第3部 53話 ゲームマスターと決闘の勝者
◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場◆
「”エアポケット”の操作者の生体信号は、カスミのものではないナ!」
ヤジマはジーモの報告を聞き、心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。そして、ぐっと固く拳を握る。
生体信号がカスミのものではないと分かれば、カスミ以外の誰かが”エアポケット”を不正に操作している――つまりは”シキゾフレニア”の不正操作の証拠を握ったということだ。タマキなどのチーム・ニューズのメンバーたちも胸を撫でおろしているようだった。
ここでジーモは「でも――」と言葉を続ける。
「”エアポケット”の操作者の生体信号とデータベースに登録されている所有者の生体情報は一致しているナ……」
「え? つまり――」
「”エアポケット”はカスミのアバターではないということになるナ……」
ヤジマは耳を疑った。ジーモの言うことが正しければ、アバターの所有者以外が操作を行ったとは立証できない――つまり、この方法では”シキゾフレニア”の不正操作は立証できないということだ。そして、カスミの知らぬ間に”エアポケット”の所有者がカスミから変更されていたということになる。1か月前に突如カスミが”エアポケット”を使えなくなったのは、凍結されたからではなく、所有者を変えられたからということだ。
――パチ、パチ、パチ
突如として、闘技場に乾いた拍手の音がこだました。
「クククク……アハッハッハッハ!」
アンデルが手を叩き、ヤジマを揶揄するようにして歩み寄ってくる。その嘲笑を聞いたヤジマは顔をこわばらせた。
「いや、失礼、とても愉快な余興でした。まさかこんなにも楽しませていただけるとは思ってもみませんでした。本当に感謝申し上げます。そして……後任のGM様が決まりましたら是非ご挨拶させていただきたく」
アンデルは笑いを押し殺すようにして言った。アンデルは既に勝利を確信したようだった。しかし、ヤジマにはそのアンデルの姿が滑稽に思えてならず、口元を少しだけ引き上げる。
この調査で分かったことは他にもあるのだ。”エアポケット”の所有者を変更するという操作は、通常所有者の同意なしにはできないことである。つまりは、”シキゾフレニア”は何らかの方法でプレイヤーの権限を超越した不正な操作を行ったことになる。そんなことができるのであれば、アバターから発信される操作者の生体信号すら信用することはできないということだ。残るはやはり――”エアポケット”を操作しているのはAIであるという可能性だけだ。
そして、ヤジマの立てた作戦にはまだ続きがある。
「アンデルさん、まだ調査は終わっていないですよ?――それでジーモ、”エアポケット”のプレイ時間はどうなってるかな?」
アンデルの眉がピクリと動いた。プレイ時間とは、ユーザーがニューズ・オンラインにログインしてからどのくらい時間が経過しているかを現す指標だ。
「およそ――700時間ナ」
その言葉を聞いた観客席が一気にざわつき始める。観客は皆、その数値が意味するところを知っているのだ。
「1か月近くログインしたままの状態ということか……つまりは――」
ヤジマは一息おいて、意を決したようにその言葉を紡いだ。
「”エアポケット”を操作しているのは、AIということだな?」
「な――!?」
アンデルは顔に張り付いた笑みが消え失せ絶句した。
ヤジマはゾンビたちの生気のない行動から、彼らがAIであることを確信していた。だからこそ、予め生体信号以外に彼らがAIであることを見破る方法がないか探していたのだった。その時に注目したのが、「プレイ時間」という指標であった。
以前ヘルが現実で長時間栄養補給を行わなかったことにより、台所くねくねで卒倒しそうになったことがあった。ヘルと同様に人間が操作しているのであれば、定期的にログアウトして栄養補給を行うことが求められる。ニューズ・オンラインでは2時間に一度はログアウトし、休息を取ることを推奨としているくらいである。(この推奨を守るプレイヤーなど皆無に等しいのは言うまでもない)
おそらくプレイ時間が24時間以上であれば、AIである可能性が高い――これがヤジマが出した結論であった。24時間プレイし続けることも難しいのに、700時間というのは最早不可能といってもよい。
アンデルの額には汗が浮かび始めていた。
「し、しかし、プレイ時間だけでAIと判断するのはあまりに横暴ではありませんか?」
「そうかもしれません。しかし、不正な操作により”エアポケット”の所有者が持ち主に無断で変更された形跡もあります。このため、アバターから発信される生体信号自体に信憑性がないと判断しました。プレイ時間の超過の件も併せて勘案し、”エアポケット”はAIが操作していると断定します」
「”エアポケット”の所有者が持ち主に無断で変更されたなどと、どうやったらわかるのです? また不確かな情報に踊らされているのではありませんか――」
「”エアポケット”の元所有者が言うんだから間違いないだろー?」
カスミがヤジマの背後から声を投げかけた。
「”エアポケット”は凍結されたんだとばかり思ってたんだが、所有者が変更されていたから使用できなかったのか……。私が”エアポケット”の元所有者だとお仲間のターミリアなら知ってるだろうに、聞いてないのか?」
「ターミリア、だと……? クッ――」
アンデルには思い当たる節があるようで盛大に舌打ちをした。そして、観念したかのようにガクッと項垂れると、一瞬の静粛が闘技場を包んだ。しかし、降り始めの雨水のようにポツポツと聞こえてくるアンデルの嘲笑が、その静粛を破った。
「ク、ク、ク、クククク……。いやはや恐れ入りました。わたくし共の負けです。今日のところはこれでよしとしましょう。目的は達成されましたので、わたくし共はこれにて失礼いたします」
「待ってください。あなた方には調査に協力していただきま――」
その時、ヤジマの背後から金属のぶつかり合う音が聞こえ、何事かと後ろを振り返った。すると、”エアポケット”がタマキたち三人の包囲網から脱出しており、蒼い弾丸のような速さでカスミに襲いにかかろうとしていた。
しかし、次の瞬間、背後から緋色の弾丸が一筋の閃光となって目の前を通過した。そして、蒼と緋の弾丸は正面衝突し、弾けた。耳を劈くような激しい音と爆風が生まれ、思わずヤジマは腕で目を覆う。
爆風が収まったところで腕を下げると、そこにはヒイロが”エアポケット”の懐に入りこみ、腹を大剣で貫く姿があった。
「カスミを泣かせた罪は重いぞ?」
ヒイロがそう呟き、”エアポケット”から剣を引き抜く。すると、”エアポケット”の体は光の粒子となって霧散した。ヤジマがハッとして再び踵を返した時には、アンデルの姿は既にその場から立ち消えていた。




