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第3部 21話 ゲームマスターとイベントの開幕

◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場 運営側専用ブース◆



 ヤジマが挨拶を終えると、ブースの中からカマタが飛び出してきた。


「お待たせ!」


 そう言うなり、カマタはコンソールを開いて何やら操作をし始める。


「出来ましたか!? もう間に合わないんじゃないかとハラハラしましたよ……」

「何とかね~」


 カマタが額に浮かんだ汗を拭いながら言った。そして少しすると、シーツーの大穴の中心部分からポリゴン状の粒子群が発現。みるみるうちにシーツーの大穴に蓋をするような形で、円形の盤面を形成した。その盤面は大穴を完全には塞がず、盤面の一歩外に出ると大穴へ落下してしまう仕様。見た目はデスゲームのような様相だ。障害物などは一切ない、ただただ広大な石造りの床が広がっている。


 さらに、盤面の直上には巨大スクリーンが出現し、空中で浮遊する。スクリーンには闘技場の中心部分が拡大表示されていた。盤面とスクリーンの設定が終わったところで、カマタが大きく息を吐いた。


「突貫で作ったからこんなもんだけど、いいかな?」

「ありがとうございます、カマタさん! 完璧です!」


 ヤジマは満面の笑みで答えた。GMイベント作戦の決行が決まってから三日という短い期間で、高いクオリティのグラフィックを準備してしまうカマタの腕は、やはり一流だと再認識した。いつもこんな感じでお願いを聞いてくれるといいのに、とカマタの気分屋なところを恨めしく思う。


 カマタが作業している間に、運営ブースのバルコニーには実況席が設けられ、そこにヤジマとヘル、カンナバルが座る。実況は、本来であれば運営側のメンバーで固めたかったものの、ニューズ・オンラインの古今東西を知らずに実況を行うのはどうしても難しい面がある。このため、古参プレイヤーであるカンナバルに解説という立場で同席をお願いしたのである。


――うおおおおお!!


 観客席から突如として大歓声が沸き上がった。ヤジマが盤面へ視線を移すと、既に”緋龍の翼”の四翼の一人、ニャンダが登場していた。ニャンダは運営ブースを見据えるようにして盤面の中心辺りに陣取る。


 その時、ヤジマはハッとして後ろを振り返る。そして、じとっと冷や汗のようなものが全身から吹き出すのを感じた。


「ハセベさんは!?」


 運営ブースのカーテンをめくって中を覗いたものの、ハセベの姿が見当たらない。参加者特典の準備に気を取られて気づかなかったが、今日はハセベの姿を見かけていなかった。


「……まさか、ドタキャンか?」


 ヘルが縁起でもないことを(つぶや)くので、ヤジマの焦りはさらに募っていく。


「いや、流石にそんなことは……」


 ヘルの言葉を信じたくはない。しかし、イベント開催に非協力的なあのハセベのことである。ヤジマとしても完全に信じ切れていないことは確かだった。


「あーあ、だる……」


 その時、やる気のかけらもない声が聞こえ、ヤジマは驚いて声のする方を見た。そこには黒甲冑姿のハセベが(たたず)んでいた。


「ハセベさん! どこ行ってたんですか!? もう出番ですよ!?」

「大きい声出すなよ。間に合ったんだからいいだろう? 俺の出番は模擬戦だけだから、終わったらすぐにログアウトするからな」


 ヤジマはハセベの心無い言葉に歯を食いしばる。チーム・ニューズのメンバーはそれぞれがイベント成功のために頑張っている。ハセベの態度を見ていると、そんな皆の頑張りに水を差すようで申し訳なかった。


 しかし、今ヤジマにできることはイベントにかける想いをハセベに託すことくらいであった。ヤジマはハセベに向かって深々と頭を下げる。


「ハセベさん、模擬戦のこと、どうかよろしくお願いします!」

「フン……」


 ハセベはそんなヤジマを鼻で笑った後、バルコニーの前側へと進んだ。


 ハセベの格好は全身が漆黒の甲冑で包まれた重戦士の姿。重すぎて闘技場に辿り着くまでには半日はかかるのではとすら思ってしまう。右手に握るのは、これまた漆黒の大鎌で、柄の部分は長谷部の身長ほど、刃の部分も半身ほどはあるのではという大きなものだった。髑髏(どくろ)の装飾が施され、それを握るハセベは、禍々しい死神のような雰囲気を匂わせている。


 ハセベはバルコニーで片膝をついて足に力を()める。すると、金属同士が衝突するけたたましい音が発せられると同時に、ハセベの体は空中へと弾き飛ばされ、そのまま弧を描くようにしてニャンダの正面に着地した。


 着地による粉塵に包まれる中、ハセベは立ち上がり、ニャンダを一瞥(いちべつ)する。


「緋龍の翼と言うくらいだから、ドラゴンが出てくるのかと思ってたが、子猫ちゃんだったか」


 ニャンダが、ボーイッシュな短髪を逆立たせ、しっぽをピンと立てる。


「攻撃力はドラゴン並だから、にゃーの拳で心置き無くあの世に逝くニャ、おっさん☆」


『おーと! 早速、対戦者同士の舌戦が始まった模様です! 派手な登場シーンを見せた甲冑姿の重戦士が、ニューズ・オンラインの開発者であるハセベ選手! そして、可愛らしい猫のコスチュームに見を包むのがニャンダブルパワー☆選手てす! 申し遅れました、私この模擬戦の実況を担当します、ヘルハウンドと申します! 解説は、ギニーデンのお母さんこと、カンナバルさんです! カンナバルさん、この模擬戦はどちらが有利と見ますか!?』


 ヘルがマイクを握りながらノリノリで実況を始める。ヤジマはヘルの実況の軽快さにあんぐりと口を開けた。


『(ギニーデンのお母さんはやめてくださいっ!)……そうですね。ニャンダ選手は緋龍の翼に所属する言わずと知れたトッププレイヤーの一人であり、その実力は折り紙つきです。しかし、ハセベ選手のプレイは初公開のため、その実力は未知数です。そう考えると、相手の実力を把握しているハセベ選手の方が有利なのではと考えられますね』


 ヤジマは実況解説する二人の横で口笛を吹いた。


「ヘル、なんでそんなに実況うまいの!? 全然練習している素振りなんてなかったのに……」

「ヤジマ、お前な……。皆の前で実況の練習なんて恥ずかしくてできるわけないだろ? この三日間ずっと地下のデータセンターに籠って練習してたんだ」

「やるときはやるんだな、お前……」


 ヤジマはヘルの努力に思わず感心してしまった。思い返してみると、雪下野菜作戦、ヒモ化作戦の時もそうだった。ヘルはいつもふざけたことを口にするけれども、責任感が強くてなんとしても自らの仕事をやり切る優秀なやつだった。


 カマタとヘルの良い仕事に舌を巻きながら、ヤジマは盤上に視線を移す。


 次はハセベの良い仕事が見られるだろうか。ニャンダへ放った皮肉の効果は抜群で、二人の険悪な雰囲気が良い方向に観客を盛り上げている。


「ハセベさんが言った皮肉が場の雰囲気を温めるために用意した、意図的な一言なら言うことなしなんだけど……」


 ヤジマは願うような気持ちでそう(つぶや)いた。しかし、無情にもヘルがその願望を打ち砕く。


「あれは思ったことをそのまま言っただけだろうな……」

「だよな……」


 気を取り直し、ヘルがアナウンサー顔負けのハスキーボイスでマイクを握る。


『模擬戦は、あくまで運営側とプレイヤー側の交流を目的としているため、勝敗はございません! このため、純粋に二人のハイレベルな戦闘をお楽しみください! それでは模擬戦のルールを説明します!』


――――――――――――――――

【模擬戦のルール説明】


・模擬戦の終了判定基準

 いずれかのプレイヤーが終了判定基準に当てはまった時点で試合終了

 ① 闘技場の外に出た場合

 ② 終了を願い出た場合

 ③ HPステータスが0になった場合

 ④ GMが試合の終了を宣言した場合


・武器、スキルの使用無制限

・アイテムの使用は禁止

――――――――――――――――


『それでは、模擬戦を開始します。ハセベ選手、ニャンダ選手、お願いいたします!』


 ヘルから開始の号令は出たものの、両者に動きは特段見られなかった。ハセベは兜の頭頂部をポリポリと掻く。


「何かやりにくいよなあ。模擬戦っていうから、いきなり全力でぶつかるのもなんか違うよな。とりあえず握手でもしておこうか?」


 ハセベが右手を差し出しながら、重たそうな体を引きずってニャンダへ近づく。そして、ハセベがニャンダの間合いに入った瞬間、ノーモーションから肉球の付いたニャンダの拳がハセベの鳩尾(みぞおち)部分に炸裂する。


――ゴンッ!!


 鐘を叩いたような鈍い音が闘技場全体に響き渡った。ハセベの動きが止まり、両者が一瞬その場で静止した。


「こ、これはニャンダ選手の強烈な一撃! いいところに入りましたが、ハセベ選手無事でしょうか――!?」


 ヘルが言い終わるか終わらないかのタイミングで、ニャンダが何か異変に気付き、ハセベから距離を取る。ハセベはニャンダの拳を真正面から受けたにもかかわらず、何事もなかったかのように、右手を差し出した状態で(たたず)んでいた。


「ハハハ……!! 挨拶に馳せ参じたにもかかわらず、まったく礼儀がなってないねえ。アジリティーの高さを生かした、ノーモーションからの速攻。ストレングスもそれなりだし、かなり高いレベルにはあるようだ。見ごたえある模擬戦が観客の皆さんに見せられそうで安心したよ……」

「おっさん、話が長いニャ。しゃべってると舌噛んで痛い思いするニャ?」

「それは失敬。では拳で語り合おうじゃないか?」

「キモいニャ!☆」


 二人は対峙した状態で構え、臨戦態勢に入った。


ここまで読了いただき、ありがとうございました!

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