第3部 25話 ゲームマスターと白騎士に憧れた黒騎士
長谷部は幼い頃、将来なりたい職業を尋ねられるとこう答えていた。
『白騎士!!』
友人たちは、宇宙飛行士や医者などと現実に存在する職業を選ぶ中、一人だけ非現実さが際立っていた。長谷部はとにかく白騎士になりたかった。
――絶対正義
――勇猛果敢
――一騎当千
そんな言葉が似合う憧れの白騎士は、剣を振り回し、母国を守るためにバッタバッタと敵兵を蹴散らしていく。
空想の中で活躍する白騎士は神々しいほどの輝きを放っていた。
あんな風に強くてかっこいい存在になりたい。一人の子供がそんな夢を見るのは自然な流れであったと思う。しかし、現実では白騎士のような強さは求められていない。求められるのはいつも学力ばかり。それこそ、異世界転生でもしない限り、白騎士になることなど不可能に思えた。
そんな時、VRゲームというものに出会う。当時はフルダイブ技術はなく、ヘッドマウントディスプレイを見ながらプレイするオンラインゲームのスタイルが主流であった。
長谷部はVRゲームのプレイに夢中になった。VRゲームの中であれば、夢にまで見た白騎士になれるのである。しかし、VRゲームに没頭すればするほど、違和感を感じずにはいられなかった。
『自分のお城を建てたいのに……』
『もっとカッコいい衣装を作りたいのに……』
徐々に募っていくVRゲームに対する不満。
五感が再現されていて、自由度が高い、リアルなゲームをプレイしたい。
でもそんなゲームは存在しない。
――それでは自分でゲーム作ってしまえばいい。
そんな想いが、長谷部をVRゲーム開発者のキャリアへと導いた。
RXシステムズ社に入社してから20年ほど経ち、五感を完全に再現可能なフルダイブ技術が確立されるに至った。その頃には長谷部の技術力は社内でも屈指のレベルにまで成長し、VRゲーム開発の第一人者として活躍していた。
すると、RXシステムズ社でフルダイブ技術を駆使したVRゲーム第一号「バレンタイン・オンライン」の開発プロジェクトが開始する。
長谷部が待ち続けてきた「五感が再現されていて、自由度が高い、リアルなゲーム」はバレンタイン・オンラインのことだと思った。
長谷部は、バレンタイン・オンラインの開発プロジェクトのメンバーとなるため、真っ先に名乗りを上げる。しかし、長谷部のプロジェクトへの参画は許されなかった。フレッシュな発想を取り込むため、開発メンバーは若いメンバーで構成したいという上層部からの命令。
長谷部は悔しかった。
VRゲームの開発に対する熱意は誰にも負けない自信があった。技術力にも自信があった。しかし、若さという己の力では抗いようもないフィルターにかけられ、長谷部の参画は許されない。
長谷部のVRゲームに対する熱量は行き場を失い、まるで、焼却炉から立ち昇る煙のように大気中へ霧散していった。
失意の中、時間だけが過ぎてゆき、それとともにVRゲーム業界を取り巻く状況は激変していく。
RXシステムズ社はバレンタイン・オンラインを他社に先駆けてリリースし、アクションRPGの分野では絶対的な地位を確立した。しかし、他社の後発サービスにより、市場競争は激化。市場のシェア獲得が急務となっていた。RXシステムズ社は急遽、アクションRPG以外の新サービス立ち上げを計画する。
それが「ニューズ・オンライン」であった。
長谷部にとってはまたとないチャンスであった。今度こそ開発プロジェクトに参加できなければ会社にいる意味もない。長谷部は上司に辞表を突きつけ、プロジェクトに参加できなければ、会社を辞めるとまで言い放った。そして、半ば強引にニューズ・オンラインの開発プロジェクトへの参画を決めた。
やっと長谷部の情熱を燃やす場が整ったのである。長谷部は堰を切ったように、昼夜問わずニューズ・オンラインの開発に没頭した。開発プロジェクトは50人体制。一人が開発する機能や裁量は限られている。しかしながら、長谷部は拘り抜いた。
特に、生産系スキルの自由度については己の限界まで拘り抜いた。
ニューズ・オンラインのコンセプトは「D・I・Y」であった。「バレンタイン・オンライン」は自由度の高いリアルな戦闘を体験できるゲーム、対して「ニューズ・オンライン」は自由度の高いリアルな生産物を作り上げるゲームである。そのためには、自由度の高い生産系スキルが必要不可欠である。
現実を超える自由度で、手軽に生産物を生産できる状態を目指した。生産物の対象は、料理、衣装といった身の回りのものだけでなく、建築、インテリア、インフラなど多岐に渡った。それにもかかわらず、一つ一つのスキルの実装を丁寧に仕上げていった。それこそ、砂糖小さじ1杯レベルで生産物を調整可能なレベルの自由度で、である。そして、苦心を重ねながら作った生産系スキルの機能は、短い開発期間であったにも関わらず他に類を見ない素晴らしい出来だった。
これだけよい機能が実装できたのである。どれだけ素晴らしいゲームが誕生するだろうか。バレンタイン・オンラインの人気を超えることは間違いないと確信さえしていた。
しかし、蓋を開けてみれば、ニューズ・オンラインの出来は悲惨なものだった。長谷部の担当した機能以外については、開発を急いだことによる工数不足により、バレンタイン・オンラインと比較すると明らかに機能が不足。そして、その機能不足のしわ寄せは、不便さとしてプレイヤーが被ることになった。さらに、グラフィックについても、ゲーム内で使用するグラフィックの一部しか仕上がらず、大半が極端にクオリティの悪い状態となった。
ニューズ・オンラインは無情にも、機能やグラフィックが不十分なままリリースの日を迎え、見切り発車を余儀なくされた。その結果は散々なものだった。
ユーザーのレビュー得点は10/100点代、利用ユーザー数も全く伸びなかった。
その結果を受けてRXシステムズ社の上層部からテコ入れが入る。バレンタイン・オンラインをベンチマークし、人気要素をニューズ・オンラインへ取り込むこと。そんな鶴の一声が何よりも優先される。不足している機能は置き去りにして、「戦闘機能」を最優先で開発せよという命令。長谷部は開いた口が塞がらなかった。
コンセプトを無視しての「戦闘機能」の追加。あり得ないと思った。
ニューズ・オンラインは、コンセプト通りにグラフィックや機能を充実させていけば人気が出ていくはずである。それにも関わらず、人気のあるバレンタイン・オンラインへ寄せていくという方針。当初のコンセプトである「D・I・Y」など、忘れ去られたかのようだった。
もちろん、長谷部はプロジェクトの責任者に猛抗議した。
『戦闘機能なんて追加したら、ニューズ・オンラインのコンセプトが崩壊しちゃいますよ!? プレイヤーたちが黙って受け入れるとは思えませんよ!』
『上層部の決定だ。仕方がないだろう? 私も心苦しいんだ。戦闘機能の追加は、かなり苦労することになるのはわかっている。でも、何とかがんばってくれ』
責任者はそんなセリフを申し訳なさそうに放つ。
作業が大変かどうかなんてどうだっていい。今までにないものを作ってこそ意味があるのに、既にあるものを作ってどうしようというのか。それはただの模倣であり、人気獲得など夢のまた夢である。
長谷部は上層部の決定という大きな波にのまれ、責任者の命令通り、戦闘機能を作りこんでゆく。
――カタッカタッ
キーボードでコードを虚ろに打ち込んでいく日々。
あれだけ熱望していたVRゲームの開発が嘘のように嫌いになっていく。
――カタッ
キーボードのキーの反発が重く感じる。まるで、ニューズ・オンラインを破壊しているような錯覚に陥る。
――カタッ
(壊れた)
――カタッ
(また壊れた)
まるで母国に牙をむく黒騎士にでもなった気分だった。大鎌を見境なく振って母国を破滅に導く存在。白騎士になるはずだったのに。己の剣は母国のために振るうはずだったのに。
結局、ニューズ・オンラインの人気は回復することはなかった。
そして、ニューズ・オンラインの開発は凍結され、開発プロジェクトには失敗のレッテルを張られた。ニューズ・オンラインはサービスを開始してしまったため、当面はサービスを継続しなければならない。しかし、サービスは終了することが前提であり、今後、機能追加などの開発は行われないことが決定した。
長谷部としても、これ以上開発をしたいとは思わなかった。
コンセプトが崩壊した今、ニューズ・オンラインの立て直しは不可能に思えた。そして何よりも、これ以上、自らの手でニューズ・オンラインを破壊するような真似はしたくなかった。
せめて、黒騎士の大鎌だけは封印しておきたかった。
※
ハセベは、この穢れた手で、開発など二度とやりたくないと思った。
己の手で破壊したニューズ・オンラインの立て直しなど、不可能だと思った。
しかし、失われたと思っていたニューズ・オンラインのコンセプト「D・I・Y」はシーツーという街へ形を変えて受け継がれていた。そして、今もなお、プレイヤーは開発者の想像を超える使い方を生み出し続けている。
――ニューズ・オンラインは、まだ死んでいない
その時、ハセベの背後に大きな衝撃が走り、シーツーの底に激突する。大の字で寝そべった状態で上空を見上げた。
遥か上空に見えるかすかな光。今にも消えそうで儚い。しかし、ハセベの目はその光をしっかりと捉えていた。ハセベは自問自答する。
――もう一度やり直せるだろうか?
――まだ手遅れではないのだろうか?
ハセベは立ち上がり、辺りを見回す。シーツーの底から地上まで、長くて険しい道のり。しかし、道は確かに続いている。
ハセベはため息をつきながら、呟く。
「這い上がってみるか……」
再び上空を見据え、不敵に笑ってみせた。
ここまで読了いただき、ありがとうございました!




