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第3部 31話 ゲームマスターとうっかりさんのミッション

◆ニューズ・オンライン シーツー十合目 GMイベント会場 闘技場◆



 ヤスコは何もかも投げ出してこの修羅場から一目散に逃げ出してしまいたい気分だった。


 RXシステムズ社のインターン開始前にどんなゲームを作ってるのかリサーチをしておくだけのつもりだった。それにもかかわらず、運営側のブースに招かれ、イベントを手伝うことになった。いや、ここまでは良い。むしろよくやったと自分自身を褒めてやりたい。しかし、アイテムを移動するという折角与えられたミッションを肝心なところで失敗してしまった。


 これでは本採用どころか、インターンへ参加することすら許されないかもしれない。


 ヤスコは昔からやること成すこと裏目に出るタイプであった。友人が落とした物を拾ってあげたら、どろぼうと間違えられてしまった。コーヒーを友人に(おご)ろうと思って自販機に行ったら、間違えておしるこを買ってきてしまい、嫌がらせだと思われたこともある。


 場を白けさせるのがうまいということで、「冷ややっこ」と「ヤスコ」を掛けて「冷やヤスコ」というあだ名で呼ばれた。そして、友人たちはヤスコに冷ややかな視線を向け、ヤスコの元を離れていく。


 どうやらそのあだ名は、いくら表の肩書を変えようと、ヤスコの背中に貼られたままずっと剥がれずに残っているようだ。ヤスコがいくら頑張ろうとも、「冷やヤスコ」の運命からは逃れられない。そんな気さえしてしまう。


「私は何を手伝おうか?」


 隣ではカスミがタマキに助言を求めている。


「カスミさんは運営ブースでシベリアの配布を手伝ってきて! ヤジマくんたちが四苦八苦しているでしょう」

「了解!」


 カスミはそう頷くと、観客席の方へ駆けていった。その後、タマキが伏し目がちなヤスコの方へ向き直ったのがわかった。


 タマキの目を見るのが怖い。


 今まで友人たちに向けられてきた冷ややかな視線が脳裏によぎる。またあの冷たい視線を味わうのかと思うと、体の芯から冷え切ったような気分になった。


「ヤスコさん」


 抑揚のないタマキの声を聞いて、ヤスコの体が硬直する。恐る恐る視線を上に向けると予想に反して、タマキは微笑を浮かべていた。


「ヤスコさんは私とシベリア作りを手伝ってくれる?」

「え!? いや、でも私また失敗しちゃうかも……」

「――ヤスコさん、今回のミッションは何だか覚えてる?」

「え? そ、それはアイテムをお城からここまで運ぶこと……」


 ヤスコは俯き加減に(つぶ)いた。


「いいえ、違うわ。それはあなたの仕事でしかない。ミッションは”GMイベントを成功させること”よ。このミッションはあなただけでなく、運営側のメンバー全員で成し遂げるべきミッション。そして、ミッションはまだ失敗していないの。ミッションを成功させるためにも、もうひと仕事お願いできないかしら?」


 考えてもいなかったタマキの言葉を聞き、ヤスコは目を見開く。


 もう手遅れだと思った。ヤスコなんて足を引っ張るだけの存在だと思った。しかし、目の前には「冷やヤスコ」を必要としてくれている人がいる。自然と目と鼻から水が流れ出し、顔面が洪水状態になった。


「や゛り゛は゛す゛!」


 ヤスコはまん丸の目に涙を浮かべながら答えた。





 タマキはヤスコの生気を取り戻した顔を見て安堵(あんど)した。


 本来であれば、台所くねくねからイベント会場へのシベリアの移動は、昨日までに完了しておくべき事案であった。しかし、シベリアの生産が遅くなり、移動開始がイベント開始間際となってしまった。こんな事態に陥ってしまったのはタマキの責任であり、ヤスコに責任を感じてほしくなかった。


 そんな中、観客席ではシベリアの配布が始まっているようだった。運営ブースへはたくさんのプレイヤーが押し寄せている。その光景を見て、タマキの方もそろそろ行動に移さなければならないと思った。


 タマキは、コンソールで料理のレシピを確認する。


――――――――――――――――――

<シベリアのレシピ>

使用スキル:盛り付ける(LV3以上)

材料:カステラ2個・羊羹(ようかん)1個

調理アイテム:型


<カステラのレシピ>

使用スキル:焼く(LV2以上)

材料:卵1個・小麦粉20g・砂糖20g

調理アイテム:オーブン


羊羹(ようかん)のレシピ>

使用スキル:煮る(LV2以上)

材料:小豆30g・寒天10g・砂糖40g

調理アイテム:鍋

――――――――――――――――――


 料理スキルには、「()でる」「焼く」「煮る」など、様々な種類がある。そして、レシピを習得したプレイヤーが、材料と調理アイテムが揃った状態でスキルを発動すると料理を生成することができる。


 スキルの熟練度や使用する調理アイテムによって料理の出来栄えと生成時間が決定する。料理の出来栄えには5段階(S>A>B>C>失敗)があり、出来栄えが上であればあるほどアイテムの効果や味も良くなるのだ。


 そんな料理スキルの特性を省みると、タマキはこのシベリア作りの実演に際して、三つの難所があると考えていた。


 一つ目は、調理アイテムである。シベリアの材料であるカステラと羊羹(ようかん)。その二つのアイテムがある状態で、調理アイテムである“型”さえあれば、料理スキルの発動が可能である。しかし、羊羹(ようかん)やカステラが不足している場合、オーブン、鍋、コンロなどの大掛かりな調理アイテムか必要になる。これらの調理アイテムを準備することは至難の業のように思えた。


 二つ目に材料である。シベリアを1000個作るためには、カステラ2000個、羊羹(ようかん)1000個が必要である。いくらシーツーであろうと、そんな大量な材料があるとは考えづらい。さらに、カステラ、または羊羹(ようかん)を作ることになると、材料の種類が多岐にわたり、調達に苦労するのではと推測した。


 最後の三つ目は時間である。ブラインド・テイスティングの勝負が早々に決したため、GMイベントの進行は若干余裕がある。しかし、シベリア作りに掛けられる時間は30分程度が限界であろう。そんな短時間で1000個ものシベリアを準備することへの実現性には疑問を感じざる負えない。


 そんなことを考えていると、ノワードが緋龍の翼の”建築士”タージルを連れてやってきた。


「タージル、できるか?」

「ワッハッハ、できるから来たんじゃ。少し待っとれ」


 タージルはそう言うと、アイテムボックスからレンガや鉄板、材木などを取り出す。そして、鉄板をハンマーで打ち鳴らす。


 ――トンカントンカン


 すると瞬く間に、表面に光沢のある三角形の”型”が出来上がる。シベリア作りに必要な調理アイテムであった。


「”成形”スキルが使えないないもんで、あまりギュンッとしたものは出来ないが、急ごしらえならこんなもんじゃろ」


 タマキは思わず”型”のステータスを確認し、その結果に目を見開いた。


「Aランクの”三角型”!? 十分過ぎます……」

「本当か!? そりゃあよかった!」


 満足そうに(つぶや)くタージルを横目にタマキは驚きを隠せずにいた。Aランクの”型”を調達できるなど、想定外だった。この型を使って料理スキルを発動すれば、シベリアの生成にはさほど時間はかからないだろう。しかし、Aランクの生産物を生成するのは本当に難しい。運が良かったと言ってもいいだろう。


 ――トンカントンカン


 隣ではタージルが再度鉄板にハンマーを打ちつけ始めている。


「お、できた」


 タージルがそう(つぶや)き、生成した”型”を手にとってタマキへ見せつける。タマキはまた”型”のランクを確認する。すると、そのランクを目にして驚愕し、思わず二度見してしまった。


「Sランクの”三角型”!? そんな簡単に生成できるものなの!?」

「ワッハッハ、伊達に長く生産職やっとらんわい」


 タマキがSランクの生産物の生成できる確率はコンマ数%という低い確率だった。Sランクの生産物などほとんど見たことがなく、その生成はまるで宝くじに当たるようなものだ。しかし、そんな確率の低い生成をタージルはたったの二回目で引き当ててしまった。


 呆然とするタマキの心情を察してか、ノワードが事情を説明してくれる。


「タージルは生産系スキルのレベルをカンストしてるだけでなく、生産スキル発動時に係わってくる技術値TEC(テクニカル)や幸運値LUC(ラック)もニューズ・オンライントップの値だ。Sランクの生産物の生成ができる確率はおよそ――五割」

「五割!?」


 タマキのステータスはバレンタイン・オンラインのアバターのそれを引き継いでおり、低い数値ではない。それでもSランクの生産物の生成は極めて難しいのだ。タージルが五割という結果を残せているのは、極限まで生産活動に極振りした結果なのだろう。


 タージルはそんなタマキの戸惑いを気にする素振りも見せず、次々とハンマーを振るう。そして、あっという間に”深底鍋”、”直火オーブン”といったカステラと羊羹(ようかん)に必要な調理アイテムが出来上がっていく。しかも驚くことにSランクやAランクのものばかりである。


 調理アイテムの生成が終わると、今度はキッチンの制作に移った。大量の木材を前にして金槌をふるい始めると瞬く間に、闘技場の盤面にコンロや型を備えた、可愛らしい木製のオープンキッチンが出来上がる。ニューズ・オンラインではよく見かける汎用的なキッチンだった。


「”成形”スキルが使えないもんで、ギュンッとしたものは出来ないが、代わりにパパッとできるんじゃ」


 タージルはキッチンの出来栄えを見て顔をしかめた。


「タージルさん、ありがとうございます。この調子であと四、五セットお願いします」


 タマキの言葉に破顔したタージルは、「まかせとけえ!」と言って次のキッチン制作に移った。

ここまで読了いただき、ありがとうございました!

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