第3部 33話 ゲームマスターとブレイクスルー
2021/10/21 誤字修正
◆ニューズ・オンライン シーツー十合目 GMイベント会場 闘技場◆
その後のキッチンの様子は、まさに”戦場”という言葉が相応しかった。数分ごとに闘技場に轟く雷鳴と電光。キッチンの間を行き来する緋龍の翼のギルドメンバー、そして飛び交うノワードの掛け声。シベリアをいくら作ってもシベリアを求めるプレイヤーが絶え間なく訪れ、需要と供給が常に拮抗した状態。少しでも気を緩めてシベリアの生成速度を落とすと、供給が追いつかなくなる。そんな状態が30分程度続いた。
そしてついにその時が来た。
「タマキさん!」
タマキがシベリア作りに集中していると、ヤスコの叫ぶ声が聞こえて顔を上げる。ヤスコは大きな目に今にも溢れそうな涙を浮かべながら、タマキの方を注視していた。
「ヤスコさん、どうしたの?」
「シベリアを求めるプレイヤーの列が――なくなりました!」
その言葉にハッとして、タマキは辺りを見回す。先程までプレイヤーたちが列を成していたヤスコの前には、終戦後の戦場のように人影は見当たらなかった。
一方、観客席では早速シベリアを食しているプレイヤーたちの姿が目に入る。
『本当に味がするぞ!? おおおお、感動だ……!』
『シベリアうめええ! 他のものもいろいろと試食してみてえな!』
『俺、料理スキル極めるわ……。もっといろんなもの食べてみてえ!』
プレイヤーたちもシベリアの味覚に満足しているようだった。タマキは緊張の糸が切れ、キッチンに突っ伏した。
「タマキさん!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫だよお」
ヤスコの驚く声に、タマキは顔を伏せたまま力なく答えた。
このニューズ・オンラインの命運を賭けたGMイベント。失敗は一つも許されない状態の中、ブラインド・テイスティング勝負とアイテム配布を何とかやり切ることが出来た。しかし、緋龍の翼の協力がなければ、失敗に終わっていたことだろう。振り返ってみれば本当に紙一重の戦いだった。
今回のイベントを通して、タマキには一つ痛感していることがあった。それはニューズ・オンラインの中の運営側とプレイヤー側を隔てる”大きな壁”が壊れようとしているということだった。その”大きな壁”とは、”利害関係”である。
プレイヤー側はコストを払ってサービスを求める。一方、運営側はサービスを提供して利益を求める。従来よりプレイヤー側と運営側、それぞれの目的は一線を画している。それぞれの目的が異なるからこそ、運営とプレイヤーの間にはどうしても”利害関係”が発生してしまうのだ。勿論、その壁は他のゲームでも同じように存在し、それはタマキがGMを務めるバレンタイン・オンラインも例外なく存在している。
しかし、驚くことにこのニューズ・オンラインでは、その”利害関係”の壁の存在が薄くなくなってきているのだ。それはおそらく、プレイヤー側と運営側が同じ目的の元に動いているからだろう。
今回のシベリア配りを例に挙げるならば、GMイベント成功のために緋龍の翼のギルドメンバーたちがシベリアの調達を率先して手伝ってくれたのだ。プレイヤーたちにはなんの得にもならないのに、である。
運営側とプレイヤー側が同じゴールに向かって励まし合いながら並走している――タマキが経験したことのない不思議な感覚だった。長年VRゲームに携わっているタマキにとって、それは奇跡のようなことに思えた。
ヤジマがGMに就任してからプレイヤーとの信頼関係を積み上げてきたのだろう。その努力が実を結んだ瞬間が垣間見えた気がした。
タマキはキッチンに突っ伏したまま、一瞬口角を上げた。そして、すぐにいつも通りの涼しい顔を作って顔を上げる。すると、ノワードと目が合った。
「終わったのか?」
ノワードが先程までの大声が嘘のようなか細い声で呟いた。ブラインド・テイスティング開始直後の小さな声に戻った格好だ。ノワードはどうやら料理に関することになると、熱くなって声が大きくなるようだった。
「終わったようですねえ」
タマキはそう呟くと、ノワードへ近づいて手を差し出す。
「ご協力ありがとうございました。どうやらノワードさんの、”プレイヤーにシベリアを食べてもらいたい”という想いは、実現できましたねえ」
「いや、元々はタマキGMの想いだ。私はその想いに便乗しただけにすぎない」
ノワードはタマキの手を取った。顔は仏頂面ではあったものの、どことなく照れているように見えた。そして、辺りを見渡すと、ヤスコやシベリア作りを手伝ってくれたギルドメンバーたちがタマキたちの方へ注目している。
彼らに向かってタマキは声高らかに宣言する。
「これにてシベリア作りの実演を終わります!」
「「おおおおおおお!!」」
辺りから歓喜の声が上がり、ギルドメンバーたちがお互いの健闘を称え合う。ヤスコは隣にいたギルドメンバーに抱きついて、ギルドメンバーの服に涙と鼻水を擦りつけていた。
皆が喜ぶ光景を見たタマキにも、何か喉の奥の方にこみ上げてくるものがあった。嗚咽が出そうになるのを必死に堪える。プレイヤーたちと協力して困難に立ち向かった。この日の出来事は、タマキの記憶に鮮烈な思い出として刻まれることとなった。
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