第1部 7話 ゲームマスターとクソゲー
2021/05/17 改稿
◆ニューズ・オンライン ギニーデン南部 ダンジョン最奥◆
「すごい……レベルが2も上がった! ボスクラスの討伐って、通常は十人程度のパーティーで、前衛、後衛と完全な討伐体制を整えて挑むものだから、二人で討伐したら経験値もその分増えるんだよね~」
カスミは下品な笑みを浮かべながら嬉しそうに言った。
「通常十人を二人では無謀でしょ!? 先に言ってくれよ!」
「ドロップアイテムも二人で山分けとかおいしすぎ! 少人数パーティーさまさまですわ~」
カスミは耳に手を当て聞こえていないアピールをしながら言葉を続ける。
「それにしても、さっきのスキルは何よ? ゴーレムの固い体が弾け飛んだんですけど?」
カスミが肘でヤジマの脇腹をつつく。これも”VIT”などと同じく攻撃力である”STR”を更新した影響だろうということは、今までの経緯から容易に想像できた。まさかGM権限で”STR”を更新したなんて言えないため、ヤジマはスキル名を考える。
「……”グーパン”かな!」
「しょぼい名前! その割りに強力すぎなんですけど! どうやって手に入れたの?」
「常日頃の努力、かな」
「ふーん、怪しい……」
カスミは視線を明後日の方向に向けるヤジマの顔を覗き込む。
「さっきから思ってたんだけど、ヤジマって強いのにニューズ・オンラインに関する知識があまりにも乏しいんだよね……」
ヤジマはドキッとし、必死に冷静を装おうとするが、カスミの視線に耐えきれず目が泳いでしまう。
「さては……RMTして買ったアバターでしょ!?」
「そ、そう! そうなの!」
RMTというのは詐欺被害などで社会問題となったことからヤジマでも知っていた。ニューズ・オンラインに限らず、オンラインゲーム全般の話で、ゲーム内の装備やアカウントなどを現実の通貨で取引することだ。カスミはヤジマが第三者が育てたアバターを購入し、使っていると推測したのだ。
「私はRMTしてアバターを買う人の気持ちがわからないけど、アンチじゃないから安心して!」
「そ、そっか、よかった!」
ヤジマの適当な受け答えにもかかわらず、カスミはそれ以上追及はしないようだった。討伐で得た利益がよほどのものだったのだろう。ヤジマのレベルも1から5に上がったものの、ステータスの上昇などは発生しないため、カスミのようなうれしさはなかった。
しかし、カスミが喜んでくれたことについては純粋にうれしかった。現実であろうとVR空間であろうと、人の役に立つことはうれしいことに変わりはないのだと悟った。
また、プレイヤーのダンジョン攻略を体験できたことは大きな収穫だった。モンスター討伐の主な流れや、ゲームの仕様上の問題まで把握でき、実習としては成功と言っていいだろう。
カスミが意気揚々とギニーデンへの帰還を宣言する。
「さあ! 街へ戻ろうか!」
「……どうやって戻るの?」
「歩いて戻るに決まってるでしょ!?」
ヤジマはカスミを二度見してしまった。
「え!? いま来た道を戻るの!?」
「そう! 普通のゲームだとボス倒した後にダンジョンの外に転送なんて仕組みがあるんだけど、そういう便利な機能はなし! 足で距離を稼ぐのみ!」
「クソゲーだろ……」
ヤジマは無意識的にクソゲーという言葉を発していた。
人生で一度も使ったことがない言葉だったが、ニューズ・オンラインに相応しい表現だと思った。ゲームの仕様上の問題が散見され、グラフィックも最悪、GMの対応も悪い。ヤジマは誰がニューズ・オンラインをプレイしたくなるのか聞きたくなるくらい酷い出来だと感じていた。
やはり、ニューズ・オンラインには生き残る道がないように思えてならない。GMとしてサービス終了まで後二か月間を適当にやり過ごすという計画が現実味を帯びる。ヤジマは、この時初めてニューズ・オンラインをクソゲーであると認識したのだった。
※
ダンジョンの外に出ると既に夜が明けて朝日が昇っていた。行きと異なるのは、一面に広がる雪原。草木には真っ白な雪が覆いかぶさり、今もなお大粒の雪が降り注いでいる。
その光景を目撃したカスミの表情が一転して曇った。
「あり得ない……」
カスミが憎悪の表情でつぶやく。ヤジマはカスミの急な表情の変化に驚いた。
「どうした?」
「こんな時期に雪なんて降るわけないのに……! 街に早く帰ろう! 多分街中が騒ぎになってるはず……」
カスミはヤジマの手を引っ張り、足早にギニーデンへの帰路についた。