第3部 39話 ゲームマスターと嫌われ役
◆ニューズ・オンライン シーツー5合目 商店街エリア◆
カイザーが”暗黒虚孔”に吸い寄せられている最中に、全身に巻きついていた棘がボロボロと崩れていった。
カイザーは手を握って、自身の体の状態を確認する。動きを封じていたデバフが解けたようだ。
しかし、背後に迫るのは大きな口を開けてカイザーを飲み込まんとする大穴。最早、カイザーが吸い込まれることは決定事項だと言わんばかりである。
絶体絶命のピンチに、カイザーの目の前の景色がゆっくりと流れ始める。地震でも起きているかのように揺れ動くシーツーの街並みも、この時ばかりは揺れが収まっているかのように見えた。VRゲームで走馬灯を目撃するなど、なんともおかしな話である。
こんな状況にもかかわらず、頭はいつになく冷静だった。
このまま大人しく吸い込まれてしまおうか?
一瞬、そんな考えが脳裏によぎった。
『裏切られることなど想定外』
『自爆でやられたならしょうがない』
この勝負に敗北したとしても言い訳などいくらでも思いつく。そして、カイザーに対して同情を向けるギルドメンバーの姿が目に浮かんだ。カイザーは観念したように目を伏せる。
『カイザーさっさと死んじまえ!』
その時ふと、心ない言葉が耳に飛び込んできた。驚いて目を見開く。おそらくシーツーの住人だろう。裁定者として振舞うカイザーを嫌う住人は多い。住人たちの日頃の溜飲を下げるためにも一度やられてみるのもいいかもしれない。カイザーは自嘲するように口元を引き上げた。
カイザーがシーツーの裁定者となったのは一年半ほど前のことであった。当初は少人数で和気あいあいと街づくりに励んでいたものの、5人、10人、50人と大所帯になってきており住人間のトラブルが絶えなくなっていた。
それもそのはず、シーツーのルールは住人各々の多様な価値観任せになっていたのだ。人が増えればその価値観の種類も増えるのが道理。トラブルが起こるのも当たり前だった。
その時の緋龍の翼の結論はこうだ。
『シーツーには住人の共通認識が必要であり、そのルールを元に取り締まりを行う者が必要』
取り締まりとは言ってしまえば小姑のようにガミガミと住人達に指導をする嫌われ役である。
やりたい者などいるわけがない。そんな状況を顧みて真っ先に手を上げたのがヒイロだった。誰もが伏し目がちに様子見している中での男気ある行動。ヒイロらしかった。
しかし、ヒイロは緋龍の翼の顔である。ヒイロが嫌われる=緋龍の翼が嫌われることと同義である。ヒイロがその役目を担うわけにはいかない。そう思ったカイザーは手を上げた。我が子のように思っているシーツーのためであれば嫌われ役に徹しようと覚悟を決めたのだった。
裁定者はルールに厳しくなければならない。そして、誰にも平等でなければならない。
このため、カイザーはそれ以来住人たちから距離を取るようになった。
言葉尻を強めてとっつきにくい人物を演出した。
無表情を心がけ、畏怖される存在であろうとした。
残酷なまでにルールに則り行動し、住人に対して容赦はしなかった。
そうやって愚直に嫌われ役に徹してきたのだ。
シーツーはカイザーのすべてだった。自らが嫌われてでも守りたいものなのだ。
そんな我が子同然のシーツーをどこの馬の骨とも知れない者の手に託すことができようか? カイザーにとってそれは看過できないことである。
――シーツーを明け渡すくらいなら死んだほうがマシだ
そう思い直すと、一度抜けかかった全身の力が、息を吹き返したように戻ってくる。
槍を握り直し、空中で体幹を使って体勢を立て直す。そして、槍を右の肩に構えた。
※
ゴエモンは目を覆ってしまいたい気分だった。
カイザーが”暗黒虚孔”に吸い込まれてしまえば、シーツーに残るのはターミリアとアンデルのみ。その後にターミリアがギブアップしてしまえば、そこでゲームセット。緋龍の翼がまさかの敗北を喫するという結末が見えてきた。最早、カイザーが緋龍の翼の最後の砦である。
そして、そのカイザーが今まさに大穴へと吸い込まれようとしている。そんな光景は見ていられなかった。しかし、ゴエモンが目を逸らしてしまえば、ゴエモンの目を介して観戦している観客席のプレイヤーには今の状況を伝えられない。そんな想いがゴエモンの行動を寸前のところで思いとどまらせた。
カイザーが”暗黒虚孔”に吸い込まれた――そう思った次の瞬間、カイザーが大穴に下半身だけ吸い込まれた状態で動かなくなった。
「!?」
ゴエモンがよくよく目を凝らすと、カイザーが吸い込まれる寸前のところで槍を地面に突き刺し、はためく旗のような状態で吸い込まれんと耐えているのだ。
観客席から「おおー!」という歓声が上がる。
しかし、絶体絶命のピンチであることには変わりない。一歩間違えば、カイザーの体は一瞬で飲み込まれてしまうことだろう。
その様子を眺めていたターミリアが、再度、魔法スキル”棘縛”を発動。カイザーの直下から鋭い棘の付いたイバラが出現し、地面に突き刺さる槍の穂先から柄を握るカイザーの手の方へと、イバラが徐々に侵食していく。
ターミリアのスキル発動を受けて、カイザーは左手に新たな槍を装備。槍の穂先はドリルのように円錐状に尖っており、釣り針のような”かえし”が付いている。カイザーはその槍を左肩に構え、スキル”嵐鬼弩手”を発動。その槍先はターミリアへ向かうのかと思いきや、明後日の方向、50メートル程度離れた崖沿いにあるユニットに着弾した。
着弾した槍の石突にはロープが連結されており、カイザーが握る柄の部分とロープで接続されていた。まるで捕鯨に使用される銛のようであった。
カイザーは地面を突き刺していた純白の長槍を手離し、”棘縛”の脅威から逃れる。そして、それと同時に銛のリールがキュルキュルと音を立てて回り始め、高速でロープを巻き取っていく。ロープにテンションがかかり、カイザーの体が銛の着弾地点へと引き寄せられ始めた。
すかさずターミリアが詠唱を開始。カイザーが銛の着弾地点へ到達すると同時に、ターミリアの魔法スキル、蔓切の舞が発動。
カイザーを取り囲むようにして地面から、幾本もの蔓が蛇腹剣のようにしなりながらカイザーを切り刻まんと襲う。
カイザーは瞬時に槍を換装。薙刀のような片刃長刃の槍がカイザーの手元に現れる。迫る蔓群に対して、まるで草刈りでもするかの如く槍を蔓の根本に一閃。膂力を以て蔓を根こそぎ刈り取らん勢いで押し込んでいく。
「うおおおおおおおお!!」
気合の叫びと共に、蔓群を全て切断。そして、ターミリアが新たな魔法スキル”杭の森”を発動すると同時にカイザーがその場から跳躍する。カイザーが直前までいた空間の直下から丸太のような太い根が無数の杭となって発現。誰もいなくなった空間を串刺しにする。カイザーはそのまま6合目の西へとユニットの屋根伝いに、跳躍を繰り返しながら登っていく。
ターミリアは5合目の鉄橋上でアンデルを下ろし、竹箒を方向転換。カイザーの後を追うようにして追撃の態勢を取った。




