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第3部 40話 ゲームマスターと花と散る

◆ニューズ・オンライン シーツー5合目 商店街エリア◆



 ターミリアが、跳躍を繰り返すカイザー目掛けて”杭の森(くいのもり)”を連発。カイザーと杭が追いかけっこする様相となり、シーツーは徐々に杭に覆われ「杭の森(くいのもり)」と化していく。


 息つく暇もない展開に、ゴエモンは目を見張るばかりだった。


 まさかの緋龍の翼の四翼同士の対戦となった。しかし、シーツーという立体的な空間では、竹箒で立体移動が可能なターミリアが圧倒的に有利と言わざる負えない。カイザーとしては近距離での戦いに持ち込みたいものの、飛翔するターミリアへは近づけないでいる。先ほどから続くカイザーの背水の陣は好転していないように思えた。


 カイザーは6合目の西側まで登ってくると、東西を渡す鉄橋へと駆け込み、真っ直ぐにゴエモンのいる橋の中ほどへと向かってくる。ゴエモンはゾンビに襲われた時のように戦闘に巻き込まれるのではと心臓がドクドクと脈打った。


 しかし、ゴエモンの予想は杞憂に終わり、カイザーは橋の中ほどに到達する前に、ターミリアへ向かってスキル”嵐鬼弩手(ランギヌス)”を発動。スキル発動を視認したターミリアは竹箒を自在に操り、難なく槍の投擲(とうてき)を空中回避する。


 難なく槍を避けたターミリアであったが、槍がターミリアの脇を通過するとその表情は一変する。その槍は先ほどカイザーを窮地から救った、ロープ付きの(もり)であった。(もり)の先端が6合目の東側にあるユニットに深々と刺さり、ロープが巻き取られ、柄を握るカイザーの体が橋から空中へと放り出される。


「な――!?」


 カイザーの思わぬ行動を目の当たりにしたターミリアが目を見開いた。カイザーは空中で(もり)から薙刀(なぎなた)に換装。突きの構えで、ロープの引力による惰性を使ってターミリアとの距離を詰める。


 すかさずターミリアは竹箒の柄先を上方へ向けて回避しようとしたところで、ターミリアの表情が曇った。カイザーの体が描く放物線上の先には、アンデルがいるのだ。ここでターミリアが回避してしまうと、カイザーの持つ薙刀(なぎなた)の刃はアンデルの元へと届いてしまう。


 アンデルは”暗黒虚孔(ブラックホール)”を発動している影響からか、その場から身動きが取れないようであった。


「クッ――」


 ターミリアは舌打ちをし、魔法スキル”花壇幕(はなだんまく)”を発動。ターミリアの前方に桜の花が満開に咲き誇り、ピンク色のカーテンがカイザーの前に立ちはだかる。そのカーテンへカイザーの強烈な突きが激突。発生した衝撃波でカーテンを形成していた花が四方に飛散し、桜吹雪と化す。視界を遮るほどの花びらが舞い散るも、カイザーの薙刀の穂先はターミリアの姿を捉えて離さない。


「これでおしまいです、阿呆が」

「フフッ、裏切っておいて返り討ちに合うのは情けないわね」


 どこか観念したようにターミリアが優し気な微笑を浮かべて(つぶや)いた。カイザーはその笑顔を見て一瞬手が止まったものの、握る薙刀(なぎなた)の穂先をターミリアへと突き動かした。





――一体いつからだろうか、ニューズ・オンラインが楽しくなくなってしまったのは。


 ターミリアはカイザーに薙刀(なぎなた)の穂先を突きつけられながら漠然と考えた。


 裏切ったことに関して、カイザーを含む緋龍の翼のギルドメンバーには申し訳ないとは思った。しかし、それ以上に強力な何かが自分を突き動かし、それを止めることは最後まで叶わなかった。


 ターミリアは漠然と強力な何かの正体を理解していた。そして、それがいつから始まったのかも理解していた。


 目を(つむ)ると(まぶた)の裏に暗がりが広がる。そこには墓石のように(たたず)む一枚のコンクリートの塊が見えた。コンクリートの表面には等間隔に並ぶ窓があり、窓同士の間隔は極端に狭い。見覚えのある無機質な外観の建物。それは、現実のターミリアの住まいであった。


 部屋は、都会ならではの閉塞感のあるワンルーム。飾り気のない部屋の中は、白い壁紙をLEDの白色球が照らす。部屋の窓から外を眺めると、となりのビルのひんやりとしたコンクリートの壁により視界が遮られ、眺めているだけで心が熱を失っていく。


 そんな温もりの欠片もないワンルームにターミリアは引きこもっていた。


 人付き合いが苦手だった。人と話すと、不快な思いをさせるのが怖く、人の顔色ばかり伺ってしまう。


――こんなこと言ったら失礼だろうか?

――こういったほうが嬉しいんじゃないか?


 そんなことばかり考えているとたちまち声が出なくなってしまうのだ。


 人は何も言わないターミリアを不審な目で見つめ、その視線に耐えられずに目を伏せる。ターミリアが覚えているのはいつも、人の顔ではなく、無機質な地面のザラつきだった。


 ターミリアの目に映る世界は、いつも色を失ったモノトーンの世界だった。


 そんな時出会ったのが、ニューズ・オンラインだった。そこには目がチカチカするほどに色付けされた世界が広がっていた。現実では見たこともないような色とりどりの花々が、ターミリアを優しく囲んでくれる居心地の良い場所。ターミリアはニューズ・オンラインに夢中になった。


 緋龍の翼の門を叩いたのは、人付き合いが苦手なターミリアとしてはかなり勇気のいる選択だった。しかし、シーツーの立地は花を収集するためには最高のロケーションであったし、何より現実では成し遂げられなかった人付き合いに興味があった。


 現実では出来なかったけど、ゲームの中であれば人付き合いがうまくできるのでは――そんな淡い期待がターミリアを緋龍の翼に加入することを促した。


 しかし、やはりと言えばいいのか、ターミリアはギルドになじめなかった。ギルドメンバーの性格は十人十色。花のように色とりどりであった。ターミリアは、そんなメンバーそれぞれに合わせるようにして、土足で踏み荒らさないように慎重に言葉を選んで話す。


 ここでは失敗できない。失敗したくない。そんな思いがプレッシャーとなり、ターミリアの両肩に重くのしかかった。


 そんなターミリアの違和感を感じ取ってか、メンバーたちは次々とターミリアの元を離れていく。


 眩暈(めまい)がした。


――色付く世界を求めていたはずなのに、何故私は適応できないのだろうか。

――花のように、こちらを優しく見つめてくれるだけならいいのに。


 そんな想いが胸中に渦巻く中、”あの女”が現れた。


 人の心を土足で踏みつけてくるくせに、ヒイロからも気に入られ、ギルドメンバーの人望を一身に集めた”あの女”。トッププレイヤーとしてニューズ・オンライン中の羨望を集め、四翼という肩書までも、全てをかっさらっていった。


 悔しかった。


 ターミリアは、カスミと自らを比較するのが苦しかった。

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