第3部 36話 ゲームマスターとシーツー市街地集団戦2
◆ニューズ・オンライン シーツー5合目 商店街エリア◆
ゴエモンの眼下で開始された”シーツー市街地集団戦”は、各陣営が味方へバフを付与するところから始まった。
どんなタイプのバフを付与するのかは、各々のパーティーの戦略によって変わってくる。
まず、緋龍の翼、ターミリアがスキル「足彩」を発動。ターミリアの体が足元に広がる魔法陣によって青く照らされる。次の瞬間には魔法陣が拡散し、味方それぞれの体を覆うようにして青い花びらが舞い散る。
「足彩」は、パーティー全員のAGIを3分間30%上昇させるという、ステータス上昇率の高い魔法スキルである。AGIを高めたということは機動力勝負に出るということだ。その証拠にバフ付与後すぐに、メンバーは3つのグループに分かれて散開した。
1つめは回廊を6合目の方へと昇って行き、2つめは逆に回廊を下ってシキゾフレニアのいる5合目の北へと下っていく。おそらく、上下から挟み撃ちに出る作戦であろう。
最後、カイザーのいる3つめのグループは、鉄橋を渡ってシキゾフレニアと正面衝突するような格好だ。
よくよく見ると、いずれのグループも剣士やアサシンなど、AGIが高いメンバーで構成され、AGIの低いアバターはいないように見える。AGIが低いだろうと予想される魔術師ターミリアだけはスタート地点に取り残されている形となった。
そして、対するシキゾフレニアの行動にゴエモンは目を見張る。
「こりゃあ、恐ろしいスキルを使ってきたっすね……」
半ば呆れたように呟いてしまった。
アンデルは、スキル「悪魔の抱擁」を発動。アンデルの体から大量の漆黒の霧が湯気のように噴出した。その霧は命が吹き込まれたかのように、幾本もの触手を形成し、それぞれが直立不動の味方ゾンビ集団へ襲い掛かった。
触手がゾンビたちに巻きつくと、ゾンビの肌がグレーに変色。目が赤く血走った後、触手は霧散した。まるで悪魔にでも捕食されているかのような強烈なシーン。ゾンビたちは見た目までもがまさに、”ゾンビ”のような姿となった。
「悪魔の抱擁」は、STR、VITを共に50%上昇させるというとんでもない魔法スキルだ。しかし、その代償として1分間につきHPステータスを5%消費してしまう。そしてHPステータスの消費は、HPがゼロになるまで終わらない。まさにドーピングのようなスキルであり、力勝負の短期決戦に打って出た形だ。
シキゾフレニアは緋龍の翼の動きに合わせて、3つのグループに分かれて迎え撃つ体制を整える。そして、その内の1つが北側から鉄橋を渡り始めた。このまま行くと両陣営が鉄橋の上で激突することになる。
鉄橋はかなり細く、すれ違うのがやっとの道幅である。そんな鉄橋上で両陣営がぶつかれば、ほぼ1対1の様相になるであろう。
タンタンタンッ――というトタン板を踏みしめるような乾いた音と共に、鉄橋上の両陣営はゴエモンのほぼ真下辺り、鉄橋の中間へと収束していく。ついに両陣営のファーストコンタクト、そう思った瞬間、シキゾフレニア側の先頭を走る剣士のアバターが上方へ跳躍した。そして、何を血迷ったのかゴエモンの方へとその剣先を構える。
10合目の観客席の方から興奮した観客の声援が、ゴエモンの背後へと押し寄せる。絵的には良い。しかし状況的にはまずい。心臓の鼓動が跳ね上がり、咄嗟に身を縮めてその切っ先を避ける。
剣士の初撃は空振りに終わったものの、剣士はゴエモンの頭上をスルーしてくれることはなく、鉄橋の手すりに着地して剣を振りかぶる。終わった――そう思った瞬間、その刃の行方は金属が打ち鳴らされる甲高い音と共に、ゴエモンの目と鼻の先で阻まれた。
「大丈夫ですか? こんなところで観戦なんて、危ない橋を渡りますねえ、阿呆が」
必殺の剣先を阻んだ槍の持ち主を見上げると、剣士とは反対側の手すり上に四翼の槍使いカイザーが佇んていた。
手に握る槍はカイザーの背丈をゆうに超えるほど長い純白の槍。穂の部分が二股に分かれた飾り気のないシンプルな一振りだった。柄の部分よりも穂の部分が太くなっていることからフォークのような印象を受ける。
カイザーは二股の穂で剣士の刃を弾き、その勢いで槍を一回転させ、剣士の脇腹を薙ぎ払う。剣士は槍先を剣で受け止め、その攻撃を受け流すように後方へと跳ねる。そして、態勢を立て直し、再度カイザーとの間合いを詰める。そして、カイザーの体を縦に一刀両断しようと斬撃を繰り出したのだった。
カイザーはその刃を涼しい顔で躱す。しかし、剣士の斬撃は終わらない。連撃による猛攻。剣戟の鋭さから、剣士も相当の実力者であることが伺える。
剣士はそんな実力者のSTR、VITを共に50%強化した、正真正銘の化け物である。そんな剣士相手に1対1の勝負を挑むのは分が悪いように思えた。しかし、そのゴエモンの予想は簡単に裏切られることになる。
剣士の剣戟はいくら繰り出されようとも空を切り、カイザーの体には傷一つ付けられない。剣士は一旦バックステップし、剣先をカイザーに向けて構える。そして、間髪入れずにスキル「風哭」を発動。鋭い風切り音と共に、剣士が構える刃に大気が収束し、剣の周囲に大気の渦を作る。
剣士は大きな一歩を踏み出し、カイザーへ渾身の突きをお見舞いする。次の瞬間、刃が纏っていた大気の渦は強烈な風切り音と共に拡散し、逃げようのない無数の刃となってカイザーを襲った。
しかし、カイザーは逃げるどころか、逆に剣士との間合いを詰め始める。カイザーの槍が円を描くように高速で回転、カイザーの正面に展開された。風の刃は甲高い音と共に盾と化した槍によって弾かれていく。そして突きを繰り出した状態から動けないでいる剣士を、下から掬うようにしてカイザーの槍が撫でる。
剣士は辛うじて剣でガード。しかし、カイザーの膂力が勝り、剣士は空中へと高く放り出された。
それと同時に、カイザーは槍を右肩に構え、投擲の態勢に入る。次の瞬間、スキル「嵐鬼弩手」を発動。先ほどまでの剣戟音が嘘のように収まり、辺りが一瞬静まり返った。カイザーの背筋が盛り上がり、槍のように細い体が大きくしなると同時に、大気が徐々に槍へ収束していく。次の瞬間、強烈な突風と共に、槍は剣士に向けて打ち出された。
まるで城壁を撃ち抜く大砲のような一撃。高速で放たれた槍は瞬く間に剣士の体を貫通し、剣士の体は空中で霧散した。
「……アーメン」
カイザーが己の胸で十字を切ってそう呟いた。この圧倒的な力が緋龍の翼、四翼の”聖槍”カイザーの実力だった。




