第3部 26話 ゲームマスターと天使の降臨
◆ニューズ・オンライン シーツー十合目 GMイベント会場◆
模擬戦の終わった闘技場は大歓声に包まれていた。観客席で一際大きい歓声が飛び、緋龍の翼の旗が勢いよくはためく。その様子を見たニャンダが、観客席に向かってガッツポーズをした。
ヤジマも息つく暇もない攻防に、終始目を奪われた。ニャンダが勝つ展開を望んではいたものの、まさか本当に勝ってしまうとは思ってもみなかった。
ハセベは開発者である。ニューズ・オンラインを知り尽くしていると言ってよい。そんなハセベに勝ってしまうニャンダ。緋龍の翼というトップギルドの名は伊達ではないと、再認識する結果となった。
この調子であれば、この後開催されるギルド戦争も圧勝ではないかとさえ思ってしまう。
『見事な戦いを見せてくれた、ニャンダ選手に拍手をお送りください!』
ヘルがそう言うと、観客席からは万雷の拍手が起こった。
『開発者って無敵のようなイメージがあったけどそうでもないんだな!』
『いや、無敵は”緋龍の翼”の”四翼”だろ……。チート並みの強さだったぞ。開発者には同情しちまうよ!』
『でも、開発者のアバターはカッコよかったぜ!? あんなアバター欲しいなぁ!』
観客席からは模擬戦の内容に満足したような感想が聞こえてくる。
ヤジマとしては、模擬戦としてのハセベの対応は完璧で、この模擬戦は「成功」だったと確信した。模擬戦の目的は、プレイヤー側と運営側の親睦を深めることである。ハセベが負けたことで、運営側がルールは適用されない特別な存在から、一般プレイヤーにも負ける身近な存在になったのではと思う。だからこそ、模擬戦は「負け」でよかったのだ。ハセベもプレイヤーに華を持たせようとしてこの結果となったのかもしれない。
『さあ、次はメインイベント”ギルド戦争”が始まります! 言わずと知れたトップギルド”緋龍の翼”と突如現れた謎のギルド”シキゾフレニア”が、眼下に広がる街”シーツー”を賭けて戦います! 出場するプレイヤーは闘技場へ集まってください!』
ヘルのアナウンスが闘技場にこだました。
※
ヘルのギルド戦争開始予告のアナウンスがあってから少しすると、”緋龍の翼”のメンバーが盤上に整列した。メンバーが勢揃いしたその姿は壮観なものだった。
最前列にはヒイロが腕を組み仁王立ちして、眼光鋭く対戦相手の登場を待っている。その後ろには、ニャンダを含む四翼とその他のメンバーが、真剣な面持ちで控えており、緊迫感が肌でひしひしと感じられた。
『シキゾフレニアのメンバーが到着した模様です! 盛大な拍手でお迎えください!』
疎らな拍手とともにシキゾフレニアのメンバーが現れる。見覚えのあるギルドマスター、アンデルが先頭、その脇に金髪キツネ目の男が控える。その後には様々な職業のプレイヤーが隊列をなして行進してきた。まるで軍隊のように統制された動き。ヤジマは、彼らのことを”ゾンビ”だろうと推測した。
ヤジマは直近三日間で、できるだけシキゾフレニアの情報収集を行った。すると驚くことに、このギルドが結成されたのは、たった一ヶ月前だったのである。それにもかかわらず、ここまでの数のメンバーを集められるところ、何か理由があるに違いないと思った。しかし、構成メンバーのアバターの情報を見ても作成された時期はバラバラで、共通点を見つけ出すことはできなかった。
”ゾンビ”たちは皆、無表情で抜け殻のように見えた。しかし、アンデルの隣りにいるキツネ目のアバターだけは異なった。そのアバターはキツネ目以外に目立った特徴のない外見。
ヤジマはそのアバターの外見を見て既視感に襲われていたものの、どこで見たのかは思い出すことができなかった。
キツネ目は隊列など全く気にする素振りも見せず、まるで散歩でもするかのような軽い足取りで盤上を闊歩する。その緊張感のない様子を見て、緋龍の翼の面々の視線がキツネ目に集中する。キツネ目はその視線の厳しさに驚き、アンデルの背後に隠れて緋龍の翼の方を覗き見る。
「うひゃー! ワシ何か悪いことしでかしたっかいな!? あちらさんの視線が痛うて敵わんわ! なんとかしてーな、アンデルはん!」
「クククク……致し方ありませんよ、ノバラさん。あなたの歩き方は緊張感の欠片もありませんからね……」
「嘘やん!? ワシ、葬式でもこんな歩き方でっせ!? ワシの人生否定された気分や……」
ノバラと呼ばれたキツネ目がガックリと項垂れてみせる。ヤジマはコテコテの関西弁を聞いたところで既視感の正体を思い出した。
(昨日、カイザーと争っていたアバター?)
見た目も話し方もシーツ―の一般居住区で家賃について言い争っていたアバターそっくりであった。ヤジマの見立てが正しければ、シーツ―の住人がシキゾフレニアの一味だったということになる。
――緋龍の翼のギルドメンバーの中にシキゾフレニアの内通者がいるのではと推測しています。
数日前にヒイロが放った言葉が脳裏によぎった。
(キツネ目がヒイロの言っていた内通者なのか?)
そう仮定するとこのギルド戦争は緋龍の翼にとって一筋縄ではいかないだろう。この事実を緋龍の翼の誰かと共有すべきだろうか? しかし、ギルド戦争の出場ギルドの一方だけに肩入れするわけにもいかない。それに、ヤジマが気づいているくらいなので、カイザーが気づかないなどということはないだろう。何も手を出せない状況に、ヤジマの額に冷や汗が浮かんだ。
『それではこれからルール説明を行います!』
ヤジマの憂慮などそっちのけで、ヘルのギルド戦争のルールを説明するアナウンスが闘技場に響き渡る。
――――――――――――――――
【ギルド戦争のルール】
・三番勝負で二勝勝ち抜け
・一度でも勝負に出場したプレイヤーは勝敗にかかわらず、他の勝負に出場不可
【ギルド戦争の内容】
勝負①:運営側案 (ブラインド・テイスティング)
勝負②:シキゾフレニア案 (集団戦)
勝負③:緋龍の翼案 (決闘)
【勝利報酬―緋龍の翼】
①シキゾフレニアの解散
②シーツーの運営権
【勝利報酬―シキゾフレニア】
①緋龍の翼のシーツーからの退去
②シーツーの運営権
――――――――――――――――
ヘルのアナウンスが終わる頃になって、運営側ブースのカーテンが勢いよく翻った。そこに現れたのはタマキである。
カマタ、ヘル、カンナバル、ハセベと、運営側のメンバーは、GMイベント作戦のために、各々の役割を最大限果たしてくれている。次はギルド戦争のブラインド・テイスティングの番、つまりはタマキが役割を果たす番を迎えた。
ブラインド・テイスティングの司会進行はタマキが務めることになっていた。盤上に役者が揃っているにもかかわらず、タマキがその場にいないというのはまずい。
「あれ!? タマキさん、まだここにいたんですか!? もうすぐブラインドテイスティングが始まっちゃいますよ!?」
タマキは全く動じることなく、ヤジマに向かって人差し指を立てると、口元を少し引き上げる。
「大丈夫」
次の瞬間、タマキの背中から翼が広がる。大空を羽ばたく白鳥のような純白の二枚羽。そして、その翼を一度羽ばたかせると、タマキの体が宙に浮き、そのまま闘技場の方へと飛び立っていった。タマキのピンク色の長髪が、風を受けて美しくなびく。
「天使……」
ヤジマはタマキの神々しい姿に、思わず見惚れてしまった。観客席からもヤジマと同じ想いだろう男性プレイヤーのため息が聞こえてくる。プレイヤー達の視線は、タマキに釘付けであった。
まさかニューズ・オンラインに翼で飛ぶなどという粋な機能が備わっているとは、つゆほども知らず――ヤジマがそう考えたその時、ふとタマキの後ろ姿に違和感を覚える。タマキの背中をよくよく見ると、背後に白い物体が付着しているのに気づいた。物体は上面に二つの突起物を生やしており、見慣れた形状をしている。ヤジマは目を見開き、思わず叫んだ。
「ジーモ!?」
いつもはクリオネのように小さなジーモの翼が、この時ばかりは白鳥の羽のように大きく広げられている。状況から察するに、どうやらタマキを運んでいるようだった。
先程から見かけないからどこに行ったかと思えば、またタマキGM殿にゴマすりしている状況であろうと推測された。最早、ジーモはGMOというGMをサポートする本来の役目を忘れているのではないかとさえ思う。いや、タマキもGMと言えばGMではあるが、あくまで別のゲームのGMである。
「タマキさんじゃなく、カスミのアイテム運び手伝えよ……」
ヤジマは、呆れ顔で深くため息をついた。
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