第3部 44話 ゲームマスターと幕切れ
◆ニューズ・オンライン シーツー6合目 商店街エリア◆
シーツー6合目、東西を渡す鉄橋の中心部では、薄ピンク色の桜吹雪が辺り一面に舞っていた。階下の5合目の北側には相変わらず暗黒の大穴が全てを飲み込まんと、その口を開け続けている。
桜吹雪の真っ只中で、ターミリアはカイザーの薙刀に胸を一突きにされ、刃が背中の方へと貫通していた。ターミリアのHPステータスはこの一撃だけで根こそぎ削られてしまった。後一撃でも掠れば、HPステータスは尽きるだろう。
ターミリアはカイザーを次の攻撃へと移らせないように、ギュッと薙刀の刃を掴む。そして、息も絶え絶えに口角を上げて見せた。
「カイザー、ごめんなさいね。やっぱり、まだ諦めるわけにはいかないの」
ターミリアは薙刀に貫かれた状態のまま、魔法スキル”棘縛”を自らに対して発動。ターミリアが腰掛けている箒からターミリアの体へと、イバラの侵食が始まる。
「チッ――」
その様子を見たカイザーは薙刀の柄から手を放そうとする。しかし、その時、舞っていた花びらがカイザーの行く手を阻むようにして周囲を取り囲む。魔法スキル”花壇幕”の効果により、舞っていた花びらが収束し、ピンク色のカーテンを形成した。
「な――」
行く手を阻まれたカイザーの体をイバラの群生が飲み込み、二人の体には痛々しくイバラの棘が食い込む。体の自由を奪われた二人は、箒によって支えられ、宙に浮いた状態で辛うじて留まった。しかし、箒の推進力の惰性で”暗黒虚孔”へ徐々に近づいていく。
薙刀に貫かれ、棘が全身に突き刺さった満身創痍のターミリアの様子を見たカイザーはため息をつく。
「ターミリアがここまでやるのですから、何かしら理由があるのでしょう……。異変に気付けなかった、いや、気付いたにもかかわらず何もしなかった私の不覚です、阿呆が」
その言葉を聞いたターミリアは驚愕し、視線を上げてカイザーの顔を見据える。驚いたことにカイザーの眼差しからは敵意など微塵も感じなかった。
ターミリアはカイザーを裏切ったのだ。緋龍の翼を裏切ったのだ。もう後戻りなどできない。やっと決心できたのだ。それにもかかわらず、カイザーの目はターミリアをいつも通りに捉え、ターミリアの心を動揺させる。
ターミリアは少し俯き、三角帽子の淵でカイザーの表情が見えないように視線を遮った。
「……憎たらしいわね」
ターミリアの呟きを最後に、二人は”暗黒虚孔”に飲み込まれた。
※
ゴエモンは予想外の幕切れに息を飲んだ。
ターミリアとカイザーの二人が”暗黒虚孔”に飲み込まれた後すぐに、”暗黒虚孔”は中心部分に収束し、その穴を閉じた。
二人が消えた今、シーツーに残るのはただ一人、”シキゾフレニア”のアンデルである。アンデルは、5合目の鉄橋上で背後で手を組みながら、二人が吸い込まれる様子を見届けていた。まるで、花見でもしているかのようにその様子を楽しんでいるように見えた。そして、今の状況を顧みると、シーツー市街地集団戦は”シキゾフレニア”の勝利ということになる。
「し、少々お待ちください! 勝敗を運営側で協議いたします!」
ゴエモンの上空からヘルの戸惑うようなアナウンスが聞こえてくる。観客席からもザワザワとした声が広がり、どう反応していいのか様子を伺っているような印象だ。
そんなどっちつかずの反応になってしまうのも無理はないと思った。”シキゾフレニア”はターミリアの裏切りによって、10対10のプレイヤー数で挑むべき勝負を、11対9で戦ったことになる。汚い手を使って勝利しようとした”シキゾフレニア”に対して、ゴエモンだけでなく、運営側、そして観客も戸惑っているのだ。
しばらくすると、ヘルの続報が届く。
「ターミリア選手が”シキゾフレニア”側として行動していた件につきまして、運営側で協議いたしました。ギルド戦争のルール上、ターミリア選手の行動は問題がないことが確認できました。このため、ギルド戦争第二戦目、シーツー市街地集団戦の勝者は”シキゾフレニア”です!」
ヘルの決着を告げるアナウンスを聞いた観客たちは騒ぎ出す。
『ルール上問題なし!? ありえんだろ!』
『相手のパーティーに仲間忍び込ませるとか、やることエグ過ぎなんだけど』
『こんな決着の仕方を許してしまうなんて、運営さん大丈夫?』
ゴエモンとしても観客の怒りは尤もだと思った。そして、ヤジマたち運営側が下した判断も正しいと思う。ターミリアはシーツー市街地集団戦の間、あくまで”緋龍の翼”の一員として振る舞っていたのだ。その中で仲間に対して攻撃を加えた。しかし、カイザーもターミリアへ攻撃を加えたし、アンデルに至っては、味方であるゾンビをことごとく消し去った。
これらの状況を踏まえると両陣営がやったことには、さほど変わりはない。後は、プレイヤーの心の持ちようであり、そんなものをルールで縛ることなど出来るはずもない。おそらく、”シキゾフレニア”としても運営側が問題ないという判断を下すことを見越して行動に移しているはずだ。
観客席から不満の声が噴出する中、ゴエモンは眼下に佇むアンデルを見つめていた。
このシーツー市街地集団戦は、「シーツー市街地で繰り広げられた迫力満点の戦闘」「アンデルの道連れ戦法」「ターミリアの裏切りというハプニング」「四翼同士の戦い」といった見どころ満点のイベントとなった。このため、ゴエモンの動画制作欲は最早限界を振り切っており、今すぐにでもログアウトして動画を制作したいくらいだった。
しかし、ゴエモン、そして誰もが疑問に思っていることが残っている。
――”シキゾフレニア”とは一体何者なのか?
ゴエモンの好奇心が自然と体を動かし始める。軽い身のこなしで6合目の鉄橋から飛び降り、アンデルのいる5合目の鉄橋に飛び乗った。




