第3部 47話 ゲームマスターと確かな気持ち
◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場◆
ヒイロは飛び交う罵詈雑言の中、ざわつく心を押さえつけるのに必死になっていた。
会場の空気は緋龍の翼に対して完全にアウェーであり、居心地が良いとは言えない。さらに、第2戦目のシーツー市街地集団戦で信頼している仲間に裏切られたことは、ヒイロへ予想外のショックを与えていた。緋龍の翼の中に内通者がいることは覚悟していたことではあったものの、まさか緋龍の翼の中核を担う四翼のターミリアがかの者であったなどとは考えもしなかった。
そして、ヒイロへ追い打ちをかけるようにして、アンデルが緋龍の翼やシーツーの運営方法を痛烈に批判した。もはやヒイロは動揺を隠しきれずにいた。今までプレイヤー達のことを十分に考えながら、緋龍の翼や、シーツーを運営してきたつもりだった。それにもかかわらず、やり方は違えど「全てのプレイヤーが心置きなくゲームを楽しめる環境を整えたい」という同じ志を持つアンデルの言葉の方が多くの支持を得ているという現状。この事実は、ヒイロにとって無視できないものだった。
――自分には慢心がなかったのか?
――自分はギルドの頂点で胡坐をかいて独りよがりしていただけなのか?
そんな想いが脳裏をよぎる。
ヒイロの胸中はベストコンディションとは程遠い。しかしすぐに、このギルド戦争の勝敗を決する3戦目が始まる。
ヒイロは高鳴る心臓の鼓動を押さえつけるようにして、ぎゅっと胸に手を添えた。
3戦目はヒイロの出番である。ヒイロ次第でシーツーの行方が決まるかと思うと、どうにか心を落ち着かせようと必死になるしかなかった。
目の前のシーツーの大穴の上には、早くも闘技場の盤面が現れ、蓋がされようとしている。そして、会場に3戦目を予告するアナウンスが流れる。
「次は闘技場にてギルド戦争第3戦目、”決闘”を行います! この勝負の勝者によってギルド戦争の勝敗が決します! それではルール説明を行います!」
――――――――――――――――
【決闘のルール説明】
緋龍の翼、シキゾフレニアのギルドメンバーからそれぞれ一名を選出し、一対一の一本勝負を行う。
<決闘の勝敗判定基準>
一方のプレイヤーが勝敗判定基準に当てはまった時点で相手側の勝利を決定する
① 闘技場の外に出た場合
② ギブアップした場合
③ HPステータスが0になった場合
●試合時間は最大10分。決着がつかなかった場合はドロー。
●GMが試合の続行が不可能と判断した場合、その時点で試合終了とする
●武器、スキルの使用無制限
●アイテムの使用不可
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ヒイロは、”決闘”という単語が何とも皮肉めいた響きだと思い、歯を食いしばった。決闘は元来、挑戦者が名誉回復のために挑戦相手に申し込んだものだという。今のこの状況を顧みると、ヒイロが汚名返上する側の”挑戦者”という立場となる。まさか自分がこんな立場に立たされるなど思ってもみなかった。
「それでは選手、入場です!」
運営からヒイロの入場を促すアナウンスがかかる。促されるままにヒイロは闘技場の端に足を掛ける。しかし、一歩が踏み出せない。ヒイロはそのまま足元に視線を落とした。
気持ちの整理がつかず、靄がかかった心は一向に晴れる気配はなかった。頭の中が混乱する。この勝負、後がない。皆で作り上げたシーツーをどこの馬の骨ともわからない輩に明け渡すわけには断じてならない――
――否。皆、”シキゾフレニア”の勝利を望むならその通りにした方がいいのではないか? ターミリアもそう思ったからヒイロを見限ったのだろう。これまでのヒイロのやり方は独りよがりに過ぎなかったのでは。そうだ、そうに違いない――
「「ヒイロ!!」」
突然の大きな呼び声に、ヒイロは現実に引き戻される。そして、ハッとして背後を振り向いた。
そこには、ニャンダ、ノワード、そして緋龍の翼のギルドメンバーが集結し、それぞれが大きな声を張り上げている。
『ヒイロなら絶対に勝てる!!』
『ヒイロさん、がんばってください!!』
『緋龍の翼、万歳!!』
ギルドメンバーたちの目は必死そのものだった。観客席から聞こえる雑音など気にする素振りも見せない。彼らは心の底からヒイロの勝利を願っているのだ。
ヒイロはフッと笑みをこぼした。そうだった。ここにはヒイロのことを信じてついてきてくれる仲間がいる。今信じられる確かな気持ちは、彼らを大切に思う気持ちだ。彼らはヒイロが勝つことを望んでいる。それならば、ヒイロには勝つ選択肢以外は存在しない。
ヒイロは彼らの顔を見渡し、深く頷いた。そして踵を返し、闘技場へ大きな一歩を踏み出した。そして顔を上げたその時、盤上に姿を現した対戦者が初めて目に入った。
その対戦者は他のゾンビたちと同様にグレーのフード付きマントをすっぽりと被り、その容姿を拝むことはできない。しかし、かなり小柄であった。それこそ少女くらいの背丈と細さである。
その時、一陣の風がヒイロと対戦者の佇む盤上を駆け抜けた。そして、対戦者の足元で小さな旋風が巻き起こり、マントとフードをめくり上げる。はためく布地の合間から対戦者の姿が露わになった。
「な――」
対戦者の容姿を見たヒイロは唖然とした。見間違いではない。ヒイロの目にははっきりとその姿形が映し出されている。緋龍の翼の面々も同様に、その姿に釘付けになり言葉を失っていた。
ヒイロはその時思った。”シキゾフレニア”は一体何者なのだと。




