第3部 50話 ゲームマスターと守りたいもの
◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場◆
観客席では、観客がカスミという闘技場への侵入者の姿に気づき、ザワザワと騒ぎ始めた。ヤジマは闘技場を駆けるカスミの姿を見て、”エアポケット”の正体がカスミでないことに安堵する一方、困惑も感じていた。カスミが闘技場に上がった理由がわからなかったからだ。
言うまでもなく闘技場では一対一の”決闘”の真っ最中である。カスミの行動の理由が、「劣勢に立たされているヒイロを助けたい」――そんな理由であれば、この”決闘”に水を差すだけである。運営側の人間として、カスミの行動は看過できないものである。
しかし、カスミは自らの行動が横やりを入れるだけであることは、百も承知に思えてならない。現にシーツー市街地集団戦でターミリアが裏切ったときでさえ飛び出してはいかなかった。そう考えると、ヤジマの頭に一つの疑念が浮上する。
――”エアポケット”はカスミ以外の誰かに操られている
カスミが操られた”エアポケット”を止めるために飛び出していったのならカスミの行動も辻褄が合うのだ。
そんな考えを巡らせていると、当のカスミはヒイロと”エアポケット”の間の直線上で、両手を広げて”エアポケット”の前に立ちはだかった。その光景にヤジマは目を見張った。
「もうやめて゛! こ゛れ以上、ヒイロのこと゛を傷つけないで!」
カスミが涙声で叫んだ。ところどころ声が裏返っている。そんな悲痛な姿にも、観客の反応は冷たい。
『何だあいつ? いいところなのに邪魔しやがって!』
『自分の行動が迷惑だって気づかないのかしら? 嫌だわねえ……』
『”エアポケット”! 邪魔者ごとやっちまえ!』
はっきり言ってカスミの真意はわからなかった。しかし、カスミが悲しんでいることは確かだった。いつも陽気な笑顔を見せてくれるカスミが、顔をぐしゃぐしゃにして叫んでいるのだ。カスミのことを助けてやりたかった。今すぐ駆け寄って「大丈夫だ」と頭を撫でてやりたかった。
しかし、ヤジマにはGMという足枷がある。この足枷がある限り、どちらか一方のギルドには肩入れできない。”エアポケット”にとっては勝利は目前の状態。今闘技場へ駆けつけてしまえば、”エアポケット”の邪魔をすることになってしまう。もしそんなことをしてしまえば、運営側の公平性が疑われてしまう。
GMなのだから身近な人よりも他人のことを大人しく尊重すべきなのだろうか。ニューズ・オンラインの人気のため、信頼のため、公平性のため、他人のことを尊重すべき理由はいくらでも思いつく。これらを言い訳にして身近な人を犠牲にしてもいいのだろうか。
”エアポケット”はカスミのことなど気にする素振りも見せず、臨戦態勢に入る。その時、カスミが運営ブースの方を振り返った。
「ヤジマ!!」
カスミの声が闘技場に響き渡った。拳で殴りつけられたような痛みがヤジマの胸に走った。ヤジマは、まるでスイッチが入ったかのように、運営ブースを飛び出していた。
※
カスミがヤジマへ助けを求めた瞬間、突風がカスミの体を襲う。”エアポケット”の”蒼弾”が発動。高密度の圧縮空気が”エアポケット”の背後で爆発。その爆発を推進力にして、”エアポケット”の体がまるで弾丸のような速さで一直線にカスミの方へと飛翔する。
”エアポケット”とカスミではレベル差がありすぎるため、いくらカスミが体を張ろうと盾にすらならない。カスミなど、まるで紙切れのように背後にいるヒイロ諸共吹き飛ばされだろう。
――終わった
そう思い、カスミは目を瞑る。取り留めもない悲観的な感情が胸の内から溢れかえり、思わずヤジマに縋ってしまった。いつもヤジマのことを罵倒しておきながら、火急の時にヤジマを頼ってしまうなど、自らの行動には失笑しまう。それでもカスミは、かすかな望みを抱かずにはいられなかった。
――ヤジマなら何とかしてくれるのでは?
ヤジマにはGMという立場があり、この”決闘”へ手が出せないことはわかっている。期待してはいけないのだ。それでも、これまでのヤジマの仲間思いの行動を傍らで見てきたカスミとしては、どうしても望みを抱かずにはいられない。
その時、金属同士が打ち鳴らされる甲高い音がカスミの耳を劈き、思わずビクッと体を震わせた。そして、先程までカスミの身を襲っていた突風がピタリと止む。恐る恐る薄目を開けると目の前には驚きの光景が広がっていた。
ヤジマが”エアポケット”の双剣を素手で受け止めていたのだ。さらには、”エアポケット”の周りをタマキ、ヘル、ハセベが取り囲み、”エアポケット”の動きを封じている。
「おまえ……」
カスミは呆然と呟いた。ヤジマがカスミの方を振り返り、フッと笑う。
「すまん、黙って見てられなかった……」
「自分の立場のことも考えろよな! GMがこの場に出てきたらまずいだろ!」
「それは一応考えたんだけどね……。でも俺はGMとしてニューズ・オンラインの秩序を守る以前に、一人の人間として仲間のことを守りたい」
「ほんっっっっとにバカ!」
叫びながらも自然と大粒の涙が流れ、カスミは涙を隠すようにして俯いた。




