第3部 28話 ゲームマスターとブラインド・テイスティング2
◆ニューズ・オンライン シーツー十合目 GMイベント会場◆
シキゾフレニア、ノバラのテイスティングが終了し、次は緋龍の翼、ノワードの番となった。ノワードは座っていてもタマキより背が高く、ノワードの口へ”あるもの”を放り込むためには背伸びするしかない。
タマキは”あるもの”を千切り、つま先立ちになりながら、ノワードの口に放り込む。ノワードが”あるもの”を口に含んだ瞬間、ノワードに異変が起こる。突然ノワードの体が小刻みに揺れ始めたかと思うと、その揺れは次第に大きくなり、ついには勢いよく立ち上がった。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
ノワードは長々と雄たけびを発した後に流涙。先ほどまでの仏頂面は完全に崩れ、今にも天に召されそうな安らかな面持ちであった。タマキとしては予測不能な事態に唖然とするしかない状況である。
「待っていたぞ、この時を……。ニューズ・オンラインで味覚機能が実装されるこの時を! ニューズ・オンライン開始直後から待つこと早二年。記念すべき日を迎えられたことを誇りに思うぞ! これまで、ニューズ・オンラインは料理スキルがあるにも関わらず、味覚機能が実装されてこなかった! 料理スキルは自由度の高い生産系スキルの派生系であるため、作ろうと思えば何でも作れるにも関わらずだ! さらには、現実には存在しないような材料を使用して料理することも可能であり、現実を超越した、至高の料理を追い求めることができる環境にまた一歩近づいた。タマキGM、感謝する!」
怒涛の如く続いたノワードの力説に、タマキは呆気にとられ、口をポカンと開けた状態でその一部始終を見守っていた。そして、力説が終わると助けを求めるように緋龍の翼の面々へと視線を向ける。すると、先頭に立つヒイロがフッと燃えるような笑顔を見せた。
「うちのノワードが驚かせてしまい申し訳ありません。ノワードは”フードハンター”で、ニューズ・オンラインの料理をコレクションすることを生業にしています。ニューズ・オンラインで味覚機能が実装されることを心待ちにしていたプレイヤーの一人です。しかし、先日の生産系スキルのバグは料理スキルにも影響があったようで、バグにより生産可能な料理は著しく制限されてしまったようです。今回は、バグを直すためならばと、ノワード自らこの勝負に志願したんですよ」
「バグが直るのであれば、客寄せパンダでも何にでもなろうじゃないか……」
涙を滝のように流す巨漢を横目に、タマキは口元を少し引き上げながらため息をついた。
「そうでしたか……。ノワードさん、ご協力感謝いたします。テイスティングの方に話を戻しますが、ノバラさんは二回テイスティングしています。ノワードさんも、もう一度テイスティングが必要ですか?」
「いや結構」
そのやり取りを聞いていたノバラが横やりを入れる。
「なんや、テイスティングできたことに満足して、ギブアップかいな? そしたらありがたく一勝を頂戴しまっせ」
「誰がギブアップだ。何を口にしたのか分かったから遠慮したまでだ」
「――なんやと!?」
ノバラは大袈裟に驚いてみせたが、タマキも同じ思いだった。タマキが準備した“あるもの”は二段構えで正解することが難しくなっている。そんな“あるもの”の正体が一口でわかってしまうことなどありえるのだろうか? もし正体がわかったのだとしたら、余程の舌を持ち合わせていなければならない。
最早目隠しは不要と判断し、タマキはジーモに二人の視覚機能の回復をお願いする。ジーモがノバラの視力機能を回復すると、ノバラは安心したように椅子の背にもたれかかって、足を放り出して脱力した。
「うわー、お天道様が良う見えるわー。お天道様はこんなに明るかったかいな? タマキはん、われの目に何か小細工してへんやろうな?」
「何もしてませんので安心して見てください」
「ほな安心したわ――ってまぶしっ! 目ん玉焼けて目玉焼きできてしまうがな! 後生やで、タマキはん!」
タマキはノバラの抗議を華麗にスルーしてノワードに目を向ける。
ノワードは視覚機能が回復すると、己が感涙していることに気付いて、咳払いと共に表情を引き締め直す。
「それではお二方とも、回答を私、タマキ宛にDMしてください」
タマキの言葉に促されるようにして、二人はコンソールを開き、回答を作成し始める。
タマキはブラインドテイスティングがどちらに軍配が上がるか思慮にふける。「フードハンター」という肩書でニューズ・オンラインの名声を集める四翼ノワード。対するは無名のプレイヤー、ノバラ。誰しもが順当にいけばノワードが勝利するのではと思ってしまう状況である。
しかし、ノバラには全く腹の内が読めないという不気味さがあった。緊張感の欠片もないふざけた言動の数々。真剣にこの勝負に挑んでいないようにすら見受けられるが、シーツーがかかった勝負であるため、手を抜けるような場面でもない。何かしら隠し玉があるようにも思えてしまう。
そんな思考を巡らせていると、ノバラとノワードからのDMを受信したことに気づく。まずは、最初に届いたノバラの回答を開いた。
「それではまず、”シキゾフレニア”ノバラさんの回答を発表します。回答は――”饅頭”です」
観客席からザワつきが聞こえてくる。
『おいおい、ニューズ・オンラインに”饅頭”なんていうアイテムあったか?』
『いや、知らん……。今回限りの特別なアイテムかもしれないぞ!?』
ザワつく闘技場で、ノバラだけが得意げに一笑する。
「タマキはん、どうや!? 最初口に入れた時、2種類の材料で構成されとることはすぐわかった! だから、2種類の材料を口ん中で分離して、一つずつ味を確かめることにしたんや! 分離するのにえらい苦労したわ……。 一つ目は、少しヒンヤリとした冷感。食感は粉っぽさと粘り気があり。味は突き抜けるような甘さ。豆のような香り。正しく餡子や! そして、二つ目は人肌の温感。弾力あり。香ばしいお焦げのような香り。ほのかな甘み。パンのような食感。この結果から導き出される回答は、”饅頭”しかないんや!」
タマキはノバラの説明に驚きを隠せなかった。ノバラが二度テイスティングを行った理由、そして緻密なまでの味覚の分析。いずれをとっても、ノバラがふざけているだけではなく、戦略を立てて真剣に勝負に臨んでいたことがわかる。
タマキはノバラを片手で制して、ノワードの方に目を向ける。
「それでは次に、”緋龍の翼”ノワードさんの回答を発表します。回答は――”シベリア”です!」
タマキがノワードの回答を告げた。
「シベリア!? なんやそれ!?」
ノバラが声を上げると同時に、観客席がザワつく。
『”シベリア”なんていう食べ物知ってるか?』
『いや、聞いたことない。北の方の国にそんな名前の国がなかったか?』
『国ではなかった気が……。旧ソの地名じゃないか?』
そんな観客の戸惑いの声が盤上にも届く中、ノワードが小さく呟く。
「”シベリア”は羊羹をカステラで挟み込んだ和菓子のことだ」
「和菓子!? 聞いたことない名前やで!?」
ノバラが不満げに声を荒げる。対してタマキは口角を少し上げた。そして、闘技場全体へと告げる。
「ノワードさんの回答”シベリア”、正解です!」
『うおおおおおお!!』
たちまち観客席から地鳴りのような歓声が爆発した。
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