第3部 32話 ゲームマスターと料理人たちの戦場
◆ニューズ・オンライン シーツー十合目 GMイベント会場 闘技場◆
タージルのキッチン制作が終わりに近づいた頃、ノワードの号令に従ってシーツーへ材料を取りに行ったプレイヤーたちが戻ってきた。
「持ってきました! しかし、カステラと羊羹は残り少ししかありませんでした……」
ギルドメンバーはそう言って、100個ほどはあるだろうと思われるカステラと羊羹をキッチンに積み上げる。
「やはりそうか……。では、カステラと羊羹はお前たちで作れ。シベリアは俺が作る」
「「わかりました!」」
「よし、タマキGM。早速シベリア作りを始めようじゃないか?」
そう言うと、ノワードは薄ピンク色で可愛い花柄の刺繍が施されたエプロンを装備する。エプロンを装備すると、生産される料理の質が向上するため、理にかなった行動ではあるものの、ノワードが装備するとエプロンが小さすぎて最早ふんどしにしか見えなくなってしまう。ノワードの露出度があまりにも高いため、タマキは思わず目を覆いたくなった。
「わかりました」
タマキはそう言うとノワードから目を背け、エプロンを装備して、キッチンへと向かう。タマキの料理スキル”盛り付け”のスキルはLV3。シベリアを作るために必要なレベルは満たしている。
キッチンに立つと、羊羹とカステラを重ね、タージルが生成した”三角型”を持って料理スキル”盛り付け”を発動する。羊羹とカステラが淡い水色の光りに包まれ、待つこと1分ほどでシベリアが出来上がった。早速タマキはシベリアの出来栄えを確認する。
「ランクB……まずまずね」
ランクAの調理アイテムを使ったことにより、1分程度でBランクのシベリアの生成が完了した。しかし、例え1分であっても今は遅すぎる。このままの速度で1000個のシベリアを作ると、およそ17時間掛かってしまう計算だ。到底許容できるスピードではない。
とりあえず、シベリア第一号ができたことをタージルに報告しようと、タージルへ目を向ける。すると次の瞬間、タマキは驚愕することとなった。キッチンには既に十個ほどのシベリアが積み上がっていたのだ。
「え!? どうして!?」
普段から抑揚がないと言われるタマキの声が、珍しく上ずった声になる。
ノワードのシベリア作りの方法を眺めていると、その作り方は洗練されたものだった。カステラ二個で羊羹一個を”三角型”にはめ込み、料理スキル”盛り付け”を発動。”盛り付け”完了後、出来上がったシベリアを積み上げる。ここまでの工程を、ものの5秒でやってのけているのだ。つまりは、料理スキルの発動は3秒程度しか掛かっていないということになる。
その一切の無駄が省かれ、同じ動作を繰り返すノワードの動きは、最早ロボットのようにすら感じられた。
「ノワードさん、”盛り付け”スキルの発動時間が何故そんなに短時間なのですか!?」
タマキは思わず、シベリア作りの手を止めて尋ねた。
「俺の”盛り付け”スキルはLV5だからな。シベリアに必要なスキルのレベルはLV3だから、使用するスキルのレベルが高ければ高いほど、高速で生成できる」
「LV5!? 最高位じゃないですか!?」
料理スキルの種類は数十種におよぶ。そのうちの一つでも、最高位までレベルアップすることはかなり難易度が高いのである。それにも関わらず、シベリアに必要な”盛り付け”のスキルを、ノワードが最高位までレベルアップしていたことは奇跡としか言いようがない。
徐々に積み上がってゆくシベリアを見て、タマキはヤスコの方を見る。
「ヤスコさん、プレイヤーへのシベリア配布を始めてくれる?」
「わかりましたっ!」
ヤスコはそう答えると、出来たてのシベリアを持ってシベリアを求めるプレイヤーたちが待つ闘技場の端へと走っていく。
まずは、シベリアの配布を開始できそうで一安心。だがしかし、とタマキは気を引き締めなおす。
もしノワードが五秒でシベリアを作れるとしても、1000個作るには一時間半程度掛かってしまう。一時間半という時間は短いようで長い。イベント開催中に確保できる時間の長さではない。さらに、緋龍の翼のギルドメンバーが準備を進めているであろうシベリアの材料――カステラや羊羹も、まだ出来上がっていない。このままでは、すぐにシベリアの材料は不足して料理ができなくなってしまう。
時間がないことにはノワードも気づいているようで、ノワードは手を動かしながらも、舌打ちした。
「この生成速度では時間が足りん……。奥の手を使うぞ」
「奥の手?」
聞き返すタマキの声にタージルは頷くと、シベリア作りを中断して一旦キッチンを離れる。そして、背後に背負っている大鎚の柄を掴んだ。
「雷神の加護」
タージルがスキル名を唱えてスキルを発動。タージルが大鎚を一閃し、闘技場の盤面を勢いよく打つ。
――ズドオオオオオオン
まるで、雷が落ちたかのような轟音が闘技場に響き渡る。その音と同時に、大鎚の着地点から、稲妻のような閃光が四散した。その稲妻はタマキ、ノワード、そして緋龍の翼のギルドメンバーへと襲いかかる。
目がくらむような閃光に、タマキは思わず腕で視界を遮る。閃光が収まると、タマキは恐る恐る辺りを見渡した。
稲妻の直撃を受けた面々の体が、白っぽい光に包まれている。それはもちろんタマキも例外ではない。
「雷神の加護を受けたプレイヤーのVITは、三分間のみ二倍になる。さあ早くシベリアを作るぞ!」
「え? VITがいくら高くなっても生産系スキルには何ら影響しないでしょう?」
タマキはノワードの言葉に首を傾げながらも、シベリア作りを再開。”盛り付け”スキルを発動する。すると、驚くことに30秒程度でシベリアの生成が完了してしまった。
「何故早く生成できるの!?」
タマキは思わず叫んだ。
「VITのバフを掛けると、生産スキルの生成速度も比例して向上するんだ」
驚愕の事実だった。VITの掛け率に比例して生産スキルの生成速度が向上するなど、初耳であった。通常、生産スキルの生成速度はスキルのレベルに応じて早くなったり遅くなったりする。ノワードの話は、その理を超越したものである。もしかしたら、先ほどの模擬戦で四翼のニャンダが見せたような”ステータス変換”のような、運営側も気づいていない裏技のようなものかもしれない。
しかし、今は何故早くなるかなどといった原因を気にしている暇はない。一刻も早くシベリアを生成しなければならない。この生成速度であれば、イベント参加者全員へシベリアを配布できるかもしれない――そんな確かな手ごたえをタマキは感じていた。
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