第3部 20話 ゲームマスターと新入社員(仮)
◆ニューズ・オンライン シーツー10合目 GMイベント会場◆
ヤスコの前を行くヘルとゴエモンは混み合う内階段を上っていき、上階へ到達。そこは観客席の二階に位置しており、傾斜がついていてどこにいても大穴を見て取れる。観客席の中ほどへと進んでいくと、途中でバルコニーのような出っ張りがヤスコたちの行く手を阻む。そのバルコニーは四方をカーテンで覆われ、外から中の状況を見て取ることはできなかった。
「ここが運営専用のブースだ。今回のイベント関係で見せられないものがあるから、一般のプレイヤーには見えないようにしてあるんだ。二人は特別に招待したんだぞ」
ヘルはどうだと言わんばかりに胸を張る。
カーテンの継ぎ目から割って入っていくヘルに倣って、ヤスコもゴエモンと共にブースの中に入る。
ブースは十畳くらいの決して広くないスペースで、バルコニーにテントを張った簡素なものだった。その中は、物と人で溢れかえっていた。四方八方から罵声が飛び交い、まさに絵に描いたようなドタバタ状態だった。
「ヤジマ! カスミ様をこんな重労働にこき使うとはいい度胸じゃないか! シーツーとオタゴ王宮を何往復すればいいんだよ!? 往復した回数分、”GMが狩りに付き合う券”よこせよ!」
「仕方ないだろ! 数量が多すぎて一人のアイテムボックスに入りきらないんだから……。何回か小分けにして運ぶしかないだろう!」
ヤジマと呼ばれた青年と、カスミと呼ばれた少女が、山積みされた大量の箱を前にして言い争っている。カスミは大量の箱を見渡しながらため息をつく。
「……それにしても多すぎだろう! なんで大量のアイテムを運搬する手段がないんだよ! つくづくクソゲーだな!」
「安易にイベントに参加したプレイヤー全員へアイテムを配ろうなんて思わなきゃよかった。アイテムを2000個準備するのがこんなに大変だなんて……。もうイベントが始まってしまうから、悪いけど後はカスミ一人で頼むよ…!」
「ふっざけ――」
カスミがギャーギャーと騒ぎ出す。
「ちょっと、二人とも喧嘩してる場合じゃないのよお。今もカンナバルさんがひとりで準備してるじゃない」
ピンクの長髪の美女が腰に手を当て、眉を下げながら言った。カンナバルと呼ばれた青髪の魔導士が三人の横で箱を一つずつきれいに積み上げている。
「いいんです、タマキさん。まさかゲーム内で肉体労働に従事するとは思いませんでしたけど……。ヤジマさんとお会いしてから本当に驚かされることばかり……」
「す、すみません――」
ヤジマがカンナバルに平謝りしているところにヘルが一声かける。
「おーい、ゴエモン連れてきたぞ」
皆の視線がヤスコたちの方に集まり、ヤスコに緊張が走る。
「おおー、ゴエモン! よく来てくれたね!」
ヤジマは、はにかみながらゴエモンの方に近づいてくる。そんなヤジマの肩には、赤字で「GM」と大きく書かれたゴールドのタスキがかけられており、それを目撃したゴエモンが叫んだ。
「そのタスキ……選挙かっ!」
「え、だって初対面だと誰だかわからないし、このタイミングで顔売っておかないと……」
ヤジマはきょとんとした表情で答えた。
「まさか本当にタスキ作ってる人がいるなんて、びっくりっす……。流石にダサすぎるっす……」
ゴエモンが小声でヘルに耳打ちし、ヘルはうんうんと大きく頷く。
「ヤジマのファッションセンスは災害級だ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、ヘルはアイテム運ぶのを手伝え」
「ああ! また頭がクラクラしてきたぞ……やっぱり本調子じゃないな! 重労働は難しそうだ……」
「今の今まで元気だった奴が何言ってやがる――!?」
今度はヤジマとヘルがギャーギャーと騒ぎ出してブース内はまたもやカオスな状態と化す。
「――で、そちらの方は?」
タマキがそう呟き、皆の視線がヤスコへ移動する。その瞬間、ヤスコは硬直し、直立不動のまま青ざめてしまった。
この運営側のブースや、イベントの準備状況を見せられたら、ヘルたちが運営側の人間であることは疑いようのない事実であった。そうなると、目の前にいる方々はヤスコの先輩となるはずのRXシステムズ社の社員である。
憧れのRXシステムズ社の社員を前にしたことによって極度の緊張に襲われたのと、先程まで勘違いによってヘルに対して失礼な態度をとったことを省みると、脇汗がドバドバと放出される。
突如として訪れた静寂のひととき。無言はまずいとわかっていても、何をどうやって話せばいいのか見当もつかない。こういった初対面の場合、まずは何をしなければならないだろうか。そうだ、ご挨拶をすべきだった――
「わわわ、わたし! RXシステムズ社の新入社員(になる予定)のニノミヤ・ヤスコと申します! どうぞ、よろしくお願いいたします!」
「「し、新入社員!?」」
皆が一斉に驚きの声を上げた。
※
ヤジマは、この寝耳に水の事態に目を白黒させるしかなかった。新入社員がチーム・ニューズに入ることなど事前には何も知らされていなかったためだ。
さらに、その新入社員がチーム・ニューズのオフィスではなく、このGMイベント会場に直接来たことについても驚きを隠せなかった。
ヤジマは事の真偽を確認をするために、急いでコンソールを開き辻村に新入社員が現れたことを報告した。
「辻村さん! チーム・ニューズに新入社員が入るんですか!?」
「いや、私も初耳なんだけど……」
トラブルに見舞われても冷静に対処する流石の辻村でも、この未曾有の事態に戸惑っているようだった。
「ニノミヤさん、と言ったわね? チーム長の辻村です。ニノミヤさんはチーム・ニューズに配属となったの? 誰に言われてここまで来たの?」
辻村の口調は、迷子になった子供にお家を尋ねるお巡りさんのようだった。
「えええ、えっと……そそそ、その……」
しかし、「チーム長」という肩書にびっくりしたのか、ヤスコはしどろもどろになり口から言葉が出てこない。
「辻村さん、もうすぐイベント開始時間ですよお。そろそろ配置に着かないとまずいです」
タマキが横から口を挟んだ。
「……わかったわ! じゃあ、ニノミヤさんはカスミさんと一緒にアイテムの運搬を手伝ってくれる!?」
「えぇ!? いいんですか!?」
辻村の思わぬ判断にびっくりしてヤジマが叫んだ。
「時間もなく人手も限られている中、猫の手も借りたい状況でしょう!? 他にアイテムを運べる人もいないでしょうに」
確かに、チーム・ニューズのメンバーは手一杯の状況であった。
辻村 ⇒ イベントの陣頭指揮(そもそもいないので口しか出せない)
カマタ ⇒ グラフィックの準備
ハセベ ⇒ 模擬戦出場予定
ヘル ⇒ イベントの実況
タマキ ⇒ ブラインドテイスティングの準備
カンナバル ⇒ イベントの解説
カスミ ⇒ なし
ゴエモン ⇒ イベント中の取材
アイテムはギルド戦争のブラインドティスティングが終わったタイミングで配布する計画である。カスミだけ手が空いており、アイテムの運搬をお願いしているが、そのタイミングまでに運搬を完了するのは至難の業だ。運搬する人手は一人でも多いに越したことはない。
意を決したようにして、ヤジマはヤスコのことを見つめる。どうやらヤスコは、大勢のチーム・ニューズのメンバーを前にして萎縮しているようだった。新入社員という右も左も分からない状態で、いきなり現場に投入されたのだ。このヤスコの強張った表情は無理もないように思えた。
「ニノミヤさん!」
ヤジマの声の大きさに、ヤスコがビクッと体を震わせ、恐る恐るといった表情でヤジマの方を見る。
「今、我々チーム・ニューズは崖っぷちに立たされています!」
「……まあここはシーツー十合目だから、確かに崖っぷちだな」
ヘルが闘技場中心部の切り立った崖の方に目をやりながら、話の腰を折った。ヤジマはヘルをジロリと睨みつけながらも言葉を続ける。
「――オタゴ王宮からアイテムを全て運んでこないければ、プレイヤーたちにイベント参加特典のアイテムを渡すことができないんです! そこで、ニノミヤさんには、カスミと一緒にアイテムを運んでいただけないでしょうか!? これはイベントの成功が懸かった重要なミッションになります!」
その言葉を聞いたヤスコは、それまでの暗澹たる表情を一変させ、みるみる元気を取り戻し、自信に満ち溢れた笑顔となった。
「お任せください! このヤスコ! 命を賭けてミッションを成功させてみせます!」
ヤスコは得意げに胸を張った。
「あ、いや……。命は賭けなくてもいいよ?」
ヤジマは、ヤスコの反応が予想以上にノリノリだったため、言い過ぎだったかと反省する。
「ヤジマくん、イベントの開始時間よ。早くして」
「はい!」
タマキの言葉にヤジマは表情を引き締め直す。そして、カーテンを潜り、バルコニーの前面に出た。すると視界が開け、闘技場とシーツーの全容が目に映った。ヤジマを見た観客たちからざわめきが起こる。
ヤジマは”ECHO”機能を使って、ニューズ・オンライン全体に語りかける。
「ニューズ・オンラインのプレイヤーの皆さん、こんにちは! GMのヤジマです! これから、GMイベントを始めたいと思います! 今回は、ニューズ・オンラインで初めてのGMイベント開催の運びとなりました! こんなにもたくさんの方々に来ていただき、大変ありがたく存じます!」
ヤジマの挨拶を耳にした観客たちが一斉に、ヤジマの方へ注目する。
『楽しみにしてたぞー!』
『挨拶はいいからさっさと始めろー!』
『そのタスキ、選挙かっ!』
観客席の各所からプレイヤーたちの声援が飛ぶ。
「本日は、ニューズ・オンラインの運営チームであるチーム・ニューズのメンバーが一同に介しております。プレイヤーの皆さんとの交流を深めることができればと思っています!」
チーム・ニューズの面々がカーテンを抜けて姿を現し、皆一斉にお辞儀した。
『模擬戦に出てくる開発者ってどいつだ……? どんなプレイするんだろうか……』
『イッヌ! イッヌがいるぞ!』
『お、おい! メチャメチャきれいなアバターがいるぞ!』
「今日は、模擬戦やギルド戦争といった戦いの観戦だけでなく、新機能の発表や、限定アイテムのプレゼントもあります! 是非最後まで楽しんでいってください!」
『緋龍の翼のメンバーのプレイが生で見れるなんて最高!』
『新機能ってなんだろうー! 楽しみだー!』
『レアアイテム待ってるぞー!』
「それではまず、ニューズ・オンラインの開発者であるハセベと”緋龍の翼”のニャンダフルパワー☆さんの模擬戦です! 実況はニューズ・オンラインのインフラ担当ヘル! 解説はギニーデンのお母さんこと、カンナバルさんがお送りいたします!」
「”ギニーデンのお母さん”はやめてくださいっ!」
カンナバルが顔を赤らめながら、ヤジマに縋るように抗議した。こうして開始直前のドタバタ劇はあったものの、”GMイベント”作戦の火蓋が切って落とされたのだった。
ここまで読了いただき、ありがとうございました!




