まった。山田はすかさず言い訳する。
「辻村さん、オフィス内の清掃なら今やってます――」
「清掃? なんのこと?」
「え? 先日のGMイベント失敗の罰として、早朝にオフィス内を清掃するように言ったじゃないですか!?」
「あー、そんなこともあったわね。おつかれ! そんなことより山田くん、大変なことになったわよ。良いニュースと悪いニュースの両方があるのだけれど、どちらから聞きたい?」
毎日早出で頑張っていたオフィス内清掃のことを完全に忘れられていた感があり啞然としたものの、まずは辻村の話に耳を傾ける。
「じゃあ、良いニュースの方から……」
「ニューズ・オンライン内にプレイヤーが統治する仮想国家が出現したことが注目を集めて、世間を騒がせているの! ゲーム内でプレイヤーが仮想国家を誕生させるのは世界初のことらしいわよ!」
「さっきゴエモンの動画を見て知りましたけど、これって世界初なんですか!?」
「そう! そのお陰で昨日から新規ユーザ数が500人増えたの! これでユーザ数の合計は”3000人”を突破! ”梅”から”竹”へ昇格できるわよ!」
辻村の唐突な言葉に、山田は成瀬、環、鎌田と思わず顔を見合わせる。そして、徐々に身体の内から喜びが湧き出してくるような感覚。その喜びは溢れかえり、自然と体が動いて彼らとハイタッチした。オフィスに大きな破裂音が鳴り響く。
「「よしっ!」」
ヒイロたちの行動力には驚かされるばかりだった。国家を”|D・I・Y《Do It Yourself》”するという驚くべき行動に出たからこそ、”梅”から”竹”へ昇格することができた。ヒイロたちには感謝してもしきれない。また、そのきっかけを作ったGMイベントも無駄ではなかったということだ。ここにきて山田の努力が実を結んだことに、人目をはばからずに喜んでしまった。
「おめでとう、よくがんばったわね! レビューの得点も55点、今までの最高得点更新よ!」
「――じゃあ、開発予算がついてバグの修正も可能ということですか!?」
「そういうこと!」
「――辻村さん、待ってください」
喜ぶ山田の背後から、その喜びを吹き飛ばすような冷たい一言が辻村と山田の会話を遮った。長谷部だった。長谷部は以前からバグを修正するための開発には反対していた。今度はどんな反論を展開するのだろうと、山田は身構える。
「生産系スキルの修正は今日中には終わりそうなんで、開発予算がついたら別のことに使えますよ」
「えぇ!?」
ヤジマは耳を疑った。
「長谷部さん、”成形”スキルのAPIの開発なんてできないって……」
「普通にそこらからかき集めた開発人員で新規開発したら、何か月あっても足らんだろうな。でもチーム・ニューズには幸い、ニューズ・オンラインの生産系スキルの開発を担当した張本人であるこの俺がいる。ヒモ化前に使っていたニューズ・オンラインのミドルウェアのソースから生産系スキルのAPIを引っこ抜いてきて、体裁整えて現行のニューズ・オンラインにぶっこんでやれば90%は動くだろう。残りの10%の修正も後二時間もありゃ終わる」
ここでヤジマはハッとする。
「ここ数日長谷部さんが早く出勤していた理由って、バグ修正のためですか!?」
「だからバグじゃねえって! ”ヒモ化作戦”中の作業ミスだ! 普段の仕事もあるんだから、別枠で時間確保しないと修正のしようがないだろ? やっぱり朝早いのは苦手なんだよなあ」
そう言いながら、長谷部はダルそうに首を回す。
「流石、長谷部くん! 開発予算を新規ユーザ獲得のために回せるのは大きいわ。ニューズ・オンラインのサービス終了の是非が決まるまで後一か月。それまでにユーザ数を2000人、レビューの得点を15点伸ばさないといけないんだもの。かなり難しいことのように思えるけど、山田くんがGMに就任した当時はユーザ数1000人、レビューの得点が8点だったことを考えると、不可能ではないように思えてきたわ。ここまで劇的に改善できたことは本当にすごいことよ、山田くん」
崖の底から這い上がり、何とか崖の淵に片手がかかった気分だった。ニューズ・オンラインを愛するプレイヤーたちのために、何とかゲームを存続させたい――そんな想いでこの一か月間を過ごしてきた。志半ばではあるものの、そんな想いが今、徐々に花開き始めたと感じた。しかし、サービス終了の判断までには時間がない。片手がかかったらかといって気が抜ける状況ではないことは百も承知だ。山田はほころびかけていた顔を引き締めなおす。
「それで、悪いニュースというのは……」
「そのことなんだけど……。驚くことにニューズ・オンライン上に誕生した国家は一つだけじゃないの」
その言葉を聞き、山田に戦慄が走った。そして、冷淡な嘲笑を浮かべる人物の顔が真っ先に脳裏に浮かぶ。
「まさか――」
「そう、”シキゾフレニア”が国家を作ったわ」
山田はその言葉を聞き、拳を硬くギュッと握りしめた。




