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第1部 6話 ゲームマスターと実習

2021/05/17 改稿

◆ニューズ・オンライン ギニーデン南門◆



 ヤジマたち一行は、ギニーデンの南門を抜け、未舗装の道を歩いてダンジョンのある山脈へと向かった。


 山脈までは遮蔽物(しゃへいぶつ)が一切なく、上部に積雪を残す山々がはっきりと視認できた。夕暮れ時となり西日が山々の右側を照らし、積雪がオレンジ色に輝く光景は絶景と言っても大げさではないだろう。


 ヤジマはデザインを担当しているさえないスーツ姿の鎌田の姿を思い出した。鎌田はヤジマの想像以上にいい仕事をしているようだった。これでグラフィックのクオリティのバランスが全体的に取れていれば、良い出来になるという確信があった。ログアウトしたら鎌田へ称賛の言葉を贈ろうと心に決める。


 カスミからの情報によると、ニューズ・オンラインでは一日を六時間として、日の出して四時間経つと日の入り、二時間経つと日の出を繰り返すとのことだった。


 ダンジョンにつく頃には、太陽は完全に沈んだものの、月明かりに照らされ、周囲は視認できる程度には明るかった。ダンジョンは山の麓にある洞穴が入り口となっていた。周囲に人の気配はなく、日が沈んだせいもあってか不気味な雰囲気を漂わせていた。


「夜に洞窟って危ないんじゃないの?」

「まあ昼とは出現するモンスターも変わるけど、レベル的には同じくらいだと思うよ」

「いや、そうじゃなくて足元悪そうだし暗いと(つまづ)いて転倒したりしないかな……」

「灯りがあるから見えるに決まってるでしょ!?」


 カスミはそう言うとツカツカと洞窟に入っていってしまった。ヤジマはモンスターと戦う機会をみすみす逃すわけにはいかないと心を奮い立たせ、置いてきぼりにならないようにカスミの後をついていく。洞窟の中は照明の役割を担う石が天井に散らばっており、カスミの言う通り思ったより明るく、(つまづ)く心配はなかった。


 デコボコとした岩道を少し進むと、岩陰に巨大な何かが(うごめ)くのがわかった。人よりも一回り大きい「何か」には、胴体から幾本もの長い足が生え、黒色の体毛に覆われていた。四つの裸眼がヤジマを見据えており、その蜘蛛(くも)のような姿には鳥肌が立った。


 現実で出くわしたら110番どころか自衛隊へ連絡するくらいの身の危険を感じた。その体毛一本一本まで繊細に描かれているグラフィックのクオリティはやりすぎ感すら漂ってくる。


「カスミ……逃げたほうがいいんじゃ……」

「冗談でしょ!? レベル上げのために来てるんだから戦わないと意味ないでしょ!」

「この化け物に剣で立ち向かえと……?」

「当たり前じゃん! でも、その剣以外に強力な武器があるんだったら使ってもらってもいいよ!?」


 そう言いながら目を輝かせるカスミを横目に、ヤジマは戸惑いを隠せずにいた。おそらく、ヤジマにはこの剣以外で戦うという選択肢はないだろう。


「じゃあ、この剣で……」


 ヤジマの返答に失望し、カスミが膨れっ面になる。そんなことをしている間にも、巨大な蜘蛛(くも)はヤジマのすぐ目の前まで迫っていた。ヤジマは逃げ出したい想いを抑え、震える手で剣を抜いて構える。ヤジマは念仏のように言葉を紡ぎながら心を奮い立たせる。


「これは実習、これは実習――」


 蜘蛛(くも)は前足を振りかざし、ヤジマの腹目掛けて勢いよく突き刺した。


「うわあぁぁぁぁ!!」


 ヤジマは腹を押さえ、その場でうつ伏せに倒れ込む。ヤジマはゲームオーバーを確信した。カスミはハァとため息を付き、倒れたヤジマを見下ろしながら呆れ気味に言う。


「……なーにやってるの? 早く起きてよね!」

「痛……くない……?」


 突き刺された瞬間は蜘蛛(くも)の攻撃の勢いと、リアルなビジュアルから思わず呼吸すら止まったと思ったが、息を吐ききったら普通に空気を吸えた。攻撃は直撃したにもかかわらず、ヤジマのHPゲージは全く変化していなかった。


 依然としてうつ伏せの状態のヤジマの背後への蜘蛛(くも)の猛攻は続いていた。しかし、起き上がってHPゲージを確認した段階でも満タンのままだった。


 ヤジマは小声でジーモを問いただす。


「ジーモ……どういうこと?」

「ヤジマの防御力を示す”VIT”は”32767”だから、ケーブスパイダーの攻撃ではHPは減らないナ」

「VITってバイタリティーだっけ?」

「そうナ。防御力が高いと攻撃力の低い攻撃は無効化されるナ」


 突然、ケープスパイダーは苦しそうなうめき声を上げ、光の粒子となって霧散した。


「見事な(おとり)だったわね!」


 ケープスパイダーの後ろ側から短剣を持ったカスミが現れた。


「経験値私に総取りさせてくれるなんて気前いいね。ありがとう」

「あ、あ〜、気にしないで! いい実習になったから!」


 ジーモに解説させたところ、パーティーを組んでいる場合、モンスター討伐の貢献度に応じて、経験値が配分されるということだった。今回の場合ヤジマは寝ていただけなので、貢献度は0=経験値も0となる。その分カスミが経験値を総取りすることとなった。


「レベルの低いプレイヤーがレベルを上げるのは本当に大変なのよ。ギニーデンの近くにいるモンスターって結構強くて、中級以上のプレイヤーを帯同してないとレベル上げできないくらい。だから初心者ですぐ諦めてやめちゃう人も結構いるのよ」

「それってゲームの仕様上の問題じゃ……」

「そう! GMには指摘したんだけどねー、全く変わらないね」


 カスミは諦めたように両手を上げてお手上げのジェスチャーをする。ヤジマはグラフィックといい、ゲームの仕様といい、ニューズ・オンラインは課題が山積していると認識を新たにした。ユーザ数を増やすのも一筋縄ではいかないだろう。早めにログアウトして対応を検討したいと思い、カスミに帰還の提案をする。


「モンスターも討伐できたことだし、帰ろうか?」

「いやまだ雑魚モンスター一体倒しただけだけど?」

「雑魚モンスター!?」


 雑魚モンスターと対峙するだけで命の危険を感じるほどのストレス……ボスクラスでは心臓発作を起こして死んでしまうのではないかと本気で考えた。


 まだ見ぬボスクラスの存在に戦々恐々とし青い顔となっているものの、仮面をかぶっているせいでカスミにははその恐怖は伝わらない。ヤジマはVR空間でも吐き気を催すのだ、と現状を冷静に客観視しながら、前を行くカスミの姿を必死に追った。





 その後、モンスターが幾度となく出現するも、ヤジマが(おとり)となり、カスミが倒すというパターンで順調にダンジョンの奥に進んでいった。


 出現するモンスターのグラフィックのクオリティもまちまちだったが、鎌田作成と思われるリアルなモンスターたちの攻撃を受けるのは気持ちのいいものではなかった。ヤジマは、ログアウトしたら鎌田に苦情を入れようと心に決める。


 そして、ヤジマたち一行は、ドーム型の開けた空間に行き当たった。


「ここがボスクラスのモンスターの出現場所よ。ボスクラスは私だけの攻撃では倒せないから、ヤジマも遠慮なく攻撃してね」

「攻撃……善処します……」

「基本的にヤジマが前衛で敵を引き付けながら攻撃して、私が背後から攻撃してHP削っていく方法でよろしく!」


 カスミの声を遮るように地震のような小刻みな揺れが始まり、地鳴りが徐々に大きくなる。低いうなり声をあげながら、奥の岩壁から岩のような体をした人型の巨人が現れた。


 今まで出くわしたモンスターよりはるかに大きく、ヤジマはあっけにとられながら巨人を見上げた。巨人の頭の上には、HPステータスと「サンドゴーレム」という文字が見て取れる。


「え、これどうするの!?」

「前衛なんだから前に出て攻撃して!」


 会話している間にも、サンドゴーレムの巨大な腕が、ヤジマの目の前を通り過ぎる。まるで往復するギロチンの中に飛び込んでいく気分だった。


 覚悟を決め、剣を抜き「早歩き」を使ってサンドゴーレムの足元へ移動する。剣を振りかぶり、サンドゴーレムの右足目掛けて剣を突き刺した。


――パリンという甲高い音とともに、剣が砕け散る。


「えっ」

「しまった! サンドゴーレムは固いから初期装備だと歯が立たないよ! 他の装備に換装して!?」

「もう他にはないよ!」

「はぁ!? なんで初期装備しか持ってないのよ!? じゃあそこにいる幻獣に攻撃させなさいよ!」

「ジーモのこと!?」


 (すが)るような思いでジーモの方を見ると、羽をお別れの挨拶のように横に振り、その場で立ち消えてしまった。


「この薄情者ぉおおお!!」


 カスミはサンドゴーレムの背後から短剣による攻撃を加えるが、サンドゴーレムのHPステータスは微動だにしない。カスミの攻撃に反応し、サンドゴーレムは反転してカスミの方へ向き直り、腕を振りながらカスミに近づいていく。


「せめてカスミが攻撃されないように俺が(おとり)にならないとまずいな……こっち向け!」


 ヤジマはそう(つぶや)くとサンドゴーレムの背後へ握り拳を一発お見舞いした。その瞬間、拳を受けたゴーレムの背中が風船のようにパンッと破裂した。大きな風穴が開き、ゴーレムは地響きとともに崩れ落ちるようにして地面に倒れこんだ。風穴の部分からゴーレムの体が徐々に崩壊し、霧散していく。


「うそでしょ……素手でサンドゴーレム倒しちゃった……」


 放心状態のカスミを前に、ヤジマ自身もそのあっけない幕切れに動揺し、申し訳なさそうに言った。


「わ、わざとじゃないんです……」

「……署までご同行願おうか」


 ヤジマは現行犯逮捕された犯人さながらに動揺してしまった。しかし、カスミはニカッと、破顔一笑(はがんいっしょう)で返してきた。

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