第3部 29話 ゲームマスターとうっかりさんの暴走
◆ニューズ・オンライン シーツー十合目 GMイベント会場 闘技場◆
タマキは一回目のテイスティングに”シベリア”を選んだ。何故”シベリア”を選んだかというと、その難解さからノワードもノバラも正解できず、ドローになると踏んでいたからだ。そして徐々に出題する食べ物を簡単にしていく予定だったのだ。それがまさか、一回目のテイスティングで勝負が決してしまうとは考えもしなかった。
「嘘やん!? タマキはん、そんな食べもんが存在するんかいな?」
タマキはノバラの抗議を無視して、ノワードに尋ねる。
「ノワードさん、何故”シベリア”だとわかったんですか?」
「……餡子に冷感があったからな。”シベリア”に挟んである羊羹は、寒天を使って餡子を固めるため、通常の餡子よりもさっぱりとした冷感が存在する。さらに、カステラと羊羹は癒着して剥がれなかった。これは饅頭には存在しない食感だ」
「だから、ワイが中身と外身を分離するのに難儀したんか!?」
ノバラがノワードの説明に驚いてみせた。しかし、タマキはノワードの答えに満足しなかった。
「……お見事です。しかし、それだけでは”シベリア”には到達しないはずです。ノワードさんは何故”シベリア”をご存知なのですか?」
これこそタマキが仕掛けた、二段構えでの難解さであった。味覚がいくら鋭くても、このテイスティングはクリアできない。”シベリア”という現在はほとんど目にしない和菓子の存在を認知している必要がある。鋭い味覚と知識の双方があってこそクリアできるテイスティングなのだ。
ノワードが眉間にシワを寄せ、厳しい表情でタマキに鋭い視線を投げかける。タマキも負けじとノワードを見据えた。すると、ノワードがボソリと呟いた。
「シベリアのレシピを入手した。だから知っている」
その言葉を聞いてタマキはハッとする。シベリアはこのブラインド・テイスティングのために、準備した代物だ。だから、タマキは昨日シベリアのレシピをニューズ・オンラインへ登録した。そのレシピを昨日の今日で発見してしまったということか。
レシピには二つの入手方法がある。まず一つ目はアイテム屋で購入する方法。しかし、タマキはシベリアのレシピをアイテム屋では公開していないので、ノワードが入手することは不可能。そうすると二つ目の料理スキルのレベルアップ時に入手するしかない。しかし、レベルアップ時に入手できるレシピはランダムであり、シベリアのレシピを入手できる可能性など、途方もなく確率の低い話に思えてならない。
そんな、タマキの納得しかねる顔を見て、ノワードが言葉を続ける。
「ブラインドテイスティングだからこそ、ニューズ・オンラインに存在するレシピ以外は出題されないと踏んでいた。だから、ギルドハウスでは三日前から徹夜で料理教室だ。ギルドメンバーで料理スキルのレベルを上げて、新たなレシピがないか探しだんだ」
「まさか、この短い期間でブラインド・テイスティングの対策をしていたというの!?」
「やれることをやったまでだ」
全く呆れた話だった。存在するかもわからない新たなレシピを三日間探し続けたということだ。緋龍の翼のギルド戦争を勝ち取るための貪欲な姿勢には脱帽するしかなかった。
「全く御見逸れしました。この短期間でシベリアのレシピを入手するなんて……。完敗だなあ」
「いや、負けたんは、ワイなんやけど!?」
「あ……」
絶対に正解できないと踏んでいた”シベリア”を正解され、タマキは敗北感に苛まれていたものの、ノバラの鋭いツッコミでブラインド・テイスティングの趣旨を思い出す。
「――こほんっ、勝敗は決しました! ギルド戦争一勝負目”ブラインド・テイスティング”は、”緋龍の翼”の勝ちとなります!」
緋龍の翼側から絶叫が聞こえ、ギルドメンバーたちが一斉にノワードに駆け寄って取り囲む。ノワードは椅子に座ったまま伏し目がちに仏頂面を崩さないものの、どことなく照れているようにも見えた。
対して、ノバラの方は椅子にもたれ掛かり、両手両足を投げ出して力尽きたボクサーのように真っ白に燃え尽きていた。
「まさか、ワイが負けるなんて……」
本気にも冗談にも聞こえる言葉をノバラが呟くと、シキゾフレニアのギルドマスター、アンデルが近づいてきて、その異様な雰囲気に辺りの歓声が静まる。しかし、アンデルの言葉は意外にも明るいものだった。
「ノバラさん、あなたにしては真剣に勝負に取り組んだようですねえ」
「うわー! アンデルはん! 怒るのは堪忍してーな! ワイ、心弱い子やねん!」
アンデルはシクシクと項垂れるノバラの肩に手を置きながら慰めの言葉をかける。
「怒りませんから、さっさと引き上げて次の勝負の準備をしますよ」
「ほんま? 怒らへん? 後で手のひら返すのはなしやでー!」
そう言うと、ノバラはケロッとした表情で、何事もなかったように元気に立ち上がる。
「さ、帰りまっしょかー、アンデルはん!」
「クククク……ノバラさんは現金な人ですねえ」
二人がシキゾフレニア陣営に帰ろうと背を向けた瞬間、ヒイロが二人の背後から声をかける。
「お二方とも随分と余裕があるようにお見受けしますが、このギルド戦争、緋龍の翼は後一勝で勝ち。既に勝負は諦めているのでしょうか? それとも……」
「クククク……いやはや緋龍の翼には噂に違わぬ良い人材が揃っている。羨ましい限りです。シキゾフレニアとしては後の二戦も、”緋龍の翼”の胸をお借りするつもりで挑みたいと思います」
アンデルの言葉に、ヒイロは顔をしかめる。
「フッ、次の勝負は勝つということですね。どこまで本気なのか……。わかりました、緋龍の翼の名に賭けてこちらも全力で挑みます」
ヒイロがそう言い終わると、双方は踵を返し、両陣営の元へと歩き出した。
これにて勝負は終了し、今度はイベント参加者へのアイテム配布に移る。もちろん、配布するアイテムは“シベリア”である。
順調であれば、カスミとヤスコが運営ブースへのアイテム運びが完了しているはずのタイミングだ。
その時、盤上の端っこに見覚えのある人影が現れる。
「カスミさんとヤスコさん?」
そこには青い顔をした二人が佇んでいた。タマキは彼女らの様子に首を傾げながらも、観客席に向かって言う。
「あ、ちょうど今イベント参加者にお配りするシベリアが到着したようですねえ」
すると、ヤスコが素っ頓狂な声を上げる。
「も、ももももももも、申し訳ありません!! シベリア、私が全部食べちゃいました!!」
ヤスコの言葉にタマキは眉をひそめる。そして、その発言を聞いた観客が騒ぎ出す。
『え、どういうこと? 俺たちに配るはずだったアイテムがなくなったってこと?』
『おいおい、嘘だろ。楽しみにしていたのに……』
『参加者特典があるから、忙しいのにわざわざ来たんだぞ! どうにかしろよ!』
タマキはヤスコに近づいていき、小声で状況を尋ねる。
「ヤスコさん、どういう状況か教えてくれる?」
「そ、そそそそそそそ、それが――」
ヤスコが数分前の出来事を話し始めた。
◆バレンタイン・オンライン 王都バレンタイン 台所くねくね ~30分前~◆
ヤスコは思わず叫んだ。
「窮屈ですね!?」
「仕方ないだろう。オタゴ王宮の中は、王宮じゃないからな」
カスミがやれやれといった風に、ヤスコを窘める。
ヤスコはカスミの後に続いてオタゴ王宮へ入ったが、その中は予想外に狭かった。外見は素晴らしいお城であるにもかかわらず、扉を抜けるとそこには物が煩雑に散らかっている薄暗い通路。そして、通路を抜けた先にあるのは台所と、こじんまりとしたダイニング。玄関を抜けた先が台所など、どんなつもりで間取りを設計したんだと設計者を問い詰めたい。というか、建物の見た目と中身のギャップが凄まじい。カスミが「王宮じゃない」と言った通り、インテリアからはお城感など微塵も感じなかったが、何故なのかよくわからなかった。
ヤスコはニューズ・オンラインのGM直々にお願いされたミッションを遂行するために、オタゴ王宮までやって来た。どうやら後30分以内にお城に保管してある全てのイベント用アイテムをイベント会場まで運ぶ必要があるそうだ。
キッチンの中からカウンターの外を見ると、そこにはイベント会場の運営ブースに積み上げられていた箱と同程度の量の箱が山積みされていた。その圧倒的な量を前にして、ヤスコは目を丸くして呆然と立ち竦んでしまう。これらの箱を後30分以内に移送することなどできるのだろうか。先程まで漲っていた自信が嘘のように萎んでいく。
「これを全部運ぶんですか……?」
「ああ、ほんんんんっとに面倒くさいけど、引き受けたからにはやらないとな」
カスミはため息をつきながら、一つずつ手に取りアイテムを消していく。
「――何してるんだ? 早くアイテムボックスにしまえよ。後、何往復もしなきゃならないんだから、急がないとな」
カスミがヤスコに目配せをした。
しかし、今日初めてニューズ・オンラインをプレイしたヤスコには、どうやってアイテムをアイテムボックスにしまえばいいのかわかるはずもない。カスミにやり方を尋ねたいが忙しなく動いているため、言葉をかけづらい状況。その時、就活中に得た知識が脳裏によぎった。
――新入社員は先輩の背中を見て育つんだ
そうだ、やり方が分からなければ、カスミの背中を見て、見様見真似でやってみればいいのだ。
ヤスコが箱の山を凝視すると、箱の山全体が緑枠でロックオンされた。そして、視界の右側面に目をやると「詳細」「アイテムボックス」「使用」というボタンが見える。
片っ端から試してみるしかない。まずは一番上の「詳細」のボタンを押してみる。すると、目の前に透明なウインドウが現れた。
『アイテム名:”シベリア” 説明:羊羹をカステラで挟み込んだ和菓子。コーヒーと合わせて食すと美味。 効果:使用プレイヤーのHPステータスが30%回復する』
ウインドウが表示されたことに驚きつつも、そのウインドウには「閉じる」しか表示されていないため、大人しく「閉じる」を押した。
次は「アイテムボックス」のボタンを押してみるが押しても反応がない。薄水色の他のボタンと違ってグレーになっているので、どうやらこのボタンは押せないようだ。そうしたら残るは「使用」しかない。
ヤスコは迷わず「使用」というボタンを押して見る。すると、
――フワワワワワワワ
山積みされた箱が片っ端から、青い光に包まれては霧散していく。まるで光がドミノ倒しでもしているかのような光景だった。そして、その青い光は箱を包み込む光と連動するようにヤスコの体にも纏わりつき、既に満タンのHPゲージを発光させ続ける。ヤスコは思わぬ現象に呆気に取られて口をあんぐりと開けた。カスミもその光景を前にして呆然と佇んでいる。少しすると、全ての箱が跡形もなく消失した。
ヤスコはカスミと顔を見合わせる。硬直して動かないカスミにヤスコは恐る恐る尋ねた。
「……アイテムどこ行ったのでしょうか!?」
「お前が全部使っちまったんだろうがぁあああ!!」
カスミのカミナリがヤスコの頭上に落ちた。
ここまで読了いただき、ありがとうございました!




