第3部 52話 ゲームマスターと舌戦
◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場◆
『運営はさっさと引っ込めー!!』
観客席では観衆が立ち上がり、闘技場のヤジマたちに向かって罵声を投げかけ続けている。試合がなぜ止められているのか理由が分からず、観客たちの苛立ちは爆発寸前といった雰囲気だ。そんな中、ヤジマの作戦を聞いた仲間たちは皆、呆れ交じりにため息をついた。
「全くお前ってやつは、いつも突拍子もないことを思いつくな……」
ヘルが頭を抱えながら言った。タマキはヤジマを睨みながらヘルの言葉に相槌を打つ。
「一か八かという感じねえ……。ヤジマくん、カスミさん、本当にそれでいいの?」
ヤジマとカスミはお互いの顔を見合わせてから、タマキに視線を移して深く頷いた。
「「はいっ!」」
すると、タマキは硬い表情を緩めて笑いかける。
「じゃあ、頼んだわねえ。もし失敗したら一緒に辻村さんへ謝罪しましょう」
ヤジマはタマキの言葉に頷くと、観客席に視線を移して、ECHO機能を使って観衆へ語りかける。
「GMのヤジマです! 先ほど、一般プレイヤーの方から”決闘”に出場中のアバターの不正操作について通報があり、私の権限で急遽試合を止めさせていただきました!」
観客席の罵声がピタリと止み、そして再びすぐにザワつき始める。「自らのアバターであるはずの”エアポケット”を何者かに乗っ取られている」という一般プレイヤーであるカスミの通報に対して、運営側が動いたという態であった。実際にはカスミの通報の前にヤジマが闘技場に飛び出したため、若干の順序の入れ替えはあるものの、全くの嘘というわけではない。
「つきましては、緋龍の翼、”シキゾフレニア”、双方のアバターを調査させていただきます!」
ヤジマの申し出をきっかけに、観客のザワつきがドッと爆発する。
『アバターの不正操作? 冗談だろ?』
『不正操作は規約ではアバター凍結だったよな?』
『不正操作が発覚した場合、決闘はどうなるんだ!? まさか、反則負けになるのか!?』
観客たちは一気に混乱の渦へと突き落とされた。ニューズ・オンラインでいう不正操作とは、アバターの操作を持ち主以外、またはAIが行っている状態のことをいう。不正操作防止のためニューズ・オンラインでは、運営側でアバターの操作者の生体信号を確認することができるようになっている。
生体信号の確認は以前、シーツ―2合目でアンデルやゾンビたちと対峙した時に、ゾンビがAIかどうか確認した時と同じ方法だ。その時には、ゾンビから問題なく生体信号は検知され、AIであることは証明できなかった。しかし、その生体信号の内容を確認したらどうなるだろうか? ”エアポケット”はカスミのアバターであることは確かであり、カスミ以外の生体信号が検出されるはずである。生体信号を確認し、カスミのものと不一致であれば、”シキゾフレニア”が”エアポケット”を不正操作していることが証明できる――これがヤジマの作戦だった。
この作戦では、“エアポケット”の凍結がなぜ解除されているのかという疑問は残るものの、“シキゾフレニア”の不正の糸口を掴むことはできる。まずは糸口を掴んでから、芋づる式に不正を暴いていくつもりだった。
しかし、ヤジマの独断に黙ってはいない人物がここにはいる。
「クククク……お気は確かですか、GM様?」
アンデルが闘技場に上がり、ゆっくりとヤジマたちの方へ歩みを進める。口元は引き上げられ、不気味な笑みを浮かべているものの、その瞳には一切のぬくもりが感じられない。目を合わせると全身に悪寒が走った。
「”シキゾフレニア”の勝利目前で試合を中断させるなど、明らかに緋龍の翼を擁護する行動に見受けられます。このような不公平な行為は運営として許されるのでしょうか? 運営はどのプレイヤーに対しても規約に則って行動する中立な立場であるとお見受けいたしますが、私の勘違いでしょうか?」
「擁護する意図はありません。あくまでも、双方の嫌疑を晴らして、潔白を証明することが目的となります」
「だからといって、試合を中断させてまですべきことでしょうか? 決着がついてからでもよかったのでは?」
アンデルの鋭い指摘にヤジマは頭をフル回転させて反論を紡ぐ。
「……一方のアバターがリスポーンしてしまうと調査が出来なくなってしまうため、急遽試合を止めさせていただきました。不正操作はギルド戦争の結果に影響するだけでなく、当該アバターの活動を制限する必要も出てくる重大な問題です。お手数ですが双方のギルドには調査にご協力いただきたく」
「クククク……。致し方ありませんね――ですが、もし嫌疑が晴れた場合、いかがなさるおつもりですか? ”決闘”における”シキゾフレニア”のアドバンテージが消失したことについては、どのように責任を取るおつもりですか?」
「もし、”シキゾフレニア”側に問題がなかった場合は、”シキゾフレニア”にアドバンテージのある状態で試合を再開――」
「――足りませんよ」
アンデルは首を横に振りながら、鋭い口調で言い放った。
「不確かな情報に踊らされたGM様をこれ以上信用することはできません。責任を取ってGMを辞任してください」
「な――」
ヤジマは絶句した。まさか、アンデルがここまで大胆な要求をしてくるとは思ってもみなかった。
「待って! 不正操作の調査は運営側のタスクの一環よ。規約上、運営側にはいかなるときもプレイヤーをオブザーブする権利は認められています。プレイヤーにどうこう言われる筋合いはないわ」
タマキが吐き捨てるように言った。アンデルの要求はおそらく、ヤジマへの嫌がらせ、そして”決闘”の再開にあたって有利な条件を引き出そうという魂胆だろう。このため、ヤジマがアンデルの売り言葉をそのまま買う必要がないことはわかっている。
しかし、ヤジマがカスミやヒイロを助けるために感情的に動いてしまい、公平性を保てなくなっているのは事実だった。もし、”シキゾフレニア”のしっぽを掴めないのであれば、尚のことGMの公平性は失われる。アンデルの「信用できない」という言葉を真に受けるつもりはないものの、ヤジマとしても落とし前はつけなければならないとは思う。
ヤジマはゆっくりとした足運びでアンデルに歩みより、アンデルの目の前に立ちはだかる。そして、アンデルの温度感のない眼を睨みつけた。
「わかりました。もし”シキゾフレニア”側に問題が見つからなければ、GMを辞任します」
「「ヤジマ!?」」
後方で仲間の驚く声が聞こえた。アンデルですら、目を見開いて驚きの表情を作っている。そして、その表情はすぐに不快な笑顔へと様変わりした。
「クククク……。いいでしょう。そういうことであれば、思う存分お調べください」
アンデルはそう言い残すと踵を返し、闘技場の端へと戻っていく。
「ジーモ!」
ヤジマはアンデルの後ろ姿を見届けると、ジーモのことを呼んだ。タマキの背後で羽を広げていたジーモが気怠げにヤジマの元へとフワフワ飛んでくる。
「何だナ? ジーモは重要なミッションの最中で忙しいナ」
「タマキさんを運んでるだけでしょ!? ゾンビたちを調べた時みたいに、アバターの生体信号を調べてほしいんだ。今回はそれに加えて、登録者とは別人が操作していないかも確認してほしい」
「何だそんなことかナ。しょうがないナ。さっさと終わらせてミッションに戻るナ」
「じゃあ、まずはヒイロさんのことを頼むよ」
ヤジマがそう言うと、ジーモがヒイロの元へと飛んでいく。そして、ヒイロの頭からつま先の方へと円形の青い光が移動し、アバターのスキャンを行った。
「生体信号は――問題なく検知できるナ! 信号自体もヒイロ本人のものと確認できたナ!」
「OK! じゃあ、”エアポケット”の方も調べてくれ!」
ジーモは”エアポケット”に近づいていき、ヒイロと同様にアバターのスキャンを開始する。
「生体信号は――問題なく検知できるナ! 信号自体は――」
ヤジマはジーモの回答に目を見開いた。




