第3部 22話 ゲームマスターと模擬戦1
◆ニューズ・オンライン シーツー十合目 GMイベント会場◆
闘技場では、ハセベとニャンダの睨み合いが続いていた。観客席はしんと静まり返り、二人の戦闘の行方を固唾を飲んで見守っている。この時ばかりはヘルの実況でさえも、緊迫した雰囲気に飲まれて声を失っている。
ハセベはニャンダから受けた先ほどの一撃を以て、ニャンダの力量を推し量っていた。その結果は「中の上」、つまりは「期待外れ」と言ってよいだろう。
場内を盛り上げるために、ニャンダの一撃を「見ごたえある模擬戦になる」と評してみたが、リップサービス過多であった。
ハセベには、ニャンダの不意打ちを避けることもできたし、ガードすることもできた。しかし、そうしてしまうと相手のSTRを推測できない。だからこそ、攻撃をノーガードで受けてみたのだった。攻撃を味見したことで、ニャンダのステータスが透けて見えてきた。
ハセベのHPステータスの減り具合、そしてニャンダのグローブの補正を加味して算出すると、ニャンダのSTRは「5000」程度といったところだろう。
ステータスの最大値は「65535」であるが、実際にプレイヤーが到達可能な数値はどんなにがんばっても「9000」が良いところ。開発者目線では、「上」と格付けするには拳闘士であれば「7000」は欲しいところである。
対してハセベのステータスは、STR、VIT、AGIはオール「9000」となっている。STR勝負では全くお話にならない。
さらに、ニャンダのアバターである拳闘士は、STRが強力になる反面、VITが低く、AGIが平均といった特性を持つ。このため、ニャンダが脅威になるとしたらSTRであり、それさえ対応できれば、ニャンダを攻略したも同義である。
正直なところ、トップギルドというから「上の中」のレベルが現れるかと思っていたため、失望を禁じ得ない。「中の上」であれば、攻撃をまともに食らったとしても蚊の食うほどにも感じないだろう。
ハセベが一向に動きを見せなかったことに反応してか、対峙していたニャンダが突然駆け出す。まるで猫のような身のこなしで、飛び跳ねるようにしてハセベの周りを縦横無尽に移動する。ニャンダのAGIは、拳闘士にしては高いほうだといえる。そうだとしても「中の上」レベル。ハセベのことを本気にさせるには物足りなさすぎる。
ニャンダの意図は透けて見えた。重戦士であるハセベのAGIが低いことを見越して、ヒットアンドアウェイという、接近⇒攻撃⇒後退を繰り返して手数で勝負しようとしているのだ。
ニャンダの戦法は正しい。しかし、それはあくまでも、ハセベのAGIが低ければの話である。
ハセベの背後をニャンダの身体が通りすがる。それと同時にニャンダの拳が飛んでくるのを察知し、ハセベは動き出す。ハセベはニャンダの方へ素早く反転。驚いて目を見開いているニャンダと目が合い、ハセベはニヤリとする。
ハセベは下段に片手で構えていた大鎌でニャンダを薙ぎ払った。ニャンダは両腕をクロスし、大鎌の刃を小手で受け止める。しかし、ニャンダの軽い体では、大鎌の重い一撃は受け止めきれず、後方へ大きく吹き飛ばされたのだった。
※
ニャンダはハセベの大鎌に弾き飛ばされたものの辛うじて態勢を立て直し、闘技場の淵ギリギリのところで留まった。歯を食いしばって顔を上げたところで、目をさらに大きく見開く。
大鎌を脇に構えたハセベの巨体が目と鼻の先まで迫っていた。
ニャンダはその場で飛び跳ねて辛うじて大鎌の一閃を回避する。しかし、大鎌は次の一撃を繰り出そうと、ハセベの周囲を旋回して軌道修正。大鎌の刃が間髪入れずにニャンダを襲う。
次の一撃は回避が間に合わず、左肩でガード。またもやパチンコ玉のように弾き飛ばされた。今回は態勢を立て直すことができず、闘技場の中央付近で地面を転がりながら着地することとなった。
二撃をガードありで受けたにもかかわらず、ニャンダのHPステータスは半分程度まで減少していた。
ニャンダに言わせれば、ハセベのステータスは完全にチートレベルなステータスに思えた。あれだけの重装備にもかかわらず、ニャンダと同等かそれ以上の身のこなし。STR、VITに関しては、ニャンダをはるかに凌駕しているはずだ。
序盤はAGIが低いと予想し、手数で勝負しようと考えていたものの、これだけの身のこなしを披露されると、もはや通用しないと考えたほうがいい。欠点がなさすぎて笑えてくる。
ニャンダは立ち上がりながら、ハセベに向かって吐き捨てるように呟く。
「おっさん、そのアバターのステータス、チートじゃないニャ? 重戦士でそのAGIの高さはありえないニャ」
「これだから一般プレイヤーは困るなあ。これはれっきとした俺が育てたアバターだ。普段はニューズ・オンラインの開発環境で、動作テストに使っているアバターだけどな。試作アバター――とでも呼ぶのかね?」
ニャンダはハセベに白い目を向ける。試作アバターは実際のニューズ・オンラインで育ててはいないので、正規の方法で手に入れている訳ではない。チートであると白状したようなものである。
「それはチートと呼ぶニャ」
「チートは不正行為を行って優位性を得ることだろう? 俺は不正行為などなんら行っていないし、そもそも運営側と一般プレイヤーの立場は一線を画す。チートという概念は一般プレイヤーのみに適用され、運営側には存在しない。もし子猫ちゃんの言い分が正しいとすると、子猫ちゃんは運営側は全員チートだとでも言うつもりか?」
ニャンダはため息をついた。屁理屈をこねるハセベとはどうも話が通じないらしい。こんな話の通じない輩を相手にしなければいけないなど、貧乏くじを引いたも同然である。
元々気乗りのする試合ではなかった。GMさんが”緋龍巣”に模擬戦の話を持ってきた時は、追い返してやろうとさえ思った。生産系スキルのバグ修正の命運を緋龍の翼に押し付けるようなGMさんの申し出。誰のせいでシーツーを修理できなくなってるんだと問い正したい気分だった。
ヒイロもニャンダと同じ気持ちだろうと思った。当然の如くGMさんの提案を突っぱねるんだと思った。しかし、ヒイロは模擬戦を快諾した。
ニャンダは無茶苦茶な決断をするヒイロのことを訝しげに思いつつも、思わず笑みを溢してしまう。そんな困っている人を放っておけないヒイロの温かさが好きだからだ。ニャンダは不意にヒイロと出会ったときのことを思い出すのだった。
※
元々、ニャンダがこのゲームを始めたきっかけは「コスプレ」だった。生産系スキルの自由度を活かした独創的な衣装の制作。さらには、モンスターが出現しないことによる行動範囲の広さ。ニューズ・オンラインは撮影会を行うにはもってこいの環境だった。
そんな中、ニャンダはギニーデンを活動拠点とするコスプレギルド「超プレイヤーズ!」にコスプレイヤーとして加入していた。毎週水曜と土曜日は決まってギニーデン外の撮影スポットで撮影会。その帰り道、コスプレした格好で仲間たちとギニーデンの街を闊歩するとまるでパレードのように人だかりができるのだ。そのパレードは「超パ」と呼ばれ、ギニーデンの名物とまでなっていた。
パレードを終えてギルドハウスに帰ってくると、必ず次の撮影会では何をするかを皆で話し合った。
「ニャンダ! 次は擬人化コスやろうよ! ニャンダは名前からして猫っぽいから猫に決定!」
「勝手に決めないでよ〜。ウサギとかも可愛いんじゃない?」
「いや、ニャンダのために猫耳とかもう用意されてるらしいよ……」
「そうなの!?」
服飾職人が早速、猫耳と尻尾をニャンダに手渡す。
「次はこれ付けて登場してねっ!」
「しょうがないニャ〜」
「もう猫になる気満々!?」
他愛もない会話がこの上なく楽しかった。
そんな時に、突然大型アップデートが入りモンスターが出現するようになった。ギニーデンの周辺も例外ではない。ニャンダを含めたコスプレイヤーたちの行動は大幅に制限され、今までのように撮影会が開けなくなってしまった。
コスプレサークルは元々戦闘には興味のないものの集まりである。仲間たちは思うように撮影会を開くことができなくなった現実に、皆落胆を隠せないでいた。
「これじゃあ、撮影会は事実上禁止されたようなものじゃないか……」
「GMは何を考えてるんだ……」
「くそっ! 擬人化コスで、キングスタウンを練り歩く予定だったのに……」
仲間たちは皆口々に嘆いた。次の撮影会は自然豊かな隣町のキングスタウンで行う予定だったのだ。
そんな仲間たちを横目に負けん気の強かったニャンダだけが、行動範囲の拡大を試みた。ニャンダはギニーデン周辺からレベル上げを決行し、およそ一か月間レベル上げだけに専念した。そして、ついには独力で隣町のキングスタウンまで辿り着いたのである。ある程度の行動範囲を確保できたニャンダはギニーデンに凱旋し、ギルドハウスに帰還した。
「みんな、キングスタウンまで行けるようになったよ――」
一ヶ月振りのギルドハウスの扉を晴れやかな表情で押し入ると、そこは既にもぬけの殻。仲間たちはニューズ・オンラインを見限っており、ニャンダを待つものは誰もいなかった。
その時のニャンダは居場所を失った「野良猫」状態だった。ギニーデンを猫のコスチュームで練り歩き、残っているかどうかもわからない仲間を探す日々。ギニーデンの片隅でニャンダはついにうずくまってしまう。
――もうニューズ・オンラインを見限ってしまおうか
そんな考えがニャンダの脳裏によぎった。しかし、そんな時に天から声が降ってきたのだ。
「――どうしたの?」
声を聞いたニャンダが顔を上げる。
「なんでもないよ……」
ニャンダは虚ろ気に立ち上がり、そのまま立ち去ろうとした。
「――その猫耳可愛いね」
ニャンダを追うようにして聞こえてきた言葉に、ハッとして振り向いた。
「仲間がいないなら、僕の仲間になってくれない?」
そこには燃えるような笑顔を見せるヒイロが手を差し伸べていた。ニャンダの頬には自然と涙が伝っていた。
※
ニャンダが後方を振り返ると、観客席の最前列には”緋龍の翼”のエンブレムを旗に掲げた一団が見えた。中央に佇むヒイロと目が合い、ヒイロはフッとあの時と同じような燃えるような笑顔を見せる。
信頼するヒイロがニャンダにこの模擬戦を託したのだ。不甲斐ない試合を見せるわけにはいかない。ニャンダもヒイロの笑顔につられて口角が上がる。
「全くやれやれニャ……。話が通じないおっさんの対応は骨が折れるニャ」
ニャンダはそう呟くと、両手を地面につき、二足歩行から四足歩行の体勢へと移った。
――そう、ニャンダがこのゲームを続ける理由は、ヒイロがいるからなのだ
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