第3部 49話 ゲームマスターとふたり
◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場◆
「あの”エアポケット”と呼ばれているアバターが、カスミのアバター!?」
ヤジマは耳を疑った。カンナバルはヒイロと壮絶な戦いを繰り広げている”シキゾフレニア”のアバターがカスミであると言った。確かに言われてみれば背格好はカスミに似ている。しかし、装備が華やかであり、髪色も異なるため別人のようにも見える。
カンナバルがヤジマの言葉に頷く。
「そうです。正確には1か月前に凍結されてしまったアバターです。GMになったばかりのヤジマさんが知らないのは当然ですが、”エアポケット”の名を知らない者はこのニューズ・オンラインにはほとんどいません。それだけ”エアポケット”の二つ名は知れ渡っていました」
「じゃあ、あのアバターはカスミが動かしていると?」
「いえ、確証はありません。その真相はカスミさんに聞いてみるしかないでしょう。しかし……現状、カスミさんが見当たりません」
カンナバルが周囲を見渡し、不安げに呟いた。ヤジマにはカンナバルの気持ちが痛いほどわかった。カスミは先程まで運営ブースにいたにもかかわらず、忽然と姿を消した。それは偶然なのか、はたまた必然なのか。もし必然だとするならば、どうしてもネガティブな思考に陥ってしまう。
――裏切り
ヤジマはブンブンと頭を振って悪い考えを振り払おうとする。カスミはヤジマがGMに就任してから今までの間、苦楽を共にした間柄であり、腹を割って話せる仲であると自負している。カスミの性格もよくわかっているつもりだった。曲がったことが大嫌いであり、表裏のない性格。何より、先程見たカスミの緋龍の翼を心配する切実な表情は、嘘偽りのないものであった。そんなカスミが裏切りなど、笑えない冗談である。
その時、闘技場の方から突如として突風が吹きつけた。そして観客席から一際大きな歓声が沸き起こる。ヤジマが闘技場を覗くと、その光景に戦慄した。
ヒイロが暴風の球体に囚われ、身動きが取れなくなっていたのだ。”エアポケット”が攻撃の準備に入り、ヒイロは絶体絶命のピンチを迎えていた。
――万事休すか
そう思った次の瞬間、闘技場の端に人影が現れる。ヤジマはその姿を見て目を丸くし、思わず叫んだ。
「カスミ!?」
そこには苦悶の表情で疾走するカスミの姿があった。
◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場 3分前◆
カスミは運営ブースを離れ、闘技場に向かって観客席の内階段を駆け下りていた。ただ走っているだけなのに狩りをしている時よりも心臓の動悸が激しい。心臓が波打つたびに、脈が耳元でドクドクと大きな音をたてる。酸素を思うように体に取り込めず、足が縺れてしまいそうになる。
先ほど”シキゾフレニア”側のプレイヤーがフードの中からチラッと覗かせたアバターの外見。あれは凍結されたはずのカスミのアバターにそっくりだった。そのアバターが”シキゾフレニア”側のプレイヤーとしてギルド戦争に出場し、ヒイロと戦おうとしている。
最早、訳がわからなかった。カスミのアバターは1か月前に突如として凍結されたはずだ。こんなところに、しかも”シキゾフレニア”のプレイヤーとして現れるはずがない。カスミの見間違いに決まっている。そう思い込もうとするも、僅かな可能性を捨てきれない。闘技場にいるアバターは自らのアバターではない――その確証を得るために、カスミは闘技場へと急ぐ。
階段を下りきり、薄暗がりの通路を白く光が差し込む出口へと進む。徐々に大きくなる剣戟音が既に試合が開始されていることを教えてくれた。出口を抜けると視界が開け、闘技場の全貌が露になる。
そこにはカスミの凍結されたはずのアバター”エアポケット”が1か月前と変わらぬ姿でヒイロとの鍔迫り合いを演じていた。
カスミは愕然とした。1か月前、それまで一身に受けていた名声を一度は諦め、凍結されたアバターへの口惜しさに区切りをつけた。しかし今、そのアバターの姿を見て、1か月前に感じた運営側への憎悪、自らの存在意義を奪われた悲しみ、理不尽さへ太刀打ちできなかった悔しさ――そういった負の感情が蘇り、カスミの胸の内を強烈に焼きつくす。ごちゃごちゃとした感情が溢れ、その感情が涙となってカスミの頬を伝って流れた。
「どう、して……?」
カスミはカラカラになった喉から声を絞り出すようにして呟いた。カスミはここにいるのだ。それなのに何故”エアポケット”は動いているのか? カスミの代わりに誰が操作しているのか? 頭がおかしくなりそうだった。
そんな中、”エアポケット”はヒイロに猛攻を仕掛けている。一瞬でヒイロの死角に移動し、スキル”暴波気流”を発動。圧縮空気の塊が高速で射出され、ヒイロを面で押しつぶそうとする。ヒイロはその塊を大剣で受け止め、何とか耐えているという一方的な展開だ。皮肉なことに”エアポケット”のプレイスタイルまで、カスミが操作していた頃と似つかわしい。
確かに”エアポケット”は強力なアバターだ。その実力はニューズ・オンラインでも指折りだと自負している。しかし、相手はトップギルドである緋龍の翼、ギルドマスターのヒイロだ。あのヒイロが簡単にやられるはずがない。それにもかかわらず、今日のヒイロは防戦一方の状態である。その動きにはキレがなく、どこか迷いを感じる。
「まさか――」
”エアポケット”はどこからどう見てもカスミである。それは長年苦楽を共にしたヒイロも認識しているはずだ。だとすると、ヒイロはカスミが緋龍の翼を裏切ったと勘違いしているのではないだろうか?
そう考えると、カスミは胸が締め付けられる思いだった。自らのアバターが奪われ、さらにはその奪われたアバターのせいでヒイロを傷つけてしまう。発狂しそうだった。
その間にもヒイロは、”エアポケット”のスキル”暴風牢獄”によって渦巻く風の檻に閉じ込められ、身動きが取れなくなってしまっていた。”エアポケット”は逆手で短剣を握り、両手を広げた状態のまま、フワリと浮かび上がる。その高度を徐々に上げていき、2メートル程度のところまで上昇した。
”エアポケット”のオリジナル技”蒼弾”――スキル”暴波気流”を”エアポケット”の推進力に変換し、自らの身体を弾丸のように打ち出して全てを貫く――”エアポケット”の決め技の前兆だった。今”エアポケット”の背後では、周囲の大気をかき集め、膨大な圧縮空気が紡がれている。
――まずい
自然と体が動き、咄嗟にカスミは駆け出した。そして、気づくと闘技場の舞台に上がっていた。




